その7
賢児は、充が紗由と相談しながら作った物語を読み、感心したように言った。
「こうしてテキストに起こして、わかりやすくリライトしてみると、けっこう形になってる気もするなあ」
「この物語を頭に入れつつ、これから起きることに注意を払う必要がありますね。涼一さんと周子さんは、ご心配でしょうけど」
「そうだな。とりあえず、このコピーは絵本メンバーのPTA全員に配っておこう。彼らも心配でしょうがないだろうからな」
賢児は、先日、イマジカの社長室に集まったメンバーを思い浮かべながら言った。
* * *
≪秘密の物語≫
サイオン大王の国は、王様がいい人だったので、いろんな国から人が集まってきて、国が栄えていました。
王のお姉さんの光の女王は、災いを受け取るという不思議な力を持っていて、彼女は受け取った災いを、幸せな夢として見直すことで、未来を幸せに変えてしまうのです。
国民のために、大王と女王が一生懸命働いていたので、近くの国の国民は、どんどんサイオン王国に行ってしまいます。近くの国の国王たちは、それを快くは思っていませんでした。
近くの国を束ね、自分が王の中の王になりたいと思っているナーシモ国王と、光の女王が持つ不思議な力を自由にしたいと思っている魔法の国の総帥ダイは、サイオン大王に戦いを挑みました。
でも、光の女王は言いました。「あなたが戦ってはいけません、サイオン。あなたは、平和の中で光の大王になるのです」
「では、女王。私はどうしたら、いいのですか?」
「彼らの言う条件に従って戦いましょう」
女王は王に向かって静かに言い放った。
* * *
華織は鳴っているスマホに表示された名前を、少しうっとおしそうに見つめると、電話に出た。
「あら、保ちゃん。元気?」
「姉さん。それはないだろう?」保がいらついた様子で言う。「その後、何も連絡がないじゃないか。義兄さんにも電話がつながらないし、進くんたちに聞いても、何も聞いていないという。外遊時も連絡をするという約束だろ」
「そんなに怒らないで、保ちゃん。あなたには国政に集中して欲しかったの。今、大切なお話の最中でしょう?」
「だから、心穏やかに進めたいんだよ。不安材料は払拭してね」
「不安材料なんて、あなたが総理になったら、どんどん増えるだけなのよ。綱渡りしながら千切りするくらいの技を身につけなくてはね」
「千切りが短冊切りになっちゃうだろ。誰かさんみたいに」
「…伝えようかと思ってたこと、千切りになって、どこかに行っちゃったみたい」電話のこちらで、不機嫌になる華織。
「姉さん、ごめん。悪かったよ。頼むから、ちゃんと状況を教えてくれないか」
「えーとね、さっきしておいたわ、大隅さんへ正式な試合の申し入れを。試合は避けられないようだし、ちょろちょろと向こうの子が動いてるし、すっきりしたほうがいいかと思って。試合は保ちゃんが今のところ総理大臣になる予定の日の午前中」
「姉さん。なるべく穏便に済ませてくれとお願いしたじゃないか。勝負を受ける必要がどこにあるんだ」
「あら。いつまでも不安材料があるのは面倒でしょう? 払拭しておかないと。
試してみたい大隅さんの気持ちはわからないでもないけど、相手選ばずというのは感心できないし、この辺で少し“わかって”もらおうと思っただけ」
「姉さん。見くびってもらっちゃ困るよ。挑発されたからなんて、そんなくだらないことで動く姉さんじゃない。本当は何を考えているんだい?
