8話 黒き都市/黒き騎士
【10話】
謎の美女、マイを仲間に加えた一行。
彼女との一戦の後、程なくしてバチカル城下都市へとたどり着いた。
のだが。
「入れない!?」
「はい。非常にお気の毒なのですが、現在ある事情の影響により、外部からの立ち入りを禁じておりまして」
「困ったわね」
一行は城下都市の入り口、カーネル門にて足止めを喰らっていた。理由は前の通り。
「どうにか入れて貰えはしないのか?」
「こればかりは、どうにも。私のような一介の門番にとやかくできる問題ではないので……」
「私Aランク冒険者よ?」
「それでも駄目でございます」
「重要な人物が来たとしても、封じるというのか?」
「何らかの紹介状があれば、話は別になりますが」
アイネスはやれやれ、とため息。
「ミスミスさんから貰っておけばよかったな」
路頭に迷った一行。
そんな時だった。門が開き、一人の男が歩み出た。
「お疲れ。首尾はどうだ」
「アッ隊長! お疲れ様です!」
隊長と呼ばれたその男は、真黒な鎧を纏った、白髪の姿をしていた。
「ん? 彼らは?」
「実は……」
アイネスは事の顛末を話し伝えた。
それを聞き届けた男は静かにうなずき。
「ほう、君が神の力を持つという」
「はい。アイネス・アイテールです」
「ミスター・ミストから話は伝わっている。君達ならば城下都市に入ることを許可しよう」
「本当ですか!?」
「嘘は言わんさ。騎士だからな」
「やったあ! お兄さんやさしい!」
「ふう、なんとかなったわね」
一行は男に付き従い、門をくぐった。
バチカル城下都市。
アイネスもリリアも話には聞いていたが、こうしてその地に立つのはこれが初めてである。
「ほー……」
見渡す。
家々や城壁は黒めの色をした石で組み上げられており、全体的に街を暗く染めている。
その中でも異彩を放つのが、街の中央に鎮座する真黒な城。《バチカル城》である。
《漆哭の騎士団》の本拠地でもある、堅牢な城。
それは神の子をじっと見つめていた。
「申し遅れました、私の名は《シード・ヒンデンブルク》。漆哭の騎士団、《峻厳の柱》の隊長を務めております」
「あ、これはどうもご丁寧に」
その体から溢れる強者のオーラとは裏腹に、シードの物腰は非常に柔らかかった。
「しゅんげん?」
フォビアが訝しむ。
「我々漆哭の騎士団は、大きく分けて三つの集団に分かれております。《峻厳の柱》《慈悲の柱》《均衡の柱》という三つの集団に。私はそのうちの一つの隊長であります」
「ってえことは、少なくとも、あの漆哭の騎士団で三番目に偉いってこと?」
「地位に固執はありませんが、まあそういうことですね」
「す、すげー」
フォビアにも分かる凄さだ。
と、沈黙を続けていたマイが口を開いた。
「右斜め後ろだ、アイネス」
「んっ!?」
振り向く。そこには、こちらに飛び掛かっている真っ最中のウルドッグの姿が。
「うわ、なんだ!?」
驚きつつもハイキックで着地前にやっつける。
「グルオオオ!」
「おや、こんなところにまで魔物が」
「いやいや、なんでそんな冷静なんですか!?」
ツッコミを入れるのはリリア。
「現在、バチカル城下都市には魔物が跋扈しております」
「なんで!?」
「どうやら収容が破られ、脱走してしまったようで。なので立ち入りを制限させて頂いておりました」
「原因は分かってないのか?」
「ええ、情けない話ながら」
ふとシードが足を止める。
「!」
その理由はアイネス達にもすぐわかる。
「ウルドッグの群れ……!」
「いかがいたしましょう。迂回する手もありますが」
「……いえ。蹴散らします。俺たちの力を見てもらういい機会でもありますし」
「そう言うと思っていました。では、どうぞ存分に」
シードが一歩下がる。
それと同時に、アイネス一行は前に躍り出た。
「うおおおおお!」
「ワオオオーン!」
アイネスは蹴散らし蹴散らし進む。
「死にたい奴から! かかってこい!」
「ワオオーン!」
「グオオオオ!」
金色の光を放ちながら、群がるウルドッグを容赦なく千切っては投げ。
「……うん。能動的に引き出したら、この位の出力なんだな」
己の内の、神の力をまるで燃料のように使っている。
アイネスはその勝手を掴みつつあった。
「属性憑依・雷!」
リリアの剣に稲妻が宿る。
「久々に! 暴れてやるしッ!」
