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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヤンデレ令嬢はヒロインに敵わない

 

 わたしはどこにでもいるスラム街の有象無象だった。ええそうなのよ、『だった』んだって。


 それがナンダナンダと男爵家に養子として拾われて、こうしてお貴族様と一緒に王立学園に通うことになったんだよね。


「ご機嫌よう」


「ご、ご機嫌よう……」


 一ヶ月以上は通っているけど、やっぱり慣れないっ。なにご機嫌ようって? もう挨拶からしてっ、とにかくもうなんだよう!!


 はぁ。スラム街で野垂れ死ぬとかくそったれどもの欲望発散用肉人形にされるよりはマシっていうか、もう完全に人生勝ち組なんだろうけど、こう、人には向き不向きがあるっていうかさぁ。フォークやナイフより重たい物持ったことありませんってな感じのお嬢様と話を合わせるのも一苦労なんだよねえ。


 そもそも共通の話題がないっ。こっちには良質な残飯が取れる穴場とか襲われた時の対処法みたいな引き出ししかないんだけどっ。


 恵まれては、いるんだろう。

 どうしようもない袋小路から運良く(問題なければわたしなんか探し出すこともなかっただろうしやっぱり運良く男爵家で色々あったんだろう)這い上がることができたんだ。それ以上を望むのは強欲ってもの。そうよ、屋根があって美味しいご飯が三食食べられてふかふかのベッドで眠れるなんて幸せに決まっているっ。


 しかも、


「メリーナさまあ」


 ガシィッ!!!! と。

 肩を掴んで、わたしの名前を呼ぶ声が響く。


 ドロドロとした、生きるためなら殺しも厭わないスラム街のくそったれどもが霞むほどに禍々しい気配が膨れ上がる。


 やっぱり上のほうの貴族はこうして常に気を張っていないといけないんだろうなと思いながらわたしは振り返る。



 そこに絶世の美女が立っていた。



 マントのように広く深く広がったキラキラの金髪に透き通るような赤眼。学園には多くの令嬢が通っていて、その誰もが(将来の妻という『記号』に美人のという冠をつけてステータスとするために)お金をかけて美貌を磨き上げているというのに比較にすらなっていなかった。


 見ているだけで世界が霞む。

 たった一人、彼女だけがくっきりと浮かび上がる。


 究極とはこのことで、美女とは彼女のためにだけ存在する言葉で、とにかくもう凄かった。


 シルフィーネ=クリューロンド公爵令嬢。

 男爵家と公爵家、いかに同じ貴族であっても立場に差がありすぎて本来であればこうして声をかけられるはずがなくて、ましてやメリーナ『さま』なんて呼ばれるようなわけがなくて。


 それじゃあなんで『さま』なんてつけて呼ばれているって? そんなの知るかこんにゃろーっ!!


 ああもう周りの視線が凄いことになっている。慣れない、やっぱり全然慣れなーい!!


「今の、なに?」


「は、はい? 今のって、なんのこと???」


 美女って得だよね。だって怒った顔も可愛いんだもんこんなの反則だよう!!


「なんでわたくし以外の人に挨拶しているんですか?」


「え?」


「メリーナさまはわたくしを、わたくしだけを見ていないと駄目なんです!!」


「……、えーっと」


 まさか、さっきの? ご機嫌ようにご機嫌ようって返したこと!? それで怒っているんだ、そうかそうかぁ。……なんで!? えっ、え、どういうこと!?


「メリーナさまはわたくしだけを見ていればいいんですわたくしだけがわたくしだけのだってそんなのだめメリーナさまは素晴らしいんですもの挨拶なんて交わそうものなら愚かにも勘違いするゴミ屑が出てくるに決まっています許せないメリーナさまは渡さない大体なんでメリーナさまがわたくし以外に挨拶をしてああそうですか向こうからでしたもの愚かにもメリーナさまを誘惑しようとして手を出すためにああ許せない許せないそんなのだめもちろんメリーナさまがわたくし以外にふらふらとついていくわけがありませんがそもそも不遜にも手を出そうとしたこと自体が万死に値するんです許せない許せない絶対に許せない排除しないとメリーナさまを誘惑するゴミ屑は纏めて処分してやります……」


 ただ、完全にして究極の美女であるシルフィーネ様にも欠点はあるんだよね。今もそうだけど、たまに何言っているかわかんなくなる! 声が小さいわ早口すぎるわでぜんっぜん聞こえない時があるんだよねえ。


 ええっと、シルフィーネ様以外に挨拶していたのを咎められて、シルフィーネ様だけを見ているようにって言われたところまでは聞こえていたけど……何が悪かったんだろう?


