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二人の旅  作者: 若葉
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二人の旅 その三

寒空の下を二人はとぼとぼ歩いてゆく。

道が次第に狭くなり、街灯の間隔が広がると共に道路のアスファルトもひび割ればかりになってくる。

転ばぬよう、二人は手を繋いで歩いた。

長い孤独な影の伸びたその後姿はまるで迷子の兄妹のようでもあった。


どれ程歩いただろう。ふいに後ろから重いエンジン音と強いライトの光が迫ってきた。

二人は慌てて道の隅へと身を寄せた。

車一台通るのがやっとという狭い道である。

車は徐行する気配もなく、却ってその重いエンジン音を更に激しく震わせて加速しながら、二人の側を勢い良く通り過ぎてゆく。

赤い外車が横を通るのと、女が転倒するのとがほぼ同時であった。

女の短い悲鳴に彼は背筋が冷たくなった。慌てて繋いだ手を引き寄せた。

女は踞ったまま、大丈夫、大丈夫、と何度も繰り返した。

数メートル先で車は急停車した。激しいエンジン音の中、窓から顔を覗かせたのは、さっきフードコートにいた例の佐藤であった。

佐藤は二人を睨むように一瞥すると、小さくバカと呟き、ぺっと唾を吐き捨てて、またエンジンを激しく吹かして急発進し、瞬く間に走り去っていった。

降りても来ない。その素振りすら見せない。膝をついて踞っている女がいても、声の一つもかけようともしない。


大丈夫と言いながらも女はなかなか起き上がれなかった。怪我をしているのかも知れない。


ずんぐりむっくりした女の体が痛みと怖さで小さく丸く震えている。


茶色いチノパンの膝に泥がこびりついていて、彼は擦るように払おうとしたが、容易に落ちず、却って泥が広がるばかりであった。

よし、歩けるかい?

うん。うん。大丈夫。

女の足を気遣いながら、二人三脚のように、いちにいちにとゆっくり歩く。


歩きながら、煮え立つような怒りにも似たどす黒い何かが彼の内側に沸き上がりつつあった。


ぎりぎり最低限の誇り。或いはぎりぎり最低限の尊厳。それがいとも容易く破かれて、驕り高ぶった相手はそれを一ミリの罪悪とも感じていない。破れた穴からどす黒い何かが内側に全く自然に湧き出でて彼の全てを満たしきるのに、そう時間はいらなかった。



しばらくして丘の麓に先程の車がある。

立派な和風建築の二階建ての駐車場にふてぶてしく赤い高級そうな外車が停まっていた。

ふいに、冷たい風が胸の内側を通り抜けてゆく。あれ、さっきまでのムカつく熱さは何処にいってしまったのだろう?

気付けば彼の内側には冷たい風が吹き荒んでいた。

盗む。殴る。壊す。

とにかくあの佐藤とやらを苦悶の表情に染め上げる。彼は微かに笑いながら、女に言った。

あの家に押し入ろう。きっと何でも有るよ。

女はぼんやりと首をかしげながら頷いて、無表情のまま彼の上着の袖を強く握り締めた。


彼はどうかしてしまったのだろうか?

割りと冷静に、佐藤の家の玄関をコンコンとノックしてから、ノブを回してみた。鍵はかかっていない。あっさりと開いたドアから、勝手知ったる我が家のように靴を脱いで玄関に上がった。

柔らかな照明に、床暖房だろうか、足の裏がひどく暖かく、柔らかな木目の感触が心地よい。


廊下の先の、居間らしき部屋から白い明かりとテレビの音声が漏れている。

すたすた歩き、躊躇うことなく戸を開く。居た。


居間のソファにもたれかかり、呆然として二人を見つめる佐藤の間抜けで醜悪な顔がすぐそこに有った。


彼は微笑んだまま佐藤の正面に歩み寄り、躊躇うこと無く全身の力を拳に込めてその顔を殴り倒した。

佐藤はか細いうめき声を残して廊下まで吹き飛んで動かなくなった。

さぁ、これからお宝探しといきますか。

不安げな面持ちの女に向かって、彼は小さく呟いた。


仏壇の下がどうとか、さっき自慢していたな。

見渡すと、居間の隅に大層ご立派な仏壇が確かに有った。女房だろうか、おばさんの写真が飾られている。

のんびり近付いて、引き出しを漁ってみる。

有った。

封筒を破ると、中から札束がバラバラと彼の足下に散らばった。

一千万、いや二千万ではきかないだろう。へぇ、ハッタリじゃあなかったか。まぁいいや。どうせろくな金じゃないだろうさ。


のんびりと二人で拾い集めて、半額の惣菜が入ったビニール袋にポイポイ無造作に詰め込んでゆく。


女の荒い呼吸を聞き、震える指先を見つめながら、彼は自分でも不思議な位に冷静に淡々と事件を遂行していた。

憎悪とか怒りとか、先程までうごめいていた感情はままるで雨散霧消していた。

まるでテレビドラマの登場人物になったような気持ちさえ抱いていた。

むしろそんな風に感じる自身が薄気味悪くすら思われた。


他には何があるかなと、タンスや引き出しをチラチラ物色してみたが、なかなかめぼしい貴金属等は見当たらなかった。

女は彼の上着の袖を度々引っ張っては、もういいよ、早く逃げようよ、車に帰ろうよ、と泣きそうな声で繰り返した。


帰り際、何らの感情もなく、強いて言えばうっとうしい奴死ねばよい位の、けれども憎悪程に激しくもなく、蚊を潰す程度の感覚で、倒れたままの佐藤の体に数発の蹴りを入れてから豪邸を後にした。


暖かな家から外に出ると、先程までよりも一層冷たい風が頬を刺してきた。


ねぇ、死んでないよね?殺したりはしていないよね?女は何度も繰り返した。

彼は黙ったまま、両手にビニール袋を握り締めたまま歩き続けた。


佐藤の野郎は死んだか生きているか、わからない。

出来れば徹底的な止めをさしてやればよかったかなと考えていたが、女の悲しげな姿に気持ちが乗らなくなった。

不安も絶望も怒りも嘆きも、ある時点からリアリティーを持って感じられないまま、淡々と坂道を上ってゆく。


二人の長い影がゆらゆらと頼りなく揺れている。



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