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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
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彼女は異世界に行きたい

「突然ですが、私は自分の人生をクソだと思っています」


  パンチのある台詞を、体育館に押し込まれた二百人あまりの新入生の前で放ったのは、艶っぽい黒髪を頭の高い位置でまとめている女生徒だった。

  僕はこの世に存在する髪型の中で、最もポニーテールが好きだ。今まで見てきたアニメでは、もれなくポニーテールのキャラを推していたし、街中でポニーテールを見かけるとなんとなく視線を向けてしまうくらいには好きだ。

  だからこそ、この『部活・サークル紹介』でポニーテールの彼女がスタンドマイクの前に歩いてきたときは胸が踊った。最初は帰宅部志望の僕が、なぜこんなイベントに参加しなくてはならないのかと思ったけれど、彼女の美しいポニーテールを見られたので満足である。

 そして顔も物凄く整っている。可愛いというよりは、美人寄りだ。そこの線引きがどこにあるのかはわかっていないけれど、周りのクラスメイトがボソボソと「すっげぇ美人じゃん」「スタイルもよくね?」「彼氏いんのかな……」などと呟いていたから、僕の感性は間違っていないのだろう。

  そんな美人さんの参加しているサークルだから、今まで雑談混じりに聞いていたクラスメイトも自然と彼女の方へ意識を向けている。もはや部活やサークルの紹介の場ではなく、上級生の美人やイケメンを見るためのイベントとなりつつあった。このイベントを企画した教師の気持ちを考えると、少し切ない。

  そんな浮ついた空気の中、放たれたその言葉は聞き間違いと感じてしまうくらいに現実味がなかった。しかし、堂々としたその態度を見ていると、決してふざけているわけではないのだろう。


「始めまして、新入生の皆さん。私は、異世界転生サークルの代表、二年の電子情報工学科、郡麗美こおりれみといいます」


  郡麗美と名乗る女生徒は深々とお辞儀をした。それに合わせるように、僕たち新入生は首だけを動かす。 しかし、しばらくすると圧倒的な違和感が僕たちにざわめきを与えた。


「異世界転生……?」「聞き間違いか?」「アニメ系のサークルなのかな?」


  異世界転生サークル。異世界転生という言葉は知っている。というより、僕のようなアニオタで知らない人はいないだろう。異世界に転生しちゃって冒険が始まる系のアニメやラノベは人気が高いし、作品数も多い。僕もかなり好きで、色んな作品を見てきた。

  しかし、異世界転生サークルという言葉は聞いたことがない。

 頭に?が浮かんでいる僕たちを見回すと、郡さんは納得したような表情を浮かべた。


「皆さんの考えていることはわかります。このサークルに疑問があるのでしょう。異世界転生サークル。一体何をするサークルなのか、言葉だけではわからないと思います。この国立第三工業高等専門学校に入学した聡明な皆さんでも、こいつ何言ってんだろ……だめだこいつ、早くなんとかしないと……となっていることでしょう」


  有名なネットスラングを交えながら説明する郡さんに対して、わずかばかりの笑いが溢れる。しかし、次の彼女の発言が、緩んだ空気を一気に引き締めた。


「異世界転生サークル。それは私たちが今いる世界を脱出し、異世界へ行くことを目的にしているサークルです」


  ……は?



  冗談は顔だけにしてくれと言いたいところだが、至って彼女は真剣そうである。なんてこった。これがいわゆる残念な美人というやつか。残念なイケメンは知り合いにいたけど、残念な美人と遭遇するのは初めてである。

  体育館中が沈黙に包まれた。しばらくすると張り詰めた空気の中、小さな言葉が聞こえた。


「無理に決まってんだろ……」


  誰かが放ったその小さな一言が、沈黙に穴を開けた。そして破裂する風船のように、一気に体育館中が嘲笑の渦に包まれた。集団の中でなら、他者を笑ってもいい。そういう考えなのだろう。

  その気持ちはよくわかる。誰が本当に異世界に行けると思っているのだろうか。僕たちの多くは社会の厳しさや現実の残酷さを知らない子供だけど、夢物語が実現しないことくらい知っている。

