第20話 ○月○日 ショックな出来事!
今年の夏も、家族みんなで祖父母の家に来ています。
みんなで海で泳いだり、花火をしたり、楽しんでいます。
ただ、ショックなことが起きました。
なななんと、凪が親戚の男の子と結婚すると言い出して!
ガ━━(;゜Д゜)━━ン!!
パパと結婚するって、そう言ってくれると思っていたのに…。
めちゃくちゃショック(゜ロ゜)魂抜けました。
ああ、聖君、まじで魂抜けちゃってる。今日1日、ぼけ~~~っとしていたし、ご飯も喉を通らなかったし。でもさあ、たった4歳の子達の口約束だよ?きっと本人も忘れると思う。
それに確か、聖君だって絵梨さんに「聖君と結婚する」と言われていたんだよね?幼い頃に。でも、聖君、忘れてたよね?完全に。
っていう私も、幹男君とキスしたのも、チョコレートをあげたのも、すっかり忘れていたけどさ。でも、そんなもんだよね。
だから、凪の、
「凪、空君のお嫁さんになるの。空君と結婚するからね?パパ」
って、言いだしたのだって、突然思い立って言っただけで、すぐに忘れちゃうんじゃないかなあ。
それを聞いた春香さんは、
「凪ちゃん、空のお嫁さんになってくれるの~?」
と嬉しそうだった。そして空君は、
「な~たん、結婚って何?」
と聞いていた。
あ、そうだよね。凪だって結婚の意味、わかっているのかな。
「結婚っていうのは、ママとパパみたいに、ずっと一緒にいること」
凪はそう空君に説明した。
「な、凪…。空とずっと一緒にいるの?パパじゃなくて?」
その横で、顔面蒼白になった聖君がそう聞いた。
「うん。だって、パパの奥さんはママなの」
凪、その辺の意味わかって言ってる?
「ママとパパ、仲良し。ママ、パパが大好きなの。そんな夫婦に凪もなるの」
「凪ちゃん、いったいどこでそういうこと覚えたの?」
春香さんがびっくりしている。
「あのね、みっちゃんが言ってた」
「みっちゃん?」
「同じクラスの子だよね?凪」
私がそう言うと、凪はうんとうなづいた。
「へえ。幼稚園でそんなお話しているの?」
春香さんはまた感心したように聞いた。
「うん。あのね、みっちゃんは健児君と結婚するんだって。健児君、優しいからだって」
「へ~~~」
これは初耳。ちょっと面白そう。私も春香さんもわくわくしながら凪の話を聞き出した。でも、聖君は魂が抜けたままだ。さっきから一点を見つめ、ぼけ~~っとしている。
私と聖君は、凪と碧を連れて、春香さんの家に来ている。午前中は海に行って遊んでいたが、まりんぶるーでお昼を食べたあと、凪が空君のおうちに行くと言うので、今にも眠りそうな碧も連れてやってきたのだ。
碧は、春香さんの家に着く前に聖君の腕で寝てしまい、今、空君のベッドで眠っている。そして春香さん特製のアイスを食べながら、リビングでのんびりしている時にいきなり、凪が結婚する宣言をしたのだ。
「みっちゃんが、凪ちゃんは誰と結婚するの?大輔君?って聞いてきたの」
「だ、大輔?なんで?!」
あ、聖君、魂抜けてたくせに、ちゃんと凪の話聞いているんだ。
「大輔君が凪のこと好きだから、だって」
「あいつ、凪のことが好きなのか?」
聖君の顔、まじで引きつってるよ。おいおい。
「でも、凪、大輔君、よく喧嘩しているから好きじゃない」
「あ、そ、そうなんだ」
聖君がほっとしている。
「みっちゃんが、パパとは結婚できないんだよって教えてくれたの。だって、もうママと結婚しているからだって。結婚できるのは一人だけなんだって」
凪がそう言うと、
「あ、そう。みっちゃん、そんなこと凪に教えないでも良かったのに」
と聖君は見るからにがっかりした。
「聖、いつかは凪ちゃんもわかる時が来るんだから、いいんじゃないの?早くにわかって」
春香さんが、がっかりしている聖君の肩をぽんと叩きながらそう言った。
「何を?」
「パパとは結婚できないってこと」
「…でも、一回は俺、凪に言って欲しかったなあ」
「私は言ってたし、本気でお父さんと結婚するって思っていたわよ?」
「え?じいちゃんとってこと?」
「そう。7歳まで。で、パパとは結婚できないって、クラスの子に教えてもらって、しばらく泣いていたんだから」
「まじで?春香さん、可愛い。でも、じいちゃんのこと毛嫌いしてなかった?一緒に住んでいた頃」
