勉強会の裏に
「亜耶ちゃーん、これ教えて?」
そう言ってきたのは、龍哉くん。
只今、図書室の隣に設置されてる自習室で、勉強会です。
「何処?」
私は、龍哉くんの手元を見た。
「これ…」
そう言って、シャープペンの先端で、問題集の番号をトントンって叩く。
「うんとねぇ…」
私は、解りやすいように丁寧に説明し、考えさせる。
「亜耶、これは?」
梨花ちゃんが呼ぶ。
皆がそれぞれ苦手分野をやっている。
梨花ちゃんが古文、龍哉くんが数Ⅰ、愛美ちゃんユキちゃんが化学、和田くん田中くんが地理と…。
って、何気に私ボッチだ。
だってね、丸い机に男女交互に並んでるんだもの。
左から、梨花ちゃん、龍哉くん、愛美ちゃん、和田くん、ユキちゃん、田中くんって順に…。
これって、どう考えても付き合ってる者同士って感じだよね。…で、私だけが溢れてる感じがする。
まぁ、こんな所に遥さんを入れるわけにはいかないし…。あっ、でも、遥さん教免持ってるって言ってたから、入っても教えてもらえるか…。
いや、あんなイケメンの先生が居たら、皆黙ってないよね。
うーん、複雑。
「鞠山さん、これ…。って、鞠山さん聞いてる?」
「あっ、ごめん。どれ?」
物思いに耽ってる場合じゃない。
私は、私に出来ることをしないと…。
成績は、落とさないようにしなきゃ…。
初めての中間テストなのにそんな風に思ってしまうのは、可笑しいかな?
何て思いながら、教え続けた。
「今日は、ここまでだな」
龍哉くんがそう言うから、腕時計に目をやる。
午後六時三十分。
妥当な所だね。
勉強してる間、遥さんの事を忘れられた。
それだけ、集中してたってことだよね。
「そうだね。ところでさぁ、もしかしてだけど、三組とも付き合ってるの?」
私の言葉に梨花ちゃんがキョトンとした顔をする。愛美ちゃん、ユキちゃんは顔を赤らめ、男子三人はおどおどして三組同時に顔を見合わせて、軽く頷いたかと思ったら。
「えっと…。梨花と俺が付き合ってることは、知ってるんだよね?」
龍哉くんが確認するように聞いてきた。
「梨花ちゃんが、最初に教えてくれたしね」
梨花ちゃんも私の言葉に頷く。
「僕たち、同じ中学で、仲が良かったんだよ。で、自然と…な」
照れながら、田中くんがユキちゃんを愛しそうに見ている。ユキちゃんが、俯きながら頷く。
「鞠山さんも、彼氏居るんだよね?」
愛美ちゃんが、聞いてきた。
「何で?」
「その腕時計、ペアだよね」
腕時計で気付くとは…。
「う~ん。正確に言うと婚約者が居るかな」
何となくだけど、このメンバーなら話しても大丈夫じゃないかって、思えた。
「「「「「えーっ!」」」」」
見事なハモりですね。
「B組の彼?」
梨花ちゃんが、すかさず聞いてきた。
私は、首を横に振ると驚いた顔をする。
「婚約者は、社会人なんだ。この学校のOBになるのかな」
私は、ごく普通に話してた。
「そういえば、この間の大会で、亜耶ちゃんを応援しに行った時、チラッと見たんだけど、応援席で話してた人?あの人、亜耶ちゃんが緊張してた時に応援席から叫んでいたよね」
えっ、あ、あれ見てたんだ。今になって、恥ずかしくなってきた。
遥さんが、あのとき叫んだ言葉って。
『だいすきだー!!』
あー、恥ずかしい。穴があったら、入りたいよ。
「あれ、亜耶。顔が真っ赤」
梨花ちゃんが、からかうように言う。
もう、どうしよう…。
「あれね、私の緊張を解く魔法の言葉なの。私が緊張しだすとそうやって、解してくれるの。だから、集中も出来るし、普段の調子で走ることが出来たの」
なんだかんだ言って、何時も支えてくれたんだよね、遥さん。だから、今度は、私が支えたいって思っても、可笑しくないよね。
「今の話からすると、長い付き合いって感じがするんだけど…」
ユキちゃんが、真顔で聞いてきた。
「今年で、九年目。婚約者となって、何年だろう?」
自分で、首を傾げてしまった。
私が知らない内に婚約が決まってたし、な。でも、確か、遥さんが高校卒業した時に言われたような気もするから…八年?
「何、その曖昧な言葉は?」
「えっと…、私の知らない内に決められていたから、正確なことはわからないんだ」
和田くんの言葉に、そう言うしかなかった。
「じゃあ、今付き合ってるB組の彼は、どうするの?」
梨花ちゃんの鋭い指摘にどう答えたらいいかわからず、黙っていたら。
「鞠山さんが、やってる事、酷いと思うよ」
ユキちゃんが、ポツリと言う。
そういう風に捉われても仕方がない、事情を知らないのだから…。
「加藤。亜耶ちゃんを責めるな。やむえない事情があるんだろ。しかも相手は社会人だ。それなりの理由がなきゃ、亜耶ちゃんだってそんなことしないだろ」
龍哉くんが、ユキちゃんを諌めた。
「もしかして、龍哉くんは知ってるの?」
私の言葉に頷く。
そっか…知ってるんだね。
「亜耶、この際だから全部吐き出しちゃいなよ。さっきの悩みって、この話が関わってるんでしょ?」
梨花ちゃんに背中を押される感じで、全てを告白した。
「それじゃあ、亜耶は元に戻すために彼に話をつけようとしてるとこなのね。で、どう話そうかと悩んでいた訳か…」
全てを打ち明けた後、梨花ちゃんが言った。
「知らなかった事とはいえ、酷いこと言っちゃって…」
ユキちゃんの言葉に首を横に振ったのだった。
「ねぇ、もうでないと門閉められちゃうよ」
愛美ちゃんの声で、時計を見た。
七時五分前 。
「急いで出よう」
誰が言うでも無しに鞄を掴み部屋を出る。
「俺、鍵を返しに行くから、梨花鞄宜しく」
龍哉くんが、ドアに鍵をかけ職員室に向かった。
「亜耶、私たちも急ぐよ」
梨花ちゃんに促されて、下駄箱に向かう。
「さっきの話、ここだけにしておいてね」
「う…うん。言わないよ。頑張ってね」
愛美ちゃんが、言う。
何を頑張ればいいの?
「あのさぁ、私の事亜耶って呼んでくれないかな?」
私は、自分からそう告げた。
「うん。わかった」
愛美ちゃんもユキちゃんも頷いてくれた。
「僕たちは、“亜耶ちゃん”って呼ぶな」
田中くんがそう言う。
「うん、これからも宜しくね」
私は、笑顔で言ったのだった。