7話 鷹
光に吸い寄せられるようにふらふらと進んだ。恐怖もあり、好奇心もあり、何がいるのか確認するのが怖かった。
大分近づいたところで、光が動いた。向こうに気づかれたらしい。そのままよたよたと不安定な足取りでこっちに寄ってきて、そのヒトが大きな翼を持っているのが分かる位になった。
「おーい、きみ昨日の子だよねぇ!」
「……ひょっとして、ウィンドさんですか」
「そうだよ、覚えててくれたんだ。僕なんて名前聞いてもすぐ忘れちゃうよ。ねえ、中に入ったら道が分からなくなって出られないんだけど君分かる?」
ヒトに会えたからもう大丈夫、とばかりににこにこしながら尋ねられた。
「多分、分かりますから案内します」
飛べるウィンドさんにとってはあの場所も出口になるんだ。うらやましい話だった。
「急ぎましょう」
「さんきゅー」
幾分調子が戻っていたけど、まだタンゴが心配だった。
数日以内に助けてくれると聞いていたのであの空に通じるドアの場所は真っ先に覚えた。すぐに行けるとなるべく急ぎ足で進む。
「あー待って! もう少しだけスピード緩めてくれないかなぁ。僕ら飛ぶのは自信あるけど歩きはホントに苦手なんだよ」
「え?」
振り返ってウィンドさんの足下を見ると、大きいけれど細い鳥足でふらつきながら前へ進んでいた。足が自重を支えきれていないらしい。
「肩、貸しましょうか」
「あれ、いいの? ありがとう!」
とはいってもウィンドさんの両腕は翼で、ウィンドさん自身私より背が高いため、肩に掴まらせると私が翼に覆われてしまうような感じでとても歩きにくかった。つやつやした羽はとても触り心地が良かったけど。
「どうして、中まで入っちゃったんですか? まだ救助のタイミングまであると思ってたんですけど」
「ああ、そりゃ……なんでだったっけ。出られなくなったどうしようって思って、とにかく歩き回ってたら忘れちゃった」
鳥頭だ。
「なんだったっけ、すぐに思い出すから……」
「もうすぐ出口なんですけど」
「えっ!? 早っ!」
「結構すぐ近くで迷ってましたから」
「えぇー……」
がっくりと肩を落とす。タンゴと違ってオーバーリアクションで分かりやすい。
「ほら、もう着きました」
開け放たれたドアに辿り着く。外は昨日と違って曇り空だった。廊下がそんなに明るくないからウィンドさんには余計分かりづらかったのかもしれない。
「ありがとう。すごく歩きやすかったよ」
「いえ、思ったより軽かったから驚きました」
本当のことだ。そんなに力を使わずにここまで来ることができた。
「そりゃあね。重いと飛べないから。飛べないトリはただのトリより大変だよ。元々うまく歩けやしないんだから。君なんか身軽そうなサルだし……あ。思い出した」
「何だったんですか結局」
おいでおいでと手招きされる。
「あー、やっぱり見たことない靴だ」
サンダルが珍しかったらしい。
「えーとこれは……」
どこまで話していいものか。
「涼しそうで、生地も丈夫そう。おまけに見たことない色だから気になってたんだー」
「そう、ですか?」
「うん。どうやって靴底とかくっついてんだろ」
興味津々の様子だ。
(靴の出所聞かれたらどうしよう答えられない。でも話題のそらし方も分からない!)
「……持って見てみますか? ちょっと位裸足でも問題ないので」
靴を脱ごうと片足立ちになった所で何故かウィンドさんの足が当たり、ゆっくりバランスを崩した。尻餅をついた形になってしまいおき上がろうとすると、ウィンドさんがあの鳥足で私の足首を掴んでしまった。
ウィンドさんは私の足を食い入るように見つめている。
「あの、どうしたんですか……?」
さっきまでのきゃらきゃらした態度とは違う、獲物を見定めているような緊張感。
「やっぱり見たこと無い『足』だ」
胃の中がすーっと冷えていくような感じがした。
「よく考えたらさ、君の尻尾を見なかったなと思ったんだよ。サルの尻尾は大きくて長いから僕はいつもこれで区別してたし。怪我でもしてちぎれたんなら大事だ。でも君は普通に歩いてた。最初から尻尾を持ってないみたいに上手に」
ぐ、とさらに力を入れられる。もう逃げ出したい気分だったけれど逃げられるわけが無い。ウィンドさんの背後にいつの間にか閉められたドアが見えた。
「おまけにこの靴、ある程度素足が見えるでしょ? サルにも色々いるけど、君の足は明らかに違う。この足じゃ物を掴めないでしょ、僕の翼と同じだ。……て話がずれるなぁ」
すでに猛禽類の獰猛さが垣間見える行動と、相変わらずの軽口がかみ合っていない。
「僕は昔、君と同じ足形の跡を見せてもらったことがあるんだ。勿論サルじゃないよ。ねえ、君、本当に自分がサルだと思ってるの? それともあの黒猫にそう言い聞かされてたの? 君はさあ、僕が見る限りさあ、」
言わないで。
「ヒューマンだよ」