第3話 ○月○日 歩いた!
とうとう、うちの娘が、歩き出しました(*≧∀≦*)
よちよち歩き、めちゃくちゃ可愛い(//∇//)
パパのところまで歩いてきて、抱きついてきました。
超嬉しい!!!O(≧▽≦)O
聖君のブログを見てもわかるように、凪が歩き出した時の聖君の喜びようは半端なかった。それに、お父さんも…。
「桃子ちゃ~~~~ん!大変っ!大変っ!!!!」
リビングから叫び声が聞こえて、私は洗濯物を干していた手を止め、すっとんで1階に行った。お父さんも部屋で仕事をしていたが、慌てて部屋から出てきて、どこかに足をぶつけていたし、お店からもお母さんと絵梨さんが飛んできた。
「何事?聖!」
みんなして、リビングに集合すると、聖君の声でびっくりしたのか、凪がしゃがみこんで目を丸くしていた。
「今、今ね、凪が歩いたんだよ~~~~~っ!」
「凪ちゃんが?!」
お父さんが凪ちゃんのすぐそばに行って、凪ちゃんの顔を見た。
「凪ちゃん、歩いたの?伝い歩きじゃなくて?」
「うん、うん。父さん。テーブルに捕まっていたのに、手を離して俺の方によちよちって来たんだ」
「よちよちって?何歩歩いたの?聖」
「3歩…。いや、4歩…?」
「そんなに?」
お父さんもなんだか、感動している。
「そ、そうなの。ああ、びっくりした。凪ちゃんが怪我でもしたのかと思ったわよ」
お母さんはそう言って、ほっと胸をなでおろし、
「そろそろ開店の時間だわね、絵梨ちゃん」
と、絵梨さんにそう言うと、お店に行ってしまった。
「なんだよ、母さんは嬉しくないの?」
聖君は口を尖らせた。すると絵梨さんが、
「聖君、良かったね。聖君の喜び、私はわかる」
と、聖君の手を握り締め、にこりと笑った。
ま、待って、絵梨さん。そこは、私が手を握るところじゃないの?なんで、絵梨さんが?
「あ、ありがと。でも、えっと…。そろそろ開店みたいだから、絵梨さんもお店に行かないと」
「聖君は、お店出ないの?」
「俺は遅番だから」
「…最近、昼間出ないんだね。大学、春休みでしょ?」
「でも、そんなに店混んでないし。混んでいたら出たりもするけどさ」
聖君がそう言うと、絵梨さんはがっかりした顔をして、
「聖君と顔を合わすこともない日もあって、寂しいなあ」
と言いながら、お店に行った。
「……絵梨ちゃん、聖のこと、なかなか諦めないねえ」
お父さんが、絵梨さんがいなくなってから、そうぼそっと言った。
「うん。なんか、結婚式出てからのほうが、エスカレートした気がする」
「ああ、聖のタキシードとか、2次会のステージとか見て、逆に盛り上がっちゃったんだろ?」
「そうみたいなんだよね。どうしたら、諦めてくれると思う?俺、結婚式に来たらいい加減諦めるって思ったのになあ」
「聖君!」
「え?」
「凪…」
「あ!」
凪はまた、テーブルにつかまったと思ったら、今度はちょこちょこと私の方に向かって歩き出した。
「凪ちゃん、あ、歩いてる」
お父さんが、感動しながら凪を見ている。私と聖君も黙って、ただ凪を見守っていた。
凪は、よちよちとゆっくりと歩いて、私のところまで来て、ベタっと抱きついてきた。
「凪!すごい~~~!歩けたね~~~!」
そう言って凪を抱っこすると、凪は嬉しそうに私の首に両腕を回してきた。
「すごいでしょ?ね、父さん、桃子ちゃん、凪、すごいよね?!」
「うん、うん」
お父さん、すごく感動してる。でも、私も感動してしまった。
「凪が、一人で歩いちゃった!すごい~~~」
「凪ちゃん、可愛かった。あんよ、上手だね!凪ちゃん」
「あ、ビデオ撮り忘れた!父さん、ビデオ」
「そうだね。ほら、聖」
ビデオカメラはいつでもすぐに取り出せるように、もうリビングのチェストの上に置きっぱなしだ。
「ああ、俺、感動~~。今日は凪が歩いた記念日だ。それにしても、俺が家にいる時で良かった!」
聖君はそう言って、ビデオカメラを構え、
