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その12


≪秘密の物語≫

 ミコトが自分のところへやってくれば、ドラゴンと二人で光の石の子どもたちをさがすだろうと考えていたナーシモ王は、ご機嫌なようすで庭のバラを愛でていました。


「王様、大変です!」

「どうした」

「ミコト姫を閉じ込めた闇の玉が開きません」

「何だって?」

「闇の玉の様子が変なのです。一箇所いびつに膨らんでしまい、外から鍵が差し込めなくなってしまいました」


 家来が言うと、ナーシモ王は慌てて部屋へ戻り、黒の魔法使いの鏡を覗き込みました。中には、眠っているミコト姫の姿がありました。

「姫が何かしたというわけでもなさそうだな…。おい。黒の魔法使いを呼べ。この玉をあけさせよ」

「ははーっ」

 王は不機嫌そうに部屋を出て行きました。


  *  *  *


「話にならん。これでは試合の意味がない」

 立腹しながら席を立つ梨本に、華織が声を掛けた。

「梨本先生。これは政治の駆け引きと同じです。リーダーを取られても、チームが一丸となって頭を使い、お互いの能力を発揮しあって、紗由たちは勝ったんです。

 そして今回、ジョーカーの奏子ちゃんを引いてしまったのは、赤組の運のなさですわ。さらに試合をお望みでしたら、負けをきちんとお認めになって、顔を洗って出直してください」

「華織さん、そこまで言わなくても…」大隅が言う。


「あなたもです、大隅さん。あなたは彼らの家に御役御免をさせ、彼らを自分の手元で育ててきた。“命”の座を放棄した方々のご家族のことですから、もちろん私に口を挟む権利はありません。

 ですが、彼らを危険な目に合わせかねない人と手を組むなら、話は別です。私は全力でそれを阻止します」

「いったい、何をしようというんだね?」

 梨本が憮然とした口調で尋ねると、華織は梨本をきつく睨み付けた。

「口の悪い似非カメラマンにも、お伝えください。“私を完全に怒らせてしまったと”」

 華織は踵を返すと、離れたところにいた龍に声を掛けた。


「…先生。あなたはこれ以上下手に動くと、“命”全員を敵に回すことになりそうだ。華織さんがあれだけ言うということは、大切な王子を危険にさらそうとしたんでしょう」大隅は深く溜め息を付いた。「猛の養子縁組の話は、なかったことにさせてもらいましょう。あの子を危険な目には遭わせられない」

「法的なことは、梨本と鷹司の間のことだ。あなたには関係ない」

「負けたら、養子縁組は白紙に戻す。それが龍くんとの約束でしょう?」

「たかが子どもの言うことなど…」

「その、たかが子どもの力と石に、あなたは再起を掛けようとしたじゃありませんか」

「それは…」言葉に詰まる梨本。


「よろしいですか。これはお願いではなく警告です。私が何も知らないとお思いか」

「大隅さん…」

「私が破門した人間とも裏で手を組み、事態がどう転んでもいいようにと保険を掛けたつもりかもしれないが、あいつはあなたが総理の座に返り付いたら、あなたの大切なものを利用しつくし、自分で権力を手に入れるでしょう」


