正解へ到達
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「親子の関係はすでに薄くなってるんですね」
「そうだな。普通、子供は親がいないと生きていけない。しかし、高校生にもなれば一人で生活すること自体は可能だ。金さえあればな」
「お金があるっていうのも考えものですね」
「そうかもしれないな」先生は二本目のキャンディーをポケットから取り出す。ペースが早くないだろうか。ヘビィースモーカーならぬ、ヘビィーキャンディラーだな。語呂が悪い。
「正直、永剛結衣が学校に来る必要性はない。第三高専のような専門学校の目的は、生きていくために必要な能力を身につけさせることだ。必要な能力を平たくいえば金を稼ぐ能力。金があるんだったら、身につける必要はない」
「極論に聞こえますが……そうかもしれませんね」
けど、僕の手元に大金があったら、僕は学校にも行かないだろうか。ずっと部屋でアニメを見ているだろうか。なんとなくだけど、そうはならない気がする。
一生不自由しなくてもいい大金なんて手にできるわけがないから、想像しても無駄だけど。
「彼女が言っていることの筋は通っている。しかし、可能性が広がらないのも事実だ。彼女にとって価値があるものが、無価値だとわかったとき人生自体に絶望しかねない」
『手頃な幸せ』と永剛さんは言った。僕は人生を諦めているからその言葉を口にしたのだと思っている。けど、永剛さんにとっては本当に今が幸せなのかもしれない。
しかし、それが永遠に幸せとは限らないはずだ。『手頃な幸せ』と思っていたことが、幸せじゃなかったと気づいたら永剛さんはどうなるのだろう。それまで誰とも関わらず、自分だけの空間で過ごしていた少女に、新しい幸せを探すなんて真似ができるだろうか。
「なぜ、義務教育として学校に通う必要があるのか。諸説あるが、私が考える理由は単純明快だ。学校に通うという行為自体が、人間において必要な能力を養うのに適しているからだ。まぁ義務教育を終えている彼女は、すでにその能力が培われているという考えもできる。しかし、能力は失われていくものだ。その後は君も想像できるだろう」
「はい。そうですね」
「彼女が人間らしく生きていけるのならそれでもいい。しかし、このままの状態というのは好ましくない。君と概ね考えは一致しているな」
「大切なのは、僕に何ができるかですね」
「結論から述べると簡単だ。永剛結衣にとって価値のある何かを与えればいい」
勢いよく一本目のキャンディーを噛み砕く。そして、二本目のキャンディーを間髪入れずに口に入れた。
「勉強でもスポーツでも何でもいい。彼女にとって価値があるものが、人との交流を生むのならこの問題は解決だ。別に学校に来なかったとしてもな」
「……それを僕が提案すると」
「ああそうだ。もちろん、簡単なことじゃないぞ。人の考えを変えるというのは中々難しいものだからな」
「先生は何か考えがあったりするんですか?」
「いや、全くわからん。むしろ、君の方が適任だと思うぞ。私は永剛結衣に会ってすらいないからな」
確かに彼女のことを知っているのは、僕と郡さんだけだ。永剛さんにとって価値のあるもの。それを判断するためには、永剛さんについて知る必要がある。一番知っている僕たちが適任なのは当然だろう。
しかし、知っているといっても他の人と比べての話だ。たった二回会っただけで、その人のことがわかるはずもない。
——ブーッーブーッ―ブーッーブーッ―
ポケットのスマホが激しく振動した。振動している長さ的に電話だろう。先生の方を見ると、無言で『どうぞ』と合図してくれた。僕はスマホを手に取る。
画面にはなんと『今村環奈』と表示されている。わざわざ休日に何のようだろうか。っていうか、LINEの返事もなかったはずなのに。
ごちゃごちゃ考えている間に切られてしまいそうなので、とりあえず電話に出る。
「もしもし?」
『もしもし、今村です』
「どうしたの?」
『すみません。心配してくれたのに、LINEの返事をしなくて』
「いや、構わないけど。もしかして、そのために電話してきたの?」
『いえ……実は話しておきたいことがありまして。ちょっと直接は言いづらいですから』
え? なんだろう? 話しておきたいことで直接言えないことって何だろう? もしかして……いや、ない。期待したけどそれはない。流石に日が浅すぎる。少しは期待したいけど、確実にない。
「何かな」
でもちょっと期待してる自分がいる。心は正直ですね。
『あの……代表さんのことなんですけど』
ほらね。やっぱり違ったよ。けど、代表さんって——予想外の名前に少し緊張する。
「どうしたの?」
『あの人……少しおかしくないですか?』
「どうしてそう思うの?」
『うまく言えないんですけど……異世界転生するために仲間を集めているのはわかります。けど、それが永剛さんじゃいけない理由がない気がして……』
「それは人生に絶望してるからって言ってなかった? 今村さんも納得してたじゃない」
『はい、最初は正しいと思いました。けど、よくよく考えたら効率が悪いと思うんです。だって学校にすら来てないんですよ? そんな子を仲間にするより、学校に来ている子の中で本気で異世界に行きたいと思ってる子を探す方が楽そうじゃないですか』
確かに一理あるかもしれない。永剛さんをサークルのメンバーにするのはかなり難しいと思う。サークルへの理解を求める前に、半引きこもりの状態を解消しなくちゃいけない。ハードルが高いのは間違いないだろう。
『それに代表さんは世界転生がしたいんですよね?』
「そうだね。自分の人生がクソだから異世界で再スタートしたいんでしょ」
『なのに何で仲間探しばかりに比重を置いてるんですか? 何をすれば異世界転生に繋がるかはわかりませんけど、自分たちで異世界転生の方法を見つけるために行動するべきじゃないですか』
今村さんの言葉を聞いて、この一週間の出来事が順に頭の中を流れた。まず、郡さんたちは行方不明者を探していると言った。行方不明の人が見つかったのなら、その人が異世界に行っていた可能性があると。
しかし、戸籍がなく誰から生まれたかもわからない人間を探した方が圧倒的に異世界転生への解明に繋がるだろう。その人が異世界から来た可能性が十分にあるからだ。
行方不明者は本当に行方を晦ましていただけかもしれない。しかし、正体不明の人間は戸籍や出生の謎が絶対に残る。
それなのに行方不明者を探している。そして今回の件だ。永剛さんははっきりと僕たちを拒絶した。それなのに郡さんは永剛さんを全く諦めている様子がない。むしろ、絶対に仲間にするという信念すら感じた。
行方不明者が見つかっても、永剛さんが仲間になってもそれが異世界転生の方法を導くことに繋がるとは限らない。それなのに、なぜ郡さんはこれらの活動を行なっているのだろう。
『何か別の目的があって代表さんは動いていると思うんです。確証はないんですけど……』
僕の中のいろんな疑問がカチッとハマった気がした。
「ありがとう今村さん。きっと今村さんは正しいよ。また、今度しっかりと話してもいいかな?」
『——はい! 休日にありがとうございました』
今村さんはずっともやもやしていたものを誰かに話したかったらしい。電話を始めたときよりも元気が良さそうに感じた。
スマホをポケットにしまい、先生を見る。
「彼女か? 入学早々青春の日々だな」
「残念なことに違います。一つ確認したいことがあるんですけど——」
僕の問いかけに対して、先生は非常に満足そうな表情を浮かべた。そして、僕が何をしなくちゃいけないのか、その答えがはっきりとわかった。