「さ、凪。今度はパパのところにおいで」
と凪に言った。
凪は、私の腕から離れ、聖君のほうを見ると、よちよちと一歩一歩、歩き出した。私もお父さんも、そして聖君も黙って凪を見つめた。
「凪、あと一歩…」
聖君のすぐ前まできた凪に、聖君がそう言うと、凪は聖君の膝の前まで一歩踏み出し、聖君に抱きついた。
「パ~~~パ」
「うん。すごいね、凪、パパのところまで歩けたね~!パパ、感動しちゃった」
そう言うと、聖君は、ビデオカメラを持っていない手で、凪を抱きしめた。
「おい、聖、今、凪ちゃん」
「ん?」
「パパって言ったぞ」
「……え?」
「うん。言った。パパって…」
「うわ!そうだ。凪、パパって言った!」
「パ~~パ」
凪が聖君に抱きつきながら、またそう言った。
「う、うわ~~~~~~~!!!!!凪が、凪が~~~!!」
聖君がまた、雄叫びを上げた。
「何?どうしたの?凪ちゃん、転んじゃった?」
その声でまた、お母さんが飛んできた。
「違う!今、パパって言ったんだよ~~~!!」
「…なんだ。そんなこと」
「なんだよじゃないよ!?すげえよ!」
「良かったわね、聖。凪ちゃんの初めての言葉がパパで…。凪ちゃん、今度はくるみママって呼んで?」
「そんな難しいこと言えないよ。凪ちゃん、爽太パパも、パパでいいんだよ?」
「父さん、こんがらがるから、父さんはじ~じで、母さんはば~ばでいいんだよ」
「ダメよ!それはダメ。そんなこと教えちゃダメ」
お母さんはきつく聖君にそう言うと、
「ま、いいわ。そのうちおしゃべりが上手になったら、くるみママって呼ばせるから」
とそう言って、またお店に戻っていった。
「凪、もう一回パパって言って?」
ビデオカメラを向けながら、そう聖君が凪に言うと、
「た~~~~い」
と凪はご機嫌そうにそう言って、ビデオカメラに笑顔を向け、わけのわからないポーズをしている。
そのわけのわからないポーズはどうやら、凪のことをあやしている時にお父さんがする変なポーズの真似をしているらしい。今の凪のお気に入りのポーズだ。
「た~~い、じゃなくて、パパ」
「た~~~た」
「そうじゃなくって、パパ」
「た~~た~~~た~~~」
「ダメだ。こりゃ」
「きゃたきゃた!」
凪は聖君が困っている声を出したら、受けてしまった。大笑いをしている。
「ま、いっか。さっき、歩いた時に撮ったのに、パパって声入ってるかも」
聖君はそう言うと、今さっき撮ったビデオを再生させて見始めた。
「見せて、聖君」
「うん」
凪がよちよち歩いているのが再生された。そして、
「凪、あと一歩」
と聖君の声が聞こえて、凪のドアップのあとに、ビデオは天井を映し出した。きっと、凪が聖君に抱きついて、聖君がビデオを止めないで、ビデオ片手に凪を抱きしめた時のだ。
「パ~~パ」
凪の声が聞こえてから、ビデオが切れた。
「ほら、今、凪、パパって言った。ちゃんと入ってたよ、凪の声」
「本当だ。可愛いね、凪ちゃんの声」
「うん!すげえ可愛い~~~!!!!!」
っていうことで、聖君のブログは今日、2本立てだ。
うちの可愛い娘が、初めて話しました!(*゜▽゜*)
それも、「パパ」って言えるようになったんです。
初の言葉が、「パパ」!
パパ、嬉しすぎる~~~~~!(o>ω<o)
う~~~ん、いつもながら、可愛いブログだよなあ。すっかり、この可愛い子育てブログは人気が出て、今じゃ子育て日記のランキング1位になってしまっている。
離乳食のレシピ以外にも、お母さんが手作りで作ったお砂場着や、リュックなども作り方を紹介したり、最近は幼児向きのレシピなども載せるようになり、アクセス数もどんどん日に日に増えている。
だけど、感想に一番多いのは、
>凪ちゃんパパの日記、いっつも可愛い!凪ちゃんパパって、今いくつですか?若そうですけど。
とか、
>凪ちゃんパパ、もしかして料理人ですか?お店とか持っていませんか?