「どういうことだ?」

「森本は、匠くんの命を盾にあなたを脅すぐらいのことは平気でやる。猛を差し出せば済むくらいに思っているのなら、それも甘い。二人とも危険になるだけですよ。

 その時、匠くんを守れる人間が誰なのか、頭を冷やしてよーく考えていただきたい。鷹司さんのほうには、私から連絡をしておきます」

 そう言うと、大隅は屋敷の中に入って行った。


  *  *  *


「ちょ、ちょっと。何で僕まで行かなきゃいけないんだよ」

 龍と翔太に腕を取られ、車に乗せられた猛が眉間にシワを寄せた。

「負けたんだから、少しぐらい協力してくれてもいいだろう?」

「せやなあ。龍は、そっち側の手下のせいで危ない目に遭ったんや。文句言うなや」

「僕がやったことじゃない。関係ないよ。降ろして!」

 猛が車のドアに手をかけようとすると、隣にいた紗由が、その手を取ってねじりあげ、うなるような声で言った。

「ぐだぐだ、いってんじゃねーよっ!」


「さ、紗由?」

「紗由ちゃん…?」

 一瞬、車内の空気が固まった。

「あねご、ひめが、ひめが…!」充が真里菜の肩をばんばん叩く。

「め、めをあわせないほうがいいよ、まりりん、みつるくん…」奏子が目を伏せた。


「おとしまえ、つけろや。あーん?」さらに猛の胸倉を掴みあげる紗由。

「は、はい…」怯えたように猛が返事をした。


「そういうわけだから、一緒に来てね、猛くん」華織が目を丸くしている猛に微笑んだ。「あら、試合の時より緊張したお顔になっちゃったわ」

「紗由…どこでそんな言葉覚えたの?」

 龍が恐る恐る尋ねると、紗由はいつものニコニコ顔に戻って答えた。

「あのねえ、賢ちゃんのおへやの、おっきいおひめさまのテレビ。おひめさまのえいがが、みつからなかったから、ちがうのみたの」

「賢ちゃんとか?」翔太が聞く。

「ううん。たろちゃんと」たろちゃんというのは、紗由の犬だ。

「賢ちゃんちに一人で入っちゃ駄目だって言っただろう、紗由」

「だから、たろちゃんといっしょだもん」紗由がぷーっと口を尖らせた。


「紗由に入られちゃうようじゃ、もう少しセキュリティを強化しないと駄目ねえ。保ちゃんに言っておくわ」

「おばあさま。そういう問題じゃなくて…」

「あら、そうね。賢ちゃんにも、よーく言っておくわ。もっと情操教育によさそうな映画を御覧なさいって」


「あ、あの…僕はこれから何をしに行くんでしょうか…」か細い声で猛が尋ねた。

「あ、ごめん、ごめん」龍がハッと振り向く。「手伝って欲しいんだ。君の力と石が必要なんだよ。君が胸につけている石、その子の兄弟たちと両親に会いに行くんだよ」

「この石の…?」首をかしげる猛。

「今まで親子がバラバラになってて、寂しい思いをしてたんだよ。それで、すねちゃってる子もいて…皆が仲良くできるように、猛くんの力を貸してほしいんだ」

「そんなこと言われても…」猛がペンダントの石を握りしめて戸惑う。


「あのねえ、いうこときかない子は、えいがだと、ぐるぐるまきになって、うみにぽいってされてたよ」

 紗由が言うと、猛は再び緊張した面持ちになり、「行きます」とかすれた声で答えた。

「よかったあ。やっぱり、にせもののおむこしゃんは、いいひとだったねえ」

 紗由が満面の笑みになると、猛以外の人間は一様に思った。

“あなたが怖い人なだけですから”


  *  *  *


「皆さん、お待たせしました」

 華織が部屋に入ると、そこには涼一、賢児、ロッキングチェアーで眠りに落ちている玲香がいた。

「伯母さん、お帰り。隣の部屋に飛呂之さんと弥生さんと誠さんと躍太郎伯父さんがいる。風馬と澪さんは、親父と周子を事務所でピックアップしてくると行って出かけた。そろそろ戻る頃だよ」涼一が状況を簡単に説明する。

「ありがとう、涼ちゃん。…賢ちゃん、あなたは大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ。玲香も変わりない」


「おまたせしましたあ!」

 子どもたちの先頭を切って入ってきたのは紗由だった。まるでオリンピックの入場行進のように、一列になって入ってくる子どもたち。

「とうさま、かったよ!」

「そうか。頑張ったなあ」そう言って、紗由と龍の頭をなでる涼一。「ほら、そこに澪ちゃんが用意してくれたジュースとお菓子があるから」


 涼一が言い終わるか終わらないかのうちに、プラスチックのコップに次々とジュースを次いで、お菓子と一緒に、皆にどんどんと渡していく紗由。

「ふう。しごとのあとの1ぱいは、おいしいねえ」

 気持ち良さそうにジュースを飲み干す紗由に、猛が言う。

「紗由ちゃんて、けっこうオヤジくさいね」さっきの仕返しのつもりなのか、皮肉っぽい口調の猛。

「こういうの、こどもには、わかんないよねえ」

 紗由がくすりと笑うと、猛は悔しそうに眉間にしわを寄せた。


「おやつ直後の紗由ちゃんは最強なんや。触れんほうがええ」こっそり囁く翔太。

「大変なんだね、翔太くんも」

「女の子はね、10秒のうち1秒可愛ければ儲けものなのよっ」

「しょ、翔太くん…?」

「…俺の師匠の言葉や。深いやろ。進子ちゃんはなあ、性別にこだわりを持たない天才クリエーターやで」

「おかまなの…?」

「紗由ちゃんの尊敬する人、ベスト5の一人や」

「あとの4人て誰?」

「周子はん、“命”さま、うちのおかんに、玲ちゃんや」

「翔太くんは入ってないの?」

「…うん」少し暗い顔の翔太。


「だ、大丈夫だよ、翔太くん。そういう好みっていうのは、時間が経つと思ったりするし、そんなに気にしないでも、いいと思うよ」必死な顔で猛が言う。

「おおきになあ…でも、紗由ちゃんのことやし、きっと、そうそう変わらへんわ」やはり少ししょんぼりする。

「頑張ろうよ、翔太くん。ああいう女の子って、けっこう気まぐれだから、大丈夫だよ。うん」

「…優しいんやなあ、猛くんは。龍より、よっぽど優しいわ」

「べ、別に、そんなでもないけど…」

 うっかり恋敵の味方をしてしまった自分に気づき、目を伏せる猛。


「翔太。僕の悪口言ってる暇があったら、儀式の準備手伝えよ」不機嫌そうに現れた龍が言う。

「俺が手出しても、ええのんか?」

「まりりんや大地がアメジストに手を出しても、おばあさまは何も言わない。翔太が駄目なわけないよ」

「ていうか、それって、どないなっとるん…? “命”と“弐の位”しか、手出したらあかんのとちゃうんか?」


「あ」

「どないした、猛くん?」翔太が顔を覗き込む。

「思い出した…僕、前におじいさまから聞いたことがあるよ。これって、“結びの儀”ってやつでしょ? 大きいアメジストをパワー全開にするための儀式」

「うん、そう。それなら話が早いや。風馬叔父さんたちが到着したら、誠さんが説明始めるから、とりあえず二人とも来てよ」


  *  *  *


「わあ。おまつりのいしだねえ」

 紗由は、プレジデント・ストーンと、それを取り巻く5つの小さなアメジストを眺めながら、うれしそうに華織を見上げた。

「お祭りって、このことだったのか…?」賢児がつぶやいた。

 以前、華織夫妻が行方不明になっていた時に、社長室で見つけたアルバム。その中にはなかったのだが、紗由はその時、「お祭りの写真」があると言っていたのを、賢児は思い出したのだ。