  だいたい、この歳になると夢を追うことすら馬鹿にされるものである。僕の中学時代の友達にも「アイドルと結婚する」ことを目標にしている奴がいた。そいつはクラスメイトから散々馬鹿にされていた。けど、馬鹿にしている奴の夢もプロ野球選手とか声優とかだった気がする。果たして、アイドルと結婚するのと現実味がないのはどっちだろうか。僕にはよくわからなかった。

  結局、自分には不可能と思っていることを「できる!」と豪語する奴は笑われるのである。笑っているこいつらも、理論で異世界に行くことが不可能だと説明できるわけではあるまい。何も知らないのに、同調圧力と固定概念に囚われて人を馬鹿にしているのだ。

  少なくとも、僕は彼女を笑う気になれなかった。異世界なんて行けるわけないと思っているけれど、あくまでも僕の考えに過ぎない。彼女には彼女の考えがあるのだろう。それを否定できるほど、僕は完璧ではない。

  何より、笑っている奴と同じになってしまうのが、たまらなく嫌だった。

  笑われている彼女が見ていられなくなり、目を下にそらした。すると

 


「シャーラーーーッップ!!!!」



  マイクを介さずに放たれたその大声が、嘲笑の渦を切り裂いた。


「……ふぅ。大声を出すと疲れますね。てか、こんな畏まった喋り方も疲れるわ。散々笑われたし、もう何でもいいや」


  郡さんは頭をガシガシと掻き毟った。ポニーテールが崩れるのでやめてほしい。


「私は別にあんたたち全員に共感してほしいとも思ってないし、サークルに参加してほしいとも思ってないわ。けど、この中にこのサークルの興味を持つ奴がいないとも限らないから、一応話だけはしておく。笑いたければ、話し終わってから勝手にして」


  スタンドマイクから荒々しくマイクを引き抜く。そして、一歩僕たちの方へと近づいてきた。


「最初に言ったけど、私の人生はクソよ。そして、その最大の理由なのが、この世界。何の面白みもないこの世界よ。 私を笑ったあんたたちは、さぞかしこの世界が楽しいのでしょうね。一部の選ばれた人間しか、本当の意味での自由を手に入れることができないこの世界が、あんたたちにとっては楽しいんでしょう。それならそれでいいわ」


  語気を強めながら、郡さんは捲し立てるように語る。こんなに短時間でキャラ崩壊することがあったろうか。僕からすればキャラはいくら崩壊してもらおうと構わないのだが、そのポニーテールだけは崩壊させないでほしい。


「けど、この中に私と同じように自分の人生がクソで、どうしようもないくらい人生に絶望してるってやつがいたら、異世界転生サークルに来なさい。ただ、命を捨てるなんて勿体無いわ。せめて、次は理想の世界に生まれることを確定させて死にましょう。どうせ人生が終わってるんだから、無駄な努力だろうと鎌いやしないわ。以上! 私を笑ったあんたらの人生が、最高に笑えるものであることを願ってるわ」


  そう言い残し、郡さんは壇上から姿を消した。


 今の僕たちを形容するなら、唖然とか、開いた口が塞がらないとかがぴったりだろう。けど、さっきまで醜く他者を笑っていたやつが、間抜け面をしているのは気持ちいい。

 最後のセリフは僕たちの人生が面白ければいいねというエールだったのだろうか、それとも彼女からして笑えるものであればいいという皮肉だったのだろうか。

  どちらにせよ、僕は今日の「部活・サークル紹介」で異世界転生サークルが一番印象に残った団体となった。参加する気は更々ないが、美しいポニーテールとアニメのワンシーンのような演出を見せてくれたことには礼を言わなければ。


  その日、家に帰った僕は異世界もののアニメを見ながら眠りについた。彼女の言うとおり、この世界よりは面白いのかもしれないと思う。けど、通り魔に刺されたり、トラクターに轢かれたりするのは勘弁してもらいたい。

  そんなひどい目に遭わないと異世界に行けないのなら、この世界で楽しみを探そうではないか。当たり前のことだが、そう思った。

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