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第16話 ○月○日 凪、幼稚園を嫌がる!

  凪が、幼稚園の前で、パパから離れようとしないで

  泣きまくりました。

  昨日は、連れて帰ってきちゃいました。

    

  今日は、奥さんが連れて行きました。

  そして、泣いている凪を園に預けてきたそうです。

  ああ、凪、いつになったら幼稚園に慣れるのかなあ。

  パパは、凪が泣くと心が痛いです(>_<)


 凪は、入学式の翌日、聖君と一緒に元気に幼稚園に行った。園にはすでに日菜ちゃんや麻里ちゃんがいて、園庭で遊びだしたらしい。それを見て聖君は安心して帰ってきた。


 でも、私が迎えに行くと、凪は半べそをかいて待っていて、私に泣きながら抱きついてきた。

 どうやら、パパに置き去りにされたと思い込み、教室にもなかなか入らず、しばらくの間、幼稚園の玄関で座り込んで動かなかったらしい。


 先生がかなり困り果ててしまったようだが、園長先生が凪に優しく話しかけ、一緒に教室に行き、ずっと凪を慰めたり、励ましてくれたようで、大変迷惑をかけてしまったようだった。


「すみませんでした」

 私が頭を下げて謝ると、

「いえ、いいんですよ。慣れるまでは泣いたり、嫌がったりする子もけっこういますので」

と園長先生は優しく言ってくれた。


 凪を連れ、家に帰った。

「おかえり」

 お店から入ると、碧を抱っこしているお父さんが明るく出迎えてくれた。


「凪ちゃん、どうだった?幼稚園」

「…」

「あ、あれ?」

 凪は無言で、私の足にまだしがみついていた。


「凪ちゃん、おかえりなさい。お昼ご飯、もう食べる?用意してあるわよ?」

 お母さんがキッチンから顔を出してそう言うと、凪はようやく私から離れ、家の方に上がっていった。


「どうした?凪ちゃん」

「聖君に朝、置いていかれたと思って、ずうっと泣いていたそうなんです」

「あちゃ。そうなんだ~」

 お父さんはそう言いながら、碧を抱っこして私と一緒にリビングに上がった。


「凪ちゃん、手洗いとうがいした?ソーパパ、凪ちゃんとお昼食べようと思って、待っていたんだよ?」

 凪はもう手洗いとうがいは済ませたようだった。

「凪、先に着替えちゃおうか?」

 私はそう言って、制服を脱がして、すでにリビングに用意してあった洋服を凪に着せた。


「さ、凪ちゃん、食べてね~」

 お母さんが、私とお父さん、そして凪のお昼を持って、リビングのテーブルに置いてくれた。

「パパは?」

 凪が、家の中をキョロキョロとしながらそう聞いてきた。


「パパは大学に行ってるよ。さ、凪ちゃん、食べようか」

「パパ、帰る?」

「うん。夕方には帰ってくるよ?」

 そうお父さんが言うと、凪はちょっと安心した顔をして、ご飯を食べだした。


「凪ちゃん、パパに置いていかれたと思っちゃった?」

 お父さんがそう聞くと、凪はうんとうなずき、また目を真っ赤にさせた。あ、思い出しちゃったのかなあ。悲しかったことを。


「幼稚園、どう?楽しい?お友達できた?」

 お父さんがそう聞くと、凪は悲しそうな顔をして、首をくるくると横に振った。

「そ、そうかあ。でも、きっとそのうち、お友達もできるよ」


 そんなふうに、お父さんは凪を慰めた。それに心配している私にも、

「大丈夫だって。杏樹も幼稚園に入りたての頃、嫌がって泣いたことあったけど、1週間もしたら、ケロッとして幼稚園を楽しむようになったから」

と、そう言って安心させてくれた。


 でも、凪は杏樹ちゃんより、うわてだった。

 翌日、また聖君が凪を連れて幼稚園に行った。凪を幼稚園に連れて行っても、大学には間に合うので、俺が凪を朝は連れて行くよと、聖君は申し出たのだ。


 だが、それがよくなかったのかもしれない。凪は、昨日のようにパパに置いていかれると思い、園の門の前から一歩も動かなくなり、聖君の足にしがみつき、先生が何を言っても、

