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第10話 ○月○日 退院の日!

  今日は碧が退院する日です。

  それにしても、碧が生まれてから、

  凪がすっかり甘えん坊になりました(>_<)

  やっぱり、赤ちゃんがえりかな(-_-;) 

 

  お腹に碧がいた頃は、話しかけたり、

  絵本を読んであげたり(何を言っているかは意味不明)

  歌を歌ってあげたり(何を歌っているかは意味不明)

  きっと生まれたら、碧の世話をいっぱいする

  いいお姉ちゃんになるねってみんなで言っていたんだけどな。

  

 今日は碧の退院の日。聖君と凪がお父さんの運転する車でやってきた。凪は私が服を着替えて、ベッドに腰掛けて待っていると、

「ママ!」

と部屋に入ってきて、早速抱きついてきた。


「凪ちゃん、今日からうちに来るのよ。よろしくね」

 先に病院に来ていた母がそう言って、凪ちゃんの頭を撫でた。

「ママも?」

 凪が聞いてきた。


「うん。ママもだよ」

 そう言うと、凪はすごく嬉しそうに喜んだ。

「凪、碧も一緒だよ」

 聖君が碧を抱っこしてそう言った。


「ヤ~~ヨ。パパ、抱っこ!」

「え?凪を?」

「抱っこ~~~」

 母が碧を抱っこして、聖君が凪を抱っこすることになった。


「これ、赤ちゃんがえりですよね?」

 聖君が苦笑しながら母に聞いた。

「そうねえ。凪ちゃん、歩けるようになってから、抱っこよりも歩きたがっていたし、こんなにパパに抱っこしてって甘えるなんて、赤ちゃんがえりかしらねえ」

 母もそう言って、ちょっとため息をついた。


 病室から待合室に移り、聖君のお父さんと聖君が会計を済ませている間、

「マ~マ、マ~マ」

と凪は、長椅子に座っている私の膝の上に乗っかり、抱きついていた。

 隣で碧を抱っこしている母は、ちょっと苦笑いをして、

「しょうがないよね?凪ちゃん。ずっとママと離れていたんだもんね」

とつぶやいた。


 凪は、私が入院して二日目まではお見舞いに来ていた。だが、その日も帰りに大泣きをしてしまい、聖君が、

「明日から、俺だけ来るね」

と言って、凪を家に置いてきていたのだ。


 だが、聖君が家にいない間、凪は泣いていたらしく、聖君もお見舞いに来ても、1時間くらいしかいないで帰っていった。

 

 こんなことは、本当に凪が生まれてから初めてだった。まあ、私か聖君のどちらかが家の中にいたって言えばいたんだけど、二人がお店に出ていてそばにいなかろうと、聖君のお父さんかお母さんか杏樹ちゃんの誰かがいたら、ご機嫌で遊んでいたのになあ。

 

 クロですら、凪のご機嫌をとることができなかったようで、聖君が家に帰って凪に顔を見せるまで、凪はぐずっていたらしい。


 碧の世話は、母が毎日来ていたから、大丈夫だった。それに私も、今回は胸も凪の時ほど張ることもなく、碧がいっぱいおっぱいを飲んでくれていたから楽だったし、ただちょっと中腰になっておむつを替えたりしていたからか、腰だけは痛くしてしまったが、ほかには困ったこともなかったし、本当に大丈夫だったんだけど。


 凪の方が心配。赤ちゃんがえりっていつまで続くんだろうか。


「凪、行くよ」

 聖君がそう言いながら、受付からこっちにやってくると、

「パパ~~」

と、凪は嬉しそうに聖君の足にしがみついた。


「抱っこ!」

「はいはい」

 聖君が凪を抱っこした。いつものことだけど、それを見ている待合室にいた妊婦さんが、

「若くてかっこいいパパ!」

と驚いて聖君を見ていた。


 それから、若い看護師さんが花束を持ってやってきて、私に花束をくれた。そして、

「榎本さん、退院ですね。おめでとうございます」

となぜか私にではなく聖君に言った。あ、やばいよ。それ。


「パパ~~~!」

 ほら。凪が反応して、聖君にもっとしがみついちゃったよ。

「退院の記念にお写真撮りましょうか?」

「あ、はい。お願いします」

 聖君のお父さんが、看護師さんにデジカメを渡した。


 産院の玄関先で、私たちは並んで看護師さんに写真を撮ってもらった。凪は、聖君にしがみついたまま、看護師さんの方を見ることもなく、写真は撮られた。

「おめでとうございます。お気を付けて」

 車に乗り込んだ私たちを、看護師さんが5人くらい出てきて見送ってくれた。


「あの看護師さんみんな、聖君のファンだったよね」

 私が後ろを振り返りながらそう言うと、お父さんが笑って、

「え?そうなの?」

と聞いてきた。


「検診の時にも、聖君が来るとみんなして、聖君のこと見に来ていたし」

「桃子ちゃん、そんなことないって」

 聖君が苦笑してそう言った。でも、私は知っている。看護師さんがヒソヒソと、

「榎本さんの旦那さんって、本当にかっこいいわよね」

と話していたのを。


 聖君は、前からクールだったし、女性に見向きもしなかったけど、碧を妊娠してからは、それがもっと増した気がする。ううん。クールっていうよりも、すっかりお父さんになったって感じ?