「それでは僕のほうから、一通り説明をさせていただきます」誠が口火を切った。

 紗由をはじめとする子どもたちは誰が言うともなく、石たちを取り囲むように用意されていた椅子のところへ走って座り、猛も、手招きする翔太の横へ座った。

 大人たちは、子どもたちの椅子の外側に配置された椅子のほうに、それぞれ座り、玲香のいるロッキングチェアーは、賢児の隣に置かれた。


「皆さんに参加していただくのは、“結びの儀”と呼ばれるもので、この一対のアメジストドーム、つまり親石と、5つの小さなアメジストとの間に固い絆を結ばせ、親石のパワーをゆるぎないものにするというものです」

「なかよしになるってことですか?」紗由が元気に手を挙げて尋ねる。

「そういうことだよ、紗由ちゃん」

「なかよしって、しぜんとなるものじゃないのかなあ…」

 真里菜が小声で呟くと、誠はにっこりと微笑んだ。


「そうだね。真里菜ちゃんの言うとおりだ。この子たちは、元々兄弟なんだけど、生まれてからすぐに、ばらばらに違うお家に引き取られたんだ。

だから、真里菜ちゃんが、紗由ちゃんや奏子ちゃんや充くんと初めて会った時みたいに、仲良しになれるかなあって、考え中なんだよ。

 しかも、5人のうちの一人は、わけがあって、引き取られたお家のお母さんとも離れてしまっていた。前のお母さんにも、新しいお母さんにも捨てられちゃったのかなって、ずっと寂しい思いをしてたから、ちょっとすねちゃってるんだ。

だから、まずは、その子が引き取られたお家のお母さんと仲良くなれるように、皆で応援したいと思うんだ」

「捨てられた子ども…」猛が小さな声でつぶやく。

「わかった。まりりん、おうえんする。みんなもするよね?」

 真里菜の言葉に、子供たちは一様に頷いた。


「今、お話しした“ちょっとすねちゃっている子”というのは、このアメジスト。現在の所有者は玲香さんですが、彼女はそれを知りません。この子は元々、弥生さんのものでした。彼女の家も、僕の家同様、石の一門です。

 石は、玲香さんが子どもの頃、迷子になっていた時に、弥生さんがお守りとして渡したものです。ですが、石は飛呂之さんの手に渡り、彼が保管していました。“命”がらみの事から娘を遠ざけたいという思いからでしょう」

「申し訳ありません。私の軽率な判断が皆様にご迷惑をおかけしてしまいました…」苦しそうにうつむく飛呂之。


「いえ、飛呂之さん。あなたを責めている訳ではありません。

 それに結果的には賢明なご判断でした。この5つの子どもたちは、いずれも権力を狙う者たちから狙われて来た。

 玲香さんに直接持たせず、宿の石たちと共に保管しておいたことで、結界が張られ、狙う者たちに見つからずに済んでいたからこそ、玲香さんの身は無事だったんです」

「あの…僕があげた石で、まりりんが危なくなったりするんですか?」不安そうな声の翼。

「それは大丈夫。石の一門の中でも、四辻家は特別なんだ。

 元々その石は、翼くんが受け継ぐ石だからね、亡くなったおじいちゃまが、かなり強い結界を張っておいた。真里菜ちゃんのことも、一緒に守ってくれるよ」

「よかった…」翼がにっこり笑う。


「ついでなので、ご説明しておきましょう。翼くんの石は、そういう意味で安定した状態です。

 それから、賢児さんの石。これも持ち主の賢児さんと出会ったのは最近ですが、元の持ち主が奏人先生だったのに加え、西園寺家の結界の中で過ごしてきたせいか、安定度もエネルギーの質も非常にいいです。賢児さんとの相性がいいからでしょうね。

 あと、紗由ちゃんが梨本元総理から預かってきた石は、元は一条家のものでした。

 この子には可愛そうなのですが、狙う者たちの目を逸らすための囮とでも言いますか、いろんな人間の間を転々とさせてきました。

 まあ、ある意味、崇められ大切にされてきた石でもありますが、そういう人間のために能力を使っては困るので、力を封じている状態です」


「ダブルスパイだ…」

 充がつぶやくと、誠は声を上げて笑った。

「そうだよ。ダブル・エージェント、略してDA。かっこいいだろう?」

「はい!」

「“ダー”って…」

 賢児がつぶやくと誠が不思議そうに見つめる。

「いや、何でも…」

“赤ん坊の言葉じゃなかったんだ、あれ…”賢児は、玲香が書き取っていた双子たちの言葉を思い出した。


「あの…僕の石は…?」猛が尋ねた。

「猛くんの石は鷹司家の石。おじいさまが“命”の御役御免をする前から、ずっと鷹司を守っている石だよ。

 今は、猛くんを守るのに一生懸命だ。君もとても可愛がっているようだね。

 だからこそ、個人の野心のために使われることには、かなり反発もしている。その怒りは親石へ渡したくない。

 …そして、玲香さんの石に戻りますが、まだ玲香さんには触れさせていません」

「玲香ちゃんが寝てるから?」今度は大地が尋ねた。

「ああ、そうだよ」

「かなこが、おこしてきましょうか?」

「あ…奏子ちゃんは起こしに行かなくていいからね。

 あのね、石を触らせれば、玲香さんは確実に起きるんだ。でも、そうすると、お腹の双子たちも起きてくる。

 今、玲香さんが眠っているのは、双子たちが動き過ぎないように、二人の強い力を使い過ぎないよう、セーブするためなんだ」


「省エネモードなんや。玲ちゃん、コンセントとか抜くの好きやし」

「うまいこと言うなあ、翔太くん。まさに、そういうことだよ。双子ちゃんたちは、パソコンを一気に30台使ってるぐらいの力を使ってしまうから、家が停電になっちゃうんだよ。それだと家、つまり玲香さんの体がもたないし、二人の体の成長の妨げにもなる。

