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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
19/46

ラブコメ派になりそう

 寝落ち――それは幸福でもあり、不幸でもある。

 幸福と考える人は、この瞬間のすっきり感がたまらないのであろう。実際、僕の頭はとてもすっきりしている。少しのもやもかかっていない。

 しかし、心の底から込み上がってくるのは後悔である。家に帰って、寝て、起きたらすぐに学校。これでは何のために生きているのかわからない。

 ベッドから起きる前に、スマホを手に取る。そしてアニメのダウンロードを始めた。今始めておけば、家を出る頃にはダウンロードが完了しているだろう。Wi-Fiがないところで、動画のダウンロードをするなど愚の骨頂である。

 作品はラブコメである。あまり見ないが、たまにはいいだろう。



「あんた、今日はテキトーに夜ご飯食べて」

 母さんは朝食を食べている僕の前に二千円を置いた。

「……とうとう、僕は家でご飯を提供してもらえなくなったのか」

「何言ってんの? 私は会社の飲み会でいないし、父さんは夜勤で夜ご飯食べないからだよ」

「息子の小ボケにもうちょっと乗っかってくれてもいいと思う」

「あんたも社会人になったらわかるわ。朝がいかに忙しいかがね」


 母さんは足音を鳴らしながら、部屋に出たり入ったりしている。主婦というのは大変だ。


「ねぇ母さん」

「なに? 私、今から化粧するから手短にね」

「母さんが別の世界に行ったら、その家事から解放されるとしたら行きたい?」

「……頭でも打ったの?」

「そうかもしれない。最近、どうにもおかしな人たちと関わっているせいで、毒されてるんだ」

「友達は選べよ。えーっと、考えるのが難しいけど家事から解放されることはないと思うぞ。それがどういった世界か知らないけど、私たちが生きることに変わりはないからな」

「……母さんは別の世界に行きたいとか思ったことはないの?」

「別に今の生活に不満はないしな。それに世界なんて、粗を探せばキリがないだろ。割り切って生きていくんだよ」

「なんだか、男らしいね」


 そう言うと、頭を叩かれてしまった。ただでさえすっきりしていた頭が、より一層覚醒した。



 ラブコメはいい。

 たまにしか見ないが、見るたびにそう思う。ただ、ラブコメを見すぎると、現実とのギャップに苦しくなってしまう。だからほどほどにしておかなくてはいけない。

 今日は今村さんと一緒じゃなかったけど、逆によかった。今、現実の可愛い女の子を見たら好きになってしまう。好きな男の子がいる女の子は、その男の子にラブコメを見せてからアプローチをするのがおすすめだ。効果は保証しないけど。


「朝からなにニヤニヤしてんだよ」


 登校したばかりの軽人がニヤニヤしながら声をかけてきた。


「朝からニヤニヤできるくらい、この世界が平和ってことだよ」

「おお〜やたらとポジティブだな。なんかいいことでもあったのか?」

「いや、むしろ状況はあまり良くないね。気分はいいけど」


 郡さんが事故に巻き込まれて、今村さんの様子がおかしかった。昨日の出来事を思い返すと、口が裂けてもいいことがあったとは言えない。

 ただ、僕の気分は悪くない。さすがはラブコメ。


「実はドMだったりするのか?」

「人の性癖を勝手に推測しないでくれないか?」


 きっとドMではないと思う。ドSかと言われれば違うと思うけど。


「そういや、今日は永剛さんの家に行くんだよな?」

「そうみたいだね。不本意だけど」


 昨日、明日なら行けると言ってしまったばっかりに、僕も永剛さんの家に行かなくてはいけない。サークルメンバーでもないのに、面倒なことである。できることなら行きたくないが、自分のせいで予定がずれたのに行かないのは筋違いだろう。


「……本当に行っても問題ないのか?」

「それは僕が行くことに対しての質問? そりゃあ僕自身は行きたくないよ。面倒だし。けど、昨日ああ言っちゃったからな」

「なんではっきり断らなかったんだよ」

「咄嗟に楽な言い訳をしちゃうことってあるじゃん?」

「まぁ……気持ちはわからなくもないけど……ってかそうじゃなくて永剛さんの家に行くこと事態に問題がないのかって話だよ。迷惑がかかるんじゃ……」

「それは行ってみないとわからないよ。異世界の存在と同じでね」


 我ながらうまいこと言ったつもりだったのだが、軽人はあまりよくわかっていないようだった。


 一コマ目の授業が始まる前に、担任の飯島が教室に入ってきた。ホームルームはないから、緊急の連絡だろうか。


「授業前に悪いな。昨日、近くの道路でバイクによる事故があった。幸い、怪我人は出なかったが、あのだだっ広い道路は速度を出しすぎるやつが多い。十分気をつけるように」


 それだけ言うと、飯島は教室から去っていった。ホームルームがないと、こうやってアナウンスをしなくてはいけないのか。なんだか、逆に大変な気がする。

 そういえば、郡さんはどうなったのだろう。あの後、警察の事情聴取を受けていたけど、その間に僕は帰ってしまったからな。まぁ、悪いことをしたわけじゃないし、すぐに解放されたとは思う。

 しかし、今村さんは少し心配だ。事故を間近で見て、ショックを受けたのかもしれない。昨日の帰り道は「大丈夫です」と言っていたけど、やはり気になる。

 とりあえず、LINEだけでもしておくか。

『大丈夫ですか?』

 なんとも当たり障りがない文面だが、昨日の今日だしこれだけでも伝わるだろう。内容を充実させすぎると、それはそれで気恥ずかしい。

 ちょうどLINEを送り終わったくらいで、チャイムが鳴った。過酷な授業の始まりである。




 これが毎日続くのか……

 授業が始まって数日だが、未来に不安を覚えるくらいに疲れた。昨日、寝落ちしていなければ、途中で夢の世界へ入っていただろう。

 タチが悪いのは授業中に寝ていたとしても、先生が注意しないところである。自己責任と言わんばかりだ。おちおち集中力を切らしていられない。

 休み時間のたびにスマホをチェックしたが、今村さんから返事はなかった。別に構内でスマホを触ってはいけないというルールはないのだが、授業が始まってからは触らないようにしているのかもしれない。

 もう一度スマホを確認するが、案の定返事はない。少し心配だが、これ以上僕が何かするのも違うだろう。

 とりあえず、前の席で机に突っ伏しているやつを起こして、部室へ向かうとしよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  やはり母を始めとして、年齢層が違う人に尋ねると答えも変わって来る所。社会人として、母として立場がある以上。それらを放り投げるつもりがない所が、朝の化粧のシーンからも伝わってきますね。  …
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