閑話 鞠山雅斗side
ハァー。
今日は、朝から会議なんて、やってられない。
何て思ってたら。
Pruuuupruuuu・・・
スマホが鳴り出した。
画面を見れば亜耶からで、平日のこんな時間に電話なんて何かあったとしか思えない。
俺は、慌てて電話に出た。
「はい」
『雅斗くん。亜耶ちゃんが倒れた。迎えに来てくれ。奴に連絡したんだが、繋がらないんだよ』
電話に出れば、亜耶じゃなく理事長だった。
亜耶が、倒れたって・・・。自己管理をしっかりやっていた亜耶がか?
「遥なら、日本に居ない。連絡とれたとしても、迎えには行け無いよ理事長」
何があったか知らないが、遥に知れたら大変な事になるのは、目に見えてるじゃないか。
『はぁー!今、日本に居ないって・・・。兎に角、一度病院に連れて行った方がいい。高熱で魘されてる』
高熱か・・・。
だったら、動かさずに主治医を学校に直接向かわせるか・・・。
「理事長先生。亜耶が何で倒れたかわかる生徒が居たら、その場所で待機してもらってください。俺が、直々に聞きたいので」
まぁ、亜耶の事だから、体調崩してるのわかってて学校に行ったのであろう。そして、倒れる程の何かがあったと思って、間違いないだろう。
『あぁ、わかった。ももにそう伝えておく』
それだけ言うと理事長は、電話を切った。
俺は、上着を着ると主治医に電話した。
『やぁ、久し振りだね。君からの直接の電話とは、珍しい』
この軽口を言うのは、俺と亜耶の昔からの主治医だ。
「先生、すみませんが、亜耶の学校まで出向いてもらえませんか?どうやら、亜耶が高熱を出してるみたいで、下手に動かすより、学校で診察してもらってからでも対応できると思いまして・・・」
俺は、そう言いながら鞄を掴み部屋を出る。
『高熱?うーん。体温は聞いてないんだよね。それなら、直接向かった方がいいか・・・。わかった。亜耶ちゃんの学校名は?』
親父の・・・社長室に向かいながらそれに答えると。
『雅斗くんも今から行くんだよね。俺、ちょっと一軒だけ用事があるから、それが済み次第直ぐに行くから、それまで動かさないようにしておいてくれればいいから・・・』
「わかりました。それでは、後程」
電話を切り、社長室をノックした。
『はい、どうぞ』
秘書の声で、中に入る。
「どうしたんだ雅斗。これから会議の筈だが」
俺の顔を見て親父が怪訝そうな顔で言う。
こっちに連絡来てないのか。
「理事長から電話があって、亜耶が倒れたらしい。今から迎えに行ってきても」
俺の言葉に親父が心配そうな顔をして。
「亜耶が・・・。わかった。会議の方はいいから、早く行きなさい。何かあったら連絡をこっちに回してくれ。母さん今日は出掛けてて居ないんだよ」
そう言って、申し訳なさそうな顔をする。
「わかった」
俺は、そう短く答えて部屋を出た。
車に乗り込みながら、保健室の場所を思い出していた。
確か、十年前と変わっていないって遥が言ってたから、グランド側の正門に近いところか。
俺は、車を走らせ亜耶の学校に向かった。
校舎内に入り、保健室に辿り着く。
ガラッ。
戸を開けると、もも先生がこちらに背を向けて座っていた。
もも先生・・・桃井裕子先生。これ旧姓だったか?今は芹沢裕子先生。
理事長の奥さんで、高校生の娘をもっているとは思えない美貌の持ち主だ。
「もも先生、お久し振りです。どういう経緯で亜耶は熱を出したんですか?って、その前に理事長先生は?」
俺はてっきり保健室に居ると思っていたんだが・・・。
「本当に久し振りね。彼なら、会社の方に出向いて行ったわよ。事の経緯は、こちらに居る渡辺くんが話してくれるから」
もも先生が、振り返り自分の前に座ってた男子生徒を紹介してきた。
その男子生徒の顔に見覚えがあった。
「悠磨くんだよね。話を聞かせてもらえないか?」
悠磨くんは大きく頷き話してくれた。
なるほどな。
お袋も亜耶の体調不良を見抜けなかったのか・・・。
悠磨くんは、見抜いてても止められなかった。
俺もそうだろうなぁ。亜耶を止める自信なんか無い。
唯一止めれるのって、遥ぐらいか。
こんな時に居ないなんてなぁ。でも、居たら居たらで騒ぎを大きくしそうだ。
まぁ、イベントに穴を開ける訳にはいかず、出たのはいいがプールに突き落とされてずぶ濡れになり、熱が上がったってとこか・・・。
今日の亜耶は、裏目に出てるなぁ。
じゃあ、亜耶が突き落とされた理由はなんだ?
