異世界を目指す仲間を探そう
異世界転生サークルにも顧問と呼べる存在はいるらしい。あのサークルの顧問って何をしてるんだろう。教師になっても異世界に行きたいとか考えるのかな。
軽人はその人に入部届を渡しに行ってしまった。一応、今日サークルに顔を出すことを伝えるとものすごく喜んでいた。いや、入るつもりはないんだけどね。
長い階段を登ってサークルへと向かう。すると、踊り場で今村さんが待っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。社交辞令じゃなく、今日は本当に疲れたよ」
「正直、私もです。授業大変でした……」
わかりやすく大きなため息をつく。まぁ僕だけがつらいと感じているわけじゃないのでよしとしよう。
「自分から誘っておいてなんですが、本当に来てくれてありがとうございます」
「流石に女の子からの誘いをドタキャンしたりはしないよ」
「女の子じゃなければドタキャンするんですか?」
「僕の良心が痛まない相手だったら、可能性はあるね」
男なんてそんなもんだと思う。たとえ知らない女の子であっても、雑に扱うことはできないのだ。
「なんだか……黒瀬さんって正直ですよね」
苦笑いをしながら言われてしまった。きっと褒めているわけではないのだろう。
「そうだね。あまり嘘は得意じゃないかな。必要があれば使うけど」
「私も嘘は苦手です。必要があっても、なるべく使いたくはありません」
少し背中が寒くなった。郡さん相手にお世辞なしで突っかからないか。
――そしてそれに僕が巻き込まれないか、とても不安である。
「ここですか?」
「そうだよ。とりあえず、いきなり入っても大丈夫だと思う」
ここで突っ立っていると、昨日の軽人の二の舞になってしまう。それは御免だ。僕はドアに手をかける。
「関係者以外立ち入り禁止と書いてますが……」
「僕は昨日ここに来てる。それに同じ学校の生徒である以上は、みんな関係者だよ」
「物は言いようですね……」
少し呆れられた気もするが、気にしないでおこう。
「失礼しまーす」
「こんにちは。あれ? 海木くんだと思ったけど、黒瀬くんが来たんだ」
部屋には近野さんしかいなかった。このサークルの主は不在のようである。
「彼は入部届け出しに行くって言ってました。そして今日も僕は付き添いです」
今村さんは僕の隣に立ってお辞儀をする。
「一年電子情報工学科の今村環奈です。サークル見学をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「おお〜女の子とは意外だね。大歓迎だよ。ちょっと待っててね。麗美は授業が長引いてるみたいなんだ」
「はい、あの部員って……?」
「ああ、僕と代表の郡麗美ともう一人だけだね。今日、海木くんが入ってくれれば合計四人かな」
僕は顔を見たことがないが、もう一人部員がいるらしい。誰だろう。このタイミングで新入生とは考えにくいから、二年生だろうか。
「意外と人数が少ないんですね」
「まぁ、去年できたばかりだしね。麗美はあんな性格だから、少し興味を持ってくれた人も逃げちゃうんだよ」
なんとなくわかる気がする。そう考えると、彼女を魅力的と思える軽人は、やはりこのサークルに入るべき存在だといえるのかもしれない。
「昨日、黒瀬くんにはおおよそ活動内容を伺っております。現実的かどうかはさておき、熱意は伝わってきました」
「そうなんだ。君たちは随分親しいみたいだね」
「僕が彼女の落し物を拾ったんです。決して、僕が軽薄な男というわけではありません」
一番大切なポイントを強く念押ししておく。僕が郡さんにも手をだすと思われたくない。なんとなくだが、近野さんは怒ると怖そうである。
「別にそんな風に思ってないよ。まぁ立ったまま待つのもなんだし、座りなよ。もう少しで来ると思うからさ」
と言って、近野さんはまたお茶とお菓子を出してくれた。怒ると怖そうだが、いい旦那さんになりそうな人である。
バンッッッッ!!!
僕たちはたわいもない話で盛り上がっていると、ドアが壊れるんじゃないかってくらい勢いよく開いた。
「あら? 黒瀬くんじゃない?」
「今朝ぶりですね。っていうかなんでそんなに怒ってるんですか?」
「あのクソ男、あの程度のプログラムくらい時間内に完成させろっていう話なのよ。あんなやつに任せたせいで、授業時間が伸びたって考えると腹立たしくて仕方ないわ。だいたい、情報系の学科に入っておいてjavaもまともに使えないとかどういうつもりなのよ。C言語からやり直せよ。それに……」
聞き取れるかどうかという早口でまくし立てられてしまう。
「つまりね、グループでやらなくちゃいけない課題があったのに、麗美以外の人ができないせいで授業が遅れたのに苛立ってるんだよ」
「なるほど。よく理解できますね」
近野さんが説明してくれた。さすが、付き合いが長いだけはある。
「はぁ〜〜イライラはするけど、気にしても仕方ないわ。ってあら? お客さんもいるじゃない」
今まで今村さんの存在に気づいていなかったようだ。さっきまでの態度を見られたことを気にしている様子は一切ない。全校生徒の前であんなことができるのだから、当然かもしれないが。
「初めまして。一年電子情報工学科の今村環奈です。今日はサークル見学で来させていただきました」
「ああそう。二年の電子情報工学科の郡麗美よ。最近、やたらと真面目そうな訪問者が多いわね」
「そうだね。冷やかしが山ほど押しかけてきたときと比べればマシだと思うけど」
「思い出させないで。胸クソ悪いわ」
「あの……」
今村さんが言い出しずらそうに小さな声を出した。
「なにかしら?」
「今から何をするつもりなんですか?」
「ああ、そんなこと。近野くん、めぼしい情報はあった?」
「いやまったく。世の中は平和だよ」
「なら、今日は情報収集はやめにするわ。一つ、やりたいことがあるの」
そう言うと、郡さんは部屋の奥にある倉庫のような場所からホワイトボードを取り出してきた。
「今村さんだっけ? サークル内容について知りたいなら、近野くんに聞いてくれると助かるわ。私はやりたいことがあるの」
「昨日、黒瀬くんにおおよそは聞いています。今日はこのサークルが実際に何をしているのかをこの目で見たかったんです」
「なるほどね。じゃあそこで見ているといいわ。邪魔しない限り、邪険に扱うつもりもないし」
「ありがとうございます」
郡さんはホワイトボードに文字を書き始める。そして、僕たちにそれを見せつけると
「今日は仲間を増やしに行くわ」
胸を張ってそういった。
そこに書かれていたのは『永剛結衣』という名前。まだ顔も知らない、僕のクラスメートである。