大体、他にも考えるべきことはあるだろう?」
「そうねえ、確かにいろいろあるわ。目下の興味は、相続税の節税かしら。そろそろ皆にも、いろいろ配っておかないとねえ」
華織はけらけらと笑い、保は姉の言動の真意を捕らえかねていた。
* * *
「ねえ、さゆちゃん。えほんばかりじゃ、つまんないよ」真里菜が不服そうに訴える。
「そうだね。かなこも、まりりんと、みつるくんがけんかするの、とめるだけだし…」奏子も遠慮がちに言う。
「せっしゃも、はたらいてばかりで、つかれるでござるよ」物語を作っている充も同意した。
「わかった。じゃあ、賢ちゃんにのぼろう!」
紗由は魔法のシートを降りて部屋を見回したが、賢児の姿が見当たらない。
「哲っちゃん。賢ちゃんは?」
「社長は今、お客様とお話をしているところです」
「…しゃちょうなのに、だいじなときに、いないんだから」
ぷーっとふくれた紗由は、シートに戻った。
「賢ちゃん、いないから、のぼれないや。ちがうあそびにしようね。みんな、なにがしたい?」
「えーとね…まりりんは、においあてごっこする!」
「においあてごっこ?」奏子が不思議そうに尋ねる。
「うん。まりりんにみえないように、うしろになにかかくしていいよ。そしたら、まりりん、あてるから」
「あねごは、いうことが、でっかいでござるからなあ」
ふふんと笑う充を、真里菜がキックする。
「ちょっと。おやぶんのいうことに、さからうわけ?」
「ひえ~ん。あねごなんか、はもんでござるからな!」
充は眉間にしわを寄せながら、紗由の後ろに隠れる。
「じゃあ、それやってみよう。まりりん。うしろむいて、めをつむっててね」
紗由はそう言いながら、そーっとキッチンスペースへ行くと、ワゴンに乗せてあったりんごをひとつ取り、空きダンボールに入れ運んでくると、ふたをした。
「これ、なーんだ」
言われた真里菜は、ダンボールに顔を近づけると、ふんふんと鼻を鳴らして匂いをかぐ。
「りんご」
「あたりだ!」目を丸くして叫ぶ紗由。
「すごーい、まりりん」奏子が両手を口に当てて驚く。
「つぎは、せっしゃがやるでござる!」
充はキッチンへと走り、きょろきょろと周囲を見回すと、玲香が使っているエプロンをダンボールへ入れた。
「ほい」
充がダンボールを差し出すと、真里菜はさっきと同じように匂いを嗅いだが、首をかしげた。
「れいかちゃんのにおいがするけど、れいかちゃん、はいってるの…?」
「このはこじゃあ、おっぱいはみでちゃうよ」紗由が難しい顔で答えた。
「じゃーん。エプロンでしたあ」
勝ち誇ったように充が言うと、哲也が寄ってきて言った。
「すごいですねえ、真里菜ちゃん。それは、玲香さんのエプロンです。だから玲香さんの匂いがしたんですよ」
「すごーい!」今度は紗由、奏子、充が一斉に声を上げた。
「おかしがあるとよってくる、たろちゃんみたいなハナでござるな」
“確かに麻薬捜査犬になれそうな嗅覚だ”哲也も感心しつつ、内心くすりと笑った。
「まりりん。おにいちゃまにも、やってあげて。きっと、よろこぶから」奏子が真剣な面持ちで言う。
「うーん。こまっちゃうなあ…」ちょっとそっぽを向く真里菜。
「てつやどの。あれが、ツンデレというやつでござる。めんどうでござろう?」
こそこそと囁く充の後ろに真里菜がにじり寄る。
「いーの! りおちゃんは、もっとめんどうなんだからねっ」
「はは…そうですか」哲也が思わず返事をする。
「くが家のおんなのこは、みんなめんどーなの。おじいちゃまが、そういってた」
哲也を振り返り、何故か自慢げに言う真里菜。
「がんばってくだされ、てつやどの。わりびきけんを、さしあげますゆえ」
充は制服のポケットから“さけみつる”の割引券を差し出し、哲也の手に握らせた。
「ありがとう…」
哲也は苦笑いしながら、割引券を胸ポケットにしまった。
* * *
今回の青蘭幼稚園・小学部の合同運動会は、いつもに増して盛況だった。それには、次期総裁と評判の保が参加するだろうと、もっぱらの評判だったということもある。ただ、今まで以上の警戒態勢が敷かれていたため、父兄の参加も事前登録が必要で、関係者以外の人間が入場するのはかなり難しい状態でもあった。
徒競走が終わった直後、龍が席に戻ろうとすると、傍を通り過ぎた男が紙切れを落としたので、それを拾うと慌てて声をかけた。
「落としましたよ!」
だが男は、人混みに紛れ、あっという間に姿を消してしまった。
“ああ…こんなに人がいると、もう、わからないや”
そう思いながら龍は、拾った紙切れを手に取った。見ると何かが描いてある。
「王子へ。3時に一人で、すもも組横の倉庫の前へ」
龍は紙を読み終えると、慌てて周囲を見渡したが、やはり男の姿はもうない。
“王子…ミコト姫に対する王子ということか? 僕へのメッセージ?…今朝、おばあさまが言っていたのは、このことなのか?”
