7話 神の力を狙う者/雅の舞を扱う者
【8話】
手に入れた手がかりを元に、南方バチカル城下都市へと向かうアイネス。
新たに仲間に加わった魔法使い令嬢フォビアとそのお目付け役ドクと共に、順調な旅路を進んでいた。
「──成程、Fランク冒険者でありながら、神の力に目覚めた、と。大変興味深い話で御座います」
「大逆転サクセスストーリーだね! すっごい!」
「いやぁ、それほどでも」
「ね、ねえ私は? 私もすごいよ? Aランクよ?」
一行は楽し気に談笑しながら道を進んでいた。
──瞬間。
「ッ!」
アイネスの研ぎ澄まされた感覚が、何かを捕らえた。
「はっ!」
振り向きながら中空を掴む。
否。中空ではない。
その指の隙間には、数本の針が握りしめられていた。
「え……!?」
「な、なに!?」
「……何者だ!」
状況を掴み切れていないリリアとフォビアをよそに、アイネスは《何者か》に向かって叫ぶ。
「クク、やはり見込んだ通りの実力はあるな」
陽炎のように空間がぼやけ、蜃気楼のように現れる。
「──東洋人?」
「然り」
妖しげな笑顔。群青色の髪。そして奇妙な服装──こちらの言葉でわかりやすく言うなら、和装――の女がそこにはいた。
「神の力を持つ男、アイネス……だな」
「なぜ俺の名を……」
「なぜって、貴様、もう相当有名人だぞ、こっちの界隈じゃ」
「あんた、何もんだ!?」
「私の名は《マイ・アオホシ》。気軽にマイと呼ぶと良い」
マイは扇子を取り出し、わざとらしく仰ぐ。
「気軽になれるワケあるか! 不審者め!」
リリアは叫びながら剣を構える。
「属性憑依・土!」
大地が捲りあがり、その剣に纏わりつき、鎚のような形状へとなる。
「ブッ潰れろ!」
振り上げ、マイを叩き潰そうと駆ける。
「クク、猛る猛る」
マイは悠々と扇子を舞わせ、呟いた。
「《瑠璃之舞・源平布引滝》」
瞬間。
マイの姿が水に溶け、霧散に消える。
ずどん、と鎚が地を撃つ。
「え──」
「消えた!?」
「ここだ」
当惑するリリアの背後から声。
肩に手が置かれる感触がする。
「リリア! 逃げろ!」
「クク、襲い遅い」
リリアが振り返るよりも早く、マイは扇子を躍らせた。
「《瑠璃之舞・新薄雪物語》」
「あああっ!」
リリアの足が凍てつく。
「動け……ない!」
「まずひとり、無力化。クク、前座だな」
リリアを放置したまま、残る二人を見て、邪悪に笑うマイ。
「こ、こいつ! なんて面妖な!」
「ここはわたしがやる!」
飛び出すフォビア。
「リリアおねえちゃんのかたき!」
「死んでないけどね!?」
「エッシャー・マジ・マジカ!」
杖に突き刺さるような凍気が宿る。
「凍っちゃえーっ!」
「クク、若い」
フォビアの魔法が届くよりも早く、マイは舞い終えていた。
「《瑠璃之舞・一谷嫩軍記》」
扇子で微かな風を起こす。たったそれだけで、フォビアの魔法が掻き消える。
「えっ!?」
「子供の相手は好きじゃない。退け」
再び風を起こす。フォビアはその風に乗り、リリアの元まで吹き飛ばされる。
「あ~れ~!」
「お嬢様」
そんな姿を見送った後、マイはアイネスの瞳をじっと見つめる。
「──と、これで貴様とOne-On-Oneで手合わせが出来る」
「お前──目的は何なんだ?」
「後々話す。今は只、貴様を見極める」
扇子を構えるマイ。拳を構えるアイネス。
「やりあうしかない、のか。今は」
「物分かりが好いな。そういう男は、好き」
「余計なお世話だ!」
先手を打ったのはアイネス。光る拳で容赦なく狙う。
「クク、流石に迅い」
