第18話 ○月○日 ライバルに凪、取られた!
伊豆に来て、凪は昨日も今日も親戚のおうちに泊まりに行っています。
凪の初のボーイフレンドがいるおうち。
凪を取られちゃいました(>ω<)さみしい!
奥さんは寝るまで碧が、べったりだし。
パパは一人ぼっちです(ノω;)
「聖君、昨日は今朝早いからって、私より先に寝たよね?」
「うん。碧が桃子ちゃんのおっぱいずうっと吸ってたしね」
「…でも、どっちにしろ、早く寝ないとならなかったんだよね?」
「あれ?俺が早くに寝たから、寂しかったとか?」
「…今日も、帰ってきたの、9時だよね?」
「夕飯もみんなと食って来ちゃったから。あ、でも運転するし、酒は飲まなかったよ」
「ふうん。本当は、飲んで泊まってきたかったんじゃないの?みんなが泊まっている宿に」
「そ、そんなことないよ。ちゃんとこうして帰ってきたじゃん」
夕飯も食べないで帰るって言ってたくせに~~~。いいけどさ。
「凪、パパのこと待ってたけど、帰ってこないから、今日も春香さんのところに泊まりに行っちゃったんだよ?」
「え?そうだったの?」
「そうだよ。それなのに、こんなブログ書いたりして、凪や空君を悪者にして~~。一人ぼっちだったのは、私なんだからね?」
「へ?」
「凪、今日はずうっと空君と遊んでいたし、碧はおばあさんとおじいさんが交代で面倒見ていたし。っていうか、取られたっていうか」
「ごめん、桃子ちゃん。今日1日寂しい思いした?」
「…」
私はぷいっと顔をそむけた。
「ごめん。桃子ちゃん。あ、今日のビデオ見ない?海、綺麗に撮れてるよ」
聖君はそう言って、私に今日撮ってきたビデオを見せてくれた。すると、
「きれ~~い!」
「最高~~~!」
真っ青な海が映し出されたそのすぐあとに、女の子の可愛い声がした。
「この声、誰?」
「2年生の女子たち」
「女の子の部員、増えたの?」
「いや。今4人だけかな」
それからしばらく海が映っていたが、
「聖先輩、撮ってあげる」
という可愛い声がして、そのあと聖君の姿が映し出された。
「先輩!海、潜れるの嬉しいですか?」
「うん。最高に嬉しいよ」
うわ!聖君の最高の笑顔!
「私も、今年初めての参加だけど、嬉しい~~~!」
聖君の隣に、可愛らしい女の子が現れた。それも、聖君にぴたりと寄り添っている。
「先輩、いろいろと指導お願いしますね~~。私、思い切り初心者だから」
「了解」
また、最高の笑顔で聖君は答えている。
「もういい」
「え?」
「もう、消していい」
「もういいの?」
「十分綺麗な海だってわかったし」
「そっか」
聖君はビデオを止めた。
それにしても、聖君はまったく悪びれていないけど、女の子達と仲良くしてて、何も感じないの?
ああ、なんだか、落ち込んだ。いや、むかついた?なんなんだ。この胸のモヤモヤ。
「あ、碧、寝ちゃったね」
聖君は、指しゃぶりをしたまま寝てしまった碧の顔を見た。そして私にビトっとひっついてきた。
「桃子ちゅわん」
「聖君も今日、疲れたでしょう?もう、とっとと寝たら?」
「まだ眠くないよ」
「私は眠いよ」
そう言って、そっぽを向いていると、聖君はしばらく黙り込み、私の顔をじいっと見ていた。
「…まだご機嫌斜め?ごめんね?明日はずうっとそばにいられるから」
「いいよ。別に」
「桃子ちゃん。まじで、怒ってんの?」
「別に」
ダメだ。まだ、モヤモヤ、いらいらが収まらない~~。
私は布団に寝転がり、聖君に思い切り背を向けた。
「も、桃子ちゅわん」
聖君も私の後ろに、ぴったりくっついて寝そべった。
「桃子ちゃんも、来年あたり一緒に潜りに行こうね?」
可愛らしい声なんか出しちゃって~~。
「いいよ、私は」
「も、桃子ちゃん。俺、桃子ちゃんと一緒に潜りたいよ?」
今度は甘えた声出してきた。
「ライセンス持ってないし、無理だもん」
私は冷たい声でそう答えた。でも、
「じゃ、来年、ライセンスを取りに行こう」
と聖君は屈しない。
「いいよ。来年はお料理の学校に行きたいし。碧、保育園に入れられたら、そうするつもり」
「そっか、桃子ちゃん、料理の学校、行きたいんだもんね?」
「…おやすみなさい」
「え?まじで寝るの?まだ、10時半だよ?」