龍は今朝の華織とのやりとりを頭の中で反芻した。
* * *
「龍。今日はこれを身につけていて」
「羽龍の玉? どうして?」
「絵本仲間が外で一同に介する時には、気をつけたほうがいいわ。念のためよ。保ちゃんも運動会に行く気満々だし、そっちがらみで悪い人が動かないとも限らないから」
「玉が悪い奴に反応するってこと?」
「いいえ。今回は逆よ。私の手の者に反応するわ。だから、味方を見分けるのに役立ててちょうだい。いざというとき、助けを求める相手よ。敵は…下手すると多過ぎて、わけがわからなくなりそうだし、報告を受けるときも面倒だから、今回はそういうことでお願いね」
「うん。わかった」
龍はくすりと笑った。面倒くさがりの華織らしい言い分だ。
「紗由も石を持ってるの?」
「ここのところ、天珠を身につけているようね。それ以外に私のほうからは渡していないわ」
「紗由はいろいろ実験しているみたいだよ。奏子ちゃんの石や、まりりんが持っている翼の石、じいじの龍や、翔太のところの天珠、それから…賢ちゃんの石とも、こっそり話をしてる」
「あら。そうなの。賢ちゃんの石とまで…」華織はくすりと笑った。
「反応するのは、奏子ちゃんと翔太だけみたいだけど」
「そうでしょうね。でもまあ、面白い実験だわ。これからも、注意して見ていてちょうだい。じゃあね。行ってらっしゃい、王子様」
華織は微笑むと、龍の額に口付けた。
* * *
手元のメッセージに不快感を抱きつつも、とにかく行って見ようと龍が思っていたところに、向こうから保が笑顔で駆け寄ってきた。
「龍! 徒競走、早くてびっくりしたぞ。まあ、そうだな。紗由を抱えて新幹線みたいに走る周子さんの子なんだ。早くて当然か」
嬉しそうに笑う保に、「じいじ、僕、かあさまと血がつながってないんだよ」と突っ込んでいいのかどうか、龍はためらった挙句に言った。
「よかった。じいじに似なくて」
「なんだとお。じいじだって、駆けっこは早かったんだぞ」保は龍に頬ずりして微笑んだ。「そうだ。ご褒美だな。何が欲しいかな」
「うーん。じゃあ、今度パーティーをして」
「パーティ?」保は不思議そうに繰り返した。
「うん。呼びたい人がいるんだ、いろいろ。いいよね?」
「ああ、もちろんだ」
「それより、紗由もすごーく頑張ったよ。褒めてあげて」
「うん、うん。そうだな。龍は偉いな。ケンカばかりしてると思ってたが、やっぱり紗由のお兄さんだ」
保が龍の頭を撫でていると、後ろから紗由の声がした。
「じいじー!」
振り向くと、紗由が保を目掛けて走ってくる。
「紗由! 頑張ったなあ。いっぱい、玉が入ったじゃないか」
紗由を保が嬉しそうに抱き上げると、紗由はもっと嬉しそうな顔で言った。
「じいじが、そーりだいじんになれるように、がんばったんだよ!」
「そうかあ。よし。じいじは、頑張るぞ!」
紗由に頬ずりする保と、保の腕の中で幸せそうに笑う紗由を、涼一はじめ、西園寺一家は微笑みながら見つめていた。
「龍くん」
後ろから誰かに肩をたたかれた龍が振り返ると、そこには同い年ぐらいの少年が立っていた。普通なら、君は誰ですかとでも聞くところだが、殺気にも似た妙な気配を感じた龍は、内心身構えながら聞いた。
「君は何?」
「人に対して聞くときは、“何”じゃなくて“誰”だよ。僕は鷹司猛」
「…ごめんね。人なのかどうか、わからなかった」淡々と言う龍。
「神と間違えた?」
「ふーん。僕より自信家な人間、初めて見たよ」周囲の人間の動向を気にしつつ、龍がシニカルに笑う。「もう少し向こうで話そう」
「僕、自信家なわけじゃないよ。だって単なる事実だから」猛が言う。
「紗由や翔太のところに来たの、君だろ?」
「うん。そうだよ。未来の花嫁に挨拶したんだ。未来の元彼にも挨拶しておいた」
「それはまた、ご丁寧にどうも。思い込むのは勝手だけど、単なる勘違いだと思うよ」
「僕は“壱の命”の家系の能力者だ。受け取ったんから、勘違いなんかじゃないよ」
「じゃあ、“弐の命”の継承者の僕が、紗由が成人するまでに、“災い”はじっくり夢違えでもしておくよ」
「君が何をしようが、僕は紗由を手に入れる」
「人の妹を勝手に呼び捨てにしないでくれ」
「妹? 本当の妹じゃないじゃないか」鼻で笑う猛。
「知らないの? 人はね、血じゃなくて心でも繋がれるものなんだよ」
「ばかばかしいね」
「君は鷹司の家の者だよね。かあさまと血が繋がってる。僕は繋がってない。でも、心が繋がっているのは僕のほうだ」
「だから何?」
「そう切り返せば上に立てると思ってるなら、それこそ勘違いだよ」
「そーです。かんちがいです! さゆは、しょうたくんのおよめしゃんになるのです!」
龍と猛が振り向くと、そこにはいつの間にか紗由が仁王立ちしていた。