理由がなければ、そんな事しないだろうに・・・。
「迷惑を掛けたようで、悪かったな。だが、突き落とした女生徒の理由が知りたい。悠磨くん、誰か知ってるよね。教えて欲しい」
俺は、原因を知りたくて悠磨くんに訪ねる。
悠磨くんは頷き。
「小林泉さんです」
と短く答えてくれた。
それを聞いたもも先生が。
「じゃあ、校内放送で彼女を保健室に呼び出すね」
そう言うと保健室を飛び出していった。
校内放送で呼び掛けて、暫くすると保健室に誰かが入ってきた。
俺は、振り返り。
「君が、小林泉さん?」
そう訪ねると彼女は、ただ頷いた。
何処か、勝ち気のある子だ。しかも、自分の思い道理になら無いと手を出すようなお嬢さんだな。
彼女を冷静に分析しながら。
「・・・で、亜耶を突き落とした理由を教えてくれないか?」
俺は、優しく声を掛けたつもりだったが、彼女には恐い声にしか聞こえなかったのだろう。
何も返ってこない事に、苛立ちを覚える。
「何の理由も無しに亜耶を突き落としたのか?だったら、親御さんを呼んで話しを付けるだけだな。まぁ、元々体調が悪いのにイベントに穴を開けるわけにはいかないと自己責任の強い亜耶にも問題があるが・・・」
俺の言葉に顔を青くする彼女。
俺は、そんな彼女を睨み続けた。
どんな理由があるにせよ、手を出した方が敗けなのは、亜耶は重々承知してるはずだ。
彼女は、悠磨くんの方をチラリと見る。
あぁ、彼が絡んでるから言いにくいのか・・・。
だが、本人の口から聞くまでは、俺も納得できないんだよ。
「彼女が、悠磨くんを蔑ろにしたから・・・」
と、呟き程度の声で言い出す。
悠磨くんを蔑ろ・・・ねぇ。
それは、事情を知らないからそう思うんだろうけど・・・。
う~ん。俺としては、願ったり叶ったりだったりするんだよなぁー。
「悠磨くんが原因って事は、君が悠磨くんの事を慕ってるって事でいいかな」
俺は、確認を取る様に聞く。
好きな人の前で悪いが、そうしないと話しが進まない。
それには、黙って頷いた彼女。
そして。
「鞠山さんに婚約者が居るって聞いた時に“悠磨くんが居るのに何故”って、思ったら怒りが込み上げてきて、気付いたら押していたんです」
開き直ったように言う彼女。
それが本当の理由か・・・。
亜耶に婚約者が居るだけで、手を上げるとはなぁ。飛んだ、お嬢さんだ。
「ふーん。で、亜耶にまだ何か言われたんだろ?あの子は賢い子だから」
俺の言葉に唇を噛み出す。
「その顔は、図星か。じゃあ、亜耶の婚約と悠磨くんと付き合い出した経緯を話そうか・・・。その前に、もも先生。亜耶の事もう暫く看ててもらっても良いですか?もうじき主治医も来ると思うので、来たら診察してもらってください」
ここだと他の生徒に聞かれる可能性がある。場所を移動した方がいいだろう。
そう判断を下して、もも先生に言う。
「わかったわ、雅斗くん。でもその“もも先生”って言い方やめてくれない」
えー、だって俺にとっては、桃先生しかあり得ないんだが・・・。
「それでも“もも先生”ですよね」
俺は、そう言い返した。
「もういい。あなたと議論してると疲れる。さっさと行って。理事長室使っていいわよ」
流石、もも先生。伊達に理事長婦人やってない。
「ありがとうございます」
俺は、お礼を言うと二人と共に理事長室に向かった。
女生徒の方は、変な顔をしていたが、気にしないでおこう。
