6話 爛漫なる魔少女/不穏なる迅影
【7話】
「わたしは、フォビア・マリスイーター!」
高らかにそう名乗る幼女。とんがり帽子に身の丈よりも大きな杖、そして常に傍らに浮く、黒い煙を放つしゃれこうべ。何もかもが異様だった。
「……」
ポカンとした顔であっけにとられるアイネス。
「あー……その……」
眉間に皺寄せ言葉を必死に手繰るアイネス。
「……よし」
導き出したのは。
「迷子か?」
「はー!?」
衝撃を受けるはフォビア。
「こ、このわたしに、迷子かと!? なんてしつれいなー!」
「な、ち、違うのか!?」
「わたし、これでも、冒険者ですけどー!?」
「なんだって!? 冒険者となるのは15歳になって成人の儀式を受けてからじゃあないのか!?」
「わたし、じゅうろくさいですけどー!?」
「ええっ!?」
もうてんやわんやの大騒ぎ。
「あー。よろしいですか」
口を挟んだのはしゃれこうべ。
「お嬢様、ここは私にお任せくださいませ」
「うー! 任せたよ! あのぶれいものをなんとかしてー!」
しゃれこうべは幼女と二人の間に浮く。
「一先ず、遅ればせながら、自己紹介をさせて頂きます。私《ドクロニアス・ボーン・ドラゴニス7世》。気軽に《ドク》とお呼び下さい」
「俺はアイネス。冒険者で、そこのドラゴンを退治しに来た」
「私はリリア! アイネスのパーティ仲間だよ」
「アイネス様と、リリア様。記憶致しました。これより、あなた方の疑問にお答えする時間となります」
「は、はぁ」
「此方、フォビアお嬢様は、《マリスイーター家》第17代当主であり、15歳にて成人すると同時に冒険者として旅に出ました」
「ホントだったんだな……甘く見積もっても9歳とかだろあれ……」
「現在、フォビアお嬢様は《真なる淑女を目指すこと》を目的として旅を続けております」
「立派な淑女、ねえ」
「此度はご迷惑をお掛けしました。お詫びと致しまし──」
ドクの言葉が遮られる。フォビアの叫び声によって。
「うきゃあああああ!?」
「お嬢様」
一同がフォビアの方を見る。
と同時に、氷が豪快に砕ける音がする。
「────ヴォオオオオオオオオアアアアアアアアアオオオーッン!!」
封じの氷を内側から強引に砕き割り、ドラゴンは再び顕現した。
「出てきちゃったー! 話が長いからーっ!」
「お嬢様。落ち着いて下さいませ」
「落ち着けないよー! 食べようと思ってたのにー!」
「お嬢様。お逃れ下さい」
「ヴォオオオアアアアアアアアッ!」
ドラゴンは怒り心頭の様子、赤黒い火球を口内に生み出す。
「ッ危ない!」
アイネスは素早く、光の中から槍を取り出し、投げる。
「ヴォアアアンンッ!?」
ドラゴンがブレスを撃つよりも早く、槍はその口を貫く。
「ンンンン──ヴォオン!!」
行き場を失った火球が、ドラゴンの口内で爆発する。
「よし! チャンス!」
「属性憑依・氷!」
氷を纏った剣が振るわれ、ドラゴンの脚が凍り付き、その行動を阻む。
「ヴヴヴ……グォ……オオォーン……!」
「お嬢様。今でございます」
「お……おう!」
フォビアが杖を構え、魔法を詠唱する。
「ベルリネス・マジ・マジカ!」
杖の先端に火球が生まれる。
「よいしょーっ!」
フォビアは杖を両手でしっかりと持ち、振り被り。
「おかえしだーっ!」
圧し固まれた爆炎がドラゴンへと放たれる。
それは着弾と同時に大爆発を起こし、ドラゴンを炎上させる。
「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………!」
程なくして、ドラゴンは骨さえ残さず灰に帰した。
「……すげえ」
「なんて火力……」
アイネスとリリアは感嘆あるのみだった。
「ふふん! すごいでしょ! なんてったってわたし、Bランク冒険者だもの!」
「旅に出てから1年でBランクか……!」
「ふ、ふうん。私ほどじゃないけど、すごいね! 私ほどじゃないけど!」
「うん。あなたたちも、なかなかすごかったよ! とくにそこの男! あなたの光からは、神聖ななにかを感じた!」
「ああ、これは神の力……らしい」
「ええーっ!? 神の力!?」
「ほう。眉唾物ですが、興味深い。して、お嬢様」
「うんうん! さっすがドク、よく分かってんじゃん!」
フォビアとドクはお互いに顔を見合わせる。どうやら何かが決まったらしい。
「わたしフォビア・マリスイーター、あなたの旅に同行することを決めましたー!」
「……は?」
「……え?」