 玲香さんは、眠りにつくことによって、双子ちゃんを守っているんだ」

「でも、玲香ちゃんがおきないと、子どもちゃんとなかよくなれないね」紗由が言う。

「だから、ちょっと困っちゃってるんだ。玲香さんが起きても、双子ちゃんが起きずにいる、いい方法はないかな?」


「スズキせんせいの、へんなジュースをのめば、ねむります」真里菜が自信満々に答えた。

「眠らせるということでは、とってもいい案だね。ただ…それだと、今、お母さんと子供はへその緒でつながってるから、玲香さんも眠ったままになっちゃうなあ…」

 誠の返事に、子供たちは難しい顔をして黙り込んでしまった。周囲の大人たちも口を開かない。


「あ、それから、華織さん。子どもの問題は子どもで解決しろと…降りてきています」誠が補足する。

「つまり、子ども石と交流するのは、子どもたちだけ、大人は関われないということね」

「ええ。そういうことです」

「ええっ!」紗由が大声を上げた。

「どうしたの、紗由ちゃん?」

「おとなはだめなら、さゆ、おとなだから、子どもちゃんたちとなかよしになれない…」泣きそうな顔で誠を見上げる紗由。

「…大丈夫だよ、紗由ちゃん。君は特別なレディだから、僕のほうから神様にお願いしておいたんだ」

「よかったぁ。ありがとう、まことおにいさん!」満面の笑みになる紗由。


「あやつ、なかなかやるのお…。ししょう! せっしゃは、ひめがうわきしないように、みはるでござる。ごあんしんめされ!」

 充が大声で叫ぶので、翔太がばつ悪そうに下を向く。

「まさしく“フェロモンの命”だな…」先日の龍との会話を思い出しながら、涼一が小声で呟く。


「では、まずは“結びの儀”に参加する人間を決めなくてはね。それ以外の人間のうち、子どもは子ども石と交流する。…それで、“結びの儀”に降りてきた人数はいかほどかしら?」

「石と同数。7名です」

「その決め方は?」

「石の一門の“命”に一任ということでした」

「では、あなたがお決めになるのね」

「僭越ながら、そういうことになります」


「わかりました。それで、あなたのお考えは?」

「華織さん、風馬さん、僕。これでまず3名」

「あとの4名は?」

「弥生さんを」

「私ですか?」戸惑う弥生。

「はい。石の一門、広幡家を代表して、加わっていただきます」

「私では力不足です」

「いえ。あなたには、“弐”の力がおありのはずです。そして、大隅氏のもと、様々な力に触れ、いわばハイブリッドな力をお持ちだ。いろんなケースに対応できる可能性が高い」

「それは…」


「次は躍太郎さん。本来、宿の人間は入ることはできませんが、清流の先代に次ぐ“黄金の龍の子”。例外的に参加していただきます」

「承知いたしました」躍太郎が頭を下げる。


「次は、龍くん」

「はい。ご指名、ありがとうございます」

「そして最後は…翼くんを」

「ええっ!」翼が驚いて声を上げる。「ぼ、僕にそんなこと…」


「兄さん。何で私じゃないの? 力から言えば、翼くんや奏子ちゃんよりも…」涙ぐむ澪。

「そうね。力的に言えば、現段階では澪ちゃんのほうが圧倒的に上だわ。選択の理由をお聞きしようかしら」

 華織は澪の傍に行き、彼女の髪を優しくなでながら、誠に尋ねた。

「石の名門、四辻をはずすことはできません。本来、親石は四辻のものですから。

 そして、奏人先生にまつわる様々な思いも、この親石にはあるはず。最後の鍵を開けられるのは、四辻の人間です」

「奏子ちゃんではなくて、翼くんなのね」


「はい。正当な継承者である翼くんです。真里菜ちゃんが無事でいたのは、奏人先生の結界があったからだけじゃない。翼くんだから、大切な石を他人に渡しても、石の機嫌を損なわなかったんです。

 彼こそ、この儀の参加者にふさわしいと、僕は思います。親石と一緒に、石の一門の主としての彼の力を開くチャンスでもあります」

「わかりました。翼くん、引き受けてくれるかしら。断ることもできますが」

「僕は…」翼はうつむき考え込んだ。


「奏子ちゃんのほうが力が強いから、自分にはできないというのなら、それもありです」

「あの…奏子は、奏子の力は強いんじゃなくて、石の言いなりになってるんじゃないでしょうか?」

「どうして、そう思うの?」

「奏子が怒ると、石はもっと怒ってるように思います。そうすると、奏子ももっと怒って…それって、奏子が主人じゃありません」

「かなこがわるいの? おにいちゃま…」

「違うよ。悪いわけじゃない。乗馬と同じなんだ。奏子は優し過ぎるから、馬の言うことをきいて、馬になめられちゃうんだ。だから、1年もやってるのに、まだうまく乗れない。

