婚約解消②
「遥!」
社内の廊下を歩いていたら背後から呼び声がかかった。
振り返ると多香子姉さんが、急ぎ足で俺の所に来る。
「何?」
「細川商事のゆかりさんとの婚約、解消できたからね」
と、姉さんが笑顔で言う。
エッ…。
「婚約解消できたの?」
直ぐに聞き返す。
「うん。なんかね、鞠山財閥から圧力がとか言ってたけど、遥知らない?」
姉さんが、俺の顔を伺いながら聞いてくる。
思い当たるのが、幾つもありすぎて言えない。
一番妥当なのが亜耶に関するものなんだろうが……。
俺の憶測だけで口にしたらダメだよな。
「俺は知らないよ。まぁ、孫娘に関してのお怒りだと思うけど…」
それにしては、可笑しい。
俺とゆかり嬢の事は、鞠山財閥には関係ないはず?
嫌、関係あるのか?
俺に関しての事だ。
孫娘の婿に望まれてるなら、細川に圧力を加えるのは致し方ないこと。って、俺どんだけ自惚れてるんだ?
何にせよ、婚約が白紙になったんだからよしとしなくては。
「そうなの?しかし、鞠山財閥に楯突くようなことを細川商事はしたの?」
姉さんは知らないのか?
「そうだね。やってはいけないことをやってのけたからね」
俺は、自分が知る限りの事を姉に言おうか迷ったが、言わない方がいいと判断して、口をつぐんだ。
「遥は知ってるんだね」
姉さんが、俺の顔を伺いながら聞いてくる。
「知ってるけど、これを言ったら幻滅すると思うから、言えない」
裏事情は、俺だけが知ってればいい。
「ふーん。まぁいいや。遥のお陰でここまで立ち直ったんだし、深く追求しないでおく」
溜め息混じりで言われた。
うん、その方がいいと思う。今後の取引のためにも…。
「…で、亜耶ちゃんは取り戻せるの?」
何で、そこで亜耶が出てくるんだ?
黙ってる俺に更に追い討ちをかけるように。
「遥が頑張ってるのは、亜耶ちゃんのためでしょ?アプローチとかしてるの?」
真顔で聞かれたら、答えないわけにはいかない。
「亜耶、今は同い年の奴と付き合ってる。…でも、俺は亜耶を諦めるつもり無いんだ。だから、御大に認めさせてそれから、亜耶に告げるつもり」
俺は、自分の思ってることを素直に告げた。
「そう…。わかった。私は、応援してるから、頑張りなさいよ」
パシーン。
廊下に響く音。
姉さんが、俺の背中を叩く。
「痛いって…」
俺が、顔を歪めると姉さんが苦笑する。
悪いと思ってねぇな。
「ほら、会議始まっちゃう。急ぐよ」
姉さんは、足早に会議室を目指す。
俺は、その後を追うように付いていった。