美しい姉の代わりに跡取りになった妹の婚約
幼い頃から姉が大好きだった。
とても美しい姉は多くの令息から思いを寄せられていたけれど、姉が愛する人はただ一人だけ。
我が家は姉と私の二人しか子供がいないから、姉が跡取りになり婿を取るものだと誰もが思っていた。
姉の愛する人も姉も跡取りだから結婚は出来ない。
「私がこの家の跡取りになってお婿さんを迎えたらいいのよ!」
姉ほどの美貌も頭の良さも何もない私が嫁ぐよりも、姉が嫁いで私が婿を取った方が結婚出来る可能性が高いと思った。
だって、絶対に姉の方がいいって皆思うでしょ。
姉ならば引く手あまただけど、私には何の旨味も無いから、せめて跡取り娘の婿、つまり未来の侯爵の地位なら無いものだらけの私でも、誰か一人くらいは結婚してくれるかな、と思ったのよ。
「可愛い……アリアン、本当に可愛いね。好きだよ。愛してる」
「ま、待ってください!殿下、ちょっと!離してぇ」
私を愛さなくてもいいから領地の為に働いてくれる堅実な人であれば別に爵位は低くてもいいと思ってた。
寧ろ、低い方が良いと思っていたのに。
何故、私は、第三王子殿下に押し倒されているのだろう。何故この方は私の匂いを嗅いでいるのだろう。怖い。怖すぎる。
お姉様、助けて!
涙目でお姉様に助けを求めるけれど、公爵家に嫁いだお姉様が私の目の前に現れる訳もなく。
殿下の従者が走り寄って引き剥がしてくれなければ、私は間違いなく何かを失っていたはずだ。
◇◇◇
昔は男性しか学び舎に入る事は出来ず、女性は家で家庭教師に教わるしか出来なかった。しかし時代は変わって男女が同じ学び舎に通う事が推奨されるようになった。
王立学園という分かりやすい名称の学び舎は十二歳から入学ができ、十八歳までには卒業するようにとされている。
必要な単位を取得すれば一年で卒業も可能で、平均在籍年数は三年。
家の爵位と経済状況で学費が変わり、学ぶクラスも変わるのはまあ妥当なところだろう。慈善活動ではないのだから。
複数の科で構成され、領地経営科、淑女科、使用人科、騎士科、文官科があり、令嬢が一番多いのは淑女科で、少ないのは領地経営科だ。
私は十五歳で入学して二年で卒業を目標としている。婚約者をこの学園で見つけたいので学びの間に交流の機会を逃さないようにしようとしていたのだ。
それを壊したのは、第三王子ウェルスター殿下で、どこで私を見かけたのかは知らないけれど、ある時から私の前に現れるようになった。
とても、とてもとても邪魔だった。
だってどう考えても殿下がいると他の令息と接することが出来なくなる。確かに殿下は三番目なので何処かに婿入りする事になるだろうけれど、我が家でなくても良いではないか。
殿下はご兄弟の中で一番顔がいい。そりゃあもう、多くの令嬢が殿下との結婚を望む程に人気がある。
はっきり言えば、殿下と関わる事で私の生命に危機が訪れているのだ。
侯爵家なので王子が婿入りするには問題が無い家格で、我が家は安定した領地経営をしているから貧しさとは無縁。
しかも、姉が嫁いだ公爵家とも円満な関係を築いている。
私が地味で頭も良くはなく、才能も無いのさえ我慢すればとても良い婿入り先だと思う。
ただ、姉が姉なので、姉目当てでは無いのかと両親がとても厳しい目で選別している。今や人妻でも姉と少しでも関わりを持ちたいと狙う男性からの打診は本当に多かった。
幸いにして私の両親は姉と私をどちらも愛してくれている。だから、姉目当ての男は絶対に許しはしない。
そんな訳で、年上からの申し込みが多かった弊害か、歳が同じ頃の令息はその方の弟だったりするけれど、家ごとご縁がありませんでした、に回されているのでそれ以外から選ぶしかなく。
学園で直接顔を合わせるから普段の振る舞いも確認出来るし、と入学まで伸ばしに伸ばしてきた結果、殿下が引っ掛かった。
