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ここはなにかが欠けている

地味で地道に

作者: 浮月重月
掲載日:2026/08/21

治癒術師に比べ、わたしのやってる薬師ってのは地味である。


例えば大怪我した方がいるとして、治癒術師の人が怪我人に触れ、

裂傷がすうーっと小さくなり、消えていくのは実に神秘的だろう。


あるいは、わたしもまだ直接見たことはないけど、

心臓を止めていた人が眩い光球に包まれて、息を吹き返すとか、

目にすれば神の御業として、思わず涙しても仕方ないと思う。


薬師にはそんな劇的なものはない。ないったらない。



胃腸の薬やら頭痛の薬やら肌荒れの薬やら、日々使われる薬を、

薬草やら香辛料やら鉱物やらをごりごり砕いて細かい粉末にして、

決められた分量通り混ぜ合わせて煮出して濾して冷ましてと、

ただひたすら地道な作業の末に完成させているのだけども。


そうして出来た丸薬や粉薬、水薬は即効果が出るものではない。

早いもので半刻程度、遅いものだと半日程度は時間がかかる。

ちゃんと効果は出るんだけど、即効性を求められるとね…


でも、薬を作るのに魔素は必要ない、知識さえあれば作れる。

治癒術も色々な病気や症状を治せるけど、体内魔素を使うので、

何十人も治せば治癒術師の側が疲れ切って参ってしまう。

だから薬師という仕事は、世界に絶対必要なものだと思ってる。


治癒術師の人は薬師の苦労を分かってくれてる方が大多数だけど、

一般の人達、特に治癒術を見たことのある人達はそう思わない。

なんで一瞬で傷が治らないんだー、って怒るけど、無理だから。


神殿の方針だかで、治癒術一回の治療費が薬と同じぐらいの値段。

作り手としてはもう少し薬代を高くしたいんだけど、上げづらい。

父も伯父も、材料の仕入れと値付けにはかなり悩んでる。


一度「大量に作れば安く出来るだろう」とか商人に言われたけど、

日持ちがしないものも多いので、そんな簡単にはいかない。

しかも材料費が高いものが多いのよ、日持ちしないやつ。

これ以上安くしたら薬師なんてやっていけないよ。


さすがに治癒術師の人達は少ないので薬師に結構客は来るけど、

度々高いだの、効果が遅いだの言われるのはちょっとへこむ。


あ、苦いのはさすがに我慢して欲しい。どうにもできないから。

小さい頃、母や伯母に訴えたけど「我慢して」と笑われたっけ。



先日、質の悪い風邪が大流行した時は、結構感謝されてた。

うちの薬屋も、神殿の治癒術師の方々もすごく大変だったんだけど、

厄介だったのは一度治癒術で回復しても、また同じ風邪にかかる事。

良くなったと思って復帰したら、数日で具合が悪くなったり。

治癒術師の人までうつされて何人も寝込んでしまっていた。


薬を飲んできちんと休んだ人達は、同じ風邪にもうかからなかった。

あとで知ったけど、治癒術は術師と被術師の体内魔素を使うので、

回復しても元の体調に戻るまでにちょっと時間がかかるんだそうだ。


治癒術師の人達も、それを治した患者さん達に説明してたそうだけど、

みんな甘く見てたらしい。自分だけは平気だろう、って。


うちの薬屋が全員平気だったのは、長く薬を扱っていたからみたい。

父いわく、風邪に対して強い身体になっていたという事だ。


どうやら別の町でも、あの時の風邪が流行り出したんだそうな。

「安くしろ」だの言っていた商人が頭を下げて沢山薬を買っていった。

なんでも商人の家族や親戚、お得意先までかかっているらしい。

文句ばかりだったあの商人がこっちの言い値で買った。


ああ、さすがにざまあみろとは言わないよ。お大事に。

さすがにタイトルに「ひとりごと」とは入れられなかった。恐れ多くて。

作中「風邪」と言ってますが、接触感染する別の伝染病です。もちろん架空。

薬師一家がこれの抗体持ちだったのは事実。


参考)治癒術の違い

低難度、術師負担大、相手負担小:術師の魔素で治癒 ← 未熟な治癒術師

中難度、術師負担中、相手負担中:術師と相手の魔素で治癒 ← 大多数

高難度、術師負担小、相手負担大:相手の魔素で治癒 ← そうそういない

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