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第2話 突然の邂逅

「はえ~……」


 新たなる人生を歩むことを決心して早数時間、メアの姿は草花が咲く丘にあった。あれから彼女は無事に森から抜け出し、明らかに人の手が入っていると思われる道に出ることが出来た。その後も道に沿って歩いていき、何事もなく今現在立っている丘に辿りついたのだ。


 メアの眼下に広がるは広大な都市。都市を囲むように石を積み上げて構築されたと思われる防壁があり、都市の中心と思われる場所には荘厳な城が佇んでいる。


「やっぱここは異世界なんだな……」


 雄二がいたほうの現実では、当然ながら眼前に広がる都市など存在しない。ここまで歩いてきた道もそうだった。ここまで発展している都市に繋がる道ならばもっとしっかりとした作りの道にするだろう。道を敷設するほどの資金がないというならば話は別だが。


「よう、嬢ちゃん」


 メアが気合を入れなおしていると、後ろから誰かがメアに声をかけてきた。声質からして男だろう。しかも男という文字の前に質が悪いと付け足されるタイプの。


 後ろを振り返ればいかにもな男が3人、草木をかき分け姿を現した。使い古された鎧と刃こぼれしていそうな短剣を装備しており、短剣で脅そうという魂胆が透けて見える。


(如何にもな連中だな…… どうすればいい? 相手は刃物を持っている。話も通じそうにない。となれば…… 逃げるか?)


 必死に思考を巡らせる。選択を誤ればロクなことにならないのはすでに分かっているから。


(いや、ここがどこなのかもわからない。逃げた先が更にロクでもない場所という可能性もある。ならば……)


 メアの頭によぎったのは、暴力。うまく事を運ぶことが出来れば目の前のたちから情報を引き出せるという利点もあった。しかしその行いは、下手をすれば人を殺めるという事。


(くそっ。なんでこんな目に……!)


 メアは内心で毒づく。殺しても咎められるどころかむしろ感謝されてしまいそうな、理性のかけらもなさそうな3人組だが、結局メアがやろうとしていることは下手をすれば殺人になる。これまで殺人とはニュースで耳にするだけでほとんど無縁で、自分が殺人を犯すなんて想像もしてなかったのだ。これから手を掛ける、そう思うと手足が震えだしていくのをメアは感じ取った。


「ひひっ、嬢ちゃん俺らと遊ばねぇ?」

「そうそう、ちゃんと家にも帰してあげるよ?」

「奴隷商っていう家だけどな」


 もう思い通りになると思っているのだろう、男たちは爆笑し始めた。そんな男たちを尻目にメアは考える。彼らに捕まったらどうなるのかを、そしてその果てで自分はどうなっているのかを。


(やらなきゃそうなるんだぞ? 覚悟を決めろ!)


 メアは俯きながら震える手足を抑え込み、ゆっくり息を吐く。息を吐き終わり、ゆっくり顔をあげればそこには別人かと思うほど引き締まった表情。


「おーおー、いいねぇ。強気な女を屈服させるの、俺大好きなんだよね」

「よく見たらガキの癖に良い胸してんじゃねぇか。しばらく俺たちだけで楽しもうぜ」

「顔もそこらへんの貴族よりよっぽどいいしな。たっぷり楽しんだ後はがっぽり稼げそうだ」


 本当の彼我の実力差も分からず、いや分からないからこそ男たちは下品に笑う。知ってしまえば最後、恐怖と絶望に支配されるしかないのだから。


(狙うのは末端部分、手足だ)


 大人しくしていてもろくなことにならないのは百も承知だ。それでも、それでもなお、前世で染み付いた価値観というのはなかなか変わってくれないもの。メアは最後の一歩を踏み出せずにあくせくしていた。


