#008:魔獸の思惑?
Q.ヘクサがハルカを連れ出した理由は?
1.遊びたいから
2.運動の為の重り代わり
3.求婚のため
4.乳母捨て山に運ぶため
答えは本編で(笑)
※2010/11/10修正
しなやかな身体を一瞬縮めるように屈めた次の瞬間、重力の支配をより強く感じた。
だが彼の身体はその支配を振り切り、信じられないほどの跳躍を実現したのだ。
体の上から感じる空気の負荷、足元の空気の流れ、まるで翼でも生やして飛翔しているかの力強さと心地よさだった―――が。
「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
重力の支配は決して消えてはいなかった。
いくら何でも跳躍しただけで、何もなく飛翔出来る術も翼もありませんから、あとは地面に向かって自由落下。
しかも視界にしてみれば木々の頭から約五十メートルはあった高さを、犬(狼?)を抱えて紐無しバンジーなんて、恐怖の罰ゲームじゃないですかっ。
足の裏が冷や汗をかいたような感覚。
耳元を掠める空気の悲鳴。
カラダを駆け巡る悪寒。
視覚から抜け落ちる色。
無慈悲な重力の触手に絡め捕られた私達に、抵抗する術なぞなかった。
―――お願いだから無事に着地させてぇぇぇぇぇっ!!!!
ぐんぐんと迫り来る木々に生きた心地なぞしなかった。
ぶつかりそうになるその恐怖に身体が強ばるのが分かる。
だが、そんな私の恐怖なぞ知らず、ヘクサは天に向かって無数に伸ばされた木々の枝葉を、僅かな動きで転換し、すり抜けた。
鮮やかに軽やかに、ごく自然なその動きは最早神業だろう。
気がつくと彼は木の幹を駆け降り、流れ降りる風のように平然と斜面になっている山肌を駆け下りる。
―――よゆうって、カンジ‥。
私なんて着地に来るだろう衝撃を怖がって構えていたというのに、衝撃なんてさほど感じなかったのだ。
リズミカルに地を蹴るヘクサの動きは無駄がないのだろう、優雅と言っていいほど綺麗だ。
山肌を疾走するヘクサを樹木の方が避けてくれているんじゃないかと錯覚しそうになる。
そして頭のすぐ脇を木の枝がすり抜ける恐怖に襲われる度に寿命がすり減る思いをした。
勢いそのまま無理無茶無謀宜しくとヘクサの動きは迷いが感じられなかった。私という負荷を背に乗せているにも関わらず、だ。
普通の犬ならとっくに潰れていてもおかしくない。(※よい子のみんなは真似しないように。ワンちゃんが怪我しますよ?)
怖いのはそれだけではなく、犬の視界高さでの体感速度もだ。
車なら一般道を70キロ近く出しながら逆走してる感じだって言えば近いのかな。
兎に角“よける”“跳ねる”“くぐる”“かわす”と、ひっきりなしに動く。まるでアクション俳優並みの素晴らしい動きだ。
だが私は生憎と一般ピーポーなんですよ。ついでにいうなら運動神経も反射神経も、せいぜい通行人程度。レベル無しよ。
主役のアクションスターとエキストラじゃ、見せ場になる訳ないでしょう?
さらに車や電車に乗り慣れている私にヘクサの乗り心地はお世辞にも良くはなかった。
上下左右に揺さぶられ、お尻は痛いし、肩や足の付け根もツラい。落ちそうになる度にしがみつく首に掴まるにしても、首輪も何もないからフサフサの体毛を掴むしかない。
考えれば、掴まれた辺りはさぞかし痛いだろうと気がつくはずなのに、このときの私はただ只必死で「落ちたら死ぬ」と、すがりつくだけだった。
…*…
『ハルカ‥大丈夫か』
いつの間にか森林を抜け出し、開けた場所で立ち止まっている事に気がついた。
「‥ここ、どこ?」
『町と遺跡の中間地点。少し休むか?』
是非、と返せば、そっと降ろしてくれた。
こういう所は紳士だなと思う。強ばる手が彼の体毛を掴んでいた事にようやく気がついた。
「ごめん! ‥痛かったよね」
『気にしなくていい。強引に連れ出したのは俺だ、怖がらせて悪かった』
ああ、バレバレですか。気遣いの上、非を認めて謝罪までするなんて。
―――ヘクサの爪の垢を煎じてメタボに飲ませたい。
なんて出来た狼なんだ。セクハラ狼なんて言って悪かった。
「いきなりは驚くよ。何であんなコトしたの?」
クラフィスさんを置いてきぼりにしてまで、ヘクサは何処に連れて行きたかったんだろう。
さすがに足腰ヘロヘロなので、ぺたんと座り込んだ私。そこ、情けないとか言わないように。‥自覚はあるから突っ込まないでねってだけだから。
正面に回り込むヘクサは、いつの間にか犬ではなく狼になっていた。
『ハルカに聞きたいことがあったからだ』
「あの場所じゃまずいコト?」
『ああ。クラフだけなら問題はないがゼオ達は困る』
「ふぅん、内緒話ね。いいよ」
特に深刻だとは思わなかった。
『ハルカは俺達に逢う前、誰かに逢ったか?』
「‥誰かって?」
『人でも獣でも精霊でもだ。誰かに逢わなかったか?』
――――直前にあったな。白いヤツに。
「白い妙ちきりんに喋るニワトリに逢ったわね」
『ニワトリ?』
あれ? もしかして分かんないのかな。
「うーんと、このくらいの大きさの白い鳥で、飛ぶことは出来ないの。赤い鶏冠が特徴的で結構すばしっこいよ」
『‥‥‥ふむ』
こんな説明で伝わるかはわからないけど身振りを交えて何とか説明すれば、とんでもない答えが返ってきた。
『それは精霊だな。しかも精獸クラスだ』
「精霊? ‥‥アレが?」
随分とメルヘンからかけ離れたな〜、ニワトリの精霊‥‥しかも妙ちきりんなしゃべり方をするなんて、とてもじゃないが世のファンタジーやロープレゲームに失礼でしょ。
『羽を持つ者は精霊と呼ばれ、姿を変えるものを魔物と呼ぶ』
「はい?」
『だからハルカが逢ったのは精霊だとおもうが、白いなんてめったにいない』
「おおむねのニワトリは白が多いと思いますが?」
茶やら黒やらも在りますが、世間一般には白で知られてるよね?
