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第10話 昇格試験

「おい、来たぜ……」

「しかし本当なのかねぇ……?」


 ギルドへと足を踏み入れたメアに多くの目線が向けられる。本来であればここから値踏みするような視線を経て、欲がこもった目線へと変わるのだが、今回は値踏みする目線と言うよりは怪訝そうな目線を向けてくる者が多数であった。


(なんだ? これまでの経験からして普通なら発情した猿でもしないような目線を向けてくるはずなんだが…… まあ俺としてはありがたいか)


 胸元や尻に視線を向けられていないことに安堵しつつも、受付に向かいながらなぜ彼らがそんな目線を向けてくるのか疑問を持つ。


(なんかしたっけか? ……思い返しても思いあたることはないな)


 メアが目の前を横切っていっても声をかける者はいない。メアが面倒事を回避するため速足で歩いているためだ。そこへさらに如何にも話しかけないでくださいと言わんばかりに近寄りがたい雰囲気を出していることも加えれば、周囲が声をかけるのをためらってしまうのもしょうがないことだった。


「あら、メアちゃん。今日も依頼?」


 特に何事もなく受付につけば、マーリンがメアを迎える。


「ええ。今日もゴブリンでも狩りに行こうかと思いまして」

「今日も? ならせっかくだから今回のゴブリン討伐依頼を昇格試験にしてみない?」


 昇格試験と聞いたメアの目がわずかに細められる。たとえ内容自体は同じであっても、試験となれば話が変わってくるもの。メアは心の中で密かに気を引き締める。


「ゴブリン討伐自体Fランクの依頼なんだけどね。メアちゃんはAランク冒険者であるリュークくんにお墨付きをもらっていたから融通をきかせてGランクのメアちゃんであってもFランクの依頼を受けられたのよ。……まあそんな融通ってのもFとかGランクといった低ランクの依頼だからきかせられるんだけどね」


 おどけるように言うマーリンにメアは愛想笑いを返す。マーリンは一呼吸置くと一つ咳払いをして話を続けた。


「とにかくAランクのお墨付きもあるし、とっととFランクに上がった方がいいでしょう。メアちゃんさえよければ昇格試験を実施したいと思うんだけど、受けてみる?」

「受けてみます」

「分かったわ。それじゃ、このゴブリン討伐をメアちゃんの昇格試験とします。頑張ってね!」

「はい!」


 微かな緊張と、更なるランクへ上がることが出来るという期待を胸に秘め、依頼をこなすべくギルドの入り口へと向かっていく。だが、そんなメアに水を差すように近づいてくる影があった。


「なぁ、ちょっといいか?」


 メアの進路に立ちふさがるように現れたのは一人の大男。厳つさを感じさせる顔をしており、頭はスキンヘッドにしている。身長は2mほどもあり、メアからしてみれば小山のような男だ。


「……なんでしょうか?」

「俺はダレスってんだ。あんたはメア……だよな?」

「ええ、そうですよ」


 目の前の男について自分の記憶を漁る。とはいえ会話した記憶もなければ面識も当然ない。となれば自分に何の用があって話しかけてきたのかと。


(嫌な予感しかしないなぁ……)


 メアのギルドでの記憶はロクなものがなかった。初めて入ったときはリュークの新しい嫁だと勘違いされつつ、欲のこもった目線を叩き付けられ、2度目に入ったときは以前に視線を感じたぶん、さらに鮮明に自分に叩き付けられる視線を感じ取ってしまった。そんなわけでメアの男冒険者に対する認識といえば、体格が凄まじい思春期真っただ中の男子中学生というものになった。


 当然メアはこの認識が自分勝手なものだと理解している。だからこそ一日でも早くこの雰囲気に慣れようと頑張ってはいるのだが、簡単に慣れるものではなかった。たばこといった依存性のあるものはやりだせばなかなか抜け出せなくなるように、体と心に長年かけて刻み込まれた常識というのもそう易々と変えられるものではないのだから。


「リュークの嫁じゃないってホントか?」

「は?」


 あまりにも突飛な質問にメアはハトが豆鉄砲を食らったような顔になる。

 思い出すのは冒険者ギルドに初めて来たときのこと。メアとしてはあまり思い出したくない記憶の一つだった。


「なんか気になっちまってよ。で、どうなんだよ?」

「はぁ…… 別にリュークさんとはそんな仲ではありませんが……」


 その言葉を聞いてこっそり聞き耳を立てていた周囲の人間がにわかに騒がしくなる。しかし、あくまで自分の仲間とこっそり会話を始める程度でメアにはよく聞き取れないものだ。


(なんだなんだ? 急にこそこそ話し始めたぞ)