困惑の二人をよそに、フォビアの表情は満足げである。
「……なんで?」
「わたしは真なる淑女を目指している、とさっき言ったよね!」
「うん」
「あなたのその凄まじい力、間近で観察を続けていけば、真なる淑女に大きく近づける! と! わたしたちは認識した!」
「暴論では?」
「いえ。お嬢様の言は至極真っ当で理に叶ったもので御座います」
「そうかなぁ……」
リリアはアイネスを一瞥する。
「どう思う?」
「まぁ、いいんじゃないか? 仲間が増えれば賑やかになるしさ」
「それはそうだけど……」
「それともなんだ? 何か問題があるのか? 悪そうな奴にはぜんぜん見えないしさ」
「いやいやいや! そういうのじゃぜんぜんないけど!」
アイネスから目を逸らし、心の中で呟く。
(二人っきりの旅……っていうのも、憧れてたんだよね……)
「そんじゃま、俺達は旅の仲間にお前達を歓迎するぜ!」
「されなくても付いて行くけどね!」
こうして、アイネスの旅に、新たな仲間が加わった。
幼き魔法使い、フォビア。そして、彼女に仕える生命体、ドク。
彼らの旅は、まだ始まったばかりだ。
「────というわけで、そのドラゴンは彼女が退治してくれました」
「えっへん!」
ふんぞり返るフォビア。
「おお、おお! これはこれは、なんたる救援の光! いやはやいやはや、助かりましたな!」
「それじゃ、ミスミスさん、約束の」
「はいはい! 情報ですな! 如何様な情報をお求めですかな?」
「《神の力》に関する情報を、今俺は求めている」
直入に切り込んだアイネス。
ミスミスは整えられた髭の下で柔らかげに、かつ恐ろし気に微笑んで。
「──でしょうなぁ、やはり」
「出せるか? 神の力に関する情報を」
「ええ、ええ。出せますとも。言いましたでしょう、私は情報通なのだと」
「あんたを信じるぞ、ミスミスさん」
「ふむぅ、そうですなぁ……」
ミスミスは髭を撫でながら思案する。
「ここから南方、バチカル城下都市へ行くのですな」
「バチカル城下都市……漆哭の騎士団の本拠地ね」
「そこに行けば何が分かるの?」
「それはそれは行ってみてからのお楽しみ! ですな!」
「……わかった、ありがとうミスミスさん」
「いえいえいえいえ! 礼には及びませんな! それよりもほれ、早う向かってはどうですかな? 善は急げ! ですな!」
「ああ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。じゃ!」
アイネスは言うや否や、建物を飛び出し、走っていった。
「ちょ、アイネス待って!? あ、ミスミスさんありがとね!」
「わーい! かけっこだー! きょうそうだぞー!」
「お嬢様、足元にはお気を付け下さいませ」
リリア、フォビアも続いて駆ける。
嵐のように、そこには何も残らなかった。
「ふむふむふむふむ。賑やかな方々でしたな」
ミスミスは満足げに笑む。
「彼らがどこまで辿り着けるか……いやはやいやはや、楽しみですな!」
と、振り返る。
「む」
そこにいたのは、一人の女性。
「娑ッッッ」
一閃。ミスミスを刃が襲う。
「──躱したか」
──が、切り裂かれたのはその上着だけ。
「……これはこれは、野蛮な方だ」
ミスミスは少し離れた位置でやれやれと笑う。
「いやはやしかし、貴女もあの存在を感知していたのですなァ」
「……当たり前でしょう? 私の情報脈を侮らないで欲しい。なにせ」
刃の縁を持つ鉄扇を仕舞いながら、襲撃者──妖艶な女は、ミスミスに微笑みかける。
「《機関》とも繋がっているのだから、な」
「おやおや。内通者とは。粛清も不十分ですなァ」
眼鏡を拭きながらミスミスはぼやいた。
「それで、貴女は彼らを追うんですな?」
「当然。神の力、見逃すなど面白くない」
「まァ、貴女の自由に口出しはしませんな。だが一つ覚えておくのですな」
「一応、聞いといてやろう」
「《機関》は貴女の活動を快く思っていませんな」
「──ふ。その程度の事、初めから承知の上だ」
──花吹雪が舞い、女の姿が消える。
「やれやれですな。これはまた、骨折り労働の予感ですなァ」
やがてミスミスも消え、その場には静寂だけが居座っていた。
【続く】
【魔法の詠唱】
魔法の詠唱は、基本的に、以下のようなシンプルな文字列の並びによって成される。
《属性》+《魔法のランク》+《魔法の種類》
今回の例を挙げると、
ベルリネス(属性)+マジ(上級)+マジカ(攻撃魔法)
という事になる。