「だって、うるさいんだもん。うざいのなんのって」
「そんなに変わっちゃうもん?」
「そうよ。凪ちゃんだってわかんないわよ?あんまりうるさく縛っていると、聖のこと大嫌いになったりして」
「俺のこと?」
聖君の顔がまた真っ青になった。
「凪ね~~、パパ、大好き!嫌いにならないよ~~~」
凪は今の話を聞いていたらしい。そう言ってパパに抱きついた。
「凪~~~。凪は優しいね」
聖君、まじで泣きそう。
「でも、凪、空君、大大大好きだから、空君のお嫁さんになるの~~」
凪はそう言うと、パッと聖君から離れて空君を抱きしめると、ぶちゅ~ってキスをした。
「ああ!また、凪は…」
それを見た聖君は、また魂が抜けたらしい。
「凪、みっちゃんにも空君と結婚するって言ったの?」
「うん!でも、みっちゃん、空君って誰?ってずっと言ってた」
凪はまだ、空君に抱きついたまま。空君は、ただただニコニコしている。
「空~。良かったね?凪ちゃん、空のことが大大大好きだって」
春香さんがそう言うと、空君はもっとニコニコして、
「空も、な~たん、大好き」
と嬉しそうに言って、今度は空君が凪にキスをした。
「あ!」
聖君はそう叫んだけど、力尽きていたからか、動こうともしなかった。
「凪ちゃん、空君と仲良く抱きついてるのを写真に撮ってあげるね」
春香さんがデジカメをかまえた。すると凪が空君にキスをした。そこをばっちり、春香さんが写真に撮った。
「あ、すごくいい写真が撮れた。パソコンで聖に送るからね」
「い、いらない」
聖君は、顔を引きつらせたままそう言った。
「送るわよ~~~」
「いらねえよ~~」
聖君、泣きそうだ。あ~~あ。相当ショックだったろうなあ。あの時から今日はずうっと、魂抜けてるもんね。
「聖君」
凪はまた春香さんの家に泊まっている。空君とべったりくっついて寝ているかもしれない。碧は、昼寝をしたにもかかわらず、ぐっすりと寝ている。
「聖君」
碧のことをぼ~~っと見ながら、聖君はまだ魂が抜けたままだ。
私は後ろから抱きついた。
「そんなに寂しい?私はずうっと聖君の隣にいるし、ずうっと聖君の奥さんでいるよ?」
「当たり前でしょ?桃子ちゃんは俺と結婚したんだから」
聖君はそう言って振り返り、私を抱きしめてきた。
「…だよね」
聖君は抱きしめたまま、そうつぶやくと、
「凪はいつか、お嫁さんにいっちゃうんだもんなあ」
と、ため息混じりに言った。
「でも、桃子ちゃんはずっと俺の隣にいるんだよね」
「うん」
「俺の奥さんだもんね」
「うん」
「桃子ちゅわん」
「ん?」
「愛してるよ」
そう言って聖君は熱いキスをしてきた。
「桃子ちゃん。でもやっぱり、俺、ショックだった。だから、なぐさめて?」
ああ、思い切り甘えてきたぞ。可愛い。
ギューって抱きしめて、それから聖君にキスをした。すると、聖君に押し倒された。
また日に焼けた聖君。今日もかっこいい。
「聖君」
「ん?」
首筋にキスをしてきた聖君の髪をなでながら、
「大大大好きだからね」
と言うと、
「うん、知ってる」
と可愛い声で聖君は答えた。
そして、聖君は、その日やたらと「愛してるよ」と言いながら、私のことを優しく抱いた。
「やっぱ、俺には、桃子ちゃんが一番です」
ボソ…。寝る前に私を抱きしめながら、聖君はポツリとそう言って、そしてすぐにすうって寝息を立てた。
相当、ショックだったのかな。そんなことを言うなんて。
翌朝、凪が空君と一緒にまりんぶるーに来た。そして聖君を見ると、
「パパ~~」
と嬉しそうに抱きついた。
「なんだよ。浮気者の凪」
聖君は口を尖らせて凪にそう言った。あちゃ~~~。まだ、傷ついたままだ。
「浮気者って何?」
凪が聞いた。
「なんでもない」
そう言って聖君は凪を抱っこした。すると凪は、聖君の頬にキスをして、
「おはよ~~~。パパ。よく眠れた?」
と、そんなことを聞いた。
「よく眠れてない。凪がいなかったから」
あ、聖君ってば、大人気ないこと言ってる。私の横ですやすや寝ていたくせに。
「パパ、よちよち~~~」
凪が聖君の頭を撫でた。
「……」
あ、聖君、にやけたぞ。まったく、どっちが子供なんだか。
「ママ~~~」
碧が、そんなパパと凪を見て、寂しくなったのか、クロと遊んでいたのに私のところにやってきた。