剣を振るう。稲光が走り、逃げるウルドッグを捕まえ、炙り焼く。
「ヒャッーホホー! よく焼きだ!」
ここ最近、見せ場が無かったリリア。好き放題暴れられて楽しそうだ。
「新しい魔法、試してみよっと!」
「良い試みです、お嬢様」
リリアは杖を振り被り、魔法を唱える。
「エイドス・マジカ!」
杖を地に突き刺す。
すると、彼女を睨んでいた数匹のウルドッグを囲むように、暗黒が生まれる。
「グオオ!?」
彼らがそれに気づくも遅く、暗黒は哀れな魔獣を取りこんでゆく。
同時に、フォビアの手元に暗黒の球体が生まれる。
「お嬢様、お決めください」
「うん!」
フォビアは全ての敵が暗黒に包まれたのを確認し、勢いよく暗黒を──握りつぶした。
「どかーーーーーーん!」
「ワオオオオオオー!」
「グオオオオオオオ!」
暗黒がウルドッグたち諸共爆ぜ、塵と消える。
「やったー大成功!」
「良き魔法でした、お嬢様。これでまた一つ、真なる淑女に近づいたでしょう」
「ふっふーん! この勢いのまま、行くよ!」
「クク、雑魚が群がろうと及ばぬ及ばぬ」
マイは悠々と扇子を仰ぐ。
「私はかような殲滅戦を好かん。ゆえに、瞬殺する」
扇子を天に向け、舞う。
「《瑠璃之舞・双蝶々曲輪日記》」
すると、どこからか現れたおびただしい数の蝶が、周囲のウルドッグに群がり、捕食する。
「ウ!? ワ、ワオオオオーン!」
哀れな被捕食者の叫びが木霊する。
「クク、相変わらずこのザマは見慣れん」
扇子で己の目元を隠しつつも、マイは変わらず不敵に笑っていた。
かくして、あっという間に群れは壊滅した。
「噂通りの力です、神の子よ」
シードはそう言って笑った。
それから、ほどなくして、街の集会場にやって来た。先客はゼロ人。
「お疲れ様でした。ですが、あまり休憩の時間はないと思って下さい」
「それは……どういう?」
シードはまっすぐな瞳でアイネスを見る。
「貴方はミスミスから『己の力のルーツを見つけることが出来る』と言われてこの街にやって来た。そうですね?」
「え、はい」
「ならば、こちらのクエストを受けてください」
シードが一枚の紙をアイネスに出す。
「んー? なになに?」
リリアが背後から首を伸ばす。胸が当たるが、もはやアイネスは気にしない。
「《歪なる暴獣の討伐命令》……?」
アイネスは首をかしげる。リリアとフォビアもまた然り。
だがマイだけは、心当たりがあったようで。
「クク、暴獣とは。ますますアイネスの力の元に興味が湧くというもの」
「ほう? そこな貴女、歪なる暴獣のことをご存知で?」
「私の情報網は広い。それこそ、《機関》の中にも、な」
「……貴女とは一度、個人的にお話がしたいですね」
「クク、断る」
意味深長なやり取りをしていた間に、アイネスはその紙を読み終わったようで。
「分かったぜ。ここからさらに南にある、《黒の洞》ってとこに行って、その暴獣を懲らしめてやればいいんだろ?」
「その通りです」
アイネスの眼は闘志に揺れる。
「なら、とっととブッ倒す。ブッ倒して、より早く、より一歩、俺のルーツに近づいてやるさ」
その闘争心に呼応して、強く握る拳からは光が漏れる。右目は金色に光る。
「……さっすがアイネス。私が見惚れただけあって、行動が早い」
「うんうん! フォビアもさんせいー! はやく魔法ぶわぁーってする!」
「クク、どいつもこいつもギラギラしてるな。私にはない輝きだ」
「皆も異論は無さそうだな。じゃあ、早速!」
アイネスは集会場のドアを派手に蹴破り、駆けて行った。黒の洞へと。
続いてリリアが飛び出る。並んでフォビアも飛び出し、ドクは相変わらず浮き従う。
「……それじゃ、私も」
「待て」
「嫌だ」
シードをばっさりと切り捨て、マイは悠々と歩いて行った。
「全く。『アレ』がいるとは聞いていないぞ。ミスター・ミストめ、わざとだな。まあいいさ」
肩を回し、剣を手にして、シードは言った。
「利用できるモノは、存分に利用させてもらうとしよう」
口角を上げ、牙を露わに、笑った。
【続く】
【漆哭の騎士団】
バチカル城とそれを取り囲む城下都市を本拠地とする名高き騎士団。
数ある騎士団の中でもトップクラスの実力を誇る。
その内部は3つの部署に分類されており、執務メインの《慈悲の柱》、実働メインの《峻厳の柱》、そしてそれらを束ねる《均衡の柱》となっている。