殿下を差し置いて近寄ろうとする令息はいないのに、令嬢達からの嫉妬混じりの視線をぶつけられている私は、心から疲弊していた。
正直なところ、王家だって我が家的には「ご縁がありませんでした」に入っているのだ。
王太子殿下は姉が初恋だった。何度も何度も婚約の打診をされていたが、その時には既に姉は今の夫に恋をしていたし、私が代わると言うまでは跡取りのつもりでいたからお断りし続けていた。
後継者の交代を知った王太子殿下はやはり諦めていなかったけれど、姉は見た目を裏切る素早さで公爵家に突撃して求婚した。
その上で姉は横槍を入れられてはたまらないと既成事実を作った。全て姉が仕掛けて義兄は流されたようで、朝になってさめざめと泣いていたのは義兄だったらしい。
純潔でなければ王家には嫁げないもの、と微笑む姉。まだ子供だった私の耳を咄嗟に塞いだ侍女は母から褒められたらしい。
まあ、そんな訳で可愛らしい子供が二人もいる姉に未練たらたらの王太子殿下を兄に持つウェルスター殿下は「無し」なのだけど。
「じゃあ、王家と縁切るよ」
とさらりと宣うけど、あのですね、違うのです。
王太子殿下の暴走に国王陛下が関与していないのは知っている。息子のわがままで王命を使うような方ではない。
王太子殿下とは別のルートで国王陛下から一度は打診が来ていたけれど、その当時の姉は跡取り娘。当然断ったら国王陛下も仕方無いな、と引いた。
このやり取りを記録に残しておくのが大事だと双方理解していたから、私の父も大して気にしてなかった。
これで王太子殿下が王太子の座を返還し、我が家に婿入りするって言うならまた別だったと思う。まあ、姉は嫌がっただろうが。
はっきり言えば、王太子殿下は姉の好みにかすりもしない。
姉は地味好みである。
私は姉と比べたら地味だとして散々馬鹿にされてきたけれど、姉はそんな私をとても大事にしてくれている。
恋した相手も割と地味な顔である。
地味というか、誠実そうで穏やかそうな顔立ちといえば良いのか。
私は義兄と同類で、恋愛感情は無いけれども一緒にいると落ち着くのだ。
私と義兄が一緒にいると、姉の顔面は崩壊する。楽園はここにあるのよ!と何度叫んでいたことか。
それに対して王太子殿下の顔は派手の一言である。
ウェルスター殿下が一番整っているけれど、王太子殿下だって大変人気を博す程の男前。
ただ、王太子殿下は致命的なミスを犯した。本人はそれを知らないだろうけれど、姉の怒りポイント二個を綺麗に踏み抜いたのだ。
一つ目はまだ心に思いを秘めていた片思い相手を地味だと馬鹿にしたこと。公爵令息なので王家と近い関係だからこそ、軽口のつもりだったのかもしれない。
しかし、姉にとってその言葉は恋しい方を貶す許し難いものだった。そこで王太子殿下への好感度は無くなった。
そして決定打は、王太子殿下が私を見て「姉に似ず地味でつまらない娘だな」と言ったことだ。
姉は私を馬鹿にする方を決して許さない。
お分かりの通り、姉にとって王太子殿下は虫以下のおぞましい生き物に成り下がったのだ。
姉が中々婚約者を決めなかったのは恋しい方がいたからだけど、私が跡取りになると決意した上で交代が可能になる年齢、かつ、姉が暴走して即結婚出来てもおかしくない年齢まで引き伸ばしていたからだ。
全ての準備が整った上で、姉は愛する方の元へ突撃した。彼に婚約者が居なかったのも、まあ、我が家からそれとなくお相手にひっそりと話をしていたからなのもある。
即断即決即行動。
未来の義兄は姉により純潔を奪われた。姉も初めてだけど、私からしたら義兄の方が奪われた方にしか見えない。
姉はとても美しく繊細に見えるけれど、中身は肉食の獣だと知っているのは家族だけだった。
