#009:小さな来訪者
Q.この話の視点になっているのはだあれ?
1.クラフィスの兄弟
2.クラフィスの恋人
3.クラフィスの父親
正解は本編で(笑)
※2010/11/10修正
ヘクサが彼女を連れ去った後に、暫くは身の回りは騒がしくなるだろうとクラフは予感じみた確信を抱く。
それほど迄に珍しい体験をしたのだ。だが残念ながら体力は限界値に達しているようで頭が重い。
調査指揮を取るゼオの言葉に甘えて、このまま帰宅して寝ることが、おそらく一番効率的に進められるだろう。
「‥じゃ、明日顔を出す」
「はいはぁい、お疲れさ〜ん。明日には解析、出しておくわねっ」
ゼオの性癖に難はあるが仕事に問題はないので頷く。
「あ、クラフちゃん。その防護マスクと護符は回収していいかしら? 使用感は明日訊くわね」
そういえば使っていたんだっけと、剥がして渡す。にこにこしながら受け取るゼオを見ることなく、クラフは遺跡跡からゲートマーカーを使って帰宅した。
シャワーを浴びて着替えると伝言用の仮想精霊に言付けて早々にベッドに倒れ込んだ。
いくら多忙でも連続三日の徹夜はするものではない。お陰で酷い体験をする羽目になったのだ、改善策の必要を提示すべきだろう。
身体は漸く得られた眠りに沈み込み、意識を手放すのに時間はそうかからなかった。
…*…
「ただいま。って誰もいないのかい」
いつもよりも早めに帰宅したけど、クラフ達はとっくに帰っているはずだよね。
ヘクサの姿も見えないなんて、もしかして部屋にでも籠もっているのかな。
「あれ、クラフはいるんだ。‥‥‥あ、伝言?」
卓上で待機しているクラフの仮想精霊は、ディフォルメしたヘクサの姿が多いからすぐにわかる。
内容はクラフが徹夜明けなので明日の昼迄寝かせて欲しいこと、ヘクサが仕事先から直接帰宅したこと、さらに一人保護した人をヘクサが連れ帰ることを告げてその役目を終え消える。
「ふぅん、お客さんね。じゃ、部屋を用意しておきますか」
ヘクサが連れ帰るとは珍しいな。とりあえずクラフの様子を確認してから部屋をでて、ゲスト用の部屋へと向かった。
魔獸である彼の審美眼はかなり厳しい。正直クラフが契約してなければ、そのまま僕との契約を望みたいくらい優秀で、有望な人材だから。
そのヘクサが自ら案内する人物とは、どれほどのものか興味が湧くというものだ。この様子ならクラフも認めた人物だろうし。
―――今夜は楽しい夜になりそうだ。
…*…
1シアム半も立った頃になって、ヘクサは帰宅した。お客様は随分小さな女の子だった。
「おかえり、ヘクサ。お客さんが居るんだって?」
僕の顔をじいっと見てくる黒い眼は、幼子のような大人のようななんとも言い難い感じがする。
『遅くなった、クラフはもう寝てるのか?』
「ああ、僕が帰宅したときには既にね。‥貴方がお客さまかな。はじめまして。クラフから話は聞いてるよ、どうぞ」
彼女は話しかけられると、居住まいを正して向き直る。
「はじめまして、ハルカ=カンナリと言います。あの‥夜分に押し掛けてすみません」
子供のような体格だが、態度はきちんとした大人だ。非礼を詫びるのは責任ある立場なのかとも思うが、多分彼女の性格だろう。
それにヘクサが喋っていても、特に変わった様子もない事から構える必要がないことが分かる。
「寒かったでしょう、ここで話し込むより中で座りませんか? ちょうど夕飯が出来たところですし」
笑って室内へと促せば、小さな彼女が少し狼狽える姿に好奇心が疼く。
「え、あの‥お邪魔じゃ‥」
『ハルカ、そうしよう』
おやおや、ヘクサもクラフを相手にするかのような態度だ。しかも声が柔らかい。これは驚いたな。
「あの‥じゃあ、お言葉に甘えて‥お邪魔します」
頬を染め、ぺこりと頭を下げて玄関をくぐる姿は、小動物のようで何となく好感が持てた。
ハルカ=カンナリか。只の客人というわけでは無さそうだね。
「はいどうぞ。そんなにかしこまらなくていいよ、先ずはご飯にしよう。おなかが空いてるとろくな話が出来ないからね」
特に僕はその典型だし。と告げれば、ようやく彼女に笑顔が浮かぶ。
警戒心よりは好奇心を浮かべている方がやはり良いと思うあたり、初対面のはずの彼女の事を知りたがっている自分に気がついて軽く驚く。
第一印象は不思議な子だと思った。
「そういえばまだ名乗ってなかったね、僕はラグラス=デイレード。クラフの兄貴になります」
温かい食事を囲みながら話を進めた僕達は、彼女は少しいぶかしむように眉を寄せたのに気付いた。
「お兄さん‥なんですか。なんかもっと若く見えますね」
「おや? 嬉しいけどそれはどういう意味かな」
「いえ、見たままです。最初に逢ったときクラフィスさん、目をこう‥覆うようなのをつけていましたし。凄い髭面だったんで、てっきり年上のおじさんだと思ったんですよ」
「おやおや、それはいただけないね」
あのクラフが髭だらけなんて想像もつかないが、それはそれで見たかったと思う。
「なのに話してみたら実は私より年下だって聞いてびっくりしちゃって、お互いに驚いたんですよ」
この姿でクラフより年上とは、さすがに驚くよ。
「へぇ、ハルカさんはクラフよりいくつ上なんですか?」
‥面白い人だ。まだまだ何かを秘めていそうだと勘が告げる。
「見えないでしょうが、3つ上の27です。えと、ラグラスさんはおいくつですか?」
「ラグで良いですよ。僕は28になります、確かに驚きますが、納得しますね」
「納得‥ですか?」
そりゃそんな無防備な顔していれば見えないでしょうが、なんて言ったら怒るかな。
「ええ。言葉が悪いですが、見た目と中身が合っていない感じがするんですよ」
そう、小さな女の子の中身は成人したての女性みたいな妙な違和感と、まるで熟成仕切った祖母のような安心感とがごちゃ混ぜになって立っている感じがするんだ。
未だかつてこんな人に会ったことなんて無いから、余計に気になるのかもしれない。
「私も好きでチビでいる訳じゃないです、努力はしましたよ」
ああ、機嫌を損ねてしまったかな?