 とはいえ、自分の答えを聞いて周囲が騒がしくなったと考えているメアからしてみればどんな会話をしているのか気になってしまうもの。自分にとってよからぬことであろうことはなんとなく予想はついてはいるのだが。


「ということは今はソロで活動してんだろ? どうだ、俺とパーティでも組んでみないか?」

「あ~。今のところソロでも特に問題ないんで大丈夫です」


 その言葉には落胆があからさまにみてとれた。結局自分が予想していたことだったがために。更に言えば男の下心丸見えな勧誘に辟易したがために。


 実際、メアの予想していた通り、ダレスは最終的にはメアと”そういう仲”になりたいと考えていた。冒険者という職業柄、出会いというものはとても多い。そして冒険者の男女比率といえばどうしても男が多くなってしまう。そして自発的に冒険者となる女といえば、男勝りな性格であったりと、どこか女として捉えられない部分を持っている者が多い。そのためメアのようなタイプは珍しい部類となるのだ。ようはある程度の”大雑把さ”がなければ冒険者としてやっていけないということ。だからこそ、メアという一見か弱そうな少女は冒険者である彼らにとっても稀有な存在なのだ。


「そんなつれないこというなよ。俺はEランクだ。パーティ組んどいて損はないぜ?」


 当然、そんな存在を前にしてはいそうですかと引き下がるわけもなく、ダレスは食い下がる。目の前の少女は若く、自分が見てきた女の中でも容姿が最高級。おまけに同じ冒険者だというのだから、どうしても引き入れておきたいというのが本音だった。


「本当に大丈夫です。では」

「あっおい!」


 付き合いきれないとみるや、メアはダレスの横を通り過ぎようとする。ダレスもまた、せっかく目の前に現れた大物を逃すわけにもいかず、メアの肩に手を置こうとするが――――


「うおっ!」


 まるで読んでいたかのようにメアは最小限の動きで回避し、ダレスの手が空を切る。


「はやく昇格依頼をこなしたいので。失礼します」

「あっ、ああ」


 避けられるものとは思っておらず、ダレスはつい呆けてしまった。自分でも見事だと感じてしまうほど最小限の動きで避けられたために。


「なにもんなんだ。あいつ……」


 入口へと歩いていくメアを、ただ見つめるしかなかった。手を置こうとしたときの、まるで空気であるかのようにスルリと避けたあの動きを思い返しながら。



「さてと、昇格依頼もあるがスキルとかの検証もしないとな」


 来たところは初依頼をこなした森ではなく、この世界で目を覚ました森。こちらのほうが王都から距離があり、スキルの検証といったあまり人に見られたくないものを行うために適しているということでここを選んだ。


「魔法は以前に使ってみたから問題なし。冒険者として活動する以上、あまり手の内はさらしたくないからここぞというときにとっておきたいが……」


 思い出されるのは短剣でゴブリンを討伐していた時。討伐自体は問題ないものの、至近距離で噴き出る血を眺めるのは決して気持ちのいいものではなかった。だからこそ思案する。精神的苦痛がなるべく少なく、かつ人目を引かないような戦法を。


 冒険者としてどころか、この世界に来てまだまだ日が浅い。そんな自分が出し惜しみしていられる立場かとメア自身も思っている。だが大いなる力というのは良くも悪くも目立ってしまう。そのときはそのときでしょうがないと許容できるが、必要最低限の力で障害を乗り越えていくのが理想と捉えていた。


「やっぱ遠距離攻撃が良いか。魔法は使いたくないから……弓?」


 インベントリから短剣と同じように弓と矢筒を取り出す。弓ならば遠距離から敵を仕留めることができ、なおかつ至近距離で血を見ることもなく、かつ見た目が派手な魔法や技量が目に見えて分かる剣といった近接武器よりも人目を引かないだろうと思ってのことだ。


「クラスも1つに絞っておいた方が良いかな。とするとクラスは……『ファントム』か」


 LaDOにおいてクラスは下位、上位、そして最上位の3つに分類される。下位クラスのレベルを最大にすることでそれに対応した上位クラスが解放される仕組みとなっている。例を挙げるならば、下位クラスである『魔法使い』のレベルを最大にすることで上位クラスである『賢者』が解放されるといった具合だ。そしていくつかの上位クラスのレベルを最大にすることで解放されるのが最上位クラスとなる。


 メアが口にした『ファントム』も『暗殺者(アサシン)』、『レンジャー』、『賢者』の3つの上位クラスを前提とした最上位クラスの一つである。ちなみにメアの本職と言える『七罪の統制者(シン・コントローラー)』も前提クラスはないものの、例外的に最上位クラスの一つとして名を連ねている。


 『ファントム』は隠密と奇襲を得意とし、遠距離を主体として戦うクラスである。更なる力を求めて遠い異世界の技術を習得した『レンジャー』のみが就けるクラスとLaDOでは位置づけられており、使用可能なスキルには、短距離を一瞬で移動する≪ショート・ドライブ≫や着弾地点に極低温の爆発を引き起こす≪クライオ・アロー≫といったものがある。


