第4話 彼らの生活
「ここが僕の家だよ」
「大きいですね」
ギルドを出た一行はそのままリュークの家へと向かった。そして現在、ギルドよりもさらに大きな建物が2人の前に立ちはだかっていた。そう、リュークの家である。
「しかし平民区画にこれだけ大きな家があると違和感を感じますね」
メアがぼそりと呟く。ここサイベールに限った話ではないが、サイベールには平民区画と貴族区画がある。中心に佇む城を守るように貴族区画があり、更にその貴族区画を守るように平民区画があるのだ。リュークの家は貴族区画ではさほど珍しい大きさではないが、平民区画であればリュークの家に並ぶほど大きな家はないため、異様なほど大きく目に映る。
「一応僕も貴族の子息だしね。家の大きさについて父からは色々言われたよ」
「見栄、ですか……」
その通りと言うように首を縦に振るリュークだったが、その表情は面倒くささを隠そうともしていなかった。
「僕には、あまり理解できないけどねぇ……」
「ま、まあとりあえず入りましょう?」
どんどん力を失っていくリュークにまずいと感じたメアは、急かすように家の玄関に近づいていく。
「ああ。悪かったね」
リュークはそのままメアの横を通り過ぎ、木製の扉に手を掛ける。一瞬俯き、短く息を吐くと顔を緩ませて笑顔を作り、扉を開けた。
「ただいまー!」
「おかえりなさい!」
リュークの肩越しに玄関の中を見てみると、そこには頭に犬の耳を生やした獣人の女性が満面の笑みを2人に向けていた。
「おや? そちらの方は?」
「メアと言います。今日はリュークさんの家でお世話になることになったのですが、よろしいですか?」
「ああ、そうなんですね。私は大歓迎ですよ! 私はリリーです。よろしくおねがいしますね!」
獣人の女性はメアの姿を認めるなり、何か悟ったような顔だったが、メアから事情を聴くと納得がいったように笑顔でメアを歓迎する。それはまるで、今日”から”よろしくおねがいしますとでも言うかのように。
(なんか勘違いされてないか……?)
「そういうわけなんだけど、晩御飯とか大丈夫?」
「大丈夫ですよ。イザベラさんならぱぱっと作っちゃうと思いますから」
「そうだね。じゃあ僕は彼女を客室に案内するから」
「はい! 分かりました!」
「メア、今から客室に案内するね」
「あっ…… はい、おねがいします」
リリーと名乗った獣人の女性の笑顔に何か違和感を覚えたメアを他所に、話はどんどん進んでいく。違和感を探っていたメアだったが、リュークに急に話しかけられたため、違和感を頭の片隅に追いやった。
「こっちだよ」
玄関を抜け、廊下を歩きだすリュークに追従しながらもメアは周りに目を向ける。豪華絢爛というよりは質素な感じの内装。ところどころに花が活けられている花瓶が飾られており、わずかながらに彩りを与えている。
「ここだよ、さあどうぞ」
「良い部屋ですね」
家についての説明を受けつつ2、3分ほど歩いたのち、ある木製のドアの前でリュークは立ち止まった。そしてそのままドアを開けてメアを中へと促す。促されるままにメアが中に入ると、メアの目に飛び込んできたのはやはり質素な感じの部屋。必要最低限の家具が置かれており、壁には小さな絵画が一つ飾られている。あまり派手なものを好まないメアにとってはまさに好みの部屋であった。
「それじゃ、どこになにがあるか説明しておくね」
この後メアは客室についての説明を受けた。どこに何の家具があるか、寝間着の場所はどこにあるかなどだ。
「それじゃ、夜ご飯になったらまた呼びに来るよ」
「はい、ありがとうございます」
ドアが閉まる音と共に、メアは自分の体が急に重くなるような錯覚に陥る。だがそれもしょうがないことだ。見知らぬ土地に放り出され、今この時まで動き続けていたのだから。
「とりあえず一息つけるな」
ベッドに腰かけつつ、メアは小さくつぶやく。彼女の頭に去来するのはたかが数時間、されど数時間の記憶。ゲームをしていたら急に眩暈に襲われ、気が付けば森の中。そこから自分の能力をチェックし、盗賊崩れに襲われかけ、リュークと出会った。それらの記憶が一気に頭の中で浮かび上がってくる。
「はぁ~。……って、あ! インベントリ忘れてた!」
ここでふとメアの頭の中に浮かんできたのはインベントリという言葉。インベントリとはゲームにおける収納スペースで、武器や防具、アイテムをしまったり、取り出したりできる機能の事である。そこにはメアの大切な武器などが眠っていた。
「……やっぱり使い方が分かるな。こうか?」
メアが頭の中である武器を思い浮かべ、取り出すイメージをしながら虚空に手を翳すと、虚空に手のひらが飲み込まれた。そして手を握り締めると何かを掴む感覚。虚空から手を引き抜くと、そこにはメアが想像した武器が握られていた。
「良かった。取り出せた。やっぱ急に森の中なんてことになったら落ち着くことなんて出来ないよなぁ」
自分が今まで落ち着き切れていなかったことを自省しつつ、メアは自分が今まさに取り出した武器を眺める。白銀に輝く剣身を持った、レイピアと呼ばれる細身の剣。鍔には漆黒の宝石が埋め込まれており、不思議な力強さを放っている。
このレイピアの名はフェガリ・セマーネ。