 でも、うん。お貴族様初心者のわたしがわかっていない何かを公爵令嬢としてバリバリやっているシルフィーネ様は気づいたってことだよね。


 貴族ってのは礼儀にうるさいみたいだし、何か粗相があったのかも。はっ!? だから? 礼儀作法が未熟だから相手を不快にさせるぞって感じ!?


 お貴族初心者のまま学園に放り込まれたわたしが困っていた時、シルフィーネ様は一番に声をかけてくれた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──多分公爵家のなんか凄いので知ったんだろう──シルフィーネ様は貴族社会に不慣れなわたしの力になってくれると言ってくれた。


 それどころかシルフィーネ様にはいつも通りに接していいと、そんなに気を張らずにいいと、優しくしてくれているんだもの。


 そんなシルフィーネ様の言葉であれば信じられる。信じてついていくのがうまくやっていく最短の道なんだから!!


「シルフィーネ様がそう言うなら、そうするよっ」


「刺殺圧殺焼殺ああ迷いますメリーナさまに手を出そうとしたゴミ屑はどうすれば己が罪を悔いながらより苦しんで死んで……え? メリーナさま、今何か言いましたか?」


「だーかーらーシルフィーネ様がそう言うなら従うって話っ。どこに出しても恥ずかしくない礼儀作法を身につけるまでは下手に不特定多数に接して無礼だなんだで敵を作るなってことだよね?」


「何の話──」


「さっすがシルフィーネ様っ。挨拶一つでそこまで考えていたなんて本当凄いよねっ」


「す、凄いだなんて、そんなっ。よ、よくわかりませんけど、メリーナさまが褒めてくれるならそれでいいですわね。えへ、えへへっ」


 挨拶の件はこれから頑張るってことで、残りはシルフィーネ様しか見るなーってヤツだよね。この辺は理由がよくわからないけど、挨拶の件と似たような感じかな? まあいっか。シルフィーネ様の言うことだし従うのが正しいことだよねっ。


「そうです、メリーナさま。先程のようなことが今後ともないとは限りません」


「じー」


「で、ですので、是非ともメリーナさまには地下室にですね、……ずっと一緒に……二人だけの理想郷……」


「じぃぃぃー」


「あ、あの、メリーナさま? どうしてそんな、そんなに見つめられると心臓が破裂しそうになるのですが!?」


「だってシルフィーネ様だけを見ていないと駄目って言うから、こうして見つめているんだけど」


「あ、あのっ、それは、確かにそう言いましたけど……ッ!!」


「いやあ、凄いね。シルフィーネ様ってばすっごく美人さんだから見ていて全く飽きないもんっ。これなら死ぬまでだって余裕で見ていられる気がする!!」


「死、死ぬまで!? そ、そんなのっ」


 あれ、シルフィーネ様、どうしてそんなに顔を真っ赤にして──



「そんなの耐えられませーん!!!!」



 ずたたーっ!! とそれはもう見事な走りでシルフィーネ様は走り去っていきました。スラム街で逃げ足だけは鍛えられたわたしよりも速いとは流石はシルフィーネ様だとは思ったけど、それはそれとして、


「あれえ? わたし、何か間違ったかな?」



 その後、クリューロンド公爵家のライバル公爵家の内気な令嬢から一百通以上の手紙や真っ赤なお茶菓子を貰ったり、ハンカチを貸してあげた伯爵令嬢に年中無休で見守られたり、懐かれた王女様がわたしの言うことならなんだって聞いてくれる代わりに自分がどうするべきか逐一わたしに確認するようになったり、なぜかわたしと結婚しているということになっているメイドさんがべたべたくっついてきたり、女騎士さんが事あるごとに自分も死ぬからわたしも殺すと斬りかかってきたり、たまにみんなで『じゃれあって』いたり、『面白い女だ』とわたしに迫っていた王子様が恐怖に顔を歪めた不審死で発見されたりと色々あるみたいだけど、ナンダカンダとわたしは元気にやっています!!

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[一言] おもしれー女テンプレを発動しようとしてた王子がさらっと死んでて草 あれか、百合に挟まろうとしたから解釈違いだって袋叩きにあったのかな? いろいろ差し障るから顔は避けましょうね~という公爵令嬢…
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