『そうなのか? 白は力が強いモノが多いのが普通なんだが‥』
「だから精霊ではなく精獸?」
『‥そうだ。そして精獸ならばハルカはまうあに逢っているハズだ』
「‥‥‥はい?」
段々と暮れゆく空を後目にヘクサの話は続く。
ごく簡単に纏めると、まうあさんは精獸と魔獸の間にある存在で、両者の狭間を司るらしいの。
ある日精獸の一人がまうあさんを独り占め(?)したくて一緒に姿を消したらしい。
魔獸にとっても精獸にとっても、まうあさんは失えない大切な存在らしくて、居なくなった当時はかなりの騒ぎになったそうだ。
かつて多くいた彼らも時間が経過するに従い、その数も減っていき、最近では見掛ける事すら珍しいとこぼしていた。
「だから気配のする私にまうあさんの行方を聞きたかったわけね」
『それもあるが、これだけの気配を持つハルカを他の精獸が狙わないという保証がない』
「狙う?」
なんだか物騒な匂いがしてませんか?
『魔獸もそうだが、まうあが消えてから長い時間が経ちすぎた。仮とはいえ契約者を持つ俺ですら、その気配に我を忘れて飛びついたんだ。契約者を持たない奴なら、襲いかかっているだろう』
「ええっ!!」
襲われるって、食われるわけ? 食い殺されるってこと?
『そこでだ。ハルカ、俺と契約をしないか?』
「契約?」
『そうだ。契約を交わせば、襲われても俺が介入して助けてやれる。それにハルカは最初から俺を拒まなかった』
「うん、まぁ‥ね」
『精獸や魔獸の中には厄介な奴もいるから、正直ハルカを渡したくない』
ずずいと真剣な眼で迫らないで下さい。
「なんか口説かれてる気分だわ」
『なら契約じゃなく、つがいになるか?』
「へあ?」
『ハルカならつがいでも構わない。それなら誰にも渡さずに済むな』
にや、と笑って‥、何だろ随分と人間くさい顔をするなぁ。
「つがいって、ヘクサ。私人間だよ?」
『魔獸なら問題ない。ハルカが望むなら人の姿になればいい』
―――ちょっとまて。なんでいきなりこんな展開になるワケ?
いやいやいや。その前に確認しておかなきゃいけない事がありますよ。
「質問していい?」
『なんだ?』
「ヘクサは私のことをどう思って、契約したいの?」
『知りたいか?』
「そりゃ、いきなりアレコレ云われたら混乱するし、つがいなんて、結婚だよ? 訳わかんない」
心情を正直に話すのが面白いのか彼の顔は嬉しそうに笑っている。
『ハルカは俺を俺として見てくれる。魔獸とか情報が無くても有っても変わらない。心からそう見てくれる存在はまうあだけだった』
ふむ、つまり余計な情報に踊らされずに相手を見たことが嬉しかったわけね。
『それに、柔らかくて暖かいし、いい匂いだし。ハルカの傍は気持ちいい』
うぉぅ、そういうストレートさはこっぱずかしいなぁ。
『だから離れたくないし、誰かにハルカをとられるのは嫌だ』
‥何だか幼子相手にしてる気分だわ。なに、このかわいい発言、悶えそうでしょ。
『だから契約して、ハルカを護りたいと思ったんだ。だけど‥』
そういってヘクサの目が色を魅せてきた、うわおっ。
『今はハルカを離したくない。離れたくないし、離さないで欲しい』
前脚で私を跨ぐようにして迫ってこないでっ、それ以上きた‥ら、‥‥押し倒されちゃった。
「ヘクサ‥」
『ハルカ、俺を望んで』
呼吸を止める程の空気に、ヘクサの真剣な目が訴えているのは、私への慕情か欲望か。
狼の真剣な告白と凄まじい色気に私の取った選択は―――。
「と‥‥‥とりあえず仮契約で」
『とりあえず?』
「とりあえず。つがい云々はまだ決めらんないから、ね?」
ふぅん、と笑うヘクサに、笑って誤魔化す。けど、彼の一言は私を固まらせた。
『なら俺は、本気でハルカを求める。逃す気も奪われるつもりもないから』
文字通り狼に狙われました。しかも本気宣言までされて。
『覚悟しろよ』
正直、どうしたらいいんですか、私。
ヘクサ、ウブか大胆か判りませんが本気のようです。
カラダから迫らないのは意外と紳士的ぢゃないかぁ。なんて思った方、甘いですよ。ふふふのふ。
登場人物もまた増えますから、お楽しみにぃ。