メアがLaDOで好んで使っていた武器である。メアは魔法職であるため、接近戦に弱いという欠点を持っていた。その欠点を少しでも補おうということでこの武器を使っていたのだ。メインの武器となる以上、必要となる場面は多いので強化する際も一切の妥協を許していない。そのため、この武器は相当な仕上がりとなっている。
「実際に見てみると本当に綺麗だな。っと、今は使わないからとっととしまおう」
武器を眺めてうっとりしているところを、リューク達に見られでもすれば不要な警戒をさせてしまうと思ったメアは、取り出した武器を一通り見終わるとすぐにインベントリに仕舞いなおした。
「そういえばここまで普通に話して、普通に通じてたよな、日本語」
ふと思い出したのはこの世界でのコミュニケーション方法だった。メアはここまでリュークと日本語で話していたのだ。そしてあの時に出会った盗賊崩れも、リュークと共に向かったギルドにいた冒険者達も、受付嬢も、そしてリューク本人も日本語を話していた。さらに、ギルドで書いた書類も日本語で書かれていたのだ。
「……いるかもしれない。”先客”が」
メアの頭に浮かび上がってくるのは、同じプレイヤー達の存在。
「敵対関係にはなりにくいとは思うが、油断は一切できないな。人は力を手に入れたら、あっさりと別人になってしまう」
そのことをメアは心に刻み込む。もし敵対関係になったとしたら、脅威となるのは目に見えているのだから。
「まずは休もう。お腹もへっ……てはいないな。ついでに言えば疲れてもいない。……ああ、メアは普通の人間じゃないか」
LaDOには転生というシステムがある。レベル100からレベル1になる代わりに、今より一つ上の種族になれるのだ。メアは転生を繰り返し、人間という種族の最高位種族である現人神となっている。飲食や睡眠を必要とせず、不老の存在としてLaDOでは描かれていた。
「とりあえず横になっているか。それだけでも違うはずだ」
メアは荒布を脱ぎ、ベッドの中へと潜り込む。前世よりも幾分硬いベッドに身を委ね、あるか分からない疲労を吐き出すかのように大きく息を吐くと、少し気が楽になったような気がした。
そのまま10分程度、メアが天井を見つめて異世界に来たことを再認識していると、ドアがノックされた。
「メアさん? リリーです。入ってもよろしいですか?」
「はい。いいですよ」
ドアが開く音と共にリリーが入ってくる。
「晩御飯が出来ました。食堂に行きましょう!」
「はい。分かりました」
そのままメアはベッドから起き上がり、リリーと共に連れ立って部屋を出る。2人で廊下を歩き始めると、リリーがメアへと質問を投げかけた。
「その衣服、凄いですね」
「え? ああ、分かりますか? 祖父が私にくれた服なんです」
その言葉にリリーは微かに笑みを強める。嘘だと分かるがゆえに。
何せメアの服は白を基調とし、金糸で彩られているものなのだ。その神々しささえ感じさせる衣服は、到底山奥で隠居していた者が着られるような衣服ではない。
(服替えときゃよかった……)
リリーから、子供から見え透いた嘘を言われたときに浮かべるような微笑ましい笑顔を向けられ、嘘であると看破されたことにメアが気づく。当然ながら今更後悔しても遅い。
「ここが食堂ですよ」
気まずい雰囲気が漂いながらも、1分かからない程度で2人は食堂の前に到着した。そのままリリーは周りのドアよりも少々大きいドアを開け、メアを中へと促す。言われるがままにメアが食堂の中に入ると、リューク以外にも2人の女性がいた。
「あら? あなたがメアさんですか?」
「あなたが”新入り”ね?」
メアに話しかけてきたのは、赤い髪と目を持った人間の女性と金髪と翡翠の目を持ったエルフの女性。人間の女性は優し気な笑みを浮かべているが、エルフの女性は高圧的な表情で、わずかながらに敵対心をにじませている。
「ほらほらイリア? そんなムスッとした顔しないで、メアさんを歓迎して? ごめんなさいねメアさん。彼女、イリアは素直じゃない性格なので」
「ちょっ! うるさいわよリリー!」
「あはは…… 賑やかで何よりです」
「ちょっと! 何笑ってんのよ! 私はあんたのことを認めたわけじゃないんだから!」
エルフの女性、イリアはメアを指さしながら力強く、それでいて姑のようなねちっこさを窺わせる言葉を言い放つ。
「イリアもそのへんでね? 初めましてメアさん。私はイザベラと言います。これからよろしくおねがいしますね?」
「あっはい、私はメアです。この度リュークさんに助けていただき、そのままの流れで泊まらせていただけることになりました。お世話になります」
やはりどこか違うニュアンスが含まれていることをメアは感じ取りながら、自己紹介を返す。すると、自分の妻達とメアのやり取りを見ていたリュークが徐に口を開く。
「うんうん、うまくやっていけそうだね。それじゃみんな、イザベラが作ってくれた料理を冷めないうちに食べるとしよう」
「リューク! 私は彼女のことを認めたわけじゃ……」
イリアの言葉は誰一人聞き入れていない。イリア以外の各人は既に料理を口にし始めている。
「もー! なんなのよー!」
イリアの慟哭もまた、虚空に霧散していくだけだった。




