#03-1:喋る自販機
Q.目の前に自販機があります。あなたならどうしますか?
1.まず商品を確認する
2.まず金を入れる
3.問答無用で蹴り飛ばす
因みにハルカの選択は本編をご覧ください(笑)
※2010/11/10修正
―――22時。夜道を早歩きしているのは寒いからで、けっして夜道が怖いせいじゃありません。ええ、そこの路地から露出狂が出てきたら110番通報が先か、悲鳴が先か、それともテンション高く携帯電話で激写してネットにさらそうかなんて考えてなんかいません。自分の個人情報の漏洩をなくすために、マスクで顔を隠しているわけじゃないです。年齢をごまかすために斜め掛の鞄をしているわけじゃないんです。お気に入りのカバンが偶々大きいだけです。保温性のある水筒を入れているのだって、殺傷能力を上げる為なんかじゃないです。
嘘です。年末近いこの時期は遅くまで人通りは多く、不審者が居てもおかしくありません。ええ、まともな人の比率は極端に下がります。ちょっと問題ありそうな人が出歩くにはもってこいの時間ですから、下手に目を付けられないようマスクをしています。水筒はコンビニコーヒーを入れて帰る為です。小学生によく間違えられますコレでも大人です。くすん。
買い忘れた明日の朝御飯用の食パンとパック牛乳、急に欲しくなったチョコとコーヒー、ついでにお気に入りののど飴とお菓子を求め、ご近所のコンビニ帰りな神成 遼です。
まぁ歳末だしムカつく事が最近多いから、近いうちに御祓いでも受けた方がいいかもしれない。知らないうちに色々溜まってるのかもしれないし、出来ればあんな郵便受in鶏は二度とごめん被りたいと本気で思う。
そういえばアレからやたらと“鳥”が目に付くようになった気がする。朝っぱらから鳥の鳴き声が気になったり、夕方も街路樹の上からギャイキャイと煩く感じている。一昨日の昼は背中に鳩がぶつかって来て吃驚したから覚えてる。
偶然にしても何かあると思うのは、やはりあのニワトリのインパクトのせいだろう。
「疲れてるからそう思うのよ。うん」
零した独り言に応えるように、ポケットの中から軽快な曲がした。確かこれ、会社関係の設定にしていたはず。取り出して携帯のディスプレイを覗けば、昼間休んでた藤野さんからの着信だった。
迷うことなく出てみれば、元気な声が聞こえた。やりとりを簡単にいえば、心配したお義母さんが昼間は子供達を見てくれるので、明日から仕事に出られるよという話だった。ほ。
「助かります。私だけじゃ、いつもの作業位しか出来なくて。藤野さんが居ないと、正直手も足も出ないんです。情けないですね」
『そんなことないわ。年末進行はちょっと説明しずらいし、日常業務が滞らなかっただけでも上出来。それに、社長たちじゃ寧ろ仕事増やしかねないもの』
「あはは、あ。清水さんが交通事故で入院しちゃった件は聞いてます?」
『ええ。それで社長から“明日十時に仲田町の商工会議所で新製品の説明会があるから悪いけど行ってくれる?”って伝言預かったけど、場所わかる?』
「え?」
―――何? その緊急展開な確定事項は
『清水さんの仕事は細かいところは兎も角、今も細川さんや橋本さんが調整してるそうよ。事務所はあたしが入るから神成ちゃんがアシスタントに入るって?』
―――あのメタボ細川。なんつう事を社長に提案してんだ!!
「んな話訊いてないです」
『ん? 急遽ってらしいわよ。引き継ぎはいつもの以外にある? 何かあるならメールしてくれれば大丈夫だからね』
既に社長の承認が降りてるなら覆すのは無理。おのれメタボ、こういう仕事はえぇぢゃねぇか。
―――あれっ、確か清水さんの持ち回りって○川量販店とか×本工務店だったよねぇ、あそこってば美人な担当者が。うん、まさかねぇ?
「わかりました、そういえば事務くらいなら細川さんがやるとか言ってましたから任せちゃいましょうか」
『そうね、年末用のスペシャル業務もあるのよね』
さすが藤野さんナイスです。会社に不利益が出ないならサプライズかましてあげて下さい。ふふふ、メタボ。事務職をなめんなや。
アシスタント業務はしゃーないか。取り敢えず夜遅いこともあり、そこそこに挨拶を済ませて電話を切れば、沸々と浮かび上がるこの苛立ちとやるせなさ。いてもいなくてもうざいぞメタボ!
「あぁー、ほんとにもぅ」
ふと周りを見れば、夜道に浮かぶのは街灯に照らされた一台の古びた自販機。
何故か頭に浮かぶとあるシーン。あとになってみれば、何してんだと後悔する事間違いないのに。
不快感な感情は、時に客観的良心を上回ると言うのだろう。人に言わせれば馬鹿だと片付けられるが。目が自販機から離れる事なく身体が引き寄せられ、気がつけばその前に立っていた私。
「ムカつく、んだっつーの!!!!」
次の瞬間、私の左足は自販機に回し蹴りを叩き込んでいた、えっ?