 うまく言えないけど、凪を連れて公園に行ったり、買い物に行ったりしても、ずうっと凪や私とべったりしていて、話しかけられても、

「あ、すみません。娘と遊びに来たんで」

とか言って、まったく周りのお母さんたちと話をしなかったりしていたし。


 それに、さすがにお腹の大きい私と凪が、聖君にひっついて歩いていると、聖君に話しかけてくる女性もあんまりいなかったしなあ。


 ありがたいことに、れいんどろっぷすに来るお客さんも、私がたまにお店に出ていたから、聖君の奥さんは今、妊婦さんなんだって知れ渡っていて、聖君に言い寄ってこなくなっていた。

 二人の子持ちには、興味がないのかなんなのか、そのへんはわからない。


 ただ、言い寄って来ないだけで、聖君のファンが減ったわけではない。ブログを読んでいる人がたまにやってきたり、聖君の本を買った人がやってきて、話しかけてくることもあったし。


 そうそう。聖君の本、すごく好評みたいなんだよね。ブログもまたランキング1位に躍り出たらしいし。離乳食のレシピではなく、最近は幼児の好きそうなレシピや、お弁当を載せているんだけど、それがものすごくうけているようだ。


「聖君、今度また本が出るんでしょ?」

 母が車の中で、そう聖君に聞いた。

「はい、そうなんです。今度は幼児向けのレシピ本です」

「すごいわねえ。私も買って、凪ちゃんのために作らなくちゃ」

「え?まじっすか?買ってくれますか?」

 聖君は嬉しそうに笑った。


「聖、そういうのやったら?」

 運転しているお父さんが突然話に加わった。

「そういうのって?」

「だから、料理研究家とか、フードコーディネーターみたいなやつ」


「何それ?俺、料理好きだけど、幼児向けまでだよ。それに、海の方が興味あるもん」

 聖君は淡々とそうお父さんに言うと、

「ね?凪。将来は凪も一緒に海に潜るんだもんね?」

と凪に言った。凪はわけもわからないくせに、

「うん、パパ」

とうなづいている。


 料理研究家か~。聖君だったら、なれそうな気もする。で、本とかいっぱい出したり、テレビにも出ちゃったり。

 あ、ダメダメ、そんなの。思い切り人気出ちゃうもん。イケメン料理研究家とかいって、もし、料理教室でも開いた日には、どっと奥様方がつめ寄せちゃう。あ、奥様だけじゃなく、若い女の子までが。


 そうこうしているうちに、椎野家に到着した。

 今日は平日だから、父もひまわりも家にはいない。母が先に玄関を開けに行き、聖君は凪を抱っこして、私が碧を抱っこして家に入った。


「凪、しっぽと茶太郎探しておいで」

 聖君がそう言うと、凪は聖君の腕からおりて、喜んで猫たちを探しに行った。聖君は、そのすきに荷物を取りに車に戻って、お父さんと一緒にたくさんの荷物を家の中に運んだ。


 凪の衣類や、私と聖君の衣類、それから碧のために買っておいたオムツや下着など、かなりの大荷物だ。多分一ヶ月以上は厄介になると思うので、あれこれたくさん持ってきてしまった。それに、凪のベビーカーやおもちゃまで。


