表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
26/46

先生part2

「さて、ゆっくりと準備を整えたまえ。私は自分の都合で、生徒を急かしたりはしないよ」

「ありがとうございます」


 と言っても、カバンを持てば帰宅準備完了である。


「学校には慣れたかい少年?」

「はい、一応は慣れました」

「そうか、第三高専は楽しいかい?」

「……それを判断するにはもう少し時間が必要かもですね」

「そうかそうか。当然だな、たった一週間程度でわかるはずもあるまい」


 部活・サークル見学があったのが火曜日、異世界転生サークルに初めて行ったのが水曜日、バイクの事故に巻き込まれたのが木曜日、そして今日が金曜日。

 もう一週間も経ったのか。時間が流れるのは早いものである。


「君にとって、この学校生活が楽しいものであるといいな」


 その先生はさも当然のことを満面の笑みで言った。その笑みを見ているとなんだか吸い込まれそうな気がした。

 それが理由かはわからないが、少しだけ話をしたくなった。


「……学校生活が楽しいことが、全員にとって理想だと思いますか?」

「ほう。君は学校生活が淡々したものであって欲しいのか?」

「いえ、それなりに青春っぽいことをして、それなりに笑えるものであって欲しいです。けど、みんながそう思っているかはわからないなって」

「確かに、人と関わることが嫌いだったり、朝早く起きるのが嫌いだったり、色んな理由で学校生活自体が面倒と感じているやつは少なくないと思う」

「ですよね。先生としては、そういった人たちも学校生活を楽しむべきだと思いますか?」


 すると、先生は少し黙った。顎に手を当てて考えるような仕草をした後、なぜか教室のドアを閉めた。


「先生という立場にいるから言わせてもらうが、私たちは学校生活を楽しいものにすることが使命だ。だから、学校生活は心の底から楽しいんだと生徒に思わせなくてはいけない。だから人と関わるのが苦手なやつには、協力することの喜びを、朝起きるのが苦手なやつには、朝早く活動するメリットを伝える。これが仕事だ」


「だがな……」と先生は言い、あたりを見渡した。もちろん、教室のドアは閉まっているから、僕と先生以外誰もいない。


「私個人としては、本人が幸せなら別に学校生活自体が楽しくなくてもいいとは思うぞ」

「……先生としての意見と個人としての意見は違うってことですか?」

「そういうことだ。できれば、このことは黙ってくれていると助かる。大人の事情ってやつだ」


 なるほど、先生という立場である以上はそれにふさわしい発言をしなくてはいけない。学校生活が楽しくなくても問題ないというのは、確かにふさわしくないかもしれない。

 けど、それを正直に語れるこの人には好感が持てる。綺麗事しか言わない人よりよっぽどいい。


「約束します。誰にも言いません」

「ありがとう。私も君が椅子を倒して恥ずかしそうにしていたことを黙っていることにするよ」


 誰かに話すつもりだったのだろうか。約束を交わすことができてよかった。


「君の悩みはこれで解消できたかい?」

「……いえ、実はまだ何も解決してません」

「おや? 私の答えでは不十分だったかな?」

「はい。実は僕……今日の夕食を何にするかで悩んでいたんです」


 そう言うと、先生は目を丸くした。そして、高らかに笑い始めた。


「はっはっは!! 君は夕暮れの教室で何を食べるか考えていたのか!」

「はい。けど、高校生にとって重大な問題ですよ。僕の手元には母親から渡された二千円があります。何でも食べられます」

「確かにその通りだ。私なら酒とツマミで消えてしまうくらいの金額だが、君たちにとっては大金だろうよ」


 大人になると酒とツマミで二千円が消えるのか。なんて怖い世界だ。


「はー笑った。いやいや、君は面白い人間だな。少し待っているといい」


 先生はスマホを取り出し、素早く入力すると画面を見せてきた。


「白子駅の近くに昔からやってる定食屋がある。二千円もあれば、ほとんどのメニューが食べられるだろう。だが、おすすめはトンカツ定食だ。揚げ具合が絶妙でとにかく美味い」

「へぇ……知りませんでした」

「穴場といえば穴場だ。うちの生徒でも知ってるやつは少ないだろうな」

「ありがとうございます。行ってみます」

「ああ、そうするといい」


 僕と先生は教室から出て、先生はしっかりと鍵を閉めた。


「いい夕食にありつけるといいな、少年」

「はい、ありがとうございました」


 お辞儀をして先生を見送る。抱えていた悩みが一気に解決した気がした。


面白かったら評価、感想などよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  先生としては、生徒に学校に来てもらう様にするというサービスは行わなくてはならない仕事であり。されど、個人と切り離して考えれば、それもまた違う考えになってしまうのは、そこに社会的な義務や使…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