「寝る」
「桃子ちゅわん。俺、まだ眠たくない」
聖君はそう言うと、私をギュって後ろから抱きしめた。
「さっきの」
「え?」
「さっきの子、可愛かったね。ショートカットで日に焼けてて、聖君のタイプ」
「へ?」
「ビデオに映ってた子」
「俺のタイプじゃないよ?俺、桃子ちゃんがタイプだって」
「元気ハツラツな子が、タイプでしょ?」
「何年前の話?それ」
「…」
「もしかして、思い切りヤキモチ妬いた?」
「だって、聖君、極上の笑顔見せてた」
「はあ?俺が~~?」
「あんな笑顔見せてるんだね」
「ち、違うって。あれは海に潜れるのが嬉しいから」
「……」
「も、桃子ちゃん、それで機嫌悪かった?」
「……」
「桃子ちゅわん…」
「……」
「可愛い~~~~~!!!」
聖君は、もっと私を抱きしめる腕に力を入れた。
「もう~~~。俺が浮気とかするわけないじゃん。結婚して、何年目だっけ?俺ら、二人も子供いるんだよ?」
「だから?」
「妻子持ちの俺が、浮気するわけないでしょ?」
「そんなの、わかんないもん」
「なんで?!」
「相手はそんなの、関係ないって思っているかも」
「相手?ああ、あの子達?ないない。二人も子供がいるって知ったら、げ~~~って言ってたし、あの子達、サークル内に彼氏いるよ?合宿も一緒に来てる」
「え?」
「あのあと、ビデオに彼氏と仲良くしている映像も出てくるのに、桃子ちゃん、もういいって言うから」
「二人とも?」
「うん。サークル入って、1年もしたらひっついたよ?俺のことなんか、さっさと諦めたらしいし」
「でも、聖君目当てだったの?」
「よくわかんないけど?」
「……そ、そうか。彼氏いるのかあ」
「安心した?」
「4人女の子いるんでしょ?あとの二人は?」
「東海林さんは、今の部長とくっついた」
「え?あの、東海林さん?」
「そう。あの東海林さん。もう一人は、サークル内じゃないけど、彼氏いるってさ」
「そう…」
彼氏がいるなら、安心なの?でも、わかんないよ。二股かけたり、彼より聖君の方がいいってなったりするかもしれない。
「安心した?」
「ううん」
「へ?なんで?」
「聖君」
私はくるりと聖君の方に体を向け、
「絶対に女の人が迫ってきても、浮気したらダメだからね?」
とそう言って、抱きついた。
「するわけないでしょ、俺が」
「迫ってきても?」
「迫ってきてほしいのは、桃子ちゃんだけ」
「…今も?」
「え?」
「今も迫って欲しいの?」
「桃子ちゃんに?もちろん」
聖君の顔を見てみた。あ、ちょっとにやけてる。
「スケベ親父」
「え?なんだよ、突然」
「っていう顔、今してた」
「俺が?」
「うん」
「はいはい。俺はスケベ親父ですよ。だから、奥さんに迫って欲しいんです」
開き直り?
「ね?桃子ちゅわん」
あ、いきなり可愛くなった。まったくもう。
しょうがないなあと思いつつ、聖君にキスをした。すると聖君のほうからも思い切り熱いキスをしてきた。
あ、とろける。
「桃子ちゃん」
「え?」
「俺が桃子ちゃんのことしか、考えられないようにしてね?」
「な、何それ」
「そうだ。そうしたら、俺、ぜ~~~ったい、ほかの子なんか、目に入らなくなるし。うん。これからは、そうしてもらおう」
だから、何それ~~~。
「俺も、桃子ちゃんが俺以外の男に、目移りしないように、思い切り愛しちゃうからさ」
うわ。なんつうセリフ?顔、一気に熱くなった。
「ね?」
「う、うん」
こんなセリフだけ聞いていると、相当な女遊びでもしていそうだよね。でも、そんなセリフも可愛い顔で言ってくる。その顔はどうみても、女遊びしているって顔じゃないよね。
あ、今、にやけたし。
そして、伊豆でも私と聖君は、あつ~~い夜を過ごしたのであった。
聖君の胸に顔をうずめ、聖君が優しく頬をなでてくれて、聖君が優しく髪にキスをしてくれて、このまま朝まで、聖君の腕の中で眠る…。
「ふ、ふ、ふ、ふぎゃ~~~~~!!!!」
「碧?」
「ふぎゃ~~~~!」
「ど、どうしたの?碧。なんか、尋常じゃない泣き方」
「熱かな?」
聖君は、すぐに布団から起きだしてパンツを履いてTシャツを着ると、碧を抱っこした。私も慌てて、下着を着けて、パジャマを着た。