「チャタロ~~」

 凪は茶太郎を見つけたらしい。寝室の方から凪の嬉しそうな声が聞こえた。

「凪ちゃん、茶太郎いた?しっぽもいたわね。めずらしく家の中にいたんだ」

 母がそう言いながら、寝室の中に入っていった。


「父さん、お茶でも飲んでいかない?そんなに焦って帰らなくても大丈夫だよね?」

 聖君は荷物を和室に運んでいるお父さんにそう聞いた。

「うん。やすくんが今日はシフトに入ってくれてるから、杏樹も早めに帰って手伝うって言っていたしね。それに、俺は碧ちゃんをまだ抱っこしていないし」

 そう言って、お父さんはリビングに来て、私が抱っこしている碧の顔を覗き込んだ。

「ああ、聖にそっくりだ」


 碧はすやすやと寝ていた。退院するちょっと前におっぱいもたくさん飲んだし、車に乗り込んですぐに寝てしまった。

「碧ちゃん、抱っこしてもいいかい?」

「はい」

 私はお父さんの腕に、碧を渡した。


「ああ、ずっしりと来るね。凪ちゃんの時よりも重いんじゃない?」

「そうなんです。凪もたくさんおっぱいを飲んでいたけど、碧の方がもっと飲むから。たまに母乳だけじゃ足りなくて、ミルクもあげるくらい」

「そりゃすごいね」


「俺もそんなだった?」

 聖君がお父さんに聞いた。

「ああ、そういえば、お前もよく飲んでたなあ、ミルク」

 聖君も碧の顔を覗き込んで、目を細めた。と、そこに、

「パパ~~~!」

と凪が走ってやってきて、聖君の足にまたしがみついた。


「なんだよ、凪。茶太郎としっぽと遊んでいたんじゃないの?」

「パパも!」

 凪は聖君の腕を引っ張り、寝室に連れて行こうとした。


「ああ、凪。パパは疲れちゃった。ここで少し休んでいたい。凪も一服しない?ジュースでも飲もうか」

「ジューチュ?!」

 凪は大喜びで、今度は聖君の腕を引っ張って、キッチンに行ってしまった。


「家でもああなんだよ。凪ちゃん、聖から離れたがらなくって、店にもやってきて、聖にひっついてた」

「え?でも、それじゃ、お客さんに迷惑かけませんでしたか?」

「うん。常連さんは凪ちゃんのこと、可愛がっているしね。たまに若い子が聖に声かけると、怒っていたけど」

「…」

 やっぱり、迷惑かけていたんだ。


「なんだか、凪があんなふうになっちゃうなんて、びっくりですよね」

「まあね。でもまだ、2歳になったばかりだし、パパとママを赤ちゃんに取られちゃうって思ってもしかたないよね」

「はい」


「今までがいい子過ぎたのかな。まあ、そのうちに碧ちゃんが弟で、自分はお姉さんなんだって自覚出てくるかもしれないよね」

「聖君は、赤ちゃんがえりって?」


「しなかったよ。あいつは杏樹が生まれてすぐに、めちゃくちゃ喜んで、そりゃもう、こっちが危ないからやめてくれって言いたいくらい、抱っこはするわ、世話をしたがるわ」

「へえ~」


「桃子はひまわりが生まれてから、逆にすごくいい子になっちゃったわね。あんまり甘えなくなって」

「私?」

 母が、お父さんと私のお茶を持って、リビングにやってきてそう言った。


「はい、どうぞ」

「あ、すみません」

 お茶をテーブルに置くと、母は私の前に座って、

「大丈夫よ。凪ちゃんも碧君とずっと一緒にいたら、そのうちに可愛がるようになるわよ。ねえ?碧君」

と、碧の顔を見ながらそう言った。


「そうかなあ。あのまんま、ずっと聖君にひっついて歩くようになったらどうしよう」

「聖君、凪ちゃんに甘いものねえ。叱ったこととかあるの?」

「…。どうだったっけ?そういえば、本気で叱ったことはないかも。あ、お父さんやお母さんもですよね?」

 私が隣で碧を抱っこしているお父さんに聞くと、

「そうだね。注意するくらいで、叱ったことはないかな」

とお父さんは答えた。


 何しろ、榎本家の家族はみんな、寛大でおおらかで、楽天家だからなあ。私も、そんな中にいるからか、凪を叱ることってなかったなあ。そういえば。


「わがままな甘えん坊に育っちゃうかな」

 私がポツリとそう言うと、

「大丈夫だって。愛情いっぱい受けて育つと、優しいいい子になると思うよ?」

と、お父さんはにこりと微笑んでそう言ってくれた。


 ジュースを凪用のコップに入れてもらい、凪はそれを注意深くゆっくりと、リビングに持って来た。そして、それを一口飲んで満足の顔をしてから、テーブルにコップを置き、椅子に座った聖君の膝の上に、よいしょと乗っかった。

「凪、ここ?」

 聖君がそう聞きながら、手にしていたマグカップをテーブルに注意深く置いた。コーヒーでも自分で入れて、持ってきていたようだ。


「うん!パパのあんよ」

 そう言って、凪はニコニコ笑った。

「なんだか、すっかり甘えん坊になったね、凪。パパにべったりだよね?」

 聖君がそう言うと、凪は聖君の方に体を向け、ベタっとひっついた。


「ああ、べったりしてって言ったわけじゃないんだけど、パパ」

 ちょっと、呆れた顔をして聖君はそう言ったが、次の瞬間にはもう、にへらっと笑っていた。

 聖君、凪に甘えられるの、絶対に喜んでいるよね。


 あ~あ。退院したら、ちょっとは聖君との時間が持てるかもとか、いちゃつけるかもとか、抱きつけるかもとか、そんなことを思っていたけど、どうやら無理そうだ。


 碧を見た。病室でも聖君に会いたい時には碧の顔を見た。そして、聖君を思い出し、寂しさを消していた。

 これからしばらくは、私の恋人は碧になるのかもしれないなあ。


「赤ちゃんが生まれても、俺のことも構ってね」

って、聖君、言っていたっけ。だけど、構ってもなにも、あんなに凪がひっついていたら、構いようがないじゃないか。それに、聖君だって、デレデレと喜んでいるし。


 だから、私も、碧とべったり仲良くしてやる。なんて、ちょこっと心の中で私は思っていた。





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