1話 神の力の覚醒/人の物語の幕開け
────光った。
「え……え?」
漲る光を感じる。
迸る熱を感じる。
滾る力を感じる。
青年は、《アイネス・アイテール》は、己の中で哭く《神》を感じた。
「あ──」
【万年Fラン冒険者の俺が、実は神と人のハーフでした】
【人が往く、神の道】
【1話】
「せいやあああ!」
青年は、剣を構えて走る。狙うは魔物。
「とったァ!」
剣を振るう。その言葉とは裏腹に、空を斬る。
「えっ」
「グオオ!」
「ウワーッ!」
魔物の突進を横からモロに喰らい、吹き飛ぶ。
「……なァにやってんだ、あいつ」
その様子を後方で見ていた三人組。青年のパーティ仲間だ。
メガネをかけた男、大柄な男、そしてリーダーと思われる紫髪の男。
「解析完了。対象魔物:《ウルドッグ》。推定恐度:1。脅威対象外」
「おいどんの目で見ても、あれは弱敵ってわかるでごわす」
「……だよなァ。なんで反撃貰ってるんだか……」
「ま……まぐれだ!」
青年は再び剣を構え走る。
「せいやッ!」
その剣筋は、確かに先程よりも早い。だが。
「なに!?」
魔物はまたも躱し、青年に反撃を与える。
「ウグーッ!」
転がる青年。紫髪の男は彼を足で止める。
「ダメだ……ダメダメすぎる! 引っこんでろ、オレがやる」
「ま、待て」
「うるせえ!」
「ぐっ!」
青年の顔を踏みつける男。
「いくぜ、クソ魔物」
男は剣を抜く。
稲妻のようにジグザグの刀身。
「はぁ!」
男が力を籠めると、刀身に稲光が走る。
「必殺……」
剣を振り被る。
魔物は危険を察知し、回避行動に移った。
──が、遅かった。
「放電斬!!」
刃から放たれた稲妻が、避ける魔物よりも速く走り、その体を貫く。
「グオオオオオオオオーッ!!」
数秒の内に魔物の体は焼け焦げ、絶命する。
「ンッンー、重畳重畳!」
男は上機嫌で剣を戻す。
「さて、これでクエストは終わりだ。帰ろうぜ」
後ろの二人に声をかける男。
青年も立ち上がり、三人組と共に帰路に付こうとする。
──が。
「そうだ、お前」
「あ?」
リーダー格の男が振り返り、青年を冷たく見据える。
「お前、お前……なんっつう名前だったっけ?」
「……《アイネス》だ」
「そうだ、そうだ。アイネス。お前、もういらねえわ」
「は……?」
非情な宣告だった。
「どういう……ことだ」
「バカか、お前。言ったまんまだよ。オレのパーティにザコは要らねぇ。あばよ」
背を向け去ろうとする。
青年、アイネスはその肩を掴み。
「待て、俺はザコじゃない! 今日はたまたま調子が悪くて、本当だったらあんな魔物一瞬で……!」
「うるせえ! 触るな!」
「ぐはぁ!」
振り返った男の拳に一蹴される。
「失せろ、ザコが」
無情に言い捨て去る男。
「う……ううう……!」
アイネスは悔しさに歯噛みしながら、地を殴りつけた。
とまあ、冒険者の青年アイネスは鳴かず飛ばずの毎日を送っていた。
この世界──《エリュンティア》では、15歳で成人し、定められた《旅立ちの日》に冒険者となり旅に出る掟がある。
当然アイネスも旅に出た。剣を取り、輝かしい未来へと繋がる道を記すために。
だが、輝かしい未来など無かった。
身体は思うように動かず、さりとて魔法の才もなく、何もできないFランク冒険者として落ちぶれた毎日を過ごしていた。
──過ごして、過ごして、早三年。
早いもので、明日はアイネス18歳の誕生日だ。
「…………村に、戻ってみるか」
翌朝。アイネスは生まれ故郷の村、《アイン村》に帰ってきた。
「おっ? おおっ! アイネスじゃないか!」
門番はいち早くその存在に気付き、嬉しそうな顔で彼を出迎える。
「ただいま。元気そうで何よりです」
「おう! みんなみーんな元気いっぱいだぜ! で、なんで戻ってきたんだ?」
「今日、誕生日なんだ、俺」
「おお、おお! という事は、旅立ちの日からもう3年経ったのか!」
バシバシとアイネスの肩を叩く門番。
痛いくらいのそれが、懐かしさを思い出させる。
「そうだ、リリアの嬢ちゃんも帰って来てるぞ!」
「リリアが?」
「ああ! なんで帰ってきたのかと思っていたが、そうかそうか、3周年か!」
「おじさん、リリアは今どこに?」
「うん? きっと長のところじゃないかな?」
「ありがとうございます、じゃ、またあとで!」
「おう! ゆっくりしていけよ!」
門番と分かれ、村の長が居る、村の本庁へ向かうアイネス。
(リリア……長らく顔を合わせてないけど……)
アイネスの歩く速度が上がる。
その眼に本庁が写る。
(……!)
