不思議な点がポツポツと
軽人は家が高専の近くにあるらしく、帰りは僕一人になった。
トボトボと帰り道を歩く。不思議とすごく疲れた。頭が重い。
自然と異世界転生サークルのことを思い返す。今もネットで行方不明者を探しているのだろうか、それとも自称異世界転生をした人間を探しているのだろうか。
部室には二人しかいなかった。たまたま二人だけだった可能性もあるが、それにしては数が少ない。代表が二年生というのも珍しい。最近できたサークルなのだろうか。
そんなことを考えていると、さらに脳が疲れてくる。やめだやめだ。切り替えよう。
僕はイアホンを取り出し、アニソンの世界へ飛び込もうとした。すると、
「黒瀬さん!」
後ろから非常に可愛らしい聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ああ、今村さん」
「お疲れ様です。あれ? 帰るの遅いんですね」
「ちょっと厄介な友達にサークル見学に付き合えって懇願されてね。不本意だけどこの時間になっちゃったんだよ」
「そうだったんですか。私もサークル見学をしてきたとこです」
それにしては帰る時間が早い気がする。部活の多くは十八時くらいまで活動をしているが、今は十五時である。まあ、僕が気にすることではないけど。
「文芸部、茶道部、美術部……どれもしっかりと活動はされていたのですが……」
「やっぱりやる気は感じられなかった?」
今村さんは黙って頷く。そりゃそうだろうな。陸上部のときは、それなりにやる気があるやつも多かったし、僕もその一人だった。けど、それはあくまでも運動部だからであり、大会という明確な目標があったからだと思う。あの熱量はやはり運動部特有のものだ。差別をするわけではないが、文化部はどこか大人しく綽々と活動をしているイメージがある。熱意を持って取り組んでいる人が多い気はしない。
「きっと、あの人たちなりに真剣にやってるんだと思うんです。けど、外から見るとどうしても……」
直接批判する言葉を避けるあたり、本当に優しい人なんだと思う。仮に文化部の人たちが真剣でなかったとしても、それは悪いことではない。むしろ、場違いな真剣さを要求しているのは彼女のエゴなのだ。それを自分でもわかっているのだろう。
「明日も見学に行くつもりなんですが、前途多難かもしれませんね」
この子が求めている部活やサークルはこの学校に存在するのだろうか。もしかしたら、学外の活動に精を出した方がいいのかもしれない。
「そういえば、黒瀬さんはどのサークルの見学に行ったんですか?」
「……あ〜え〜っと」
言い淀んでしまう。異世界転生サークルという単語を口に出した時点で、今村さんから距離を取られてしまう気がした。変人認定されるのは避けたい。
今村さんは「何で言わないんだこいつ」みたいな顔をしていたが、すぐにその理由を察知したのか、苦笑いを浮かべた。
「……もしかしてあのサークルですか?」
側から聞いた人であれば、どのサークルかわからないだろう。けど、僕にはあのサークルがどのサークルを指しているのかすぐにわかった。あれだけ悪目立ちしたサークルだ。参加者は少なくとも、知名度は高い。
「そうだね。変わった友人を持ったよ」
あくまでも軽人のせいにしておく。僕は関係ありません。
「私は文科系のサークルは一通り見学するつもりだったのですが、あのサークルはどうするか迷ってたんです。そもそも、文科系なのかどうかもわからなかったですし……」
「まぁ確かに何をやってるかはわからないよね」
「あの……よろしければサークルの活動内容について教えてくれませんか? 一応、参考にしておきたいんです」
「……僕がいうことじゃないけど、君が求めているサークルとは違うと思うよ」
「それでも知っておかないと判断できません。知らないのに無価値だと決めつけるのはよくないと思います」
そう言われてしまっては、僕も返す言葉がない。僕は彼女になるべくわかりやすく伝わるように、今日あったことを話し始めた。
僕の話を聞きながら、彼女は時折難しい顔をした。僕が言っていることが理解できなかったのか、異世界転生サークルの理念そのものが理解できなかったのかはわからない。ただ、彼女は話終わるまで口を挟まずに聞き続けた。
「なるほど……なんだが、思ったよりしっかりしているサークルなんですね」
「そうだね。目的の正しさはともかくとして、やっていることは間違ってないと思う」
「私もそう思います。少なくとも今日見学したサークルの中では、一番やる気があると思います」
「熱量だけは僕も感じたよ。ただ……」
僕はなんとなく自分の心に引っかかっているものを話した。なぜ、郡さんが異世界転生のみに固執するのか、異世界転生の存在を確かめる方法は他にないのかなど、疑問を吐き出した。
「確かに、異世界転生という行為の存在自体を確かめるなら、異世界転生をした人を探すのが一番合理的です。今の異世界転生サークルさんのやり方は、時間も使いますし正確性に欠けます。非常に回りくどい気がします」
「そうなんだよね。僕だったら別の手段で異世界転生の方法を見つける気がしてさ」
「……ですが、その方法は本当に現実的なのでしょうか?」
「え?」
間抜けな声が漏れてしまい、少し恥ずかしくなる。現実的かどうかを聞かれれば、異世界転生の方法を探すという行為自体、すべて現実的じゃない気がする。
「例えばですけど、私が地獄の存在を明らかにしたいと考えたとします。地獄にいそうな架空の生命は……鬼でしょうかね。鬼を見つければ、地獄の存在を証明できるとしましょう。しかし、一個人の操作能力で鬼を見つけるのは至難の技だと思います。そもそも、世界各地を調査する能力がありません。ただのサークルに関しても同様でしょう。もし、鬼が本当にいたとしたら、高い調査能力を持つこの国の偉い人たちが既に見つけています。ただのサークルの力が及ぶ案件ではないでしょう」
「つまり、異世界転生をした人を探すというのは、合理的だけどサークルの活動としては現実的じゃないってこと?」
「そういうことです。むしろ私が疑問なのは、なぜそんなサークルを立ち上げたのかという点です」
「そりゃあ異世界転生をしたかったからでしょ?」
「私が自分の人生に絶望して、別の世界で本気で生まれ変わりたいと考えたのであれば、自ら命を絶つと思います。仮に異世界に行けなかったとしても、この世界からは間違いなく脱出できます。世界に絶望しているなら、別の世界にいくことよりも今の世界から抜け出すことの方がよっぽど重要な気がするんです」
確かにそうかもしれない。郡さんに限らず、自分の人生に絶望している人は多いだろう。しかし、その多くが自ら命を絶つか、諦めて惰性で生きるかのどちらかの選択をしていると思う。異世界転生という不確定な要素に向かって前向きに生きられる人間が「人生はクソ」と表現をすること自体、おかしな話かもしれない。
「あの……お願いがあるんですけど」
「ん? どうしたの?」
「今の話をしていたら、少しそのサークルの存在理由に興味が湧いてきたんです。よろしければ、明日連れて行ってくれないでしょうか?」
僕はこの瞬間、二度と関係ない人に異世界転生サークルの名前を出すものかと誓った。本当、勘弁してほしい。




