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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
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僕は帰宅部を貫く

 そうこう喋っていると、大きな交差点に差し掛かった。ここから第三高専まではほぼ一本道である。交差点には同じ制服を着た人たちがぞろぞろと並んでいる。


「みんな徒歩なんですね」

「そうだね、一応バスもあるけどあまり便利じゃないし」

「バス停から学校までが遠いですからね。なんであんなところにバス停を作ったのでしょうか」


 全くである。普通、徒歩で二十分かかるのであれば、バスで通学しようと考える人がほとんどであろう。しかし、なぜか第三高専に最も近いバス停は、第三高専から徒歩十分くらいのところにあるのだ。なぜ、そんな細かいことまで知っているかというと、昨日バスで通学したからである。バスの待ち時間などを考えると、最初から徒歩で通学した方が早く到着する。多くの新入生はその事実に次第に気づき、諦めて徒歩で通学を始めている。


「自転車が使えればよかったのですけど」

「駐輪場が空いてないからね。僕も何件か電話したけど無理だったよ」

「私もです……しばらくは諦めて歩くしかないですね」


 信号が青になる。多くの人が一斉に渡っている様子は、さも都会のようである。もしかしたらここは田舎ではないのかもしれないと思ったが、立ち並ぶさびれた家たちを見て現実を再認識した。


「そういえば、黒瀬さんはどこかの部活に入るつもりですか?」


 今村さんは前を向いたままそう問いかけてくる。


「いや、僕は帰宅部志望なんだ」

「そうですか。うちの学校は強制参加じゃありませんからね。そういう方も多いでしょう」

「今村さんはどこかに入るつもりなの?」

「……決めかねてるんです。部活でもサークルでも何かには入りたいのですが……」


 すると、バットを担いで自転車に乗っている人が、颯爽と僕たちの横を通り抜けた。僕たちと同じ制服を着ていたので、きっと野球部だろう。


「私、運動があまり得意ではなくて……できれば文科系の部活に入りたいんですけど……なんというか……」


 今村さんはどこか言いづらそうだ。まあ、何を言いたいかはよくわかるが。


「あまりやる気なさそうだもんね」

「そうなんです! せっかく青春を捧げるのですから、目的はともかく一生懸命活動しているところがいいんですよね」


 昨日の「部活・サークル紹介」の雰囲気を見る限り、文科系の部活はどこか同好会のようだった。仲がいいメンバーでわちゃわちゃすることに重きを置いている傾向があり、あまり真剣さは感じられなかったのである。

 運動部と比べると大会などのわかりやすい目標が少ないのが原因かもしれない。


「怠惰はいけません。せっかく学校の名を借りて活動しているのですから」

「真面目だね」

「あまり理解はされませんけどね」


 今村さんは顔を引きつらせながら笑った。その真面目さはさぞかし生きづらいと思う。適度に怠惰になることは、僕にとって悪ではない。むしろ、人に真剣さを強要する人間の方が関わりたくない存在だ。


 今村さんがどのような人間かは知らないけど、損をしそうな性格であることはわかった。


「理解されなくてもいいじゃないか。別に間違っているわけじゃないんだし」

「そうですけど、団体における活動は私一人が真面目であればいいというわけではありません。のんびり部活動を行いたい人たちの気持ちも理解はします。だからこそ、私のような人間がその輪の中に入って、空気を乱すようなことはしたくないのです」


「何かあったの?」と聞こうとしてやめた。それを聞くのは野暮な気がしたし、答えははっきりしていたからだ。今村さんの語気が強くなったことからも伺える。

  しかし、少なくとも僕が関わって損をする人間ではないと思う。誰かれ構わず真面目さを強要したいわけではなく、真面目さが正義という集団の中に入りたいというのが彼女の主張だ。自分の性格が他人に迷惑をかけるかもしれないことを理解している。自らの欠点を知っている人間は、それだけでも優秀だと思う。

 僕の中の彼女への評価が少しあがった。これでポニーテールだったら、好きになっていたかもしれない。


「けど、本当に真剣かどうかなんて、外から判断するのは難しくない? 真剣そうに見えても、実際はそうでもない部活も多いだろうし」

「そうなんですよね。だからって仮入部を繰り返して、悪評がたつのは避けたいです。五年間も通わなくちゃいけない学校ですし」


 仮入部からの退部を繰り返して悪評がたつ様子は簡単に想像ができた。「部活荒らし」「仮入部の妖精」呼ばれるとしたらそんなところだろうか。


「今日から部活見学が始まるので、ある程度雰囲気をつかめればいいのですが」

「そういえばそうだったっけ」


 自分には縁のない話だから完全に忘れていた。まあ、知らなかったとしても問題はないけど。


「とりあえず、文化系の部活は一通り見て回ろうと思っています」

「それってかなり大変じゃない? うちってやたら部活やサークルの数多いけど」

「努力でカバーできることを、どうにかするのは得意なんです」


 横でフンスと気合いを入れている。殊勝なことだ。


「まあ、頑張って。何も力にはなれないけど、気持ちだけは応援してるから」

「ありがとうございます。私としては、こうして話ができるだけでも嬉しいですよ」


 すると、今村さんが「そうだ!」とカバンの中を漁り始めた。取り出したのは、真新しいスマートフォンである。


「連絡先を交換しませんか? 友達第一号ってことで!」


 今村さんにとって、僕はすでに友達らしい。定期券を拾っただけなのに、思わぬ副産物がついてきた。


「いいよ。よろしく」


 僕もスマートフォンを取り出し、QRコードを読み込む。LINEには「今村環奈」と表示されている。「かんな☆」とか「KANNA♡」とかじゃなくて、フルネームで登録しているあたり、真面目さを感じる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 律儀に頭まで下げられてしまった。畏まって友達になる価値のある人間じゃないけど、いいのかしら。

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