牽制
あの後、俺達は雅斗のところに行った。
「話、終わったのか?」
雅斗が、俺達に気付いて聞いてきた。
「うん」
亜耶が、素直に頷いた。
少しだけ、目が赤くなってる事には、触れなかったが…。
「なぁ、亜耶。彼、調子悪いのか?」
雅斗が、グランドに目を向けて言う。
彼って、アイツの事か?
俺もグランドに目を向けた。
確かに、悪そうに見えるが…。
「おかしいなぁ。昨日まで、絶好調だったのに…」
亜耶が、首を傾げてる。
「緊張してるんじゃないか?」
俺の言葉に。
「悠磨くんが、緊張するなんて、あり得ないよ。彼、イベント毎に注目浴びてるし…」
亜耶が、真顔で言う。
何で、そんなに詳しいんだ?
って、何嫉妬してるんだ俺。
「悠磨くん。頑張れ!!」
隣で大声で応援してる亜耶。
いいなぁ、俺も応援してもらいたかった。って、今さらか…。
亜耶の大声の声援で、応援席に居た男共が振り返る。
うわー、これ全部亜耶狙いの男達か…。
こいつら、どうにかしないとなぁ…。俺が居ない間に何かあると面倒だしなぁ…。
どうしたもんかなぁ…。
「亜耶。ちょっと…」
俺が言うと亜耶が、俺の方を向く。
「何?遥さん」
亜耶が、不思議そうな顔をする。
「亜耶、可愛い」
俺は、亜耶を抱き寄せて耳元で囁いた。
すると、亜耶の顔が急激に赤くなっていき、俯く。
「なっ…急に…」
何か言いたそうに俺の腕の中で大人しくしてる。
うん。やっぱり、可愛い。
そういや、今日は抵抗しないんだな。
『リレーに出場の選手は、グランドに集合してください。繰り返します。リレーに出場の選手は、グランドに集合してください』
アナウンスが、会場に響いた。
「行かないと…」
亜耶が、小さく呟く。
「頑張れよ、亜耶。応援してるからな」
「うん。頑張る」
俺が声を掛けるとそう言い返してきた。
亜耶を腕から解放してやると。
「行ってきます」
って、笑顔で行った。
「先輩。いくらなんでもやりすぎです」
沢口が、ジト目で俺を見る。
「仕方ないじゃん。可愛いんだから…さ」
うん、それしか言えん。
「前に行かないか?」
雅斗の言葉に移動した。
手摺まで行くと男共が俺の方をチラチラ見てきやがる。
「遥の敵、一杯だな」
雅斗が苦笑しながら言う。
「ガキに負けるわけないだろ」
真顔で応える俺。
「先輩、強がりはいけないですよ」
沢口が、チャチャを入れる。
「そんなわけないだろ」
手摺に持たれながら、グランドを見る。
グランドに集まってる選手の中にジャージを脱いだ、亜耶の姿を見つける。
白い肌の手足がさらけ出る。
いくらユニフォームとはいえ、見せたくないんだが…。
隣の男供軍団も生唾を飲み込んでる。
「亜耶、アンカーなんだな」
雅斗が呟く。
よく見ると襷をかけていた。
「本当だ。亜耶ちゃん、責任重大」
沢口も声に出してる。
「大丈夫なんじゃないか?亜耶、何時もリレーでアンカーやらされてたし」
俺は、昔町内運動会でのリレーで毎回アンカーを走っていたことを思い出した。
「確かにな。亜耶は、アンカーばかり走ってたから、案外自分からアンカーになったんじゃないか?」
雅斗も納得してる。
『ただ今より、女子八百メートル走リレーを開始します。一コース…』
場内アナウンスが入る。
耳を澄まして聞いてるが、このレースには出ていないようだ。
亜耶の動きを見てると、体を解してるようだ。
固さはないな。
大丈夫だな。
いつもと変わらない亜耶だ。
亜耶が、何となくこっちを見てる気がして、俺は軽く手を振ったら、振り返してきた。
「お前、悪目立ちしすぎ…」
雅斗がそう言うが、そんなの無視。
俺にとって、そんなのどうでもいいんだ。この目に亜耶の姿を焼き付けたいだけだし…。
研修に行く前にな。
「高橋先輩は、亜耶ちゃん一筋ですからね」
クスクス笑いながら、沢口が言う。
「そうだよ。亜耶に会ってから、ずっとあいつだけだったんだよ」
笑いたければ、笑えばいいさ。本当の事だし。
亜耶は、唯一俺をホッコリと心を温めてくれる存在なんだから…。