「紗由、たまいれ大活躍だったなあ」
龍が頭を撫でると、紗由はうれしそうに笑った。
「うん! さゆねえ、がんばったんだよ。かなこちゃんが、たまいれにがてだから、かなこちゃんのぶんも、がんばったの!」
「そうか。ありがとう」紗由をぎゅーっと抱きしめる龍。
「ふーん。仲良しだねえ」猛が、しらっとした顔で言う。
「あ。そうだ。にせものの、おむこしゃん!」紗由は猛をキッと睨んだ。「さゆは、しょうたくんのおよめしゃんです。これから、おーきくなって、おっぱいぽよよんになって…せが2メートルになったら、およめにいってもいいって、とうさまがいいました!」そう言うと、両手を腰にやったまま、楽しそうにスキップする紗由。
「2メートル?」龍が眉間にしわを寄せる。
「それって…」猛が声を潜めて龍に言う。「お嫁にやらないつもりなんじゃないの?」
「そうかも…」深く溜め息を付く龍。
「はやく、2メートルにならないかなあ」鼻歌を歌いながら、龍にまといつく紗由。
「紗由。普通は2メートルなんて、ならないよ。賢ちゃんだって、1メートル84センチだよ。かあさまも女の人にしたら背が高いけど、それでも1メートル68センチだし」
「え…」紗由の目に見る見る涙が浮かぶ。「さゆ、2メートルにならないの? しょうたくんの、およめしゃんになれないの?」
「うーん。ていうか…」
「だ、大丈夫だよ、紗由ちゃん」猛が話に割って入った。「紗由ちゃん自身の身長が、例えば1メートル…そうだな、君の家の人たちは皆、背が高いみたいだから、1メートル70センチになったとするだろ。竹馬に乗れば2メートルになるよ」
「なるの? さゆ、2メートルになるの?」
「うん。大丈夫だよ。ちゃんと翔太君のところへお嫁さんに…」猛はハッとしたように口調を変えた。「行くってことはないだろうけど」
だが、紗由は猛の言葉を終わりまで聞かずに、猛に飛びついた。
「ありがとう! しょうたくんのおよめしゃんになれるように、おしえてくれてありがとう!」
「う、うん」
「じゃあね。にせもののおむこしゃん!」
紗由は猛に手を振ると、保たちのいる場所へと走って行った。
「君、そんなに悪い奴じゃなさそうだね」
「いいとか悪いとか、そんなの関係ないよ、勝負には」猛がぶっきらぼうに答えた。
「そうだね。確かに関係ないや。でも僕は、紗由の周りは、いい人だらけでいてほしいんだ。生意気でわがままだけど、可愛い妹だからね」
「…そんなことより、勝負のことだよ」龍と目を合わせないようにして、猛が言う。「“命”さまから聞いてると思うけど、たまいれ勝負は、最初にそれぞれのチームから相手に条件を出す。使っていいのは、自分のたまだけだ」
「ああ、聞いてるよ。それでOK」
「ふーん。自信満々なんだ」
「君にとってはゲームだろうけど、僕には修行のひとつだから、自信とかそういう問題じゃないよ。必要なら、やる。それだけだ。と言っても、僕は今回のおばあさまのやり方には不満なんだけどね。紗由の未来を賭けの対象にするなんて、僕が勝つと決まっていても、ひどいよ」
「おじいさまが言ってたよ。“命”さまは必要なことしかしないって」
「どっちのおじいさま? 血のつながったほう? それとも、つながってないほう?」
「僕のおじいさまは、大隅のおじいさまだけだ。鷹司のおじいさまは、どうせ僕のこと、いらない。ママもお兄ちゃんも。僕は売られて、もうすぐ…」
猛の声が小さくなり、表情が暗くなるのを龍は見逃さなかった。
「きっと鷹司のおじいさまは、君の力が怖いんだろうね。弟の孫の紗由にも会わないらしいじゃないか。まあ、お役目を返上するのは、その力による災いを経験したか、経験しそうな気がするからだろうけど」
「僕はおじいさまに災いなんてもたらしてない!」
「もちろんだよ。おばあさまが力を認めた者たち、全国にいる“華織おばあさまの子どもたち”は、誰一人として、そんなことはしない。
僕たちの力は、皆を幸せにするためのものなんだから。それを認められないのは、君のおじいさまが臆病なんだよ。認めないほうが楽だろうし」
「何が言いたいんだい」
「僕たちの能力は、“命”の力も、そうでない力も、皆を幸せにするために使おうよってことだよ。さっき、君のアイデアで紗由は幸せになった。それと同じだよ」
「僕の気持ちを動揺させて勝ちに行こうってわけ?」
「そう思いたいのなら、それでもいいけどさ。こんなことぐらいで動揺するなら、僕の相手はつとまらないよ」
「……」
「試合、楽しみにしてるよ。僕は、仲間がどんなふうに力を合わせるのか、この目で見てみたいんだ。おばあさまが言ってた“僕一人ではできないこと”を確認したいから」
龍はそれだけ言うと、手を振りながらその場を去った。
「とうさま。僕、忘れ物取りに行ってくるから、先に会館のほうへ行っててね」