そして、アイネスの眼は捉える。
本庁から出てくる女の姿を。
「──リリア」
「うん?」
立派な剣を携えた、金髪の女。
「……アイネス!」
彼女こそ、アイネスの幼なじみ、《リリア・メレクトラム》だ。
「ひさしぶりー!」
「リリア! 元気してたか!」
久方振りの再開を喜び合う二人。
リリアはアイネスと同じ日にこの村を旅立ったのだ。
「お前の活躍、聞いてるぞ。あっという間にAランクに上り詰めた天才少女魔法剣士って噂、あちこちで聞くよ」
「え~、そんなに~?」
リリアの様子はあからさまにうれしそうだ。
「そういうアイネスはどうなの?」
「お、俺か? まあ、中の下……か中の上くらい……」
「ほんとにー?」
「う」
流石は天才少女魔法剣士、目ざとい。
「ま、まあそんなくらいだよ、大雑把には」
「……」
リリアは無言のまま、ほとんど無駄な動きを省き──
アイネスに斬りかかった。
「う……!?」
アイネスは指先一つも動けなかった。
「……嘘ね。Dランク冒険者でも、今の剣には何かしらの反応が出来たはずだもの」
「……」
薄いハッタリを見透かされ、アイネスは汗顔の至りだった。
「……ああそうだよ、俺は万年Fランクの冒険者さ」
「えっ……Fランク……!?」
驚きを隠せないといった風のリリア。アイネスはため息つく。
「……そうだよ」
「ずっと?」
「ずっとだ。旅に出てからどんどんランクが下がって、あっという間にFさ」
リリア、絶句。
「ま、まあ。これから挽回できるかもしれないかもだし、えっと、気を確かに、ね」
「その言い方は良くないと思う」
夜。
二人の冒険者、その帰還を祝ってささやかではあるが、宴が行われた。
たらふく料理を喰らったアイネスとリリア。
集会所のバルコニーに立ち、夜風を浴びていた。
「……なあリリア」
「ん? なあに?」
「どうやったら、強くなれるんだ?」
切実な願い。
「どうやったら……って言っても。とにかく実戦経験が大事だと思うわ。魔物と戦って、立ち回りを覚えて、それから……」
「そんなの、もうやってるよ」
「……だったら、それはもうセンスの問題なんじゃないかしら……」
「……そうか……」
深くため息。
薄々気づいていたことだが、やはり才能の問題か。
「──眠っている力なんて、本当はないんだろうな」
リリアが見たアイネスの横顔は、それはとても悲し気なものだった。
「……」
何か声をかけようとしたが、気の利いた言葉がが浮かばず、ただ見守るしかリリアにはできなかった。
「……ん」
「?」
ふと。
山の方から木々を薙ぎ倒す音が聞こえる。
不穏な音。
アイネスも、リリアも、その不自然に気付いていた。
「なんだ……?」
身構える二人。その直後。
「ゴウオオオオオオーン!!」
民家を片腕で軽く吹き飛ばし、ソレは姿を現した。
「《ゴーマゴーグ》……!? なんでそんな魔物が、こんな村に……!?」
ゴーマゴーグの咆哮は、家々の窓を破るほどの音圧をもって民を脅かす。
「うわ、うわああああっ!」
「逃げ……!」
「キャアアアアア!」
逃げ惑う村人たち。
アイネスとリリアは、迷わずに、剣を構えて突撃した。
村を護る為に。
「せいやあああああッ!」
跳び、剣を振り下ろす。
──ガキンと弾かれる音がする。
「ぐ……! なんて、硬さだ!」
「ゴウオオーン!!」
「ぐはああーっ!」
アイネスの刃は文字通り一蹴される。
「あんたじゃ無理よ! ここは私が……!」
宙を舞うアイネスと入れ替わりでリリアが往く。
「属性憑依・炎!」
リリアの剣に弾ける劫火が宿る。
「焼けろォォォ!」