「やだ!パパといる!」

と言い張って、大泣きしてしまったらしい。


「パパ~~!もう帰る~~!」

 そう言って泣き喚き、しゃくりあげ、どんなに先生がおいでと言っても離れず、結局困り果てた聖君は、凪を連れて帰ってきてしまった。


「あれ。聖、連れて帰ってきたの?」

 お父さんが、ちょっと呆れた顔をしてそう言った。

「あら~。凪ちゃん、どうしちゃったの?」

 お母さんも、キッチンから顔を出し、泣き顔の凪の顔を心配そうに見た。


「凪、幼稚園は?」

 私も碧を抱っこして、凪のそばにいくと、凪はいやいやって首を振り、聖君の後ろに隠れてしまった。

「聖君、先生に預けてこなかったの?」

「うん。だって、凪、めちゃくちゃ泣くから」


「でも、それだといつまでたっても凪ちゃん、幼稚園に慣れないよ?」

 お父さんがそう言うと、聖君は顔を曇らせ、

「うん。そうだよね」

と、つぶやくように言った。


「困ったわねえ」

 お母さんもため息をついた。凪は、リビングから来たクロに抱きつき、

「クロ!あちょぼ!」

と、クロと一緒にリビングに行ってしまった。


「あ~~。俺、凪に泣かれるとダメなんだよな。心が痛んじゃって、痛んじゃって。明日は父さんが連れて行ってくれない?」

「いいよ」

 お父さんはそう快く引き受けてくれた。


 が…。翌日、凪は制服すら着ようとしなかった。

「凪、制服着ようか?」

「いや」

「幼稚園、行こうよ」

「いや!」


 ああ、この頑固なところは、絶対に聖君に似たよねえ。

「日菜ちゃんも、麻里ちゃんも幼稚園行くよ?一緒に幼稚園で遊んできたら?」

「い~~や!」

 はあ。こりゃどうしたらいいんだ。


 でも、なんとか聖君とあれこれ言って、制服には着替えさせた。

「あ、やべ!もうこんな時間。早く朝ご飯食べないと、凪!」

 そう言って、聖君は凪を連れ、1階におりた。私は碧を着替えさせ、あとから下に行った。


 リビングでは、凪はのんびりと朝ご飯を食べていて、隣で聖君が、ちょっと焦っていた。

「まあ、聖。遅刻したって先生は怒らないさ」

 お父さんは余裕でそんなことを言っていた。


「俺、大学に行く時間になっちゃうよ。先に出てもいい?」

「ああ、聖は遅刻したらやばいだろうから、行っていいぞ」

 お父さんにそう言われ、聖君は、

「じゃ、行ってくるね、桃子ちゃん、碧、凪」

とそう言うと、上着を着てカバンを持ち、玄関のほうに行った。


「パパ、いってらっちゃい」

 凪は、まだご飯を食べている途中なのに、玄関まで見送りに行き、聖君のほっぺにキスをして、満足そうに戻ってきた。

 ああ、凪に先を越された。私がいってらっしゃいのキス、したかったのになあ。


 碧をベビーチェアーに座らせ、離乳食をあげていると、凪はようやく朝ご飯を終わらせた。

「じゃ、凪ちゃん、幼稚園に行こうか」

「いや!」


「凪ちゃん、でも、そろそろ行かないと」

「いや!」

 お父さんがなだめても、何を言っても、凪はいや!の一点張り。


「桃子ちゃん、こりゃ、困ったね」

 お父さんも、お手上げ状態になってしまった。

「私、行く支度します。碧のことお願いしてもいいですか?」

「うん。いいけど」


 お父さんに、碧の離乳食を食べさせてもらい、私はさっさと行く準備をした。と言っても、髪がボサボサなのでポニーテールにして、上着を着るくらいだけど。

「じゃ、碧がもし、足りないようでしたら、ミルクあげてください」

「うん、わかったよ」


「凪、お散歩、クロと行こうか」

「クロと?行く!」

「あ、その手があったか」

 お父さんは私の言葉を聞いて、ぼそっとそう言った。


「じゃ、行ってきます」