とか、聖君に興味を持つ人が多い。
それに、やっぱり来てしまった。出版社から、離乳食の本を出しませんかって。最近は幼児向けのレシピも載せているから、是非、離乳食と合わせてそのへんも載せたいって言ってきた。
「う~~~~~~~ん」
聖君はしばらく悩んだ。そのうえ、出版社の人は、お母さんの作った手作りのお砂場着、リュック、パジャマなども載せたいと言ってきた。
「聖、出しちゃいましょう。ね?」
お母さんの方がなぜか、その気になってしまい、
「うん。俺の顔や店のこと、凪の写真を載せないならいいかな」
と、聖君は、出版社にOKの返事をした。
だが、顔は載せないけど、凪ちゃんを抱っこした後ろ姿だけでも、とか、そんなことを言い出され、渋々それも承諾して、店の名前を出さないまでも、聖君のプロフィールは載せたいと言い出してきた。
「え?俺の?!」
「名前も、本名と言わないでも、何か…。ペンネームのような、何か…」
「え~~~~~。凪ちゃんパパでいいですよ」
出版社の人が、打ち合わせに店までやってきて、あれこれ注文を出してくるから、聖君はものすごく面倒くさそうにそう答えた。
「本当にこの店、名前出さないでもいいんですか?ものすごい宣伝になるし、人気出ますよ」
「いいです。前にブログで紹介されて、すげえ混んじゃって痛い目にあったから。ここは、常連も多いし、口コミでもけっこうお客さん来てくれるし、これ以上増えたら、常連さんに迷惑かけちゃう」
聖君がそう言うと、出版社の人は、残念がった。
もしかして、離乳食レシピ以外にも、本を出版しようと企んでいたのかもしれない。
「それにしても、素敵なお店ですね。僕も妻を連れて来ようかな。あ、うちも今年4歳になる娘がいるんですよ。うちの妻も凪ちゃんパパのブログ読んでいまして。まあ、それで僕に教えてくれたんですが」
「あ、そうなんですか。4歳って、どんな感じですか?」
「娘ですか?もう、おしゃべりも達者で、妻の真似ばかりして、うちに口うるさい妻が二人いるみたいですよ」
「へえ。それも楽しそうだな」
聖君がそう言うと、出版社の人はあははって笑った。
「でもまあ、可愛いですよ。おままごととか、させられますけどね?」
「へえ…」
あ、今、聖君、凪とおままごとしているところを妄想したな。顔、にやけたもんなあ。
「奥さん、若いんですねえ」
出版社の人は私を見てそう言った。
「あ、俺の奥さんに、惚れたりしないでくださいよ」
え?何言ってるの?聖君。
「あはは。面白いこと言いますね。大丈夫ですよ。僕は妻一筋ですから」
「あ、そうなんですか?」
聖君はなんだか、嬉しそうな顔をした。
出版社の人は、落合さんという名前で、今年30歳。奥さんとは同期入社で、一目ぼれして押しに押しまくり、結婚したらしい。そんなこともあって、頭が上がらず、尻に敷かれっぱなしなんだそうな。
「でも、嬉しいんじゃないんですか?それが」
と聖君が聞くと、
「そういう凪ちゃんパパも、尻に敷かれてるんでしょ?」
と聞かれ、聖君はぼりって頭を掻き、照れくさそうにうなづいた。
え?尻に敷いてないよ?私。
「そのうち、娘と奥さん、両方に尻に敷かれるようになりますよ。あっはっは」
落合さんはそう言って大笑いをした。もしかしてこの人も、かなりの子煩悩な人なのかも。
聖君はしばらく、落合さんと意気投合して、娘話で盛り上がり、それからほんの少し本の話をして、落合さんは帰っていった。
「桃子ちゃん、俺のペンネーム何がいいかな?」
その日の夜、凪が寝てから聖君が聞いてきた。
「え?う~~~ん」
「落合さんが、聖っていうのでもいいっていうんだけど」
「ダメ。すぐにバレちゃう」
「凪パパでもいいのにね?」
「うん」
「凪のパパだから、海とかにしようかなあ。それか、太平洋、大西洋、こうなったら、日本海」
「……」
それはどうかと…。
「桃子ちゅわん。何がいいかなあ」
聖君は後ろから抱きしめてきた。
「スケベ親父、とか」
「今の本気で言ってた?」
「まさか」
「……桃子ちゅわん!真面目に考えて!」
「はい、ごめんなさい」
「何がいいかな~~~~~~~~」
結局、考えるのが面倒になった聖君は、落合さんに、
「聖って書いて、せいって名前でいいです」
と電話で答えていた。
え?まじで?
聖君のブログは、その日から「凪パパ☆聖の子育て日記」に変わった。
これじゃ、まるっきり、わかる人にはわかってしまうじゃないか~~~~。
でも、出版の話は着々と進んでいってしまった。
聖君はというと、凪が「パパ」と言うたびに、にやけまくり、デレデレだ。
凪、今度は「ママ」って言って…。私は内心、そう思いながら、にやけまくっている聖君の顔をペチペチ叩いている凪を見ていた。
う~~ん、聖君はすでに凪の尻に敷かれているかもなあ。