「な~に?」
碧は私に向かって両手を広げた。私が抱っこすると、碧が私にキスをしてきた。
「うわ!」
それを見て聖君が叫んだ。
「え?」
その声にびっくりして聖君を見ると、
「あ、碧と桃子ちゃん、キスした」
と目を点にしている。
「え?そ、それが何?」
「碧に桃子ちゃんの唇、奪われた」
「聖、あんた碧ちゃんにまでヤキモチ妬いてるの?しょうがないなあ」
春香さんがそれを見て苦笑している。
「碧、お前は~~。俺は凪の唇までは奪ってないんだぞ?未来の旦那さんのためにって、唇だけは奪わないようにしているのに、お前は~~~~」
「いいじゃないよ。それに、凪の唇を奪うも奪わないも、凪ちゃんなら空とキスしちゃってるんだし」
「だだだ、だから、だから空。責任とって凪と結婚するんだぞ」
「聖、言ってることが支離滅裂。昨日は凪ちゃんが空と結婚するって言ってるのを聞いて、ショック受けてたくせに」
「あれは!あれは…」
聖君は春香さんの言葉に何も言い返せずに、ただただ口をパクパクさせた。
「空、な~たんと結婚する~~」
空君がニコニコしながらそう言った。
「う…」
聖君は何も言えなないまま、口を閉じた。
「ほら、空、責任とって凪ちゃんと結婚するって。良かったわね、聖」
「ち、ちきしょ~~~」
聖君は小声でそう言うと、悲しそうな顔をした。
「あははは。わかるぞ、聖。娘を持つ父親の気持ち、よ~~~くわかる」
聖君の背中をバンバン叩きながら、おじいさんがそう言った。
「俺にはわかんないけどね」
それをちょっと遠目から、聖君のお父さんがそう言いながらつぶやいた。
「杏樹ちゃんが、あのやすっていうやつに取られても、爽太は悔しくないのか?」
おじいさんがそう聞くと、お父さんは、
「うん。やすなら杏樹を幸せにするだろうし、俺は大賛成」
とにこりと笑いながらそう答えた。
「聖、お前の気持ちは爽太にはわかんないかもしれないけど、じいちゃんにはわかるからな。痛いほどわかるからな」
「ちょっと、お父さん、やめてよ~~」
おじいさんの言葉に、春香さんが苦笑いをした。
「でもまあ、空と凪ちゃんとの結婚なら、俺は大賛成だけどな」
「え?!なんで?じいちゃん」
「だって、孫とひ孫だぞ?二人が結婚したら、ずっとまりんぶるーに来てくれるだろ?どこにもここから、行かないってことだ。こんな嬉しいことはないだろ?」
おじいさんがそう言うと、聖君はまた、口をパクパクさせた。でも、言葉は出なかったようだ。
「まあ、そ、そりゃ、どっかのわけのわかんない奴に凪を持っていかれるより、いいけどさ」
しばらくしてから、聖君はポツリと言った。
「まったく、気が早いわよね。何十年先のこと言ってるの?空君と凪ちゃんは、このさき誰と出会って恋をするかわからないんだから、決め付けるのは早いわよ、聖」
そこへお母さんがそう言いながら、みんなの朝ご飯を持ってきてテーブルに並べ始めた。
「あ、手伝います」
私もキッチンに行って、すぐにお手伝いをした。春香さんも、キッチンにやってきた。
「でも、私は凪ちゃんと空が結婚してくれたら嬉しいけどな」
春香さんはそう言うと、小声で、
「だって、私も実は、どっかのわけわかんない女に空を取られたくないもの」
と言って、私にウインクをした。
「え?あ、そうですよね」
確かに。私も、聖君そっくりな碧を、どっかのわけわかんない女に取られたくはないかも知れない。ああ。聖君のこと呆れたって言えないよなあ。
碧を見た。碧は今、おじいさんが抱っこしていてくれている。そして、おじいさんが笑わせると、碧は可愛い笑顔でキャタキャタと笑った。その笑顔は、聖君の笑顔にそっくり。
きっと碧も、聖君みたいに女の子にモテモテになっちゃうんだ。そして、いったいどんな女の子に恋をするんだろう。
それから、凪は?
空君と一緒にクロと遊んでいる凪を見た。空君とは本当に仲がいいけど、結婚する宣言を、凪はずっと覚えているんだろうか。
子供たちのこれからのことを考えると、わくわく嬉しいような、心配のような、寂しいような、複雑な気持ちになった。
「…」
聖君は、今日もまた虚ろな目をして凪を見ている。
ああ、凪が本当に誰かに恋をするようになったら、聖君はいったいどうなっちゃうんだろうね?