理事長室に入ると、ズカズカと進みソファーに腰を下ろした。
なかなか座ろうとしない二人に。
「二人供座れば。話しも長くなるし・・・」
と進めるが、それでも座ろうとしない。
怖じけずくのもわかるがな。
「悪いけど、早くしてくれないか。俺もそんなに暇人じゃないんだよ」
午後からだって、仕事が立て込んでるんだ。早く話して戻らないといけないんだよ。
そう告げたのがよかったのか、二人供大人しく座った。
「ここで話すことは、他言しないで欲しい」
俺は、そう切り出し、話したのだった。
亜耶と遥に承諾を得ないまま話しをするのは、気が引ける。
だが、そのままにしていいことでもない。
亜耶が回復したら、この事を話せばいい。あっ、遥には言えないが、仕方ないと思う。
俺は、話の途中で悠磨くんに聞いてみた。
「亜耶は、君に頼った事はあるか?」
その言葉に首を横に振り。
「一度足りともありません」
と返ってきた。
やっぱりか・・・。
隣に座る彼女も驚いた顔をする。
「そうだろうなぁ。亜耶が甘えられるのは、家族とあいつだけなんだよ」
同世代だと頼れないってわかってた。
亜耶は、何でも自分で片付けようとして、周りに助けを求めない。だから、こちらから手を貸すつもりで居ないといけない。
彼には、まだ無理・・・イヤ、この先も気付けないと思う。
亜耶は、簡単に悟らせようとはしないから・・・。
二人の事を話し終えると、二人の表情は別々だった。
なんだかスッキリした顔をしてる悠磨くんに対して、彼女は悔しそうな顔をしている。
それに、悠磨くんは遥を尊敬してるみたいだ。
それは、いい傾向だと思う。
「そんなのおかしい・・・。何で、悠磨くんが犠牲にならなきゃいけないの」
と呟きが聞こえてきた。
まぁ、彼女の年で理解しろって言うのは無理があるだろう。
「泉、オレは犠牲だなんて思ってない。この四ヶ月間、亜耶と居て楽しかった。まぁ、俺の手で幸せに出来ないのは、残念だけど、でも、オレ以上に亜耶の事を想ってる人が居て、亜耶もあの人を想ってるんだから、オレが身を引いた方が早いだろ。それにオレ自信が納得してるんだ。あの人は、男のオレから見てもカッコいい。なれるなら、あの人みたいになりたいって、憧れるんだよ」
彼が、彼女を宥め出した。
今の悠磨くん、カッコいいと俺は思う。
好きな娘の幸せのために身を引くって、そうそう出来るものじゃない。
俺は、暫く二人を見ていたが、彼女は何処か納得いかないままの顔をしていた。
この二人、近いうちに・・・。
何て思いながら、理事長室を後にした。
保健室に戻れば、主治医が亜耶の診察を終えたところだった。
「亜耶は?」
俺の言葉に。
「肺炎一歩手前ってとこかな。このまま一週間入院ってとこか・・・。うちの病院の個室空いてるから、そこに移動な」
淡々と言う先生。
「わかりました。俺が、亜耶を病院に連れて行きます」
「じゃあ、俺は先に戻って準備しとく。受け付けに話しは通しておくから、病室まで直接行ってくれ」
先生は、荷物を片付けるとさっさと保健室を出て行った。
ハァ~。
ほんと、遥が今居なくてよかった。
ただ、この時はそれしか考えられなかった。
ここに居たら、絶対零度の遥を見て、抑えるのが大変だったであろうと推測できる。
研修さまさまだって思わずにはいられなかった。




