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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
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初めてのお友達

 白子駅はまあまあの人が降りる。その多くは学生だ。サラリーマンもちらほらいるが、学生と比べると数は少ない。三重県は電車もそれなりにしか発達していないので、会社と駅までの距離が長いことが多い。そのため、多くの社会人は通勤手段に車を利用している。いや、利用するしかないのである。


  学生の海に紛れながら改札まで進むと、邪魔にならないように隅っこへ移動した。白子駅の改札は一つしかない。一度東京に行ったときは、あまりにも改札が多くてどこから出るべきかわからなくなったが、三重県ではそんな心配もない。

  ここで立っていればイマムラさんも必ず見つかるだろう。そう思いながら、続々と改札を出る人たちを見送る。一部の人たちからは「こいつなんでこんなとこに突っ立てんだ」という視線を向けられるが、鋼の精神で無視する。僕は変人じゃない。むしろ、善人として称えてほしい。


  何人もの人を目で追う。あの人は僕と同じ一年生かな、あの人は目が死んでるからブラック企業勤務かな、などと考えていると、一人の女の子が改札の前で固まっているのが目に入った。漫画みたいに慌ててポケットを漁り、あるはずのものがないと知ると、カバンの中をガサゴソと確認し始める。同じ制服を着ているし、間違いなくこの人がイマムラさんだ。


  さっさと返してあげよう。人だかりの中、荷物を漁るという行為は格好いいものではない。彼女も見られたくはないだろう。


「すみません」


 僕ができる最大限に優しい声音で声をかける。


「……はい?」


 彼女は少し泣きそうな顔でこっちを向いた。


 至近距離でその顔を見ると、なんというか日本人離れしている印象を受けた。髪の毛はわずかに茶色がかっており、うねうねとウェーブがかかっている。ポニーテールはギリギリできるかどうかの長さである。顔は作られたお人形のようだった。非常に美しいことには違いないのだが、ぱっちりした目元やあまりにも小さい顔は、自然にできたものか疑ってしまうレベルである。

 しまった、美しい顔を眺めるために声をかけたわけじゃない。このままだと、ただのナンパ野郎である。入学して早々、悪名を広めたくはない。


「これ、阿倉川駅で落とさなかった?」


 僕はイマムラさんの定期を差し出した。すると、ただでさえ大きい目元がさらにぱっちりと開かれる。


「あああ〜ありがとうございますっ!! これ、私のです! よかった〜」


 心底安心している。よかったよかった。


「そりゃよかった。気をつけなよ」


 そう言って彼女に定期券を渡すと、僕は改札を出ようと自分の定期券を取り出す。ここで自分の定期券がなくなっていると死ぬほどダサいけど、そんなヘマは犯していない。しっかり自分の財布に入っている。


「ま、待ってください!!」


 改札を出ようとしたところで、手首を掴まれた。手を握ってくれれば、女の子特有の温もりにどきりとしたかもしれないのだが、残念なことに制服の上から握られてしまった。惜しい。


「お、お礼を!」

「いや、いいよ。定期拾ったくらいで大げさな」

「いえ、そういうわけには行きません!! この定期は一万円以上の価値があります。そんな高価なものを拾ってもらったのですから、何かお返しをするのが筋です!」


 僕と似たようなことを考える子のようだ。しかし、本当に何かしてもらいたいわけじゃない。遠慮ではなく、必要ないのだ。だが、そう言ったところでこの子は納得しないだろう。そんな目をしている。

 はてさて、どうしたものか。何か言わないと僕も改札から出ることができない。それっぽい頼みにしておくか。


「……じゃあ、学校までの話し相手になってよ」

「……はい! 喜んで!」


 どうやら納得してくれたらしい。顔色がパアッと明るくなっている。脈が早くなるからやめてほしい。





「あの……」


 歩き始めてすぐに、イマムラさんは何か言いたそうにしだした。


「どしたの?」

「いえ……お名前を伺っていないなと思いまして……」


 確かに。僕は定期券に書いてあったから彼女の名前を知っているけど、僕の名前は名乗っていなかった。一緒に登校するのに、名前を知らないのも変な話だ。


「ああ、一年電気電子工学科の黒瀬聡くろせさとし。色黒の黒に、瀬戸際の瀬。聡明の聡って書いて黒瀬聡。僕自身が聡明かどうかについては触れないでくれると助かる」


「一年の電子情報工学かの今村環奈いまむらかんなです。一番想像しやすい今村に、一番想像しやすい環奈で今村環奈です。よろしくお願いしますね、黒瀬さん」


 なるほど、わかりやすい。今度から黒瀬を説明するときは、一番想像しやすい黒瀬というようにしよう。聡は……流石に無理か。


「別に敬語じゃなくてもいいのに、同じ一年なんだし」

「よく言われるんですが、癖なんです。関西弁とかと同じようなものだと考えていただければ……」


 敬語じゃないと喋りづらいというわけか。


「もしかしてだけど、お嬢様だったりするの?」

「その質問も非常に多いのですが、そういうわけではありません。定期券がなくなると冷や汗をかくくらいには、庶民的です。もっとも、お金に困っているというわけでもありませんが」


 確かに、お金持ちだったら数万円がなくなっても鼻で笑いそうである。そこまでのお金持ちを見たことがないから、ただの想像だけど。


「けど、珍しいね。うちの学校、女の子少ないのに」


 第三高専は工業系の学校ということもあって、男子生徒の割合が非常に多い。学科によっては女子の方が多いのだが、全体で考えれば男子の方が多い。特に僕が所属する電気電子工学科は一位、二位を争うレベルで女子が少ない学科である。


「あまり性別に関しては気になりませんでした。学校は何を学べるかが重要な場所ですから」


 この歳の女子高生にしては、しっかりした考えを持っているなぁ。そんな老け込んだことを考えてしまった。僕の同級生には制服が可愛いかどうかとかで、高校を選んだやつもいたぞ。


 しかし、本当にお嬢様ではないのだろうか。ただ、隣で歩いているだけなのに、背筋はしっかり伸びていてどこか気品を感じる。考え方も育ちが良さそうだし……


「黒瀬さんは何でこの学校を選んだのですか?」

「ああ、僕は……不純だよ。大学受験をしたくなかったからかな」

「あら! 勉強はお嫌いですか?」

「そういうわけでもないんだけどね。話に聞くと大学受験って相当ストレスがかかるみたいじゃないか。僕はそのストレスを知らないけど、避けておくに越したことはないかなって」

「なるほど、立派な考えだと思いますよ。リスクを避けてるわけですから」

「嫌なことから逃げてるだけとも言えるけどね」

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