 石も同じなんだよ。誰が主なのかを、ちゃんと最初に教えないといけないんだ。

 でないと、暴れ馬になっちゃって、周りが怖い思いをするんだ。戦争の時ならいいけど、普通の人は困ることもあるんだよ」


「そこまで、よく考えましたね、翼くん」華織がやさしく声を掛ける。

「僕は…奏子や、四辻の家を守らなくちゃいけないんです。だから…」

「では、先ほどの質問へのお答えは?」

「やります。僕のお役目を、きちんと果たしたいです」翼が強いまなざしで華織に答えた。

「ありがとう、翼くん」


「…澪ちゃんも、それでいいわね? あなたはもう、西園寺の人間。比率的に西園寺は4人が限界だわ。今回は子どもたちを見守っていてちょうだい」

「お義母さま…。私、役に立ちたかったのに。四辻先生にご恩返しがしたかったのに…」

「澪。前線に立つことだけが、役に立つことじゃない。お前なら、直接手を出さなくても、子どもたちの交流の様子をつぶさに感じ取れる。それを僕たちに伝えることはルールの範囲内だ」

「はい…」澪は涙を拭った。


「弥生さんはいかがかしら?」

「私も参加させていただきます。もう…もう終わりにしたいんです。誰かの欲望のために、他の誰かが不幸になるような世界は…」

「弥生さん、お辛い決断をありがとうございます。あなたの、その思い、どうか石にそのまま伝えてください。きっと、わかってもらえますから」

 華織が言うと、弥生の目から涙が零れ落ちた。


  *  *  *


 儀式の準備に、華織たちは隣の部屋に行っており、その間、7名以外のメンバーは元の部屋でお茶を飲みながら待機していた。


「きょうは、にいさまたちが、べつべつの日だねえ」

「かなこ、さみしい…」

「かなこちゃん。いまから、なれておかないと、だめだよ。

 龍くんは、じいじせんせいみたくなるんでしょう? こっかいっていうところで、おしごとするんだよ。べつべつだよ」

 真里菜が言うと、奏子は真里菜をじっと見つめた。

「じゃあ、かなこもこっかいぎいんになる。そうすれば、いっしょ」


「なあ賢児。それはそれでアリかもな。四辻奏人の無念をはらす美貌の孫娘、とかなんとか。そういうの、日本人て好きそうだし」

「兄貴、いつからそんな下世話なこと言うようになったんだよ」

「最近、親父がらみの記事に全部目を通してるから、ついでにいろいろ、まあ、そんなとこ…」バツが悪そうな涼一。


「かなこちゃん」紗由が厳しい顔つきで言う。「こっかいぎいんていうのはね、にいさまのことばっかり、かんがえてちゃだめなんだよ。みんなのことを、いっしょうけんめいかんがえないと」

「ごめんなさい…。かなこ、おうちでまってる。クッキーとケーキ、いっぱいつくって、まってる」

「じゃあ、さゆもよんでね。あじみしに行くから」

「でも、さゆちゃんは、せいりゅうにおよめにいくんでしょう? とおいでしょう?」

「かなこちゃんのためなら、ときどきは、かえってくるから」こくんと頷く紗由。


「どう考えてもケーキのためだよなあ…」

 つぶやく賢児の横で、涼一が溜め息を付く。

「やっぱり、静岡行っちゃうんだよなあ…」

「じゃあ、お前も静岡に行ったらどうだ」保が話に入って来た。

「え?」

「ゆくゆくは自分の研究所を立ち上げるつもりなんだろう? 清流の傍に基点を置いたらいいじゃないか。

 龍もなあ…最近の動向だと、世襲はなかなか条件が難しい。私の地盤をそのままというわけには行かないはずだ。有川のいる静岡を継がせようかと思ってるんだよ」

「よかったじゃん、兄貴。紗由とも龍とも一緒だよ。可愛い嫁まで来るし」

「紗由も龍も一緒…」


 途端に満面の笑みになる涼一を遠目に見ながら、龍は周子に言った。

「子離れできない親は、子供の晩婚化の原因のひとつで、少子化の引き金になってるんだよね。親の教育というものが、少子化対策になると思うんだけど、かあさまはどう思う?」