「じゃあ、一緒に行くよ」
「ううん。大丈夫だよ。紗由と一緒にいて。かあさまはきっと、じいじの傍にいて、いろんな人にご挨拶しないといけないだろうから」
「まあ、そうだな…。気をつけろよ」
「うん。じゃあね」
“3時10分か…ちょっと遅くなっちゃったかなあ…”
龍は時計を見ながら、指定された場所へと足をはやめた。
* * *
≪秘密の物語≫
そんなある日、サイオン大王のもとに、手紙が届きました。ナーシモ国王からです。
「レイジ王子を、そちらの国に人質として差し出します。代わりに、ドラゴン王子を人質としてこちらへください。その後、今後のことを相談しましょう」
温和なサイオン大王でしたが、手紙を見て怒りました。
「こんなこと、承知できるわけないだろう! 大体、子どもを交渉の手段に使うなんて、ひどすぎるじゃないか」
「大丈夫だよ、おじいさま」名指しされたドラゴン王子は答えました。「僕、行ってくるよ。だから、おじいさまは、サイオン国の平和を守って下さい」
「ドラゴン王子よ…」
サイオン王は涙しました。大切な、可愛い孫だったからです。そして、まだ8つの彼が、国民のことを考えてくれていたのが嬉しかったのです。
「僕の代わりに来る子に、優しくしてあげてください。きっと、その子は怖くてたまらないはずだから」
「お前も怖いのだろう?」
「僕は、怖くても、怖さを克服する術を知っています。光の女王に育てられたのですから」
「そうだったな。お前は誰より、強さを享受した子どもだ」
「でも、おじいさま。向こうへ行く前に、ひとつだけお願いを聞いてください」
「何だい?」
「ショーンにこの石を」
「これは、“龍の輝石”…」
「一昨日、ミコト姫とケンカをしました。姫はそのまま、森の祭りに出かけてしまいました。この後、いつ会えるかわかりません。ショーンが石を持っていれば、ミコトを守るときに役に立つと思います」
「だが、これはお前にとっても大事な石じゃないか…」
「僕に何かあったら、きっとミコトが助けてくれます。僕は信じています」
「わかった。石は確かにショーンに渡そう。その代わりに、お前にはこれを」大王は糸玉をドラゴン王子に渡した。「この糸玉をどのように使おうとお前の自由だ。お前の思いのままに、この糸玉はある」
「ありがとうございます、おじいさま」
王子は嬉しそうに微笑むと、その糸玉を受け取り、一礼をして立ち去った。
* * *
「ええ、大丈夫です。今日は青蘭会館のほうで打ち上げと言いますか、運動会の反省会のようなパーティーがありますから、3時前には皆そちらに移動しています。…はい、50メートル位は離れていますから、心配はないかと。…はい。はい、そうです。その手順で指示を済ませてあります」
女は電話を切った後、短く溜め息を付くと部屋を出た。
* * *
運動会終了後の学園内は、人がごったがえしていて、打ち上げ会場への移動も慌しく行われていた。
「あねご、いかないでござるか?」
充が聞くと、真里菜は目の前の、象の絵が描かれた扉をバンバンと叩きながら、むすっとした顔で答えた。
「ママがここでまってろって。あかねちゃんのママがスマホわすれたから、はしってとどけにいったんだけど、かえってこないの。
ん、もう、どこかでおしゃべりしてるんだわ。みつるくんは、さきにいってていいから」
「わかったでござる。では、のちほど!」充は父親のところへ走って行った。
とは言え、充が行ってしまうと、途端に退屈してしまった真里菜は、夕紀菜から待っているように言われた場所、扉に象の絵が描かれているすもも組横の倉庫の中を、そーっとのぞいてみた。
運動会の仮装競技で使われた衣装が山積みされている。
真里菜は、暇つぶしに、それらをほじくり返し始めた。
「あ。これ、おうじさまのいしょうだ。かっこいー!」
先日、充が言っていた“ベルバラのオスカル”とやらを夕紀菜と一緒にDVDで見たばかりの真里菜は、オスカルを思い出したのだ。
真里菜は辺りを見回すと、ささっと、その衣装を引っ張り出し、急いで制服の上から着てみた。ついでに金髪のカツラもつけてみる。
「ふーん。オスカルみたいだよねえ。ふんふふん」
ちょうどその時、夕紀菜が急いで真里菜のもとへとやってきたが、まさか娘がそんな格好に着替えているとは思わず、真里菜は真里菜で、待つように言われたドアの前からは少し離れたところにある鏡の前で、そこに映る自分に夢中だった。
夕紀菜は、真里菜を探しながら、足早にその後ろを通り過ぎて行ってしまい、真里菜もまた夕紀菜に気づきもしなかった。
* * *
再び青蘭幼稚園に呼ばれた“スズキトモモリ”は内心戸惑いながら、最初に大隅から言われたことを思い出していた。
「君のような人間を探していたんだ。一ヶ月限りのバイトをしないかい?
