亜耶の微妙な変化
翌朝
朝から、パタパタと騒がしい。
って、そうか。
昨日は、鞠山家に泊まったんだった。
俺は、ベッドから抜け出し、着替えるとリビングに足を向けた。
「おはようございます」
「おはよう、遥くん」
リビングのソファーで寛いでいる亜耶の父親が答えてくれた。
「亜耶を背負って来てくれてありがとな」
お礼を言われた。
「いいえ。気にしないでください。亜耶は、私のフィアンセですから、これぐらいは、何ともありませんよ」
「だからといって、毎回というわけには、いかないだろ」
「そうですが…」
「遥くんの想いが、早く亜耶に届くといいんだがな」
ハハハ…。
「善処します」
「じゃあ、私は、仕事に行くかな」
父親がソファーから立ち上がり、玄関に向かっていった。
「遥さん。コーヒー飲む?」
亜耶の母親が声をかけてきた。
「あっ、頂きます」
俺がそう答えると、コーヒーカップを持ってきた。
「朝食は、亜耶と一緒でいい?」
「はい」
俺は、そう答えて、コーヒーカップを受けとる。
「遥さんも、大変ですよね。家の事もあるのに、うちの亜耶に付き合ってもらって…」
「家の事は、大丈夫ですよ。亜耶の事は、俺が好きでやってることなので、気にしないでください」
「ならいいのだけど…。辛くなったら、亜耶の事はほっといてもいいわよ。そしたら、亜耶の方が寂しくなって遥さんに会いたくなるかもしれないし…ね」
茶目っ気たっぷりに言う、母親。
まぁ、一理あるかもな。
今まで、散々追いかけてたから、俺さえ我慢できればだけど…。
「亜耶が起きてくるまで、寛いでて」
母親は、そう言って、リビングを出ていった。
暫く、ソファーで寛いでいた。
「おはようございまーす」
リビングに響く亜耶の声。
今日もご機嫌なのが伺える。
「おはよ」
そんな亜耶を振り返り答えると、亜耶が驚いた顔をする。
「どうしたの、亜耶?」
亜耶の後ろで、母親の声。
「なんで、遥さんがいるの?」
亜耶の不思議そうな顔。
何でって……。
俺がいたら、不味いのか?
亜耶の母親も呆れてる。
「何言ってるの?遥さん、二日続けてあんたを背負って帰ってきてくれたのよ。それをそんな言い方して…」
その説明を聞いて、納得したのか、亜耶が。
「遥さん。ありがとうございます」
可愛らしく、頭を下げてきた。
「いいよ。亜耶は、俺のフィアンセだから、これぐらいは…な」
俺は、笑顔を浮かべて言う。
あれ?
いつもなら、ここで亜耶の突っ込みが……。
俺は、亜耶の顔を覗き見る。
亜耶もどうしたらいいのか分かずに戸惑いの顔をする。
「亜耶、そんなところで突っ立てないで、ご飯食べるんでしょ?」
気まずい雰囲気を払拭するように母親が言う。
「あっ、うん。食べる」
亜耶が、何とも言えない顔で答えてる。
亜耶の戸惑いの顔を久し振りに見たかも…。
普段は、怒ってる(俺がさせてるんだが)顔が多いからな。
「遥さんも一緒に食べてくださいね」
「お言葉に甘えさせていただきます」
そう返事をして、ソファーから立ち上がり、亜耶の傍まで行く。
「ほら、亜耶。行くぞ」
亜耶の頭をポンポンと軽く叩く。
でも、亜耶の反応が薄い。
いつもなら。
『やめてください!』
って、嫌そうな顔をして睨んでくるのに…。
やっぱり、亜耶がおかしい。
俺の胸に疑念が渦巻く。
「そういや、亜耶。昨日、分からないところがあるって言ってたよね」
俺は、亜耶の顔を覗き込みながら聞く。
「うん…」
亜耶が、恥ずかしそうに頷く。
「今日は、勉強を見てやるよ」
俺が、そう提案する。
すると、亜耶が俺の顔を凝視した。
「亜耶?俺の顔に何かついてるのか?」
亜耶は、首を横に振る。
壊れたおもちゃみたいに…。
「亜耶にそんなに見られると、食べにくいんだけど…」
俺は、苦笑を漏らした。
「ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝ってきた。
何で、謝るんだ?
別に怒ってる訳じゃないのに…。
「朝飯食ったら、早速見てやるよ」
口元を緩めていった。
朝食を食べ終えて、亜耶の部屋に行く。
「…で、どれが解らないんだ?」
俺の言葉に亜耶が、数学の教科書を持ち出してくる。
「この問題なんだけど…」
その問題を指差す。
「懐かしいなぁ。これは、前のページに載ってる公式を使って、解くんだよ」
俺の言葉を聞いて、亜耶が問題に取り組む。
「解けた…」
って、嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
よかった。
「後は、よかったのか?」
と聞くと、次から次へと質問が出てくる。
その度に亜耶にも解りやすいように説明しながら、亜耶本人に解かせていった。
「亜耶。高校、何処に行くんだ?」
不意に気になって聞いてみた。
「うん。一様、推薦もらって、公立の清陵学園を受けるつもりだよ」
亜耶は、問題を解きながら、俺の質問に答えてくれる。
「そっか。あそこはいいよ。進学するのも、何かをするには、最適な場所だ」
もう、何年前になるんだろうな。
あの高校を卒業して…。
「推薦が決まってるなら、面接の方の受け答えできるようにしておいた方がいいよ」
俺が、亜耶に言えることって、これぐらいだよな。
「例えば?」
亜耶が聞いてきた。
「う~ん、そうだなぁ。受験した動機や趣味とか、興味のある教科とか…。自分なりの答えを用意しておく方が、有利だよ」
こんなことしか言えない俺って、情けないかも…。
「亜耶なら、大丈夫だと思うけどな」
俺は、そう言って、亜耶の頭を撫でた。
ピッピッ………。
携帯のアラームが鳴る。
タイムリミットか……。
もっと、亜耶に触れていたかった。
兄貴たちを待たせると煩いしな…。
「ごめん、亜耶。タイムリミットだ」
亜耶が、不思議そうな顔をする。
「この後、仕事なんだ。行く前に充電させてもらってもいいか?」
って、いつも口にしない言葉を口にした。
当分の間、亜耶に会えない気がするんだ。
俺の感は、外れたことない。
「…う…うん」
亜耶が、戸惑いながらも頷く。
「ありがと」
亜耶の承諾を得て、俺は後ろから亜耶を抱き締めた。
この腕の中の温もりだけが、俺を癒してくれるんだ。
ずっと、こうやって抱き締められたら、どれだけ癒されることか…。
それほどまでに、俺の中にある亜耶の存在は、大きい。
俺は、亜耶の肩口に額をのせた。
亜耶……。
俺の大切な娘。
お前は、俺の事、何とも思っていないのはわかってる。
だが、想わずにはいられない。
一時でも、離れたくない。
あの時から、変わらない想い。
亜耶……。
君自身を愛してる…。
「ありがとう、亜耶。俺、行くな」
俺は、亜耶から離れると部屋を出た。
階段を駆け降りて、靴を履くと鞠山家を後にした。
読んで頂きありがとうございましたm(__)m
これからどうなるかわかりませんが、見守ってやってください。