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災魔の影

魔族とは一体なんであるのか。という疑問に対し満足な回答をもたらせる人物は恐らくいないだろう。


 ヴンダーにとって——いや、雪にとってこの世界で目にする全てが未知の異界そのものであるように。


 この世界で生きる人々にとっても魔族や魔王という存在は常識の埒外にあったのだから。


 人の姿に酷似しているがその頭部には一線を画すように角が生え、人には得ようもないほど強大な力を持つ。

 そんな存在が突如、人類に牙を向けた。


 前触れなどない。

 いつ、どのようにして現れたかすら理解させる間もないまま彼らは北のヴァイス国を乗っ取り、他国への侵攻を行った。


 恐るべき侵略者としての面を見せる彼らの正体は一切不明。

 わかっているのは魔王という存在に従っていることと、人類に対し愉悦目的の悪意があるということだけ。


 そのうち人々は自分達に災いを振り撒くその存在を魔族と呼んだ。


 それらを従え、自分達を脅かす存在を魔王と呼んだ。


 そして嗤いながら暴虐を尽くすその悪辣な生命を。

 どこからともなくこの地に出現したその最初の災厄達を。


 人々は最大級の畏怖を込めて災魔と呼んだ。



* * *



「初めまして、勇敢なる御一行。僕の名はシャトゥン——魔王様の配下であり君達が災魔と呼ぶ者の一人だ」


 魔族の男は自らを災魔シャトゥンと名乗り、深くお辞儀をした。


「さ、災魔……っ」


「——ところで今の挨拶の仕方、どうだったかな? おもしろい動きだよね。身分の高い人間達の間ではこれが自然な挨拶なんだろう? 堂に入ってると自己評価したいところだけど、まだにわか知識だからね。間違っていたら申し訳ない」


 そう言いながらシャトゥンは左手を水平に伸ばし右手を体に添えるという、先ほどの名乗りでも行った動きを練習するように繰り返した。

 そんな行為一つにも子どものように楽しそうな表情を浮かべている。


"……ッ”


 低く唸る声が自分から出ている。


 不快感と恐怖が湧き上がる。

 その二つから出来上がった敵意が、思考を衝動的なものに変えていく。


「……今まで以上にヤバい奴なのは肌で感じてたがッ まさか災魔がいきなり、こんな形で現れやがるとは……!」


 エスト、アンデル、ネスト。

 これまで倒した魔族はいずれも自分をシャトゥンの配下だと口にしており、さらには全員がヴェルメの持つペンダントを目的にしていた。


 それはつまり連中の大元であるこの男にずっと以前から目をつけられていたということは理解していた。

 放たれた刺客を退けた以上、災魔との戦いは避けられないと。


 だからって、さすがにいきなりすぎる……!


 心構えはしていたつもりだったが、あまりに突然の状況に平静でいられなかった。


「お、おねえちゃんを——おねえちゃんを返してっ!」


 震える体を抑えながらヴェルメが前に出て叫ぶ。


「おねえちゃん? ああ、この彼女のことか。心配しなくても怪我はさせていないよ。最も、ちょっとやそっと傷を負わせたところで今の彼女には些末事だろうけどね」


 その足もとにはリーベが苦しそうに横たわっている。

 そんな彼女を見下ろしながら話すシャトゥンの表情には新しいオモチャを見つけたとばかりに笑みが浮かんでいた。


「テメエ……ッ!」


「それより——君だろう? 魔王様が欲しているペンダントを奪った少女というのは。首から下げたソレがそうみたいだね? 他人の物を勝手に奪(と)るなんてダメじゃないか」