 私はクロにリールを付け、リールを引っ張り、もう片方の手で凪と手をつなぎ、お店を出た。

「いってらっしゃい」

 お母さんが元気よくそう言ってくれた。声だけは元気良かったけど、お母さんも心配しているようだった。


「凪、クロがねえ、凪の幼稚園見てみたいって」

「クロ?」

「うん。園庭楽しそうだから、見てみたいんだって」

「うん」


 クロは嬉しそうに尻尾を振っている。凪も嬉しそうだ。このまま、無事うまくいくといいんだけど。

 そして幼稚園に着くと、凪のことに気がついてすぐに、先生が門まで迎えに来てくれた。


「凪ちゃん、おはよう」

 凪はすかさず、私の後ろに隠れようとしたが、私は凪の背中を押して、

「よろしくお願いします」

と、先生に押し付けた。


「はい、わかりました」

 先生も慣れているベテランの先生で、凪をさっと引き寄せてしまった。

「ママ?」

「じゃあね、凪。あとでクロと迎えに来るね~~」


「ママは?」

「ママは、一回クロを連れて帰るね。だってほら、クロ、ご飯まだだから」

 なんちゃって。誰よりも先にクロは、朝ご飯を食べていたようだけど。


「ママ?やだ~~~。ナータンも帰る~~~」

 そう言って、先生の腕の中でもがきだしたけど、私はクロのリールを持って、とっとと歩き出した。

「凪ちゃん、幼稚園で遊ぼうか。お友達も待ってるよ?」

「いや~~!」


 ああ、本格的に泣き出した。でも、聞こえない。聞こえない。

 何度か、クロが心配そうに凪の方を見た。

「いいの、クロ。家に帰るよ」

 そう言ってもクロは、ク~ンと鳴いて凪を心配している。


「いいから、いいから」

 私は心を鬼にして、クロを引っ張ってお店に戻った。


「は~~~~」

 ため息をしながら、クロの足を雑巾で拭いてあげた。

 ああ、心が痛む。聖君の言っていたことがとてもよくわかる。それに私も、思わずあの泣き声に負けて、連れて帰りたくなったもん。


「桃子ちゃん、凪ちゃん、幼稚園に行けたの?」

「泣いてましたけど、無理やり置いてきました」

「あら、まあ、さすが。母は強しだわね。って、私もそういえば、そんなことをした覚えがあるわ」

 お母さんはそう言って笑って、キッチンの奥に、仕込みをしに入っていった。


「ただいま。お父さん、碧のことありがとうございます」

「おかえり。凪ちゃん、置いてこれたんだ」

「はい、無理やり」

「そうか。さすが、桃子ちゃんだな」


「碧、ミルクも飲みました?」

「うん。碧はよく食べるし、よく飲むねえ」

 碧はご満悦の様子で、リビングに上がってきたクロにハイハイして抱きつきに行った。クロは碧のお守りもいっぱいしてくれる。


「今日天気いいね。碧連れて、公園に行ってこようかな」

「え?いいんですか?」

「うん。行ってくるよ」

 碧はまだ、歩かない。でも、伝い歩きができる。今、ベビーカーを押しながら、歩くのが碧の中でのマイブームのようで、お父さんはそれに根気よく付き合ってくれる。


 これまた、聖君は付き合いきれないらしく、聖君が碧を連れて公園に行くと、砂遊びだの、ブランコだの、あれこれ移動しながら遊んでいる。聖君のほうがお父さんよりもずっと、気が短いんだろうなあ。


「じゃ、碧。お砂場着着て、行ってこようか」

「ブ~~!!」

 碧がはしゃいだ。相当嬉しいようだ。ブ~と言うのも、碧のマイブームらしい。


 碧は寝返りも、ハイハイも、つかまり立ちも、言葉も、凪よりも遅い。でも、好奇心は凪よりも上を行くので、かなり気をつけないとならない。なにしろ、クレヨンを知らないうちに食べようとしていたり、勝手にリビングのテーブルの上に乗っていたり、聖君が夜、たまたま開けたまま置いておいたお酒の缶にも口をつけて飲もうとしていた。