実はね、ある子どもの様子を観察していてほしいんだ。その子の親からの依頼なんだよ。
どうも発達障害の気があるのではと心配しているのだが、何人かの医者に見せても判断が一定しないようなんだよ。
それで、その子の幼稚園の保育士に、個人的に観察と報告を依頼していたんだが、彼女、産休に入ってしまうんだそうだ。
だから、その間、一ヶ月間、君に代わりをお願いしたい。君の趣味にあてるお金としても十分だと思うが、どうだろう?」
大隅はそう言って、彼の前に50万円という大金を置いた。しかも、そのバイトの対象は、あの“ミコト姫”役の彼女だったのだ。
ミコト姫ファンの彼にとっては、願ってもいない話だった。イマジカのショーを見る限り、発達障害には見えなかったが、発達障害というのは、特定ジャンルにのみ才能を発揮するというパターンもあるということだから、彼女ももしかしたら、舞台の上では知能明晰に見えても、普段の生活では何か支障があるのかもしれない。
でもまあ、青蘭が受け入れているのだから、正常児と普通に生活は出来る程度なのだろう。他人の目を気にしすぎる、あの階級にはありがちな懸念という気もする。
それに、言葉は達者なようだから、彼女と話ができれば、ゲームのことも、もっと聞けるかもしれないし、一緒に写真も撮れるだろう。趣味の仲間たちにも自慢できそうだ。
もちろん、その話は二つ返事で引き受けた。全く見知らぬ老人からだったら、多少戸惑うところだが、仲間のお兄さんからの紹介だったし、勤めていた先が半年前につぶれてしまった彼にしてみたら、もしかしたら、そのまま再就職につながるかもという、淡い希望も抱けたからだ。
だが、バイトはあくまでバイトで、期間の一ヶ月が終わると、あえなくリタイアということになった。それでも十分過ぎる報酬と、憧れの彼女の観察という、楽しい仕事に就けた一ヶ月は、彼にしてみれば大切な思い出だった。
そして今回、もう青蘭で仕事をしてもらうことはないと言われたのに、再びメールで依頼が来て50万入りの封筒と粉薬の包みがポストに投函されていたことに、彼は何か不自然なものを覚えていた。
“どうして<魔導師> は方針を変えたんだろう…?”
ゲーム好きの彼は、白髭の大隅のことをゲームのキャラにたとえて<魔導師> と呼んでいたのだ。
“しかも任務が何だか、うさんくさいよなあ…”
二度目のメールには、任務内容が指示されており、「王子が、すもも組横の倉庫の前にいる。すもも組の部屋で王子に粉を入れたジュースを飲ませて、君はそのまま消えろ」
“王子か…。ミコト姫の兄が王子だったよな、確か。そう、あの綺麗な男の子だ。ショーでも王子役をやっていた。あの子のことだな…?”
そうは思いながらも、オークションで高額フィギュアを連続購入して、前回の報酬もあっという間に使い果たし、さらにマイナス収支で金に困っている彼は、仕事を断るに断れずにいた。
“まあ、いいか。僕は途中で消えるわけだから”
指示通り、指定された場所で様子をうかがっていると、王子の衣装を着た子どもがいた。
“あの子か…”
「こんにちは。王子様」
彼の声で真里菜が振り向いた。
“あれ。この子は、すもも組の…確か、姫がまりりんと呼んでいた仲良しの子だ”
目の前の子が女の子だったことに戸惑ったが、王子というのが、王子の服装をしていると考え直した彼は、とりあえず指示通りに動くことにした。
「こんにちは。…せんせいも、きてたんですか?」
「ああ、そうなんだよ。皆の頑張る姿が見たくてね」
「ふーん」
「ああ、そうだ。ママがね、すもも組のお部屋の中で待ってなさいって言ってたよ。ほら、こっち」
幼稚園児の場合、ママがと言えば大抵の子供は言うことをきく。普段なら、真里菜は彼を怪しんだのかもしれないが、ちょうど夕紀菜から待っていろと言われていたこともあり、真里菜は素直にその言葉に従った。
「ママが来るまで、ジュースでも飲んでいようね」
“スズキトモモリ”は、室内のワゴンに置いてあったジュースを紙コップに注ぐと、後ろを向き、そっと粉薬を入れ、何事もなかったかのように真里菜に差し出した。
「どうぞ」
「はい」
真里菜はコップを手に取ったが、口に運ぼうとしたとき、彼のスマホがなり、ふとその手を止めた。
「ああ、ごめんね。驚かせちゃって。ちょっと失礼」彼はそう言うと、少し離れたところで電話に出た。
だが、真里菜がコップを持つ手を止めたのは、着信音に驚いたからではなかった。
“このジュース、へんなにおいがする”
真里菜は咄嗟に、もうひとつの紙コップに新しくジュースを入れて匂いを比べた。
“こっちは、だいじょうぶ”
「麻袋に入れて、台車の上に置いておくんですか? それって、ちょっと……いえ、そうじゃないですけど…はい、わかりました。はい。はい。では」
彼は電話を切り、真里菜の元へ戻って来た。
真里菜はその一瞬前にコップを入れ替え、自分のジュースを彼のほうへ置いた。
「あれ? まだ飲んでなかったのかなあ。いいんだよ、遠慮しなくて」
「せんせいのぶんも、いれました」ニッコリ笑う真里菜。
「ああ、ありがとうね。じゃあ、競争で飲もうか。よーい、どん」
彼がごくごくとジュースを飲み干すのを見ながら、真里菜もジュースを一気に飲み終えた。
「ごちそうさまでした」ぺこんと頭を下げる真里菜。
「おいしかったねえ」
「そんなへんなジュース、おいしくないとおもいます。せんせいは、わるいひとなんですか?