グチグチと、これでもカルシウムやら運動やらと言の葉に乗せ、上目使いに睨むなんて可愛い仕草を見せる彼女を、つい微笑ましく見てしまう。
「すみません。そういうつもりではなかったんですが」
『ラグ、ハルカをあまりからかうな』
「おや、ヘクサが口を出すのは珍しいですね」
『ハルカは俺のつがいだ。当たり前だろう』
「ヘクサっ、だからつがいじゃなくて仮契約でって言ったじゃない」
『いずれなるなら変わらない』
これは珍しい‥、そこまで彼女に執着していたとは驚きだ。
魔獸の求愛行動なんてめったに目にする事なぞない。
「いずれも何も有りません。初対面で求婚されて頷くような躾はされてないし、狼と結婚する気は有りません」
『俺は狼じゃなく魔獸だから問題ない』
「懐くのは構わないけど、お嫁さんはちゃんと選びなさい。そんな初対面の私なんていい加減じゃなくて、もっと綺麗で可愛い狼が居ないの?」
しかも断られた上に説教されて‥‥、しかし諦めていないし。
「まぁ魔獸は数が少なくなったから、そうそう同胞には遭わないね。出会い事態が少ないんだよ」
「え、そうなの」
『最近は特に見かけないな。だが魔獸は人とつがいになることも珍しくないから問題ない』
「確かにそうだね。だけど初対面で口説くなんてヘクサも情熱的だね」
『ハルカは特別だ。このままなら精獸にも狙われる』
「彼女と仮契約したのはその為かい」
『それもあるが、俺自身が離したくないのが一番だな』
「‥なっ!!」
おやまぁ、彼女は真っ赤になって固まっちゃったよ。
『ラグ、まうあが絡めば精獸も魔獸もどうなるか判るな?』
「まぁ間違いなく騒ぎになるね」
まうあか。神話並に神格化された存在だったと思うけど。
『ハルカはまうあの気配がある。正直、俺ですら抑えられなかった』
なる程、まうあ絡みでヘクサが離したくない訳だ。クラフもその辺を危惧して連れて来たと云う訳か。
『明日には判る事だが、稼動した古術文字の確認で、ゼオが遺跡に詰めているから、クラフも忙しくなるだろう‥』
「なっ、はぁあっ!???」
ちょっとまて‥なんだって?
「いま、古術文字って言った?」
『ああ』
じゃあこの人はまさか‥‥。
「彼女がそれに関わってるの?」
『ああ、ほぼど真ん中で』
「‥、そりゃ連れ帰って正解だ。遺跡は今頃祭だね」
後でゼオ君達に差し入れしておこうか。敢闘賞位の目には遭っているはずだ。
『前夜祭で死にかけたがな』
「その辺、詳しく教えて貰える?」
『明日になれば、分かると言わなかったか?』
「あ、言ったねぇ‥」
『それにハルカも疲れただろうから休ませたい。眠いだろ?』
あ、気がつかなかったな。彼女の目は反開きだ。
「あ、うん。‥大丈夫だ」
『無理せず今は休め、明日になれば色々聞かなきゃならないから』
「その方がいいね。うん、悪かった」
とりあえず用意していた部屋に案内して、着替えになりそうな服を取りに席を外している間に、彼女はコトリと落ちていた。
「余程疲れていたんだね‥」
ベッドの上に投げ出された体を直しておく、漆黒の髪はヘクサの体毛のようにしなやかにサラサラと手からこぼれゆく。
「ちょっと、興味もったかな。君に」
明日になればクラフも起きるし、報告書もあがるだろう。彼女の話にも興味がある。
今はそれだけにしておこうか。
最初から退かれるのは避けたいしね。
兄貴さまでした。
詳しくはまた後ほど自己紹介させましょうかね。
うふふっ、次回は同じ話をハルカ視点でおおくりします。