 矢筒を背負い弓の感触を確かめつつ、まずどんなスキルを試すか思索する。

 

「まずはドライブからだ」


 ≪ショート・ドライブ≫は移動系のスキルであり、辺りが吹き飛ぶといった周囲への影響も少ない。そのため最初に検証するスキルとしてはうってつけであった。そしてひとつ深呼吸をして調子を整えると、メアはスキルを発動させた。


「うおおっ!」


 エレベーターが動き出したときに感じるような一瞬の浮遊感を経て、視界に飛び込んでくる風景が変わる。後ろを振り返ってみれば先程まで自分が立っていたであろう場所が見つけられ、無事スキルが発動したことが分かった。


「ドライブは成功だな。一瞬の浮遊感には慣れる必要がありそうだ。とにかく、ゲームの時に就いてなかったクラスのスキルも使えると…… この調子で能力(アビリティ)とかも見ていこう」


 メアは以前できなかった検証を進めていく。これから扱っていくクラスである『ファントム』に限らず様々なクラスについて。


 能力は種族やクラスごとに設定されており、それこそ多岐にわたる。メアの種族である『現人神』の能力は状態異常への耐性やHP、MPの自動回復、自分より圧倒的に格下の相手の動きを封じるといったものがある。


「能力もクラス関係なく扱える。使うスキルは基本的に『ファントム』のだけにして、クラスの能力はいざというときにだけ使うようにしていこう。まあ索敵とかで使う機会はありそうだけどな」


 メアは万が一に備え種族の能力である状態異常耐性と回復は発動することにしたが、相手の動きを封じるといったなくてもよさそうなもの、『ファントム』などのクラスの能力は切っている。クラスの能力は強力なものが多く、周囲に大きな影響をもたらすものも少なくないために。


「あんまり使いたくはないが攻撃系統スキルも使っていかないとな」


 内心ため息を吐きながら、背中の矢筒から矢を引き抜く。攻撃系統のスキルは相手に損害を与えるもの。つまりは周囲への影響が大きいものが殆どだ。魔法の中には相手を即死させるものも存在し、周囲の影響も全くないものもある。しかしそれではちゃんと発動したかが不明であり、検証にならない。そのためある程度の影響は許容しなければならないのだ。


 変に地面を抉ったりすれば誰かがそれを見て色々と勘ぐってしまう可能性がある。ここは王都周辺の森。何かあずかり知らぬ魔物が出たとでも思われれば面倒であり、誰がやったのか調査されるのはさらに面倒なのだから。


 『ファントム』として活動していく以上、それのスキルを試してみなければならない。メアは比較的影響の少ないスキルを考えていく。


「≪クライオ・アロー≫はあたりが凍るからな。となると≪ローレンツ・アロー≫あたりならよさげか」


 ≪ローレンツ・アロー≫は電磁力で矢を加速させて対象を攻撃するもので、扱いやすいスキルの一つ。そしてなによりこのスキルは超遠距離攻撃に適している。LaDOのPvP戦では他のスキルと組み合わせうまくつかいこなすことで相手にこちらの位置を悟らせないプレイングも可能であった。


 矢をつがえ弓を引き絞り意識を集中させる。すると矢にまとわりつくように青白い光が輝きだし、空気がはじけるような音が耳に入り込んでくる。メアがLaDO時代でも見てきた≪ローレンツ・アロー≫の発動兆候。あとは放つだけ、そう心の中で呟き――――


「っ!」


 破裂音とともに矢が放たれる。

 矢は彗星のごとく青白い尾をひきながらすさまじい速度で大気を引き裂き直進していく。そして一瞬で森の奥へと吸い込まれていき、視認することもできなくなった。


「実際に見てみるとやばいな。一瞬で見えなくなった」


 狙った先に人がいないことは検証時に使ったスキルや能力で把握している。それでもどこかで人に当たってしまうんじゃないかとメアは思わずにはいられなかった。あれに当たってしまえば悲惨な最期を遂げるであろうということは容易に想像できてしまうから。


「……ん?」


 メアがあまり攻撃スキルは使いたくないなと考えていると、不意に違和感を感じた。風によって木々が揺らめく音のなかに人の声、より詳しく言えば叫びに近い声をとらえたからだ。


 その方向は検証で索敵系のスキル、能力を使っていたときに人がいると捕捉した方向だった。そこに人の叫びという情報が加わればあまり目撃したくない光景が広がっていると容易に想像がつく。


「ほっとくのは夢見が悪い、見に行ってみるか。服や鎧の中に虫が入り込んだとかならいいんだが……」

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