炎剣にてゴーマゴーグを焼き捨てようと迫る、が。
「──嘘」
ゴーマゴーグは遥か上方。跳び上がりリリアの剣を躱した。
そして、落下しながら、ハンマーのような大地を砕く一撃を──放った。
爆砕音。
リリアは直撃こそ免れた、が、瓦礫や何やらでケガを負う。
「う……うう……!」
倒れ伏すリリア。
ゴーマゴーグはそんなリリアに迫る。
「オオオオ……オオオオーン」
嗤っているのだろうか。不気味な鳴き声が夜に響く。
「いや……いや……!」
少し離れたところで倒れているアイネス。
「う……リリア……!」
助けなければ。
助けよう。
どうやって。
助けられるとも。
どうやって。
お前の力。すなわち、私の力。
「──力──?」
さあ。立て。
────光った。
「え……え?」
漲る光を感じる。
迸る熱を感じる。
滾る力を感じる。
アイネスは、己の中で哭く《神》を感じた。
「あ──」
光。まるで昼に戻ったかのような光。
その中心で、アイネスは立っていた。
「俺──は」
アイネスの瞳は、今にも消え去りそうなリリアの命を見た。
「リリアッ!」
考えるよりも早く駆け出すアイネス。
本来、彼の敏捷性では間に合わない。はずだった。
──まるで、電だった。
音を置き去り、光に追い縋る程の速さで、アイネスは駆けた。
そして、蹴った。
「せいやあああああああっ!」
「ゴウウウウオオオオ!?」
ゴーマゴーグの巨体が綿毛のように宙を舞う。
「え──」
リリアは眼前で起こったことを処理できていない。
「うおおおおおおおおッ!」
アイネスは跳び上がり、宙空を漂うゴーマゴーグに追撃。
「ゴゴゴゴゴオオオオオオッ!」
まるで荒ぶる神の様な連撃に、ゴーマゴーグは着地すら許されない。
アイネスの腕と脚は光の帯を纏い、攻撃の度に円環を描く。
──そして。
「これで──フィニッシュだッ!!」
光の中から取り出したのは、眩い剣。
「────ぜえええぇぇりゃあああああああっ!!」
一閃。
「ゴ────」
ゴーマゴーグの体は左右に等分される。
そして、アイネスが放つ光を浴び、赤熱し、爆発する。
それはまるで、夜空を彩る花火のように──
「……きれい」
見る者の心を躍らせた。
「っと!」
着地するアイネス。着地点の大地がギシリと軋む。
既に彼の光は消え、いつもと変わらぬ姿を取っていた。
「────なんだったんだ」
掌を開いたり閉じたりして、身体の動きを確かめる。異常はない。
「俺の──力なのか?」
アイネスは己の内から顕現したその力に、恐れ半分といったところだ。
だが、残り半分は──希望である。
「アイネスーッ!」
リリアが駆け寄る。その後ろには多くの村人もいる。
「リリア、無事か!」
「私は大丈夫! それより、さっきのは一体……!?」
「俺にも、わからん」
と、リリアが何かに気付く。
「アイネス、その目──」
「目?」
目がどうにかなっているらしいが、己の目は見ることが出来ない。
アイネスは剣を抜き、刃に反射して写る自分を見る。
「目が──」
アイネスの目。生まれつき、彼の目の色はブラウン色をしていた。
それが、どうだ。
今の彼の右目は、明るい黄色に変色している。
──それはまるで、先程の光のように。
「なんじゃこりゃ……いったい、なんなんだ?」
アイネスが思案していると、集まっている人混みの中から老人が出てきた。
「長!」
アイン村の村長だ。村人たちからは愛称を込めて《長》と呼ばれている。
「アイネスよ。先の光は、オヌシによるものか」
「そう──みたいです。俺もよく分からないんですけど」
「先の光──あれは、まごうことなき、神の光である」