さゆちゃんのことばっかり、きくし、まりりんに、へんなジュースくれるし」
真里菜の唐突な質問に、彼は驚いて真里菜を見つめた。
「変なジュースって…」
「まりりんは、やっぱり、おそとでまってます。さようなら」
そう言って真里菜が立ち上がると、彼は真里菜を制止しようと腕を伸ばし、同じように立ち上がろうとしたが、その途端、立ちくらみがして床に倒れこみ、世界がぐるぐると回り出した。
「まっ…て…」
「あれ…せんせい…せんせい?」
真里菜は、倒れこんだ彼を覗き込み、ゆすってみたが動かなかった。
「しんじゃった! せんせい、しんじゃった!」
驚いて後ずさりする真里菜。
“どうしよう…へんなジュースのんだからだ。まりりんが、ジュースとりかえたからだ”
「ママー! ママー!」
真里菜は涙目で叫びながら、すもも組の教室を出た。
* * *
“倉庫の前…これか”
龍は象の絵をなでながら、辺りを見渡した。廊下の向こうから、掃除道具を入れたボックスをガラガラと押しながらやってくる男性に目を留めた龍だったが、反対側から聞こえた女の子の叫び声に反射的に振り返った。
「まりりん! どうしたの?」
「せんせいが、しんじゃった…。まりりんが、ジュースとりかえたから…だから…」
「まりりん、泣かないで。大丈夫だよ。僕がついてるから、大丈夫。泣かなくていいからね」
龍は泣きじゃくる真里菜の顔をハンカチで撫で、手をつなぐと、真里菜の出てきたドアの中をそーっと覗いてみた。
中には男性が倒れている。横の机にはジュースのボトルと紙コップが2つ置いてある。
「スズキ先生だ…」
龍は近づき、首で脈を確認した。
「まりりん、大丈夫だよ。先生は生きてる。でも、病気かもしれないから、大人の人を呼びに行こう」
「うん…」真里菜は、少し安心したように微笑んだ。
その時、掃除の男性が教室を覗き込み、二人に声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「あ…。あの、スズキ先生が倒れていたんです。病院に連れてったほうがいいのかもしれません」
龍の言葉に、男性はスズキの脈を取り、まぶたを開かせ、その様子を確認した。
「眠っているだけのようですが、どなたか先生に連絡しておきます。とりあえず、部屋の外に出て下さい」
龍は、男性の言葉に、羽龍の玉がうずいたのに気が付いた。
“この人は、おばあさまの部下だ…”
「あ! このひと、しんこおねえさんだ!」真里菜が叫んだ。
「え?」
龍は掃除の男性を見つめた。マスクで顔の下半分を隠れていたし、髪形も違っていたが、言われてみれば、その目には見覚えがあった。
「においが、そうだよ!」
「あら、ばれちゃったわ」真里菜に指摘された彼は、いつものように甲高い声で言った。「まりりんちゃん、龍くん、このことは賢児さまには秘密にね。うちの会社、アルバイトは禁止なのよ。先生のことは大丈夫。私が他の先生に連絡しておくから」
「進子お姉さんだったんだ…。あの…大変なんですね、不景気だと、いろいろ」
龍が言うと、進は大きく頷いた。
「そうなのよ…。まりりんちゃん。お願いね。絶対に、絶対に秘密よ。3人だけの、ひ・み・つ。セクシースパイは口が堅いわよね。スパイだもの」人差し指をマスクの上から口に当ててウインクする進。「とりあえず、ここは任せて会館に行ってちょうだい。パーティー行くんでしょう?」
進の言葉に真里菜は大きく頷いた。
「スパイはね、ひみつがまもれないといけないの」
「真里菜! もう、探したのよ!」
龍と真里菜が廊下に出ると、夕紀菜が慌てて走ってきた。
「ママ! おそいよ!」
「遅いよじゃないでしょ。龍くん、ありがとう。一緒にいてくれたのね。…ところで真里菜、その格好は何なの?」
王子の衣装に身を包んだ真里菜を、怪訝そうに眺める夕紀菜。
「ママがこないから、おきがえしてみた」
怒りながらも安心したのか、真里菜の目から涙が零れ落ちた。
「んもう、泣かないの。…制服はどうしたの?」
「したにきてる」
真里菜は王子の衣装を急いで脱いだ。
「勝手に着たりしたら駄目でしょう?」
夕紀菜はそう言いながら、真里菜が脱いだ衣装を手早くたたむと、素早く倉庫のドアを開け、その中に放り込んだ。