「え……?」


 シャトゥンは楽しそうに笑いながらヴェルメを非難した。

 意味のわからない発言に全員が困惑する。


「う、奪ってなんか……ない。これは、大事な人からもらった、物で……」


「あれ、そうだったっけ? まあ、別になんでもいいんだけどさ」


「ってか、奪おうとしてんのはそっちだろうが! 意味のわかんないこと言って混乱させようとしてんじゃねえぞ! いいからリーベを返しやがれ!!」


 聞く価値のない妄言と切り捨てて、アシュティンは槍を構える。


 シュテルはヴェルメの手を引っ張り、自分の後ろに下げた。

 まだ迷いがある表情だったが、状況に押されるように玉石を手に持つ。


「いい顔だ。みんなやる気に満ちていて、とても気に入ったよ! 早速始めよう——と言いたいんだけど……」


「————ッ!!」


「!? ヴンダ——っ」


 ——自分でも抑えられなかった。

 ドンッと大きな音を鳴らし、弾けるように跳んだ。


 猛り、吠えて自分の黒い巨体を魔族めがけて一直線に飛ばす。


 全身の毛が逆立つ。

 危険だ。逃げろと本能が全力で訴えている。


 わかってる。アレはまずい。

 災魔という言葉はリーベ達の会話から少し耳にした程度で詳しいことは何も知らない。

 それでも目の前のアレがこれまで以上に危険な相手だというのは言われなくても嫌というほど感じてしまっている。


"だけど————だったら、余計に!”


 絶対に逃げるわけにはいかない。リーベを助けるっ

 ヴェルメに手を出させるものか————!


 危険を訴える本能から分かたれた選択。

 敵の排除を選び取り、巨大な赤爪を振るう。

 シャトゥンはその場から動かない。


 自分に向かって突撃してくる獣の速度に反応できないのか、魔族は避けようとする素振りすら見せず。


 感情のままに振り抜いた一撃は敵の体を近くに立っている樹木と一緒に容赦なく切り裂いた。


「っ、やった……!?」


 倒した——あっけなさすぎるという違和感。

 それでも目の前の光景はこちらの力が相手を上回っていたのだという期待をほんの一瞬、抱かせた。


"…………ッ!?”


「アッハハ——君ってホント性急なんだねぇ。僕に興味を持ってくれてるのは嬉しいけどさ」


 その声は上から聞こえてくる。

 そこにはシャトゥンが自分の背に乗りながら愉快そうに見下ろしていた。


 どうしてっ? 間違いなく裂いた——確かに手応えがあったのにっ


 アシュティン達の目からもそう見えていたようだ。

 幻覚? 何が起きたのか誰もわからない。


 さっきの一撃でバラバラにされた(ように見えた)はずの相手は何事もなかったかのように無傷で笑っている。

 シャトゥンは背から飛び降りると軽い足取りで距離を取っていく。


 先ほどまでシャトゥンがいた場所をこちらが陣取り、ちょうど自分の体の真下にリーベがいる形となった。


 ……落ち着け。とりあえず、あいつをリーベから引き離すことはできた。


 シャトゥンは刺激するつもりはないと、こちらをなだめるように手の平を前に出し停戦の意を示した。


「とりあえず話を最後まで聞いてくれよ。僕としても君達と遊びたいとこなんだけど今日は挨拶に来ただけなんだ。だから一度殺気を引っ込めてくれると助かるよ」


「なんだと……?」


「実はこの僕は本体じゃないんだ。だから僕をいくら斬りつけても君達が望むような結果は得られないだろう。それで、君達のことを僕の城へ招きたいと思っているんだ」


「城?」


「ああ。僕は今、ゲルプ国を領地にしていてね。是非とも君達を客人として招待したい」


 ゲルプ——この大陸の中央に建つ国。

 直接的な対峙はそこでしようと男は誘いをかけている。


「ゲルプ……あの国はお前が——」


「——冗談でしょ。なんでわざわざ私達があなたに会いに行かないといけないの? 生憎だけど私達の旅の行程にゲルプ国は入ってない。無闇に災魔達(あなたたち)と戦う気はないし、そんな余裕もない。帰るなら是非、勝手に帰ってくれる?」


 シュテルの挑発的な言葉にシャトゥンは笑いながら答える。


「アハハッ あれ、そうなのかい? ——でも彼女を取り返すにはそれしかないと思うよ?」


"!? えっ——”


 その時、リーベの体が地面に沈んでいるのに気がついた。

 いや、地面ではない。彼女の体はヴンダーの影の中に沈んでいた。


"なっ——リーベ!!”