「…保先生に伝えておきます」


 その時、席をはずしていた誠が戻ってきて、一同に告げた。

「皆さん、隣の部屋へどうぞ。まずは、“子どもたちによる子ども石との交流”を始めますので」

 一同は、少し緊張した面持ちで、誠の言葉に従い移動を始めた。


  *  *  *


 すぐに儀式が始まるのかと思いきや、一同が移った部屋では、誠が、龍と翼以外の子どもたちに、何か聞きたいことがあるかを尋ねると、翔太が手を挙げた。

「誠はん。玲ちゃんとこ以外、石と持ち主は仲良しなんやから、順番としては、玲ちゃんと石を仲良うさせて、5つの石同士を仲良うさせる。そないなことですか?」

「そういうことだよ、翔太くん」

「もっと言うと、お見合いの時に、あとはお若い人でまあまあ言うて、二人がうまく行ったら、男がその後、合コンに幹事に行って盛り上げて、皆で仲良うなるみたいな」

「うん…まあ、そんな感じかな」思わず苦笑する誠。

「と言うことは、やっぱり、お若い二人を何とかせにゃあかんわけですな。うるさい親がぎゃあぎゃあ言うのを、止めなあかん。邪魔になるさかい。そういうことですやろ?」


「たとえは何だが、妙にわかりやすいな…」感心する涼一。

「うるさい親なら、どければいいのに」

「賢児、それじゃあ、結びの儀ができないだろ。うるさい親だからって、簡単にはどけられないんだよ」ちらりと保を見る涼一。

「確かにね」賢児が頷く。


「そうだね、翔太くん。まさしく、そういうことだよ」

「そしたら、うるさい親に、ガツンと言わなあかんわ」腕組みする翔太。

「ぐだぐだ、いってんじゃねーよっ!」紗由が一同をぐるりと見回す。「…って、いえばいいよ」


「さ、紗由…?」動揺の色が隠せない涼一。

「あら、紗由ったら、あんな言葉どこで覚えたのかしら…」周子が首をかしげる。


「せやなあ。親がうるさいせいで、お見合いうまく行くかどうか、皆心配してるわけや。ちゃんと責任持って行動してもらわんとな」


「おとしまえ、つけろや。あーん?」紗由が再び一同をぐるりと見回す。「…って、いえばいいよ」


「さ、紗由…?」さらに動揺の色が隠せない涼一。


「わかりもうした!」充が元気よく手を挙げた。「“あーん?”て言うのは、玲香どのでござる。ふたごちゃんたちを、おっぱいでキックしながら言えば、きっということをきくでござる」

“おっぱいでキック…?”皆がその意味を考えて、沈黙が流れた。


「充。おっぱいは、ぷよぷよやから、キックには向かへん。…まあ、せやけど、玲ちゃんが、双子ちゃんにビシっと言うたらええねん。おかんいうのは、怖いもんやからのお。玲ちゃんは、ああ見えて、怒るとライフル持って乗り込むぐらいのおなごや。双子ちゃんも、玲ちゃんが本気で怒ったら、さすがに黙るやろ」

「じゃあ、かあさまもかしてあげる。おこるとね、にいさまも走ってにげるぐらいだよ」

「あはは!」

 思わず大声で笑ってしまった涼一を、周子がものすごい形相で睨みつけた。

「す、すみません…」


「ねえ、翔太くん。玲香ちゃんと双子ちゃんを起こすでしょう、それで、玲香ちゃんは僕たちの考え、すぐにちゃんと理解してくれるか~い?」大地がくにゃくにゃしながら言う。

「うーん。せやなあ…。双子ちゃんが先に動き出しても困るな」

「翔太くんが玲香ちゃんにおはなししているあいだ、だれかが、ふたごちゃんとおはなししてればいいんじゃない?」

「あねご! グッダイディーアでござるよ」最近、英会話教室に通い始めた充が言う。

「にほんごで言いなさいよ!」容赦なく足でキックする真里菜。

「じゃあ、さゆは、ほかのひとがはなしかけてこないように、みはってるね!」


「ふたごちゃんとは、だれがおはなしするの?」

 奏子が尋ねると、皆の視線が奏子に集まった。

「かなこですか…?」

「かなこちゃん、たいやくだね!」真里菜がきゅっと唇をかむ。

「だいじょぶでござる。いつもみたく、とんちんかんなはなしをしてれば、ふたごちゃんたちも、ひっしにわかろうとおもって、しんけんにはなしをきくでござろう」

「とんちんかんじゃないでしょう!」

 再びキックする真里菜。翼が離れたところにいるので、やりたい放題だ。

「ひえ~ん。じゃあ、なんていうでござるよぉ」

「そういうときはね、“ふんいきのある、おはなしでございますわね”っていうの!」


「なんじゃ、そりゃ」眉間にしわを寄せる充。

「おばあちゃまがね、わけわかんないこというひとを、ほめるときにつかうの。“しょせいじゅつ”っていうんだって」

「まりりん。かなこは、わけわかんないの…?」

「あ」しまったという顔で固まる真里菜。

「みなさん。ここは、もうすこし、ようすをみましょうか」

 紗由が腕を組みながら皆を見回す。得意の、保の真似だ。離れたところで見守る大人たちからも笑いがこぼれる。


“子ども石が笑ってる…”

 澪が思わず誠のほうを見る。それに笑顔で頷き返す誠。


“面白いね、この子たち”梨本の石が言う。

“今のはね、僕のご主人様のお父さんの真似だよ。あの子、とっても上手なんだ”賢児の石が答えた。


「ようすをみてたら、ふたごちゃんが、あっちこっちに話しにいって、たいへんなことになるでござるよ」充が言う。

「じゃあ、さゆちゃんが、じいじせんせいや、みことさまのまねっこたいかいを、ふたごちゃんのまえで、したらどうかなあ。かなこは、みはりをするから」

「…よくてよ、かなこちゃん」

 紗由は右手の人差し指を軽くあごに当てながら答えた。華織の真似だ。今度は大人たちは声に出して笑わないものの、華織以外の全員、肩が震えている。

「わかなどのも、やってくりゃれ」充がリクエストした。

「たーもつせんせっ。きょうのおはなしも、すばらしかったですわあ」

「わかなどのだ…」

 充の顔がぱーっと明るくなる。和歌菜会いたさで保の事務所に行く充にとっては、この上ない嬉しさだ。

 そして、堪えきれず噴出してしまったのは保だった。

「あ…いや、失礼」


“あはは。似てる、似てる。あれね、僕がもらわれていったお家の人なんだ。そっくりだよ”翼の石が言う。

“もらわれていった…?”猛の石が反応した。

“うん。僕ね、今、ご主人様のお嫁さんちにいるんだ。僕、養子なのかなあ。でも楽しいお家だよ。毎日きれいにしてもらって、可愛がってくれるんだ”

“じゃあ、僕のご主人様も大丈夫かなあ…。ご主人様、本当は今のおうちにいたいのに、行かなきゃいけないんだ。心配でさ”猛の石が言う。

“大丈夫だよ。僕なんか、今までずっと、あっちこっち行ってるよ。前の前のご主人様に戻ったこともある”梨本の石が言った。“何とかなるもんさ。どのご主人様になっても。僕たちは、必要な人のところにしか行かないんだから”