「んじゃま、始めますか」


 男の一人がそう告げ、短剣を抜きメアに近づいてくると2人の男も同じように短剣を抜いて近づいてくる。


「くそっ! ≪暴食(グラトニー)()黒き……(スウォー……)≫!」


 大きく跳ねた心臓の鼓動をばねに、メアは魔法を発動させようとする。しかしここで3人とは別の誰かが一人、なかなかのスピードで近づいてくるのを察知した。目の前の3人は気がついてはいないようで、相変わらず本能丸出しなのを隠そうともせず、にやにやと嫌らしい顔つきでゆっくり近づいてくるだけだ。そんな連中もすぐそこまで迫ってきたというところでようやく反応を見せる。しかし時既に遅し。闖入者(ちんにゅうしゃ)が争いに容易く介入できるまでに接近を許していた。


「そこまでだ!」


 メアと男3人の間に割り込んできたのはメアより少し年上と思われる金髪の男性。15歳ほどだろうか、大人びてはいるものの、まだわずかに子供らしさを残している顔立ち。彼は一目で逸品だと分かる鎧と剣を装備しており、佇まいも熟練者のそれを思わせるものだ。


「なんだぁ? いいところで……」

「か弱い女の子を食い物にする外道め! 僕が成敗してくれる!」


 不機嫌そうな男の声に被せるように快活で自信に満ちた声が響き渡る。一方メアはせっかくの覚悟を台無しにされ、複雑な気分になっていた。


「正義のヒーローごっこでもしてんのか?」

「おい待て。こいつ……リュークじゃないか?」

(……リューク? このよく見るハーレム主人公みたいな男の名前か?)


 3人の男のうちの1人が神妙な口調で人名を口に出す。当然ながらこの世界に来たばかりのメアはそのリュークという名に覚えはない。


「そうだ! 僕はリューク・ランバスタ! ランバスタ公爵家の次男だ!」


 ここでメアは心の中でさらに毒づいた。自分の記憶が正しければ公爵家は王族を除き、最も高い爵位。そんな高い権力を持つ連中に目を付けられれば何されるか分かったもんじゃないと。ある意味チンピラ3人よりも厄介な存在が目の前に現れたのだ。


(チンピラの次は貴族か……? どっちにしろ面倒な存在には変わりないし、これなら運を天に任せて逃げたほうがいいか? でもここで逃げたら『なんで助けようとしていたのに逃げたんだ』なんて因縁つけられそうだなぁ。早速何かしらの(しがらみ)を残すのは遠慮したいところだ。助けてくれるらしいし、ここはとりあえず流れに任せるべきか。それはそれで問題起きそうだけど)


 メアが頭の中でこれからの方針を打ち出している間にも、状況は変わっていく。3人の男はリュークの乱入によりすっかり及び腰になり、リューク本人はメアを何事もなく助けられたことに心の中でこっそり安堵しつつ、3人の男を仕留めようとタイミングを窺っていた。


「ちっ! 『光の剣士』か! なんでこんなときに!」

「クソが! どうするよ!」

「どうするもこうするもねぇよ! 逃げるぞ!」


 場に居合わせる5人はそれぞれ頭を回転させる。3人は逃走手段を、1人は追撃手段を、そして最後の1人はどう波風を立たせずにいられるかを。


「逃がさない!」


 先程の威勢はどこへやら、メアたちに背中を見せて逃げ出す男3人に、リュークは容赦なく追撃する。追撃される彼らからしてみれば目にも止まらない攻撃。その無慈悲な攻撃は、彼らの首元を一瞬で刈り取った。


「うっ……」


 3つの頭が刎ね飛ぶ。その頭が繋がっていたであろう首元の断面からは血の噴水が噴き上がる。メアは初めての光景にくぎ付けになった。何せ前世ではありえない光景なのだ。ゲームではたまに見かけることはあるが、今、目に映る光景は紛れもない現実。メアは体の奥底から何かが逆流してくるの感じ取ったものの、何とかこらえた。


「あっと、目に毒だったね。大丈夫かい?」


 さわやかな笑顔でリュークがメアの方へと向き直る。メアが片手で口を押えているのを見て、リュークはやってしまったと言わんばかりに顔をしかめて、体調を伺う。


「ああ、大丈夫だ……です。助けていただきありがとうございました」


 声を掛けられたメアはとっさに丁寧な言葉遣いに切り替える。あくまで社会人として最低限度の教養として身に付けた程度のものではあるが。


「困っている人を助けるのは当然だよ。しかしタイミングが良かったね。丁度冒険者ギルドの依頼をこなして帰ってきたところなのさ。……おっと、自己紹介がまだだった。僕はリューク・ランバスタ。ランバスタ公爵家の次男だ。よろしくね」