「あ~~~~~!碧!ダメダメ、それは酒!お前には20年早い!」

 さすがの聖君も、それを見つけて思い切り焦っていたが、隣でお父さんは、大笑いをしていた。


 凪がしなかったような、いろんな仰天するようなことをしてくれる。凪は、大きな怪我を一回もしていないが、碧はブランコから落ちて、おでこをズルむけにしたこともあったし、気をつけていたにもかかわらず、ほんのちょっと目を離したすきに、テーブルにあった熱いお茶をこぼして、やけどをしたこともあった。


 そのたびに、聖君が大慌てで病院に連れて行った。もう、聖君にとって病院は、苦手な場所でもなんでもなくなったんじゃないかと思う。碧の血を見ても、青ざめることもなく、

「病院!病院!」

と、碧を抱っこして、すぐに車に乗り込み、病室にも一緒に行って、ちゃんと治療も見てあげている。


 でも、慌てぶりはかなり半端なくて、

「聖君、落ち着いて」

と、私のほうが冷静になる。どこの病院に行くといいかとか、そういうのはたいてい、もっと冷静なお父さんが探してくれる。

 

 本当に、お父さんとお母さんが一緒に住んでいてくれて、助かるってこんな時には心から思う。病院に行っている間は、凪のことを見ててもらえるし。


 まあ、そんなこんなで、碧は大変なのだ。歩き出すようになったら、もっと大変かもねと、みんなで言っている。だから、碧の手に届くところには、危ないものは何も置けない。最近、リビングのテーブルの上には、なんにも置いていない。


 私は、洗濯物を干したり、部屋の掃除をし始めた。お店には、新しく入ったパートさんがやってきて、お母さんと開店の準備をしている。

 このパートさんは、38歳。子供が4月から中学生になり、働き出した。元気だし、明るいし、碧と凪のことも可愛がってくれる。


 聖君のことがかっこいいとは言うけど、旦那さん一筋で、けっこうイケメンの旦那さんなんだそうだ。

 だから、私も安心していられる。


 家事をしているうちに、あっという間にお迎えの時間になった。私は慌てて、幼稚園に迎えに行った。

「ママ!」

 凪は、教室でおとなしく待っていて、私が迎えに行くと、抱きついてきた。


「クロは?」

「あ、クロ、寝てた。かな?」

 そうだった。クロとお迎えに来ると言っちゃったんだっけ。忘れてた。


「今日は凪ちゃん、いろいろと遊べましたよ」

「え?本当ですか?」

「はい。ブロックでも遊んでいたし。ね?凪ちゃん」

 杏子先生がそう言ってくれた。ああ、よかった。でも、

「パパはもう、凪ちゃんのお見送りに来ないんですか?」

と、杏子先生が聞いてきた。


「は?」

「凪ちゃんのパパ」

「あ、しゅ、主人は、大学に遅れそうだったから、今日は私が連れてきました」

 きゃ。主人なんて言っちゃった。恥ずかしい。顔がほてってきた。


「大学?」

「はい。今、4年生で」

「え?!じゃ、私と同じ年ですか?」

「はい」

 私がうなづくと、先生はびっくりして、

「お、お若いお父さんなんですね」

と、そう言った。


「それに、かっこいい旦那さんですね。いいね、凪ちゃん。あんなにかっこいいパパで」

 杏子先生がそう言っても凪は何も答えず、私の陰に隠れてしまった。


 これ、ヤキモチ?と、その時は思ったけれど、凪は明るく、誰とでも仲良くなれる性格だと思い込んでいたが、実は人見知りもするし、慣れるまでに時間のかかる、どちらかというと私に似た性格だったと、あとからだんだんとわかるようになっていった。


 多分あれだ。内弁慶ってやつだ。家だと、自分の言いたいことを言ったり、嫌だって言い張ったり、主張できるけど、外だと大人しくなってしまうらしい。


 なるほど。家では聖君タイプで、外では私になるのかもしれないなあ。でも、このままだと、幼稚園に慣れるのも、相当時間がかかってしまうかも。


 そして凪は、翌日からも、幼稚園に行くのを嫌がり、私はあれこれいろんな手を尽くし、連れて行く羽目になった。

 


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