 気づいた時には遅く、リーベの体はあっという間に飲みこまれていった。

 そして次の瞬間に今度はシャトゥンの影の中から彼女の体が現れる。


「お、おねえちゃんっ!」


 リーベの体を抱えながらシャトゥンは話す。


「彼女の身は僕がしばらく預かろう。死にかけの体を引きずりながらゲルプまで来るのは大変だろう? 君達の訪問を彼女と一緒に待っていることにするよ」


「なっ……待て! ふざけんじゃ——」


“ふざけるなッ!!”


 再び飛びかかるが、シャトゥンはリーベの身体ごと影に溶けるように消えてしまった。


『ああ、なるべく急いで来たほうがいい。精神力が尽きてしまえば、呪いはあっという間に彼女を飲みこんでしまうだろうからね……』


 シャトゥンの声が辺りにこだまし、その言葉を最後に気配が完全に消えた。


「くそっ……! リーベ————ッ!!」


「お、おねえちゃん……おねえちゃんが……っ」


 最悪だ。リーベが敵に連れ去られた。

 こっちを自分のテリトリーに釣る為のエサとしているようである以上、すぐに殺されることはない——と思いたいが。


「急いで来いだと? あいつ、ふざけやがって! ここからゲルプ国なんて、どれだけ急いでも一日二日で着ける距離じゃねえ! 向かってる間にリーベは——っ」


「おねえ、ちゃん……っ」


 ……注意するべきだった。もっとちゃんとリーベを気にかけてれば……っ


 先の自分を悔やんだ。

 頭に血が上ってしまっていた。アレが恐ろしかった。


 突然現れたあの男と目が合った時、まるで巨大な手で握り潰されるようだった。

 その恐怖を誤魔化すことばかり必死になって、周りが見えていなかった。


「…………」


「シュテル?」


 シュテルは先ほど自分がシャトゥンと一緒に切り倒した樹木を前に座りこんだまま黙っている。


「おい、シュテル。どうしたんだ?」


「——ううん、なんでもない」


 シュテルは立ち上がるとこちらに近寄る。


「落ちこまないで、ヴンダー。多分、誰が何をしててもこうなる事は避けられなかったと思う」


 シュテルは優しく体を撫でながら慰めてくれた。


「災魔シャトゥン……いきなり現れるとか、ひどいサプライズ。しかもリーベをさらってくなんて。——でもこれでハッキリした。リーベにかけられた呪いの元凶はシャトゥンだよ」


「なんだって? けど、シャトゥンとは文字通り今初めて会ったんだぞ」


「でもグリューン国で戦ったっていう魔族はシャトゥンの配下だったんでしょ? 倒したのにって話だったけど、今なら"倒したから"っていう考え方ができると思う」


「それって——」


 どういうことだと聞こうとしたアシュティンにシュテルは後でねと質問を遮る。


「これ以上ここで話してる時間がもったいない。とにかくさっさとゲルプに出発しよう。——リーベのこと、助けに行くでしょ?」


「————」


 もちろんだった。

 リーベが倒れた上に災魔の突然の襲来もあって、感情を乱されてしまっていたが、そこに異を唱えることなどない。


 皆、シュテルの確認に当然だと力強く頷いた。


「決まりだね。じゃあヴンダー、あなたには早速一働きしてもらうよ?」


”え? あ——“


 そこでシュテルの言うことに見当がついた。


 そうか。リーベが酔っちゃうから、あの時以来やってなかったけど——


「あっ……ヴンダーに乗せてもらえば早く着ける、よね?」


 ヴェルメも思い至ったようだ。


「あ、ああ……なるほどな。確かにサイズ的には全員、乗れそうだけど……大丈夫なのか?」


「グリューン国に来た時には、ヴンダーに乗せてもらったの。とっても速いし楽しいし——だから大丈夫だよっ」


 ヴェルメは自分の背に乗ることの魅力を不安そうにしているアシュティンに対して力説している。


「変身前のふかふかが失われちゃってるからね……どうせ乗り心地はそんな期待できないだろうけど、まあ贅沢は言わないよ。今は心地良さより足の速さ優先だし。——頼りにしてるからね、ヴンダー」