(※くれぐれもマネはなさらないでください。器物破損だけではなく自分自身も色々痛い思いします。ハイ。)
驚いたのは思ったより痛くなかった事実より、自分自身の行動より、重々しい音を立ててアッサリ倒れた自販機だ。
「うそっ?」
―――そんなにもろかったの? えっ、ウソでしょ? どーしよ。
頭にあった血は一気に下がり、ムカつく怒りは混乱と後悔にすり替わった。ひょええ。
『‥怏々(おうおう)してんな』
「ひぃぃぃぃぃ!! だれどこなに!?」
後になって冷静に振り返ると、この時に聞こえた合成音みたいな声はとても冷静に私を下していたと思えた。‥んだけど、もうパニック状態の私は理解不能。
『今度は怯えて、おもろいわ。あんさん』
「だっ誰よ、言っとくけど、強盗ならお門違いだし、幽霊と押し売りなら間に合ってるし、変質者とお化けなら余所に逝ってくださいっ」
『どれにも該当せぇへんならどうするね』
―――ひいっま、まだ他にもいるの?
「がっ、該当って何者よっ。変質的偏愛主義なんてゴメンよ。SMとホラーは趣味じゃアリマセン。児童とか熟女嗜好者なら私は対象外だし、同性愛嗜好者でも無いのでお断りします」
拒絶はキッパリハッキリ言い切っておかなきゃ、後々に困るのは自分である。存外に頭が回らなくとも口は廻るなぁと、変な所で自己分析中。
『言動は変わっちょるし、おもろそうやな』
「何の話か知りませんが、私は変わってませんし面白くも何ともありませんからどっか行ってェェ」
『‥あんさんに決めまひょか‥』
「勝手に決めるな。やめといてぇ」
―――宣言しておく、私はホラーが嫌いである。どの位嫌いかというならば遊園地のお化け屋敷等、近寄りたくない位嫌いである。昼間の墓場に御参りするならまだ平気だが、よくある怪奇特集番組なんぞ見るのも怖い。悪かったなびびりで。
よって、こんなシチュエーションを私が好きなわけあるかぁっ。ううっ。
『まぁ、全てはアイツが下すこと。今は』
『あんさんがコレ受け取ったら、それでええっちゃ』
「だから勝手に決めんな馬鹿!」
倒れた自販機の影からひょっこり顕れたのは小さな白い固まり、‥って、あれ?
「は?」
見覚え、有りますよね。
極々最近、ウチのアパートのポストの中で寛いでいましたよね?
『あんさんくらい正直やったら問題な‥』
「何で此処に居るわけ?」
これはコントか、ホラーか、答えろニワトリ。何で居る訳?
『何処に誰が居ってもかまへんやろ?』
「かまうわ、どっから逃げ出した。つうかあんたがしゃべってるわけ?」
うん、これは夢なんだな。幻覚だ、幻よ。するとさっきの電話も夢落ちかぁ。うわぁ、そこまで現実に嫌気が差してるんだ、私結構ストレス溜まってる。
『あてら、身体を借りてるだけやの。探す間だけのヨリマシやて』
「げっ、やっぱりホラー」
『話は聞き!』
夢ならニワトリが話しても、自販機を蹴り倒しても問題はない。
「これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢、きっと私はもう布団の中でぬくぬく寝ているはずよ。だからさっさと目を覚ましてぇ~」
『何ごちゃごちゃ云うてんの、さっさと手ぇ貸し』
「嫌だ。妙ちきりんな喋りするニワトリに何で手を貸さなきゃいけないの」
『つべこべ言わずにとっととやりゃ! ぐずる暇なかで』
いうが早いかニワトリからポワッと小さな光が飛び出す。無数の光が赤、碧、山吹、青藤、白と、まるで電飾のように鮮やかな発光をしながら辺りに広がってゆく。
『あかん、始まったわ』
「なっ何なの、マジックでもするつもり?」
何もない空間に定まったかのように光が置かれてゆく。気がつけば、私を取り囲んで帯状に集まりつつある光が、三つの光になりつつあるのが分かった。
『条件はそろうたわ。あとは』
『鍵との相性しだいじゃの』
『ほな、また後で』
「せっ、説明位ちゃんとしなさいよっ」
叫んだ途端に朱い光の帯が私の体にシュルっと巻きついた。ひっ?
びくっとしたとたんに、蒼い帯が腕と肩を包むように巻きつき、比較的自由だった足に黄色い帯が巻きついた。
「なにすんのよ。放しなさいって」
それにしても締め付けるというよりも、抱きしめられた感じなのは何でだろう。例えて言うなら、感極まっての包容って感じだった。
「‥‥あんた、迷子なの?」
光に迷子はおかしいかもしれないけど、そんな気がした。
「どこに行けば迷子じゃなくなるの? ニワトリが知ってるならちゃんと‥!!」
‥そこまでしかしゃべれなかった。なぜかは知らないが、私の体は光の帯達に巻き付かれたまま、いきなり落下した。
後に分かるが、これがこの世界との別れだったと思う。
ようやく動き出しました。
次回は視点になる人物が変わります。
ついでに場所も移りますが、時間軸はほぼ此方と同じ頃になります。