#016:対峙する獸
新年あけましておめでとうございます。
本年も昨年と変わらぬご愛顧を‥☆○=(-_-o←読者様の怒りのツッコミ
‥‥‥‥一月遅れの更新ですが、宜しければお付き合い下さいませ。(^^;;
孤高の空を纏った大狼が検査カプセルに組みこまれた稼動中の術式を次々に噛み千切っていた。
二対の翼を広げる精霊は大狼が検査カプセルに危害を加えないように、また周囲を警戒しながら余計な術式加えさせないようにと威圧をしていた。
彼らは互いに牽制をしながら、ただ一人を助けるために動いている。
求める只一人の存在の為に。
…*…
「‥魔獸と精霊が、何故ここに‥」
応援要員として解析に手を貸していたスタッフは彼等の存在感に威圧され、解析用の術式が目の前で破壊されていく様をただ眺めるしか出来ないようだ。
座り込んだまま呆然とした表情で二体の姿を眺めていた。
「っ、それは‥」
大狼の顎が噛み砕く式の構成に気がついた一人が顔色を無くした。
彼も気がついたらしい。
俺も正直ここまでするかと言葉を無くす。例えこれが手違いで使われたとしても、あってはならない間違いだ。
だが彼も俺も動く訳にはいかなかった。
精霊の威圧は俺達を拒絶し、何人たりもそれを赦すつもりは無いと語っている。
カプセル内のハルカを助ける為に、実質行動出来るのは大狼の魔獸ことヘクサただ一人だけなのだ。
「クラフ、なにがあっ‥‥っ」
背後からのラグザの声にすら応える事は出来ない。
下手に動けばあの精霊は容赦なくこちらに襲いかかってくるだろう。その纏う気配はそれだけで凶暴な獣のようだ、いつ襲いかかられてもおかしくない。
この状況に至る詳しい話は分からなくても、これ以上の被害の拡大は避けなければならないのだ。
「っ!!」
ラグザの視界に精霊の姿が映ったのだろう。言葉を発さずに動きを止めて様子を伺っている。
仮に人が精霊に魔力攻撃を仕掛けたとしても、彼等に太刀打ち出来るものではない。そもそものポテンシャルからして別次元の存在なのだから。
それにしても検査式に紛れて解析式が幾つか混じっているあたり悪質としかいいようがない。
検査式は生命体に対して使われる術式の総称だが解析式は無機質的な物質に対して使われる術式だ。通常人体に使われるのは検査式の1から12くらいで事足りるようになっている。
言語の通じない相手なら13から18辺りを併せて組み込むが、ちらっと見えたあれは30近くないか?
だとすれば拷問、自白用の術式と自白の審議を判別する解析式が併せて組み込まれていると考えていいだろう。
―――はなから彼女を疑うってわけかよ。この検査は!!
犯罪紛いなやり方に罪悪感が否めない。くそっ、手が貸せれば簡単に彼女を助け出せるのに。
本来、精霊も魔獸も存在自体が日常生活で眼にする事はない。
ヘクサの場合は彼自身の都合で俺と仮契約を結び、その姿を変えることで衆目を眩ましてきたが、魔獸の存在自体は目撃例ですら皆無に近い。
俺も精霊も遠目に見掛ける事はあるが、はっきりと姿をこんな近くで目にした事はない。
こうしている時間が長いか短いかはハッキリとしないが、ヘクサ顎はカプセルを施錠する術式を破壊したようだ。
空気の抜ける音に続いて検査溶液が緊急排出される。溶液の排出を持ってカプセルは開かれる仕組みだから、あとは待てば良いはず‥‥。
『ハルカっ、しっかりしろっ』
開くのがもどかしいといわんばかりのヘクサに、余程心配なのだろう、意識がハルカに向けられた精霊を見て、俺は動いた。
「何がどうなってこんな事態になったか、説明を求めていいか?」
唯一術式に気がついた職員に証明書を提示して説明を求めれば、動転したように知らないと言い出した。
気がついた術式とまともに作動していたら事故ではすまされないと脅しをかけると、声をひきつらせながらなにも知らされていなかったの言い訳ばかり。
「あれをかけられたらどうなるか知っているんだろうが、実行されたらそこの魔獸になぶり殺されても文句言えないぞ」
「なっ、アレの契約主はあんたじゃなかったのかよ」
「昨日付で彼女になったんだ。まあ、俺のままでも別に変わらないと思うがね」
何せよ彼女をこんな目に遭わせた原因をハッキリさせないと納得出来ない。
漸く開いたカプセルから、既にぐったりとした彼女を出そうとするヘクサと精霊は、見ていて余裕が無いほど焦っているのがわかる。
「クラフ。原因究明はともかく、彼女を休ませた方がいいわ、医務室に運びましょ。ヘクサと精霊の方じゃ意識のない女性を運ぶのは難しいからクラフに運んで貰いなさいな。あなた方はどの指示書に従って検査を組んだのか報告しなさい」