 好き勝手なことを言われて若干気持ちが沈んだがシュテルの言うことは尤もだろう。今は少しでも急ぐのが先決だ。


 三人が自分の背に乗ったのを確認してから一気に走り出した。


「うおっ、とと!」


 思った以上の初速で焦ったアシュティンは慌てて背に掴まり直す。

 走行に合わせて風が吹き抜けていく。


 決して三人を振り落とさないように慎重に。しかし確かに急ぎながら。


 黒い巨獣となって、ゲルプへと向けて大地を駆けた。



***



「ん……、ぅ……?」



 ボンヤリとした意識のままリーベは目を開ける。


「ここ、は……?」


 天蓋の付いた、一人で使うには余りに大きすぎるサイズのベッドに自分が寝ていることに気づく。


 リーベは目だけを動かし、辺りを確認する。


 ……知らない場所だった。

 知らない場所だが品格というか、いかにも格式高いといった部屋の模様や作りが恐らく王城のどこかの一室だろうと予想させる。


「ぅ……っ! はぁ……っ」


 ……全身がすごく痛い。

 息を一つ吸うごとに熱も一緒に取りこんでいるような感覚。

 内臓が焼けてるみたいに熱い。

 負けるもんかという気力さえゴリゴリと削られていってる実感がある。正直、勘弁してほしい。


 その時、ガチャリと部屋の扉が開いた。

 肩まで伸びた金の髪を揺らし、鼻歌を交えながら男が機嫌良さそうに入ってくる。


 魔族の男——災魔シャトゥンは目を覚ましたリーベに気づくと、へぇと感嘆の声をあげた。


「驚いたなぁ……目を覚ましたんだね。魔法使いということを差し引いても君の精神力は大したものだ。連れてきたはいいものの正直、彼らがここへ来る頃には死んでいると思っていたんだけど」


 この分ならもうしばらく大丈夫そうだね、と愉快そうにシャトゥンは笑った。


「災魔……シャトゥン。ここは、ゲルプ国……?」


「ああ。今は僕が管理させてもらっている。直接的にこの国を堕としたのは僕だからね。まあ、相応の報酬ってヤツさ」


「っ……」


 体の痛みと鉛のような重さで起き上がることすらできない。

 こちらの顔を覗きこむ相手を睨みつけるくらいが精一杯だった。


「無理なことに力を使わないほうがいい。君の残存機能は彼らがやってくるまで少しでもその命を長らえさせることに使うべきだ——そうだろう?」


 腹立たしいがこの男の言葉は正しい。

 自分自身が一番理解できることを指摘され、リーベは動くことを諦める。


「ところでこの衣装、どうかな? この国でもらった物なんだけど、とても気に入っているんだ。ゲルプ国にいた身分の高い者は皆、この服を着ていたんだってさ。いいよねぇ——特に色が黒ってのがとてもいい!」


 シャトゥンは子どものようにはしゃぎながら自分の身に纏った黒い貴族服を見せびらかしている。

 無闇に体力を使うなと言ったくせに、くだらない雑談に巻きこもうとする相手にリーベは呆れた。


 ……無駄話に答える気はないが、会話をすれば多少は苦痛が紛れるかもしれない。

 こちらを今殺そうとする意図が相手にないのなら言葉を交わすこと自体は望むところだった。


 リーベは相手に問う。


「どうして……ヴェルメを、狙うの?」


「うん? それは君達も知ってるんじゃないのかい? 魔王様があの子の持つペンダントを欲しがっているからさ。どうしてかは知らない。そういう命令を受けたから僕達はあの方に付き合ってあげているってだけだからね」


「……なに、それ。あなた達、災魔は……魔王に仕える、側近のはずでしょ……? 何も知らないなんて、こと……あるわけない、わ」


「アハハッ 僕達、災魔って人間の中ではそういうイメージなのかい? 残念だけど合ってるようでほとんど間違ってるよ。第一、側近って主人の傍で仕えることだろう? 僕、魔王様の傍にいたことなんてほとんどないし」


「間違って、る……?」


「そもそもね。魔王様と魔族(ぼくたち)たちはやりたい事が違ってるんだよ。僕達はただ面白おかしく日々を満喫したいだけだ。けど魔王様は違う。あの方の目的は——この世界を消してしまうことらしいからね」


「……え?」


 世界を消す? 支配ではなく?

