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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
18/46

言いようのない寂しさ 命と異世界

「……ということがあったんだよ」

「なるほど。どこまでがアニメを見すぎた我が息子の妄想なのか、母さんには判断が難しいぞ」

「残念なことに、全部本当なんだよなぁ」


 夕食のカレーを食べながら、母さんに今日あったことを話した。自分でも突拍子もない一日だったのは自覚している。しかし、事実は事実なのだ。


「それで、あんたはショックを抱えた女の子を送り届けて帰ってきたと」

「送り届けてはない。僕が遠回りをしない範囲で、一緒に帰ってきただけ」

「そこは家まで行かないとダメだろ。相手が弱ってるってことは、もう少しでモノにできるってことだぞ。ゲージが赤になったらモンスターボールを投げろって言われただろ」

「母さん、僕の同級生にポケモンはいないよ」


 それに息子に向かって弱っている相手をモノにしろってどんな教育だよ。


「そんな様子じゃ、息子が大人になるのは随分先だろうな。母さん心配だ」

「母さん、今の話で心配するのはそこじゃないと思うよ」

「事故つっても誰も怪我してないんだろ? じゃあいいじゃないか。どう考えても運転手が悪いし、その代表さんも間違ったことはしてないと思うぞ」

「けど、身を呈してバイクの前に飛び出すなんて、さすがに僕にはできないかな」


 今日と同じシチュエーションが起こったとして、僕はバイクの前に飛び出しはしないだろう。それをしないと子供が助からないとしても、多分できない。


「あんたがそんなことをしたら、間違いなくぶっ飛ばしてただろうな」

「あれ? さっき、代表さんは間違ってないって……」

「あのな、命の価値は人によって違うんだよ」


 母さんはカレーを食べ終え、飲み物に手を伸ばす。勢いよく飲み干すと、少し真剣な顔つきになった。


「深くは言わん。ただ、誰のためだろうが自分の命を粗末には絶対にするな。生きたくても生きられなかったやつもいるんだからな」

「……わかった」


 母さんに頭を激しく撫でられる。もはや鷲掴みにされていると言ってもいいかもしれない。けど、どこか嬉しくて少し切なかった。

 生きたくても生きられない人、それが誰のことを指すのかが思い浮かぶからだろう。



 そこからは別の話に切り替えて、食事を楽しんだ。父さんは今日も夜勤である。僕が帰る前に仕事に出かけ、学校へ行く頃には眠っている。同じ空間にいるのに、顔をあわせることは少ない。けど、つらい仕事を文句なくこなす、立派な父親だと思う。

 食事が終わると、自分の部屋のベッドに横たわり僕が最もアクセスしているアニメ配信アプリを立ち上げた。今季も異世界もののアニメが放映している。最近は一クールに二本くらいは異世界アニメがある。

 体は疲れているが、毎日のルーティーンを怠るわけにはいかない。僕はまだ見ていなかった異世界アニメをダウンロードし、一話を流し始めた。



 異世界転生系のアニメは、ほぼ異世界転生の原因が描かれている。線路に突き落とされたり、通り魔に刺されたり、ゆっくり走ってくるトラクターに轢かれたと思い込んで心臓麻痺になったりして異世界転生するケースもある。

 逆に最初からファンタジー的な世界が舞台になっているアニメは、異世界系と呼ばれることはない気がする。そもそも、異世界というのは自分の世界と比較した話であって、その世界しか知らないのであれば異世界なんて呼び方は生まれないはずだ。

 僕の現実も魔法を出したり、空を飛んだりする人からすれば異世界に等しいだろう。

 そのアニメは案の定、主人公が死んで異世界へと転生した。やはり死ぬんだな。異世界側の魔法によって召喚されたり、気づいたら世界が変貌していたりするケースもあるが、多くの場合は主人公が死んでしまう気がする。

 極端な話、死んだら天国に行くという考えすら、異世界転生の一種だ。だって別の世界に生まれているわけだからね。

 そこまで考えて、アニメの内容が全く頭に入っていないのに気づいた。とりあえず、再生を停止する。まったく、厄介なサークルに関わってしまったものだ。素直にアニメを楽しむこともできやしない。

 郡さんは車の前に飛び出したとき、何を考えていたのだろう。子供を助けたい、その気持ちは間違いなくあったはずだ。けど、もし自分が死んだら異世界にいけるのかもしれないと考えていたとも思う。

 そう考えると、急に寂しい気持ちになった。だって、異世界転生サークルというのは『この現実から自分を消したいサークル』ということでもあるのだ。もし、異世界転生が成功したなら、郡さんも近野さんもいなくなる。

 まだ数日の付き合いである。それに僕はサークルのメンバーじゃない。だから、僕が抱える悲しさは一過性のものだろう。

 けど、郡さんたちの両親や友人はどう思うのだろうか。

 アニメでは、異世界転生をした主人公の視点しか描かれない。けど、その裏では主人公の死に悲しむ人たちがきっといるはずなのだ。郡さんたちの願望は、そういった感情の上に成り立っている。悲しみを生まなければ、成立しない願望だ。

 いや……むしろ、逆かもしれない。誰も悲しんでくれる人がいないから、異世界転生をしたいと思うのだろうか。春樹が死んで、母さんも父さんもいなかったとしたら、僕も同じことを考えるのだろうか。

 考えれば考えるほど、異世界転生自体が恐ろしいものに思えてくる。異世界転生をするしかないと考えてしまう、郡さんの思想自体がとても怖くて寂しい。

 そんなことを考え始めたら、とても異世界アニメを見る気になんてなれなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  意図的に暈されているのか。そもそも異世界転生をする前の世界には、居なくなれば悲しむ人間の一人二人は居るはずだというのに、そう言ったものにフォーカスを当てないのは、何故なのだろうかとはいつ…
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