ラグザは手早く指示を出し、その貫禄を示した。この場は彼女に任せていいだろう。
「すまない。すぐ戻る」
確かにヘクサでも彼女を抱えるのは無理だろう、物理的にも今の心理的にも。
精霊の方は判らないが動揺しているのか、おろおろしているようにも見える。
「すまないが彼女を休ませたい。医務室に運びたいから二人とも少し下がってくれないか。頼む」
平常時のヘクサならこんな言い方しなくても問題はないが、彼女の無残な姿で動揺している。それに精霊もいるのだ。余計な刺激を与える事は避けたい。
案の定聖霊は俺の姿を視界に入れると途端に険しい眼を向けてきたが、重ねて害意がないことを伝えた上でハルカを休ませる事を伝えると、渋々といった様子で場を開けてくれた。
「ありがとう」
一言感謝を伝えると、小柄なハルカを慎重に抱えて医務室へと向かう。
見た目よりも軽い彼女だが、気絶して力の入らない体は存外にくたりとして抱きにくいので抱え込むような体勢になるが、やましい気持ちは全くない。
どちらかと言えば手間のかかる妹の様なものだが、敢えて言うつもりはない。後ろからついて来る二体もやはり気が気でないのだろう。
医務室のベットにおろしたとたんに彼女がむせ込むように検査液を吐き出した。
『ハルカっ』
『大丈夫ですかっ』
一応呼吸を助ける作用があるし、構成成分から無害なことは知っているが、彼女が吐き出したその液の色をみて訝しく感じた。
髪を含め外見を覆うのは無色の検査液には若干のとろみのある。だが彼女の吐き出した検査液には明らかな違いがあった。
「‥‥これは‥何だ?」
今朝の食事の中にこの様に物は無かった。無論俺の知る限りでは、という意味でだが。
彼女の吐瀉物を一部採取しながら彼女の様子を診るも、気を失っているだけで特に異常は見られない。彼らにもハッキリとそれを伝えると明らかに安堵した様子だった。
「彼女に付くのは構わないが、着替えをさせた方がいいな。女性スタッフを寄越すから危害を加えないでくれ。このままでは彼女が風邪をひいてしまう」
『‥ラウザなら構わない』
―――ヘクサも応援スタッフには警戒しているわけか。わからずもないがな。
『‥‥おかしな真似をすれば分かるな?』
―――こちらは警戒というより怯えてるか? 見た目よりも若いかもしれないな。
「そういう意味なら見張っていてくれて構わないが、彼女との約束は守れよヘクサ。男だろ?」
『当たり前だ。約束は守るために交わすものだ』
―――とりあえずヘクサはこれでよし。
問題は精霊だが、おそらくはヘクサが体を張って何とかするだろう。
ぐったりとしたハルカの手首にバイタルチェック用のリストバンドをつけてからその場を離れ、ラウザに着替えを頼むべく先程の場所へと向かった。
…*…
正直魔力を叩き付けた訳でもない筈の検査用カプセルは一式全てがいかれていた。当たり前だがあれだけの術式を稼動中にいきなりの横槍をくらわしたのだ。制御系も記録系も当然回復はあきらめた方が早いだろう。
幸いに此処は予備的な意味で作られた部屋なので、破壊されて困るものはこれないはずである。一応公的には‥と云うか、あまり利用しないのでほぼとある個人的な利用者の個室と化しているからで、今回の事態は俺的には全く痛くも痒くもない。ふん!
先程ラグザをハルカの元に行かせたが、正直どうだったろう。ヘクサがいるからとりあえず彼女を血塗れ姿にすることはないだろうが心配になる。‥‥特に夫のスティーユ氏の溺愛ぶりは此方も頭を抱えるほどだしな‥。
ラグザの話だと昨日から遺跡調査に向かったスタッフも引き上げるそうだし、そうなるとゼオも戻ってく‥いや、まて。
あいつ何処に行った? そういえばあの検査室にハルかを案内したのも検査を強要したのも考えればあいつじゃなかったか。
冷静に考えてみれば、検査の申請をしたのはいつだ? 昨日の夕刻には兄貴は帰って来たハズだ。ならアイツはいつ彼女の検査申請を出した? 仮に今朝一番に申請が通ったとしても、それから術式が組まれ、許可証と一緒に届けられるのが一般的だ。簡易式とはいえ組み上げるのには5シアム半はかかる。
今朝ハルカは兄貴とヘクサから既に保護対象者として認められており、仮に用意されたとしても手続きから此処まで届く時間が短すぎる。しかもあれだけの複合式を用意する時間がどこにあった?
そこまで考えて、いやな考えが頭をよぎる。
―――確認出来る範囲だけでも、調べておくべきだな。
あの相棒が縋るほど大切な女性を、こんなめに遭わせた責任はとってもらわねぇとな。
おや? 暴走してるのは獣ばかりではないみたいです。
そしてクラフィスさん、何を企みますのん?