カウンセラー神田
土曜日
多くの人から愛されている曜日であろう。それは世間一般の休日が土曜日に設定されているからだ。土曜日に仕事がある人にとっては、さぞかし憎しみを覚える曜日であるに違いない。
そんな愛すべき休日に僕は第三高専に来ていた。もちろん、授業はないので学校にいる生徒のほとんどは、部活かサークル活動を目的としている。しかし、僕はそのどちらでもない。
学校に来てそのまま事務の人たちが仕事をしている建屋へと向かう。土曜日でも多少は出勤している人がいるらしい。
建屋につくと、すぐに事務室と書かれたドアが目に入った。数回ノックして、ドアを開ける。
「すみません」
「はい? どういったご用ですか?」
中では事務員が数人仕事をしていた。
「あの……神田先生の部屋を教えて欲しいんですけど」
「ああ! さっき電話くれた黒瀬くんですね。神田先生には連絡しておきましたよ。この建屋の三階に部屋はあります。待ってくれてると思いますよ」
「ありがとうございます」
学校に来る前、僕は第三高専の事務部に電話をしていた。その内容は「膝下ぐらいまである白衣を着ている、背が高くて若い女の先生の名前を教えて欲しい」というものだ。
そう、昨日出会ったあの女性教員のことである。流石にここまで情報が揃っているのなら、誰か特定するのは難しくないだろう。すぐに教えてくれた。名前は『神田美咲』というようだ。
それだけわかれば十分だったのだが、偶然にも学校に来ているとのことだったので、アポを事務員経由でとってもらった。少し話がしたかったのだ。
このような経緯で僕は、休日返上で学校に来ている。しかし、休日が潰れるという嫌な気持ちはほとんどなかった。
教えてもらった通り、三階へと向かう。すぐに神田先生の部屋は見つかった。ドアの前に立つと、ドアのガラス越しに神田先生の姿が見えた。向こうも僕に気づいたようで、ちょいちょいと手招きをしている。
「失礼します」
「おはよう少年。休日にわざわざご苦労なことだね」
「いえ、僕が来たいと思ったわけですから」
「ははは。別に電話越しでもよかったのに」
「……なんとなくですけど、直接話がしたかったんです」
神田先生は「そうか、そうか」と頷きながら、部屋の冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。
「コーヒーは飲めるか?」
「はい、ありがとうございます」
「まぁ、ゆっくりと飲みながら話そうじゃないか」
神田先生はコーヒーを一口飲む。それに合わせて僕も一口飲んだ。
「そうだ。自己紹介をしてなかったな。私は神田美咲という。この学校ではカウンセラーという立場だ」
「一年、電気電子工学科の黒瀬聡です。カウンセラーですか?」
「ああ。だから悩める生徒の相談相手になるのが、仕事というわけだ。だから、思う存分話したいことを話してくれ」
「……わかりました。けど、話したいのは僕のことじゃないんです」
「別に構わないよ。好きなことを好きなだけ話すといい」
神田先生がカウンセラーというのは初めて知った。だけど、この内容を話す相手としてはぴったりかもしれない。
「うちのクラスに一度も学校に来てない女の子がいるんです」
「——永剛結衣さん……だったか?」
「知ってるんですか?」
「一度飯島先生から相談されてね」
この学校は生徒が何をしてようと無関心だと思ってたけど、一応気にかけてはくれていたのか。ただ、永剛さんの様子から察するに、連絡が来たりはしていないのだろう。
「それで? 永剛さんがどうしたのかな?」
「先日——永剛さんの家に行きました」
「おや? 私の身近にも同じようなことをしたやつがいたな」
「へ?」
間抜けな声が漏れる。そして、軽人が言っていたことを思い出した。サークルの顧問はやたらと美人――だったはずだ。
まさか……
「失礼ですけど、その方の名前を聞いてもいいですか?」
「郡麗美——うちのサークルの代表だな」
「うちのサークルというのは……」
「異世界転生サークルだな。……うーむ、やはり口にするのは少し恥ずかしい」
先生は表情を隠すようにコーヒーを飲んだ。
偶然にもほどがある。たまたま知り合った先生が異世界転生サークルの顧問だったとは。
だけど、ここまで来て引くこともできない。先生経由で僕が変に行動をしていることが伝わる方が問題だ。
「その方と一緒に行ったんです。永剛さんの家に」
「ほう。君は異世界転生とやらに興味があるのか?」
「いえ、全くありません。説明すると長いですが、成り行きでそうなっただけです」
「はっはっは。郡のやることだ。どうせ無理やり君を連れ出したのだろう。だいたい予想がつく」
「まぁ……そんな感じですかね」
「それで? その永剛さんについて君は何を相談したいのかな?」
少し言葉が詰まる。言いたいことは明確だけど、どうやって言えばいいかがわからない。けど、取り繕った言葉に意味はないだろう。
「……僕は今の生活をやめさせるべきだと思います」
「学校に来させたいということか?」
「いえ、そうではありません。先生が言ったように、学校に来ることが善とは限りませんから」
「なら、なぜ今の生活をやめさせるべきだと思ったのかね?」