だがマイもそれを軽々躱す。
そして、扇子を構える。
「今度は、私の番」
「ッ」
アイネスは身構える。
「《新薄雪物語》」
ぴしぴしと扇子が凍て付き、動作に強い冷気を付属させる。
「ほら、ほら」
扇子は鉄扇だった。マイは短刀のようにそれを振るう。
「よっ! っと!」
アイネスはそれを躱す。が、強い冷気は躱しながらもアイネスに寒気を感じさせる。
(当たったらヤバいな……)
しばらく、ワンインチ距離でのコンパクトな攻防が続いた。が、お互いに被弾はゼロだった。
戦況を動かしたのは、アイネス。
「破ァ!」
掌から光弾を放ち、マイを狙った。
「おっと」
マイも抜かりなく鉄扇で防御。
「その攻撃は、情報にないな。隠していたのか?」
「いや! 俺も今初めて使った!」
「クク、私との戦いの中で進歩をしている、と?」
「そういう事だ! 感謝するぜ、ストレンジレディ!」
新たな攻撃手段を得たアイネス。戦況を有利に持ち込む。
「クク、くっ……っとと」
マイの顔から不敵な笑みは消えない。が、彼女が不利になりつつあるのは確かだ。
──と。
「む……」
マイの体勢が僅かに崩れた。
「──!」
アイネスの光る瞳はその微かな動きを見逃さなかった。
「隙アリ!」
──アイネスの瞳は、マイの表情も見逃さなかった。
────笑っていた。
(罠──)
気付くのに遅れた。一手、遅れた。
「《新薄雪物語》は、この瞬間、ヤマを迎える」
そう呟き、息をふぅと吹いた。
刹那。
「うお、うお、うおおおおおおおおっ!?」
アイネスの体が氷に包まれる。固まり、動けなくなる。
「演目は成った。貴様の幕切れも近い」
「フ──ハハ!」
「何が可笑しく?」
「よほど演劇が好きと見える! だがな、現実と劇はな、ちげえんだよ!」
アイネスを覆う氷が僅かに震える。
「──何?」
「俺は。俺の物語は。終わらねえ」
ぴきぴきと音がする。
「人の物語は。終わらねえ」
ばきばきと砕け始める。
「神の道は、終わらねえッッ!」
猛烈な破砕音を伴い、氷は完膚なきまでに砕ける。
「────」
マイは目を見開く。
(これは──想像以上、やも)
そして、再び妖しく笑った。
「──で?」
「話した通りだ。私も貴様の旅に同行する」
「私は反対!」
「わたしもー! このおばさんこわい!」
「お、おば……?」
アイネスは騒ぎ立てる二人を制し、あくまでも冷静に問う。
「理由を聞きたいんだが」
「手合わせして、感じた。この力は、やがて大きな、とてつもなく大きな引き金となり、弾丸となる」
「比喩が多くて分かり辛いな……」
「率直に言うなら、貴様に興味がある」
「はぁ……」
「やめとけってー! 絶対なんか企んでるよー!」
「はんたーい! はんたーい!」
外野から声が入る。
「クク、良く吠える。ほら、お近づきのしるしにこれを」
マイは懐からアメを取り出し、リリアとフォビアに配る。
「わーい! アメ!」
「わーい! アメ! ……って、私はこんなのじゃ釣られないよー!?」
喜びで怒りを塗りつぶされたフォビアと、間一髪留まったリリア。
マイは悪戯気に微笑んで。
「ありゃりゃ、失敗か」
と言った。
その様子を見て、アイネスは呟いた。
「まーた賑やかになるな……」
だが、その言葉に、嫌そうな感じはなかった。
かくして、アイネスの旅に、妖し気な東洋人マイ・アオホシが加わった。
彼らの旅はまだ序章に過ぎない。
【続く】
【瑠璃之舞】
東洋、あるいは極東に伝わる謎の舞。
修めている者はごく僅かと言われているが、それすらも不明瞭。
東洋の神秘を感じざるを得ない。