“さすがは一条の父さんが各所に遣わした石だけのことはあるわね…”澪は、梨本の石の物言いに妙に感心を覚えた。


“でも…僕は、ご主人様に捨てられたよ”か細く呟く玲香の石。

“それはないよ”賢児の石が言う。“僕は、前のご主人様の命令で25年間眠っていたけどね、捨てられたわけじゃない。ご主人様と離れる時もあるかもしれないけど、ちゃんと戻るよ。僕たちは、そういう石なんだから”


“でも、前のご主人様も今のご主人様も、僕のこと知らん振りだよ”玲香の石が拗ねたように言った。

“じゃあ、ご主人様に言えばいいよ。僕のこと大事にしてって”翼の石が言う。

“そんなこと…だって、ご主人様は眠ってるし…”

“夢の中に行けばいいんじゃないかな”梨本の石が言う。


“あ、僕、君のご主人様の夢にお邪魔したことあるよ”賢児の石が言う。“一緒にやってみようよ”

“みんなの話、参考になるなあ。僕はご主人様に、本当の気持ちを言ったほうがいいよって、夢の中で言ってみる。練習代わりと言ったらなんだけど、僕もお手伝いするよ”猛の石が言う。

“ねえねえ、あの子みたいにモノマネしたら、面白がって仲良くしてくれるんじゃないかな、君のご主人様”

 翼の石が言うと、石たちのヒソヒソ話が始まった。


 そして人間の子どもたちはと言えば、石と仲良くなる儀式の前に、開会式をやろうということになった。

「にいさま、つばさくん、来て! かいかいしきするから」

「…何だよ、開会式って」龍がうさんくさそうに紗由を見る。

「まずは、なかよしのおどり。…いつものやつ、いくよっ!」

 そう言うやいなや、紗由たち、すもも組の4人は、石の置かれたテーブルをを囲んで踊り出した。紗由はバレエ、奏子は日本舞踊、真里菜はフラダンス、充は盆踊りのようだった。


「何か、一貫性がなくて前衛芸術の舞台みたいなだな…」賢児が言う。

「あ。一列になったぞ」

 涼一が言うと、4人はぐるぐると順番に体を回し始めた。

「エグザイル…?」

「あ。手を振りながら退場だ。部屋から出て行くぞ」

 見ていた大人たちの顔は、ずっとどことなく笑顔で、部屋には穏やかな雰囲気が流れていた。

 そして、それは子ども石たちも同様で、5つの石は楽しげに笑いながら、あの踊りを玲香の夢の中でもやってみようという話になっていた。


“みんなで何かするのって楽しそうだね”

 翼の石が言うと、他の石たちも同意した。

“まだ続くみたいだから、夢におじゃまするのは、それが終わってからにしようか”


「はい。つぎは、にいさまたちのばんだよ」戻って来た紗由が龍に言う。

「え?」

「にいさまは、さゆのとこ。つばさくんは、かなこちゃんのとこ。だいちくんは、まりりんのとこ。しょうたくんは、みつるくんのとこ、おどって」

「踊って、言われても…」翔太も困惑する。

「しょうたくん。せいりゅうでは、いろんなおきゃくさまから、ちゅうもんくるでしょう? それとおなじです」諭すように言う紗由。

「はあ…」


「龍くんも、きっと、きゅうにスピーチをたのまれることがあるとおもいますから、れんしゅうですね」龍を見つめる奏子。

「スピーチで踊らないし…」

「翼くんは、だいじょうぶだよね。きおくりょくばつぐんだもん!」真里菜が笑う。

「大地どのは、いつものくにゃくにゃおどりがフラダンスみたいだから、かんぺきでござるな!」

「はい。はじめてください。あとのよていが、いっぱいですからね」紗由がキリッとした顔で言う。


「それから、にせもののおむこしゃん」

「は、はい」緊張した様子で猛が返事をする。

「にせもののおむこしゃんは、おどりにあわせて、てをたたいてください。だいじなおやくめですからね。しっかりとやってください」

「は、はい…」

「何で、こんなこと…」ぶつくさ言う龍。

 他の3人が、とりあえず紗由の指示に合わせて体を動かし始めたので、龍も渋々同様に踊り始める。3人は、それなりに器用にこなしていたが、意外なことに、龍一人苦戦しているようだった。さらに意外なのは、ばらばらな踊りに上手に合いの手を入れている猛だ。