「ほら、行くわよ。…ごめんなさいね、龍くん、お待たせしちゃって。さあ、行くわよ、真里菜。園長先生の眠たいお話、もう始まっちゃってるわ、きっと」
真里菜がうなずくと、夕紀菜のスマホが鳴った。
「ああ、響子さん、ごめんなさい。今すぐ向かいますから。あのね、龍くんも一緒なの。周子さんたちに伝えておいてもらえるかしら。…ああ、それね、そっちはどうなのかしら…」
電話が長引きそうな夕紀菜の傍らで、龍と真里菜がひそひそと話をする。
「まりりん、大丈夫?」
「うん」
「さっき言ってたジュースって、どういうこと?」
「あのね、まりりんがここでまってたら、せんせいがへやにはいれっていって、ジュースをくれたの。でも、へんなにおいのジュースだから、せんせいのととりかえたの」
「先生は、それを飲んで寝ちゃったんだね」
「うん、そう。だから、まりりんのせいで、せんせい、しんじゃったのかとおもったの」
「そういうことか…」
「ジュース飲まないで偉かったね、まりりん」
「うん。でも、せんせいは、きっと、えんちょうせんせいのおはなしきいて、ねむっちゃったんだね。まりりんのせいじゃなくて、よかった」
心底安心したように言う真里菜の頭を、龍はくすりと笑って、やさしくなでた。
* * *
進が床に転がっている男の体を探り、武器の有無を確認していると、中庭側の窓から、女が入ってきた。
「彼、真里菜ちゃんに睡眠薬入りのジュースを飲まされてたわ」
「それはそれは。間抜けな刺客で助かったな」進は、呆れたように溜め息を付いた。
「麻袋に入れて、その台車で運ぶ手はずみたい。あと10分ぐらいで別の人間が来る時間だと思うわ」
「わかった。きちんとお片づけしておこう」
進と女は、“間抜けな刺客”を庭の台車の上にあった麻袋に入れ、台車の上に置くと、女は中庭のほうから、進は入って来たドアから、それぞれに教室を出て行った。
* * *
その頃、“とりもも”先生こと、富本は、不機嫌な顔ですもも組の教室へと向かっていた。
“ん、もう。せーっかく、紗由ちゃんのパパが来てて、話をする絶好のチャンスなのに、何でこんな雑用を今しなくちゃいけないわけ?”
富本は教室の前に着くと、「入りまーす」と言いながら、乱暴にドアを開けた。
正面の中庭に台車があるのが見える。
“あれね”
富本は中庭に出ると、江波主任から指示を受けたように、麻袋の乗っかった台車を、東門にいるケータリング会社のバンへと運び始めた。
「あ、すみませーん。こっちです、こっち!」
富本が苦労しながら台車を押し、ようやく東門のところまで来ると、そこにはバンが待機していた。
“何がこっちよ。あんたが来いっていうの!”
「すみませんでした。後はこちらで運びますので」助手席から出てきた男が、少しぶっきらぼうに言う。
「あ、じゃあ、お願いします」富本は少々むっとしながら、台車から手を離した。「二人いらっしゃるなら、向こうまで運びに来てくださってもよかったんですけどね」
「すみません。ありがとうございました」
さっきよりは丁寧な口調になるものの、腹の虫が収まらなかった富本は、相手の胸元の名札の名前を確認する。
“ハヤシモトキね。絶対に、クレームつけてやる”
富本は会釈して、その場を去りながら、振り向き車のナンバーも確認した。
“まったく、最近の業者と来たら…”
ナンバーをメモすると、彼女は慌てて会場に向かっていった。
* * *
「おい。麻袋の中身、確認したほうがよくないか。小学三年生にしては大きいぞ」
「確かに。ちょっと、そこの角に止めよう」
男たちは麻袋を開けて確認すると、舌打ちをした。
「王子とは比べ物にならないシロモノだな」
「どうする。このまま持っていくのか」
「…いや、そんなことをしたら、俺たちが粛清に会う。こいつは、その辺の茂みに転がしておけ。戻ってやり直しだ」
「俺たちだけでか?」
「そうだ。何とかしないと。あの方がこんなミスを許すはずはないだろう」
「それはそうだ。でも、応援を依頼したほうが…」
「ミスをわざわざ広める奴があるか。俺たちだけで何とかするんだよ」
「わかった」
言われた男は溜め息をついた。
* * *