「な──」
「え──」
長の言葉に、一同は耳を疑った。
「──神?」
「然り。我も過去に一度見たことがある故」
「見間違いとかじゃないですか?」
「リリアよ。我を耄碌老人と疑うか」
「いえいえいえ、いえ! 全く!」
「斯様な神光、ゆめゆめ忘れず」
長の言葉には確かな説得力があった。
「な、なんで俺の中に、神の力が」
「オヌシの父、あるいは母から受け継がれたものだろう」
「俺の……親?」
アイネスは両親の顔を知らない。
物心付いた時には、親戚の元、この村で過ごしていた。
「俺の親に、どんな秘密があるってんだ」
「秘密とは。己の手で掴むもの也」
長の瞳はアイネスをがっちりと捕らえる。
「オヌシが冒険者であるなら尚の事」
「……そうか。そうだよな」
この瞬間、アイネスは決意した。そして己の往くべき道を見た。
翌日朝。
「もう行っちまうのか、アイネス」
「うん。俺のやるべきことが見つかったから」
「そうか。ちょっと寂しいが、お前が決めた道ならしょうがない! がんばれよ」
「ありがとう」
村に背を向け発とうとした。その時。
「待って、アイネス」
止める声がする。リリアだ。
「どうした?」
「私も、あんたと一緒に行く」
「──本気か?」
「本気だよ、うん」
リリアはニッカリと笑う。
「断ったら?」
「有無を言わさず付いて行く!」
「だよなぁ。一応、理由を聞いておくけど」
「一つ! あんたの中にある、強大なパワー! それを間近で見てみたい」
「後は?」
「二つ! 神の力(仮)に目覚めたとはいえ、あんたは未だFランクのまま。苦労することも多いでしょ。でも、Aランクの私がいれば、大抵の事はすんなりいくよ!」
「なるほど、それは有り難いな」
そして最後に、リリアは小さく呟いた。
「あと、アイネス、かっこよかったから……」
「ん? なんか言ったか?」
「な、何にも!」
幸い、リリアの吐露はアイネスの耳に届いていないようだった。
「──んじゃ、早速出発しよっか!」
アイネスの背を押すリリア。
「ちょ、ちょっと」
「ほら、ぐだぐだしてたら好機を逃すよ!」
身体を押し付ける。
柔らかいものが、アイネスの背に当たる。
「おっ、おっおおおお……おい」
アイネスの顔が赤みを帯びる。
それを知ってか知らずか、リリアは離れない。
「さあ! 大いなる冒険の幕開けだ!」
「はな、離れてくれえーっ!」
彼らの往く道に、幸運があらんことを。
【続く】
【ランク】
旅に出た冒険者は、その戦果によって7つのランクに分類される。
・Sランク:SUPERIOR
最上位。語源もそのまま《最上位》。その数は常に一律30人と定められており、《機関》によって剪定がなされる。
全ての冒険者が憧れる、輝かしき存在。
・Aランク:AGATERAM
上位。語源は《光輝ある腕》。Sランクの30人に含まれなかった実力者も多々おり、侮れない。
・Bランク:BRILLIANT
語源は《輝き》。Aランクには届かないが、いぶし銀な実力者が多い。
・Cランク:CIVIL
語源は《市民》。最も多くの冒険者が該当するランクで、駆け出しの冒険者もここ。
・Dランク:DEADLINE
語源は《基準線》。《機関》の保護が受けられる最低の水準で、裏を返せばDランク未満は苦しい生活を強いられる。
・Eランク:ESCAPE
語源は《逃亡者》。戦いから逃れ続けた弱者が揃う、と言われている。
・Fランク:FINISH
最下位。語源は《終焉》。最低のランクであり、最後に行きつく所、というわけでこの名が付いた。
ある意味Aランクより希少な存在。