「熱はないな」
聖君が抱っこして、ゆらゆら揺れても、碧は全然泣き止まない。
「夜泣きかな。こんなの初めてだね」
「うん」
「碧、どうしたんだ?聖」
あ、泣き声が1階まで聞こえちゃったんだ。おじいさんが来ちゃった。
「じいちゃん」
聖君はドアを開けて、
「碧が夜泣き。ごめん、起こしちゃった?」
とおじいさんに謝った。
「夜泣きかあ。車にでも乗ったら、泣くのもやむかもな」
「あ、そっか。じゃ、そうしようかな」
「私も行く」
「うん。あ、着替えていこうか、桃子ちゃん。じいちゃん、俺もズボン履くから、ちょっと碧抱っこしてて」
「よし、わかった」
「ふぎゃ~~~。ふぎゃ~~~」
「もう1歳も過ぎたのに、夜泣きってするのかな」
私は聖君にそう聞いた。
ドアの外で、おじいさんが碧を抱っこしている。でも、碧はずっと泣き続けている。
「いつもと違う環境で、興奮でもしたかな?」
「…うん」
私と聖君は着替えを済ませ、和室を出た。廊下で碧を抱っこしていてくれたおじいさんから、聖君は碧を受け取り、それから1階におりた。
「碧君、どうしたの?」
ああ、おばあさんまで起こしちゃったんだ。
「ごめん、ばあちゃん。じいちゃんも寝てて?ドライブ行ってくるからさ」
「夜泣き?運転気をつけてね、聖」
「うん、ばあちゃん」
まだ泣いている碧を連れ、車に乗り込んだ。そして、聖君は車を発進させた。
このあたりは、ほとんど明かりもなく、車も通っていなくて、静かだった。そんな中車を走らせた。
夜の海は静かだった。
「碧、泣き止んだね」
しばらく車を走らせていると、やっと碧が泣き止んだ。
「びっくりしたね、聖君」
「うん。びっくりだ。でも、俺もこんなふうに、夜泣きしたのかな。父さんやじいちゃんが、ドライブ連れ出してくれたんだろうな」
「そんなこと、前にお父さんが言ってたね」
「熱じゃなくて良かったよ」
「うん。でも、碧、もう突発はやってるし」
「ああ、1月に高熱出したもんなあ」
聖君としばらくドライブをして、碧がすっかり寝たようなので、またまりんぶるーに私たちは戻った。
碧はそのあと、ぐっすりと寝てくれた。
「ふわ~~~~~」
聖君もおおあくびをして、
「寝るか~」
と一言言うと、すぐにすうって寝てしまった。
ああ、碧と同じ寝顔。二人とも可愛い。
私はしばらく碧と聖君の寝顔を交互に見て、それからまた聖君にひっついて眠りについた。
翌日、朝、凪は空君と手をつなぎ、ルンルンでまりんぶるーに現れた。後ろからは、春香さんが櫂さんと一緒にやってきた。
「凪、二日もお世話になっちゃって、すみません」
そう言うと、
「いいのよ。凪ちゃんいると、本当に空、機嫌いいんだもん。それに元気だし」
と春香さんは笑った。
「そうなんですか?」
「いつも偏食するのに、凪ちゃんが食べていると、空も食べるって言って、食べちゃうし。そうそう、うがいも凪ちゃんに教えてもらってできるようになったのよ」
「へ~~~」
びっくり。
「夜、寝る前に、ちょっとぐずることがあったりするんだけど、それも、凪ちゃんがいたらしないしね」
「あ、でも、昨日の夜は、碧が夜泣きしちゃって。夜中に聖君とドライブに行ったんです」
キッチンで私は、朝ご飯の準備をしながら、春香さんと話をしていた。その話を横で聞いていたおばあさんが、
「碧君もいつも、凪ちゃんがいるから穏やかでいたのかもねえ」
とそんなことを言った。
「凪が?」
「波風のない、穏やかな海。凪ちゃんってきっと、そんなオーラみたいな、何かを発しているのかもよ?」
「あ、私もそう思うよ、お母さん」
おばあさんの言葉に、春香さんはうなづいた。
「そうなのかなあ」
「癒しのエネルギーみたいなね?」
いつの間にか、キッチンに来ていた櫂さんまでがそう言った。
ホールの方を見ると、テーブル席に凪と空君が座っていて、その隣に碧を抱っこした聖君が座っていた。碧はすっかりご機嫌で、テーブルをペチペチしたり、碧語を話している。
空君も、とっても嬉しそうに笑っている。そして凪も。
うん。凪の周りは穏やかだ。なんだか、ほんわかとしたあったかい空気が流れているようにも見える。
やっぱり、凪には人を癒す、何かがあるのかもしれないね。




