拝啓、泉下の君へ
オークと呼ばれた人間の魔法使いが勇者と共に魔王を討伐してから百年。彼は今、魔王の娘に貞操を狙われている。
拝啓、泉下の君へ
春の嵐が花々を散らし夏の気配を連れて来た今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
ヘビやカエルの居ない地中にも慣れたでしょうか。それとも、もぐらやねずみと楽しくやっているのでしょうか。
さて、生前は一度も筆を取った事のない私から急に手紙が届き驚いた事と思います。
実は少し困った事になっており、是非相談にのってほしいのです。
安心してください、お金の無心ではありません。
以前私たちは国家間同盟の要請で即席パーティーを組み、世界侵略をしようとする魔王を討伐しましたね。あれから百年の月日が流れ、魔王から解き放たれた魔族たちも随分と世間に馴染んだ様に思います。
さて、事は君が魔王を倒した時まで遡ります。討伐後、迷いこんだかのように何処からか小さな女の子が現れましたね。君はその鋭い勘でもって彼女を魔王の娘と断じ、幼子は殺せないと宣言しました。覚えていますか?
何を隠そう、困り事とは彼女の事なのです。
あの時君は、早く故郷に帰り仲間の女性二人と結婚したかったんですよね? 助けた子供を無責任に私に押し付けるくらいには。私には怨み言の1つや2つ、言う権利があると思うのです。ですが、それは本題ではないので今回は割愛しておきます。
あれから百年、今では彼女も立派な大人となりました。困り事とは、彼女と私の関係性の事なのです。
君を泉下と呼びましたが、実は私も魔王討伐から五年くらいでしょうか、今から九十五年ほど前に一度死んでいるのです。
一時期パーティーを組んでいた君なら分かるのではないでしょうか。人間ながら、オークと呼ばれた私の死因が。
当時、彼女には人間社会の法やマナーをできる限り教えたつもりです。住み込みで働き始めるような歳でしたし、頃合いをみて彼女と別れるつもりでいました。
その矢先の事です、私が殺されたのは。
覚えておいででしょうか、私の容姿を。
大きくひりだした額、上向きの鼻、つき出された下顎、浅黒い肌、高い身長。
私自身、初めてオークを見たときには、こんなに似ているのかと驚きました。また、ストレスが食欲に向かう質で、大きく肥えていたのも拍車をかけていたように思います。
そんな私ですから、殺されかけるのは実は慣れっこだったりします。天寿を全うできるとも思っていませんでしたし。
最後の瞬間、閉じ行く目蓋の隙間から彼女が無事保護されたのを見て、あの様子なら大丈夫と感じたのを覚えています。実は、「別れ際に駄々をこねられなくてラッキー」と思ったのはここだけの話です。
いい加減、彼女由来の困り事の話をしましょう。
彼女には魔法を教えていなかったのですが、さすが魔王の娘ですね。肉体を離れた私の魂を捕まえ保管していたようです。
そして長い年月をかけ研鑽を積み、遂には失われた私の肉体を作りあげたのです。
美しく成長した彼女は今、二十代半ばの容姿をしています。新たな私の身体もそのくらいの年齢でしょう。彼女の趣味を反映してか、生前の私と正反対に作られたこの身体。美しいこの身体が鏡に写る度、ゾクリと薄ら寒いモノを感じるのです。
死に別れた魂と、執念の末の美しい身体。私は今、彼女に肉体関係を迫られています。
君ならどうする、と聞くまでもありませんね。据え膳食わぬは、って人でしたから。私はそんな風にはなれません。
君に押し付けられたとは言え、あの五年間は私の宝物のような時間です。家族を持つという事を諦めていた私にとって、彼女は娘のような存在でした。
ただ、オークと呼ばれた私です。彼女の為、あまりなつかれないようにつっけんどんにしてきました。ここまで慕われる覚えがないのです。
死人に口無し。分かってはいるのですがこれを書く今も、君と直接話せれば、などと益体の無いことを考えています。
こう書くと私が肉欲に溺れるのを助けてほしいように思えるかもしれませんが、それは断じてありません。それは既に対策済みです。
彼女は私の身体を随分と己の都合のいいように作ったようで、初めて目が覚めてからこの身体は、ずっとムラムラしていました。一方で以前ほど食欲がありません。三大欲求の割振りをいじった証拠ですね。
私の強すぎる肉欲に関しては、彼女がしたように、私の都合良く身体を作り替えて解決しました。
御存知、私は魔王討伐を要請されるほどの魔法使いですから。とは言えこんな事ができるのは、この身体が自分のモノと思えないからでしょうね。
これで私が使う一人称や文体への違和感の正体が分かったと思います。そう、今の私は女の身体です。せっかくなので女を演じてみました。どうでしたか? 上手く騙せたでしょうか。
彼女にしても、私が女の身体になれば肉欲を諦めると思っていたのですが。
話がだいぶ逸れました。
さて、本題の君への相談なのですが、上記をまとめ一言で表すと『娘から愛の告白をされた時、どうしたら諦めてもらえるのか』です。
なるべく彼女を傷つけず、且つ、次の相手に前向きになれるような方法を所望します。
君が無理難題を押し付けたように、私にはこれくらいの無茶を要求する権利があると思うのです。
今はまだ彼女と同じ街で宿暮らしですが、この難題が片付けばまた旅に出るつもりです。いつか君の墓参りをするのもいいですね。その時は「覚えてやがれ!」
ボロ宿の一室から、君の安らかな眠りを祈ります。
敬具、魔法使いより
最後まで読んでいただきありがとうございます。
書く前は別の終わり方を考えていたのですが、書いているうちに浄化されたのか、おとなしい終わり方になりました。
たとえ出せない手紙だとしても、誰かに何かを伝えようとするのはストレスの発散になるのでしょうね。案外、ネットの無い時代には定番の方法だったかも。
ここはひとつ、ストレスが溜まったら筆を取ってみるのはどうでしょう?
なんて、えらそうに書きました。あとがきまでお付き合いいただき、ありがとうございました。