不登校解禁
月曜日
普通であれば、なぜ日曜日が終わってしまうのか、なぜ憂鬱な気分になってまで家から出る必要があるのか、休みたい気分を押し殺して向かった先に何があるのか、そもそも生きるとはなんなのか、人生ってなに? 幸せって……
こんな感じで憂鬱な気分から無駄に哲学的なことを考え出すのが、僕にとっての月曜日だった。何を考えようとどうせ家から出なくちゃいけないんだから、せめて頭の中ぐらいでは屁理屈をこねさせてくれ——と中学時代の僕は思っていた。
ほとんどの人間が月曜日に対して強い恨みを抱えていると思う。月曜日に対してデモを起こしたら、きっと月曜日側はなす術もなく敗北するだろう。月曜日が街を歩いていたら、路地裏に呼ばれてボコボコにされること間違いなしである。
そんな嫌われ者の月曜日だが、僕は初めて待ち遠しいと思った。第三高専に進学してから二週間目。新しい生活に胸が躍っているというわけではない。自分で言うのもなんだが、そんなに前向きな性格じゃない。
そんな僕が月曜日を待ち望んだ理由。それは日曜日が早く終わって欲しかったからだ。というのも、昨日の一件があってからすぐに家に帰ったのだが、体が異様に熱くなり、全身がムズムズし始めて休日どころじゃなかった。なんというか、自由な時間を始めて苦痛だと思った。
寝て起きると、気持ちは少し落ち着いていた。けど、ふわふわしている感じはする。やってしまったことは、どうにもならない。それなのに僕は、なんであんなことをしたんだろう、と後悔の念を抱きながら登校をした。結局、行動を起こそうが起こさまいが後悔するんじゃないか。どうなってんだ人生。
「おはようさん」
「……おはよう」
教室に着くと、早々に軽人から声をかけられる。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「いや、むしろ今は最高の気分だよ。ようやく日曜日から解放されたからね」
「……そんなに休日が地獄だったのか?」
「知り合いに美人が増えて、その美人と一緒に食事をした休日だったよ。側から見たら最高だろうね」
「おい、詳しく聞かせろ」
おい! どういうことだ! 抜けがけか! と軽人が喚いていたが、僕は完全に無視した。ゆっくりと目を閉じて、机に突っ伏せる。軽人の声がどんどん遠くなっていく。しっかりと眠ったはずなのに、いつまでも夢の世界を堪能できる気がした。
微睡がとても心地よい。教室の喧騒も、程よい睡眠導入剤である。ちょっと騒がしいくらいがちょうどいいんだよな。硬い机に硬い椅子、決して安らかに眠れるとはいえない姿勢だが、それすらも気にならない。ふわふわした何かが体を包んで、どこかへ運んでくれるようだ。この土日は色々と疲れた。少しくらい軽人を無視してもバチは当たるまい。
おやすみ世界……僕の意識はゆっくりと消えていった。
ガラガラガラ
遠くで教室のドアが開く音が聞こえた。誰かが教室に入ってくるのは当然である。さっきまではその音も喧騒の一部として、睡眠導入剤になっていたのに僕は目を覚ましてしまった。
そのドアの音をきっかけにして、教室が一瞬で静まり返ったのである。あれ? チャイムって鳴ったっけ? 流石に気づくと思うけどな……
いつまでも寝ているわけにはいかないので、僕はゆっくりと体を起こした。
ぼやけた視界がはっきりしてくると、すぐ異変に気づいた。クラスメイトの動きが止まっているのである。もちろん、完全に静止しているわけではない。驚きのあまり体が固まってしまっている。そんな感じだ。
僕はクラスメイトの視線の先、教室の入り口の目をやる。すると……
「……おはよう」
このクラス、唯一の女の子と目があった。
「なぁ聡。なんで永剛さん来てるんだよ?」
「知らないよ。今日は学校に来たい気分だったんじゃないの?」
永剛さんは少し緊張しているようだったが、自分の席に座ると黙々とスマホをいじり始めた。クラスメイトはどのように接すればいいのかわからない様子で、結局話しかけたりする人は誰もいなかった。授業が始まると、先生は永剛さんが来ていることに驚きつつも、たった一週間学校に来なかっただけなので、過度に取り上げられることもなかった。
変にちやほやされたり、根掘り葉掘り聞かれたりしたら学校に来たくなくなるかもしれない。永剛さんがストレスに感じる出来事は、とりあえずなかったような気がする。
そして、軽人は僕が何かしたんじゃないかと疑い、授業中にも関わらず話しかけてくる。こいつ、本当に留年しないだろうな。不登校で留年しようが、成績不振で留年しようが、結果は同じだぞ。永剛さんより、心配すべきはこいつかもしれない。
「そんな急に学校に来たい気分にならないだろ。今まで一度も来てなかったのに」
「人の感情っていうのは、予想外に変わるものだよ。っていうか気になるなら永剛さんに聞いてみたらいいじゃないか」
「いや……それはちょっと……なんて話しかけたらいいのかわからないし」
「軽人……君のような見た目をしている人は、名も知らぬ女の子に話しかけるものだよ。名前を知ってる女の子にすら話しかけられなくてどうするのさ?」
「お? 偏見だなそれは。俺は高校デビューこそ頑張ろうとしたが、元は立派なオタクで隠キャでコミュ障だぞ」
「自信満々に言わないでよ。っていうか……」
僕は背筋を真っ直ぐに伸ばす。
「おい? 聡?」
「海木、なんだか楽しそうだな。よし、前に出て問題を解いてみろ」
「え?」
言わんこっちゃない。これでこいつも授業中に不用意に話しかけてはこないだろう。