 それに魔王と魔族のこの関係性はなに?

 魔王に従っているわけではないの?

 でも、ヴェルメは狙われて——


 様々な疑問がぐるぐると頭の中を巡るが、熱と痛みに侵され、これ以上の思考ができない。


 そんなリーベに応えるようにシャトゥンは話を続ける。


「ああ、忠誠心ってヤツはないにしても魔王様には従っているよ? 僕達と考え方がズレているとは言っても、あの方を眺めているのは面白いからね。ソレが愉快であるかどうかっていうのは、僕達の行動起点として貴重な要素だから」


 …………わからない。

 わからないが、一部は理解した。


 それはペンダントを回収しろという魔王の命令を、魔族は誰も重視していないということだ。


 魔王に従っていると口にするこの男さえ、魔王の命令の実行など二の次にしている。


 本気で奪う気があるなら、あの小屋で簡単に出来たはず。

 それをせずに呪いに侵された死にかけの人間をさらうなど、あまりにも忠実から外れた行為だ。


 これまで襲ってきた魔族も命令されたというだけでペンダントの仔細を何も知らない様子だった。

 そもそも主がこんな無関心ぶりだったというなら、それも納得できる気がする。


 でも——それなら。

 魔王からの命令が関心事の埒外にあるというなら。


 この男は今、何を考えている? 


 その行動原理は?


「あなたの……目的は、なに……?」


 リーベの問いにシャトゥンは楽しげに笑う。


「決まっているじゃないか————"幸せ"になることだよ」


 当然だとばかりに男は手を広げ、自身の意思を語る。


「幸せ……? ふざけてるの……? 人間を、さんざん殺して……奪っておいて……幸せになることが……目的ですって……?」


 リーベの怒りにシャトゥンはだからこそだよ、と容易く返す。


「僕達は人間から奪った。幸福に生きる権利を、意欲を、未来を奪った。奪った物はどうする? 当然使うべきだ。己が物にし、その恩恵を享受するべきだ」


「————」


「以前ゲルプ国にいた、ある貴族の男が僕にこう聞いたことがある。"何故、お前達は私達から全てを奪うのだ?”って。僕はこう答えた。"君達が奪うに値する生物だから”ってね」


 欲しい物があったから奪ったのではない。

 奪ってしまいたいと思えるほど人間が強烈に魅力的な生命体に見えたからだと。


「ある時は返せと言われたこともあったよ。確かに借りた物を返すのは当然だね。けど奪った物を返すのは良くない。そんなのは略奪した相手への侮辱だ。奪った以上はそれによる利益、幸福をちゃんと味わわなければいけないと思うんだよ」


 雄弁に語る男の言葉をリーベは一つとして理解はできなかったが。


「人間は尊敬に値する。——だからこそ僕は人間から奪う。人間が命を食べる前に感謝の祈りを捧げるように。僕にとって"奪う”という行為は最大級の賛美だ。ソレを持って人間を搾取する時、僕はいつも感じているよ——」



 尊ぶに値すべき人間よ。僕を満たしてくれて、ありがとう。



 ——なんて……楽しそうな、顔。


 理解の及ばない価値観を明るく語り聞かせてくる怪物の姿がリーベの目に映り続ける。


 ……最悪の気分だ。これ以上この男の近くにいたくない。

 まだ呪いの苦痛でうめいていたほうがマシに感じる。

 ああ、もう……身動きさえできれば、這ってでも逃げてやるのに。


 来ちゃダメ……ヴェルメ。……みんな————……


 叶わぬ願いだろうとわかってはいる。


 それでも妹達とこの怪物が再び相対するその瞬間を忌避せずにはいられなかった。

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