「私はメアです。元々祖父と山奥で過ごしてたんですが、祖父が亡くなってしまったもので、この度街に出ようとしたのです」


 街に行く際、少女1人では何かと不審なので適当な理由をでっちあげたのだ。祖父が亡くなったという複雑な事情をうかがわせるワードを入れて少しでもつっこまれないようにするという工作も完備してある。とはいえ、山奥で祖父と2人暮らしという時点で複雑な事情ではあるが。


「そうだったんだ…… なら一緒に来るかい? 僕もそこの王都に帰ろうとしてたんだ」

「いいのですか?」

「当たり前だよ! 君みたいな可愛い子が1人で歩いてたら危険だ!」


 下心など一切ないのだろう。口調からもメアを心配していることが窺える。


「可愛いかは分かりませんが、そうですね。ご一緒させてください」


 ここで断っては不自然だと感じたメアは、可愛いと言われたことに寒気を感じながらもその提案を了承する。もちろん、万が一の罠を警戒して。



 日が沈みだす頃、2人は王都の門の前に到着した。丘の上で見た景色とは違い、間近で見る門は威圧的であり、見る者を圧倒する。


 2人の目の前には列が出来ていた。行商人であったり冒険者らしき服装の者であったりと、並んでいる者達は様々だ。その列は王都への門へと向かっており、王都に入ろうとする者達であることがはっきりと分かる。


「そろそろ日没だというのに、結構並んでますね」

「ああ、ここはいつも通りだよ。なんたって王都だしね、人の出入りは激しいのさ」


 メアはここに来るまでにリュークから様々なことを聞いた。通貨や種族、そして文化のことなどだ。今、2人が入ろうとしている場所はエルクス王国の王都、サイベール。人間以外にもスレンダーな体躯に長い耳を持つエルフ、人間に獣の耳と尻尾が生えたような外見の獣人、低身長だが技術に長けたドワーフなど様々な種族が生きている国である。


「もしかしてあの人たちって、エルフや獣人ですか?」

「そうだよ。彼らは亜人って言われててね、この国ではほとんどないけど、他の国だと差別されていたりするんだ」

「そうなんですか。あと、あちらにもう一つ門がありますがあちらは?」

「あっちは貴族用。今の僕は平民の冒険者として振る舞っているからこっちに並んでいるんだ」


 メアとリュークの2人が雑談していると、順調に列が消化されていき、彼女たちの番となった。門番はメアたち2人、正確にはリュークを見てより顔を引き締める。


「これはこれはリューク様! いつもお疲れ様です」

「うん、ありがとう」

「ところで、そちらの女の子は?」

「彼女はメア。身分は僕が保証する。……ところでメア。君は冒険者だったりする?」

「冒険者ですか?」

「そう、冒険者。魔物を狩ったりして生計を立てる人たちのことさ」

「う~ん、すみません。冒険者ではないです」

「だよね。ちなみに今お金は?」

「……すみません。通貨とは無縁の生活をしていたもので……」


 メアは右も左も分からずに異世界に放り出されたのだ。この世界における通貨どころか常識さえ持ち合わせていない。


「王都に入るには通行料が必要なんだ。冒険者であれば免除されるんだけどね。とりあえず君の分は僕が払うから」

「いいのですか?」

「うん。ああ、後で変なことを要求したりはしないから安心してね?」

「……はい。ありがとうございます……?」


 笑顔で妙に返答しにくいことを言われ、返答に窮するメア。しかし体の方はとても正直なのか、全身に鳥肌をたてるというあからさまな嫌悪の意思を雄弁に物語っていた。


 リュークが門番に通貨を渡す。通貨を受け取った門番は一つ頷くと道を譲るようにメアたちから離れ、一つ咳払いすると……


「ようこそ、エルクス王国王都サイベールへ!」

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