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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
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顔も知らぬ少女

 教室に着くやいなや、僕のスマホが震えた。取り出して通知を確認すると、今村さんからLINEが来ていた。


「放課後に教室まで伺います」


 まるで僕が手のかかる子供みたいだ。しかし、今村さんが教室まで迎えにきてしまったら、僕のイメージはいよいよ覆せなくなってしまう。それは困る。


「現地集合にしよう」


 そう送ると、今村さんから親指を立てたスタンプが送られてきた。納得してくれたようでよかった。


「おっはよっと」


 スマホの画面に集中していると、いきなり軽人の顔が飛び込んできた。僕が女の子だったら胸でも踊ったのかもしれないが、あいにくそんなことはない。むしろ、男の顔を至近距離で見るというのは中々不快である。


「おはよう。朝から楽しそうだね」

「お前は朝から暗いじゃねぇか。元気出していこうぜ」

「高校デビュー(仮)を決めた君とは違って、オタクの僕が朝とわかりあうのは無理だよ」

「それってオタク関係あるのか?」


 あるに決まっている。自分でいうのもなんだが、僕は一般的なオタクだ。つまり、この世界のオタクの共通認識が僕の認識ということになる。オタクに朝と夜、どちらが好きか質問してみるといいだろう。答えは明らかである。

 そもそも、深夜にアニメが放送している時点でお察しだ。


「まぁいいけど。そういや、やっぱり俺入ることにしたよ」

「いいじゃないか。これから楽しい楽しいサークル生活が待っているというわけだ」

「迷うところはあったけどな。正直、今でもわからないことだらけだし……」


 不安になるのはわかる。けど、その不安が解消されることは絶対にない。箱の中の猫が生きているのか、死んでいるのか、箱を開けた人間にしか確認できないように、異世界転生サークルの実態を知りたければ参加するしかないのだ。


「最悪、途中でやめたっていいじゃないか。君にはその権利があるんだ。無理に続ける必要はない」

「そうだな……とりあえず入ってみないとわからないよな」


 せっかく新しい環境に身を置こうとしているのに、どこか楽しくなさげである。無理をして入る必要もないと思うのだが、軽人が考え抜いた結果に水を刺すのも申し訳ない。

 それに悪いサークルではないのだ。やっていることは摩訶不思議だけど、そんなことをいったらオカルト系のサークルとか、SF系のサークルとかも同じである。

 帰宅部の僕がいうのもなんだが、サークルに入るのは決して悪いことじゃないだろう。


「さてと、入部届でも書くかねぇ」


 軽人は自分の席に正しく座り直し、先日配られた入部届けを書き始めた。ちなみに、僕の入部届は自宅のゴミ箱の中である。





 テストの点が取れなければ留年。第三高専における絶対のルールである。しかし、裏を返せばテストの点が取れれば何をしていてもいいということになる。授業態度を細かくチェックされたり、内申点のために積極的に授業に参加したりする必要はない。

 多くの生徒はこのルールをむしろプラスに捉えていただろう。かくいう僕もそうだ。拘束が少ない自由な学校生活を送れると思っていた。


 ――そのあまりにも安易すぎる考えは、授業が始まるとすぐに崩壊した。


 あまりにも進むペースが早いのである。正直、寝ている場合ではない。全力で授業に耳を傾けても、理解するのに精一杯である。

 僕は頭から湯気が出そうになりながら、必死に授業に食らいついた。




「つ、疲れた……」


 自然と言葉が漏れる。それくらい疲れた。あまりにもペースが早いので、途中で理解するのを諦めたくもなった。しかし、それで留年しては元も子もない。成績が悪いのは構わないが、留年は勘弁だ。

 授業が終わると、一部のクラスメイトたちがジャージに着替え始めた。すでに入部した人も多いようだ。

 ちなみに軽人は机に突っ伏している。眠っているのか、絶望しているのかは知らない。

 今村さんを待たせるのも悪いから、とりあえず異世界転生サークルの部室まで向かうとするか。そう思って席を立った瞬間、今日初めての顔合わせとなる担任の飯島が教室に入ってきた。キョロキョロと教室を見渡している。何かを探しているようだ。


 すると、視線を動かし続けている飯島先生と目があった。


「えーっっと……黒瀬!」

「はい、黒瀬です」


 思い出すのに時間がかかったが、どうやら覚えているようだ。


「今日、永剛って学校来てたか?」

「永剛さん……ですか?」


 僕は授業前の点呼を思い出す。確かに、永剛さんが呼ばれると誰かしらが「休みです」と返事をしていた。


「来てないと思います」

「そうか……ありがとな」


 そういって飯島先生は教室を出ていった。永剛さんは昨日も学校に来てなかったけど、入学早々風邪でもひいているのだろうか。お気の毒に。


「永剛さんって一回も学校来てないよな」


 気がつくと後ろに軽人が立っていた。眠そうに目をこすっている。


「学校に来てないのと、学校に来て眠っているのとはどちらが有意義なんだろうね」

「だってよぉ〜何言ってるか全然わかんねぇんだもん。あんな意味がわからない言葉使われたら、誰だって眠くなるっつーの」


 僕が知っている限り、今日の授業はすべて日本語だった気がする。けど、意味が理解できないという感情は理解できる。


「っていうか永剛さんの話だよ。女の子だから、登校しづらいのかねぇ」

「永剛さんって女の子なの?」


 てっきり男だと思っていた。


「女の子だよ。永剛結衣えいごうゆいさん、入学式ならまだしも、授業休みすぎると留年するぜ? 大丈夫なのかねぇ?」

「さぁね、留年したくないならいつか登校するんじゃない?」

「まぁ心配してもしゃーねぇーしなー。せっかくの紅一点だから、学校には来て欲しいんだけどよ」

「君みたいな考えの人がいるから、学校に来たくないと思うのかもしれないよ」


 このクラスは男だけだと思っていたが、一人だけ女の子がいたらしい。自分が異性だらけの教室に登校する姿を想像する。……場違い感に寒気がした。別の学校に転校するのも考えるかもしれない。

 もしかしたら、学科選びを間違えたのかもしれないな。そう考えると、少しだけ顔も知らぬ永剛さんが可哀想に思えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  異世界転生サークルについて考える事は増えたとしても、目の前に聳え立つ現実を乗り切らねばと言う問題にもぶち当たっている所。  自主性を尊重するなら、それに見合うだけの能力を示さなければなら…
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