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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
28/46

僕と不登校とトンカツ定食

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「異世界転生をしてまで、幸せな人生を望むこと事態が馬鹿げてる」


 永剛さんは残りわずかのトンカツを口に運ぶ。キャベツが山盛りに残っているが、苦手なのだろうか。


「方法はともかくとして、幸せな人生を掴むこと事態は間違ってないのでは?」

「……別に理想の人生のために努力するのは間違ってない。けど、私たちが子供の頃抱いた夢や理想は、叶わないことがほとんどでしょ? それが叶わなかったとしても、身近な幸せで代用して自分の人生は最高だと言い聞かせる。それが人間だと私は思う」

「……確かにそれはごもっともですね」

「異世界転生の方法がないとは思わない。けど、あの人が生きている間に見つからないとは思う。叶わない理想を追い続けるのが、本当に幸せとは思えない」


 そして永剛さんは、トンカツを全て食べきってしまった。ご飯とキャベツはまだ残っている。本当にトンカツしか食べていない。


「今、この瞬間が幸せかどうか、それが全て。手頃な幸せを見つけて、満足する努力も必要」


 正論だな……素直にそう思った。人間、生きる上である程度の妥協は必要だ。手に入らないものは手に入らないし、叶わない夢は叶わない。諦めずに努力することも大切だけど、折り合いをつけることも同じくらい大切だと思う。

 しかし……手頃な幸せねぇ……

 その言葉がどうしても引っかかった。


「……あなたもよくわからないクラスメイトのために、貴重な学生生活を割くのはやめた方がいい。私が迷惑なのはもちろんだけど、あなたのためにもよくない」

「……僕のことを考えてくれるんですね。少し意外です」

「根暗なオタクにだって人の心はある。無駄な努力をしている姿は、見ていて気持ちいいものじゃない」

「無駄な努力って……なんのことですか?」

「……あなたたちが私を学校に来させようとしていること」

「……少し意見の相違がありますね」


 永剛さんは初めてこっちを見た。僕と目があうと、すぐに目線を下げる。気まずそうに、山盛りになったキャベツを箸でいじっている。


「きっと郡さんは、あなたに学校に来て欲しいとは言ってないと思いますよ。あなたが学校に来ていない理由を教えてほしい、彼女の望みはこれだけです」

「……その理由を聞くのは、私を学校に来させるためじゃないの?」

「それはわかりません。ただ、僕たちは不登校のあなたを無理やり学校に来させるために、家を訪ねたわけではないです」


 そうだ。そこは間違っちゃいけない。


「僕たちはあなたを異世界転生サークルに勧誘するために、あなたの家に行きました」

「……それは実質的に学校に連れ戻すことに繋がるんじゃないの?」

「いえ、異世界転生サークルには学外の参加者もいます。あなたが加入してくれるのなら、学校に来ようが来まいがどちらでもいいでしょうね」


 あくまでも郡さんの考えっぽく言っておく。一応クラスメイトだし、永剛さんに学校に来てほしい気持ちがないわけじゃない。


「……なるほど。少し勘違いをしていた。けど、無駄な努力であることに変わりはない」

「はい、それは間違ってないと思います」

「……変な人」

「それは僕ですか? それとも郡さんのことですか?」

「……どっちもよ」


 永剛さんは箸で大量のキャベツを掴むと、口に放り込んだ。なんとも言えない表情で、もしゃもしゃと咀嚼している。


「お待ち。トンカツ定食だよ」


 意外と時間が過ぎていたのか、トンカツ定食がようやく僕の目の前に現れた。キラキラと輝く衣は、なんとも食欲をそそる。普通の黄緑色の千切りキャベツですら、どことなく色鮮やかに見える。空腹というスパイスの影響は絶大だ。


「……早く食べた方がいい。冷めると美味しさが下がる」

「そうですね。では、遠慮なく」

「……私は帰る。ごちそうさま」


 永剛さんはカウンターの上にお金をおくと、そのまま帰っていってしまった。店内を出るまで背中を目で追った後、トンカツに照準を定める。

 箸で触れるだけで、サクッと音が聞こえる。それを勢いよく口に放り込んだ。う、うまい。確かに先生がおすすめしてくれただけのことはある。

 黙々とトンカツ、キャベツ、ご飯のハーモニーを楽しむ。間に味噌汁を挟むことで、より味が深まっていく気がする。

 このトンカツ定食の前では、何もかも無力である。僕はただ、旨味の波に溺れるしかない。波がおさまるまで、争うことはできないのだ。


「坊ちゃん、さっきの子の知り合いかい?」


 波に揺られていた僕は、いきなり誰かに引き上げられた。顔を上げると、そこにはこの店の店長っぽい人がいた。


「知り合い……知り合いというには関係が薄い気がしますが、一応知り合いです」

「そうかい。あの子……昼間もここに来るんだよ。きっと学校に行ってないんだろ?」

「……まぁ……はい」


 肯定していいか迷う。あまり公にするような話でもない気がする。


「ここ二週間くらいずっとさ。最初は気にしてなかったんだけど、どうにも気になってね」


 きっと僕たちは店長の子供くらいの年齢だろう。赤の他人とはいえ、気になってしまうものかもしれない。

 もしかしてずっとトンカツ定食を食べているのだろうか。僕は永剛さんの残飯である千切りキャベツと味噌汁に目をやった。野菜も取らないと、病気まっしぐらな気がする。永剛さんの健康面が少し心配になった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  実に思春期らしい意見。夢想に浸れるほど無邪気でも無く、かといって現実に馴染むには社会経験が足りない気もしたり。  黒瀬君というよりも、永剛さんは自らに言い聞かせている様にも思えますね。手…
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