「わあ。龍くん、ぼんおどり、じょうずだねえ」奏子が嬉しそうに笑う。

「かなこちゃん。龍くんのパートはバレエだよ」

「ええっ!」真里菜に言われて、じっと龍を見つめる奏子。「しらない星のバレエかな…?」


「奏子ちゃん、容赦ないなあ。すでに、知らない国ですらないぞ」賢児が苦笑する。

「意外な弱点だったな。でも、大丈夫なのか、龍は。この後、大事な儀式があるんだろう? ああ見えて、意外と繊細だしなあ」父親らしく心配する涼一。


 踊り終えた4人に、紗由たちが拍手する。

「にいさま、すごいよ! てんさいだね! さゆ、かんどうしたよ!」紗由が龍の手を取り、ぶるんぶるんと振り回す。

「そ、そうかな…」まったく余裕のない龍が、上の空で答えた。

「ふんいきのある、ダンスでございました」奏子が言う。


「あ。ぱくられたでござるよ、あねご。ひひひ」

 嬉しそうな充を、真里菜がキッとにらみつけた。

「せくしースパイをあまくみないで」

 真里菜はスタスタと龍に近寄り、彼の手をギュッと握りしめた。

「龍くんっ。きょうのダンスも、すばらしかったですわあ」

 2度頷いてから、目を見つめ、もう一度大きく頷く真里菜。

「わ、わかなどのだ…」本家本元の物真似に、充はわれを忘れて駆け寄る。


「そ、そっくりでした。みごとでありました!」充が真里菜から龍の手を取り上げ、ぶるんぶるんと振る。

「そ、そうかな。あんまり紗由と同じにはできなかったかもしれないんだけど…」

「ひめより、じょうずでございました」

「あ、ありがとう…」照れる龍。


「あれってさ、龍じゃなくて、まりりんがやった和歌菜小母様のモノマネのことだよな」

「龍には言わないでやってくれ、賢児」小さく溜め息を付く涼一。


「せいこうだったね。じゃあ、ぎしきのまえにおひるねしよう。これからが、ほんばんだからね。スタミナがだいじだよ」

 紗由がスタスタと部屋の隅に向かうと、すもも組一同もそれに従う。

 手馴れた手つきで、壁収納のドアを開け、マットレスを敷き始める紗由。周子が慌てて手伝いに走る。

「俺も一緒に寝ておこかな。今朝4時起きやったし」

 あくびしながら歩いて行く翔太を見ながら、大地が翼と龍に声を掛けた。

「翼くんも休んでおけばあ。龍くんも、踊り疲れたんじゃなーい?」

「…確かに踊りは疲れた。…おばあさま、儀式の前にちょっとだけ、いい?」

 龍が聞くと、華織は笑顔で頷いた。

「じゃあ、みんなでお昼ねじゃ~。ほら、猛くんも」

「う、うん…」

 結局子供たちは、9人並んでお昼寝タイムに突入した。


「この分だと私たち、もしかしたら、あまり仕事がないのかしら?」

 華織が子ども石を遠目に眺めながら肩をすくめると、誠が微笑んだ。

「いい傾向です。僕たちの仕事が少ないのは平和の証ですから」

「にいさん。龍くんと翼くんが子ども石たちと意識を交わすのは…OKなの?」

「二人は儀式として自ら石に触れるわけじゃない。向こうから接触してくるのは、禁じようがない」

「石同士が勝手に結びあって力を強めあうのも、ありだろうね」

 風馬が言うと、華織は風馬の顔をじっと見つめながら笑った。

「そうね。子どもというのは勝手気ままなものですものねえ」


  *  *  *


 子どもたちが眠ったのを見計らい、石たちは玲香の夢の中へ入る準備を始めた。

“ねえ、ご主人さまたちも連れて行こうよ”翼の石が言う。

“じゃあ、僕、ご主人様のところへ行って来る”猛の石が光った。


“ご主人さま。こんにちは”

 夢の中で、庭のブランコに乗っていた猛が振り返ると、そこには同じ歳くらいの、薄い紫のシャツを着た男の子が立っていた。

“君は…もしかして…”

“はい。アメジストです。ご主人さまをお迎えに来ました”


“どこに行くの?”

“玲香さんの夢の中です。…実は、僕の離れていた兄弟が、玲香さんに見捨てられたと思って、すねちゃってるんです。僕はそんなことないと思うんですけどね…”

“見捨てるか見捨てないかは、周りが決めることじゃないよ。本人が思ったら、そうなんだ”うつむく猛。


“ああ…すみません。ご主人さまが寂しい思いをしているのは、よーくわかっていたはずなのに…。でも、場合によっては誤解が重なることもあると思うんです。玲香さんの場合どうなのか、一緒に確かめに行きませんか?”

“でも…”

 猛が渋っていると、龍、紗由、翔太の3人が、賢児の石と共に現れた。

“いきましょう。にせもものおむこしゃん”


“君たち…”

“元はと言えば、うちのじっちゃんとばっちゃんがしたことが原因なんや。せやから、玲ちゃんの石に謝ろう思うたんやけど…その子はまだ来てへんの?”

“お待たせしました、皆さん”

 翼の石が、翼と奏子と真里菜と大地を連れてやって来た。

“あれ。みつるくんがいないね”真里菜がきょろきょろと周囲を探す。


“ただいま、さんじょう!”

 どういうわけか、充が玲香の石を引きずるようにして、やって来た。

“お待たせ…しました”うつくむ玲香の石。

“アメジストどの。玲香どののおっぱいが、みたくないのでござるか? そんなことでは、いちにんまえのにんじゃには、なれませぬぞ”

“玲香ちゃんのおっぱいにきょうみがないなんて、ひととしてまちがってるよね”真里菜も加勢する。


“ぼ、僕、人じゃないから…”

“さからっちゃだめでござるよ。あねごは、玲香どのとちがって、こわーいんでござるから”

 充の必死の形相に、玲香のアメジストがくすりと笑う。

“すまんかったなあ。玲ちゃんが離れてたせいで、寂しかったんやろう”

 翔太が顔を覗き込むようにして話しかけたが、玲香の石は困った顔で下を向いた。


“優しい人だと思うけどなあ。だって、いつも僕のご主人さまに優しくしてて、ご主人さまは幸せに見えるもの”独り言のように言う賢児の石。

“とにかく行ってみようよ。百聞は一見にしかず”龍が、玲香の石の手を取った。


  *  *  *


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