ボーと亜耶を観察してるうちに第一レースが終わってて、第二レースの選手紹介に入ってた。
おっ、亜耶が出るのか…。
「「「鞠山さん、頑張れ!!」」」
側に居る男供の怒号とも言えるこえが、グランドに響く。
その声に亜耶が驚いている。って言うか、ぎこちない笑顔が垣間見える。
あいつら…、亜耶を緊張させてどうするんだよ。
さぁて、どうするかなぁ…。
「遥、何考えてるんだ?」
隣に居る雅斗が、怪訝そうに俺を見る。
「あれ、亜耶、メチャ緊張してるだろ?解さないとな」
俺は、悪戯を思い付いたようにそう言う。
雅斗も頷いた。
「亜耶!!」
俺は、ありったけの声で、叫んだ。
亜耶が、俺の方を向いたと同時に。
「だいすきだー!!」
周りも気にせずにそう言って、笑って見せた。
すると、一瞬驚いた顔をして赤くなった、亜耶が俯いたと思ったら、直ぐに顔を上げて、何時もの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう」
って、声が聞こえた。
うん、あれでこそ亜耶だ。
俺等のやり取りを見て、奴等も驚いてざわついてる。
当たり前か…。って言うか、このやり取り自体も俺等にとっては、当たり前の事なんだがなぁ…。
「あれ、亜耶ちゃんの緊張、解れてる」
沢口が、不思議そうに言う。
「アハハ。まだ、健在なんだなぁ。そのやり取り」
雅斗が、苦笑いを浮かべてる。
「だな。これで、亜耶が何時も通りに走れれば、結果オーライってとこか」
俺の言葉に沢口が疑問顔で俺等を見る。
「あぁ。由華は知らないんだっけ。亜耶な、緊張すると顔に出るんだよ。で、それを解す為に遥が、毎回チャチャを入れててさぁ、それが今も効いたんだよ」
雅斗が、クスクス笑って言う。
「それ、ずーっとなの?」
「あぁ。小学校の運動会の時からだったか?」
緊張してる亜耶にちょっかいだして、解すのが俺の役目だったな。その分、俺には大切な時間だったし…。
「遥、始まる」
雅斗の言葉に目線をグランドに移した。
『位置について、よーい』
パン!
スターターの音で、一斉に走り出す。…が、出だしが悪い。
今の順位六位。
このままの状態で、第二走者に渡る。
「これ、負けるか?」
隣で、雅斗が呟く。
「どうだろう?亜耶の足なら、追い付きそうだが…」
一位から六位まで、そんなに差がないからなぁ…。
第三走者にバトンが渡される時にバトンが落ちた。
何やってるんだか…。そんな事したら、亜耶の闘志に火が付くだろうが…。
俺は、亜耶に目を向けると相当集中してるようだ。
ハァー、あれじゃあ、何言っても聞いてないな。
「先輩。応援しないんですか?」
沢口が、不思議そうに聞いてきた。
「ん?あの顔をしてる亜耶に声援を送っても、聞いてないよ。走り出して、ゴール直前じゃなきゃな」
雅斗もそう感じてるらしい。だから、声を出して応援してない。
そうこうしてるうちにバトンが亜耶に渡る。
すると、無駄のない動きで足を動かす亜耶。
亜耶の走りは、飛んでるような走りだから、軽く感じる。
一人、また一人と抜かしていく亜耶。
最後のカーブを抜ける直前。
「亜耶!ラストスパート!!」
俺が声を出して応援すると一気に伸びる。
「えっ、何。凄いんだけど!」
沢口が興奮する。
まぁ、一位は逃しただろうが、本人は満足してると思う。
あんだけ、走り抜けたんだから…。
「相変わらず、声をかけるタイミング心得てるな」
雅斗が感嘆してる。
「まぁな」
「雅くん、あの事」
沢口が、雅斗に何か言ってる。
「あぁ。遥、今日夕飯一緒にどうだ?亜耶も交えて」
雅斗が言う。
そっか、去年のあの時が最後だったか…。
「いいぜ。時間と場所だけ教えて。俺、一旦帰って片付けないといけないし…」
「あっ、そっか。もう、三日後だっけ…。高校の時によく通っていたイタリアンの店に十八時だ」
あっ、あそこか…。
「OK。十八時に行くわ」
俺は、それだけ言って、その場を後にした。