10話 ラストメッセージ
最後の望みをかけてメール欄を見たけれど何もなかった。
(どうしよう。他に何かメッセージが残せそうなものなんて……)
焦ってタップするとくるりと画面がまわり、見覚えのあるコミュニティアプリが姿を表した。友達とのチャットなんかでよく使っていたので良く知っている。
ログインすると、そこにメッセージはあった。
「タンゴ、パソコン室へ行こう」
タンゴを連れて通路を走り、パソコンを起動させる。すぐに管理画面が現れて一瞬ひるんだ。ここで戸惑ってる暇なんかない。
数多ある変更項目の中から「検体タグ」を探して、取り外しをクリックする。
「タンゴ、ちょっと首輪見せて」
かがんでもらって首輪の裏を見せてもらう。
アルファベットと数字が混ぜこまれたそれは、一瞬青く刻まれた模様にも見えた。やっぱり個別認識番号が書かれている。
それをそのままパソコンに打ち込んだ。とともにアラート音と警告メッセージが出てきた。
『検体タグの解除には管理者用パスワードが必要です』
「Goldilocks!」
おしまいとばかりにエンターキー。
「どういう意味なんだ?」
「……『ちょうどいい』、でしょうか。この場合きっと」
本当は、あるお伽噺の主人公の名前だけれど。
(なんで、これがパスワード? これがそんなに重要なことだったの?)
森で迷った女の子、熊の親子の家に来た。家の中には三つのおかゆ。
ひとつめは、「熱すぎ」。
ふたつめは、「冷たすぎ」。
みっつめは、「ちょうどいい!」。
女の子はちょうどいいおかゆをぺろりと食べた。
「宇宙関連用語で、ゴルディロクスゾーンって言ったら生物が生きる為に最適な温度を保つ領域、て意味だったと思うんですけどね」
この研究所は、熱すぎも冷たすぎもしないちょうどいい環境を、待ち望んでいたようだ。
(『ちょうどよくない』環境で、困ったことがあったのかな)
「ところで、ねえタンゴ、その首輪ちゃんと取れてますか?」
タンゴはおそるおそる首に手を当てた。と同時に黒い紐が首から滑り落ちていった。
そのまま固まってしまったタンゴに近寄って手を伸ばし、そっと頭を撫でた。思ったよりも柔らかくて温かい。身体の奥からごろごろと音がして、思わず発作を連想して手を離そうとしたらタンゴから腕を掴まれた。
「シオン、もっと」
「紫苑へ。勝手に眠らせてごめんね。もっと住みやすくなった世界で、生きて下さい。わがままな父と母より」
あのコミュニティアプリに私自身のアカウントで入ると、未読メッセージが1件入っていた。確かに優しすぎて自分勝手な内容だ。
スマートフォンをデスクの上に置いて出ようとすると、タンゴが入り口に寄りかかっていた。
「それ、置いていっていいのか」
「はい。またいつでもここには来れますから。待っててくれてありがとう」
猫はそっぽをむいて、「別に待ってない」と言った。
「トリがまだ出発しないのかって煩い」
「でもまだ食糧倉庫から持っていきたい物が2つ3つ4つ……」
金色の猫目でにらまれた。
「はい。とりあえずウィンドさんには私から言ってきますね……」
「早く」
「はい、じゃあ、行ってきます」
電源マークを押し続けると、ジャーンと音がして画面が暗くなった。
「節電完了。父さん、母さん、サリィ、またね」




