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父とユニクロ

作者: 世界はまだITOを知らない

土用の丑の日ではないのだが、丑の日の近くの暑い日だった。付き合えよ、と声を掛けられ、父と新宿に鰻を食べに行く。


「付き合えよ」って良い言葉だ。それを言われると余程でない限り断れない。「行かないか?」って言われると行かない理由をせっせと考えたりもするが、この考える暇をあまりくれない物言いは結構楽で良い。楽しかろうが、楽しくなかろうが自分が気を使わなくて良いんだから。だって、誘ったのは父なのだから。



父は特に用があるわけでもなく、単純に自分が鰻を食べたかったのだと思う。はずむ会話があるわけでもなく、株の話(父の趣味だ)をする。アメリカがどうだとか、景気がどうだとか、本当にただのだべりだ。それによって株の上がり下がりがわかるでもなく、父が儲けることはない。父は株で一度も勝ったことが無い。只々知っている事を並べるだけの会話。うんとか、すんとか言い合う。中身は記憶に残らない。でも、鰻のことは覚えている。


鰻は、ふっくらとしてほどよい油身、小さな骨は少々気になるけど、柔らかく美味しかった。それでも鰻について話をすることは無かった。男2人の飯。時間も掛からず食い終わる。鰻が運ばれて来るまでの待ち時間の方が長かった。一応会計の構えはするが、父が制すので任せる。おごるってことも、きっと楽しいのだとも思う。


父に礼を言うと「まだ時間あるか?」と聞かれた。意外と珍しいことだ。あると答えると、ズボンが欲しいからユニクロへ連れて行けと言い出した。いつもは母が買ってくる服だが、サイズが合わなくなったので欲しいのだと。父はいつくかの病気を抱え体重が大きく減っていた。


70才になる父とユニクロへ。メガネ面の2人は誰から見ても親子だろう。正直少し恥ずかしい。しかし鰻はおごられてしまっている。僕はズボンをみつくろう事を約束した。


少しヒザの悪い父にはサポーターの役割を兼ねるかとストレッチの効いた細身のスキニーを選んだ。結局着ないと勿体ないので、試着を勧めた。少し立ち止まり「おう、そうか」と言ったが、父は試着をためらった。その気持ちは何かわかる。試着が恥ずかしいのだ。大きな金額でないパンツをご丁寧に試着する。昭和のバンカラ世代としては、少し服に無頓着な振りをしたい気持ちがあるのだろう。しかしメガネ親子の仕打ちに耐えている僕としては、しれっと試着させたい。フィッテイングルームまで誘導すれば必ず試着する。だって、恥ずかしがっている事も、恥ずかしいのだから、恥ずかしがってない振りをするはずだ。父は案の定、試着した。


フィッテイングルームの前で試着を待つ。外から声を掛ける。


「サイズ、どうかな?他の持ってくる?」


「…うん」


「どうした、履けた?開けて良い?」


「…うん」


カーテンを開けると、ピッタピタのズボンを履いたおじいちゃんがいた。イメージは小鳥?鳥男?


「これ、おかしくないか」


老人のスキニーがこれほど違和感があると知らずに驚く。


「うん、おかしいね」


「おまえ、わざとか!」


「違うよ、ゆったりしたの持ってくる、待ってて」


フィッテイングルームに父をおいて、笑ってしまうのを隠すかのように逃げた。結局、ベーシックな太目のチノパンを父は買った。


父との外出はこのユニクロが最後だった。


子供の頃の父は、怖くて、理不尽で、いつも脅威だった。多分、ずっと好きではなかった。むしろ嫌いの方が感情としては近い。遺品も写真も何一つ手元に残さなかったのだから。それでも父と食べた鰻は記憶に残っている。ピッタピタのパンツ姿はもっと鮮明だ。スキニーを履かせて良かった。父を思い出すと、こうして笑ってしまえるのだから。

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