義兄は姉にまるっと綺麗に食べられたのだ。可哀想に。
実力行使で義兄を頂いた姉はそのまま結婚に向かって突っ走り、婚約期間最短でさっさと結婚した。
王太子殿下がどれだけ望んでも、姉はとっくに純潔ではないし、虫以下のおぞましき生き物と判断した王太子殿下に心惹かれる事は決してない。可能性を自分で潰しまくったのは王太子殿下だった。
さて、そんな未練タラタラ男はどうにかして姉と関わりを持ちたい。
弟のウェルスター殿下が私ともしも結婚したら、そこを足掛かりにするだろう。
私としても王太子殿下は好きではないし、利用されたくはない。
なので、ウェルスター殿下には申し訳ないのだけれど、王家だからと言うよりも、王太子殿下と血の繋がりがあるから無理なのだ。
と言うことを出来るだけ柔らかい言葉で説明したら。
ウェルスター殿下の顔から表情がなくなった。
ひえ、と思わず悲鳴をあげた私は悪くないはず。
「つまり、兄上を消しされば、君と結婚する障害はなくなる?」
「え、いえ、あの、消してはだめです!」
「だけど、兄上がいたら君は僕からの求婚を受けてはくれないだろう?」
そっと手を取られて包み込まれているけれど、おやめ下さい。逃げ出せないではないですか。
現在私は学園内にあるサロンで殿下と二人きりである。いや、壁際に殿下の従者がいるけれど。
はっきり言ってこの状況は宜しくないのだ。殿下と二人きりなど許されないのだけれど。
我が家が殿下をお断りする理由が王太子殿下である以上、人の耳がある場所では話せやしない。
リスクは高いけれど、この一度の説明で諦めてもらえればと思ったのに。
「で、殿下は、とても素晴らしいお顔立ちをされていて、私としては、あの、とてもいたたまれなくてですね」
「何故?アリアンはとても可愛いじゃない」
「そんな事ないです!王太子殿下にも地味と言われて……」
「……やはり兄上は消すか」
「駄目です!」
一応、王太子殿下は公務を真面目にしていて、姉の関係者たる私達以外からは評判がいい。ただ、我が家の評価は低いだけで。
国としては消しては駄目な方である。
「アリアン。僕はね、君の人を思いやる気持ちとか、努力を怠らないところとかはもちろん好ましく思っているよ。でもね、一番は君の顔が好きなんだ」
あ。
理解してしまった。この方は姉と同類なのだ。
「え、あ、その……」
人の好みというのは人それぞれ。だから否定してはいけないと姉から散々に教えられた私は、殿下が私の顔を好きだという事に対して否定出来なかった。
とてもお顔のよろしいウェルスター殿下に真面目にそのように告げられて、私の顔は赤くなっているはずだ。
手を握られているから動けないし逃げられない。
段々恥ずかしさに目が潤み始めたところで。
「可愛い……アリアン、本当に可愛いね。好きだよ。愛してる」
「ま、待ってください!殿下、ちょっと!離してぇ」
座っていた長椅子に押し倒されて抱きつかれた挙句に首の辺りの匂いを嗅がれているのか。
「殿下!駄目です!暴走なさってはだめです!」
殿下の従者が引き剥がしてくれたおかげで無事だったけれど、少々制服が乱れてしまったではないか。
「アリアン、直ぐに婚約して結婚しよう。兄上は決して関わらせないから」
「わ、私の一存ではお答え出来ませんっ!」
婚約も結婚も当事者ではなく親が決めることが普通だ。しかも私は後継者なので家の意向を汲み取らなければならない。
従者のおかげで手が解放されたので、私はささっと殿下から距離を取る。
私はまだ十五歳だけれど、殿下は十七歳。
まだ余裕がある私に対し、殿下は本格的に婿入り先を探さないといけないのだろうから焦っているのだろうか。
「君の家に申し入れをするよ。兄上はどうにかするから、お願いだから兄上を理由にしないで欲しい」
輝く顔面に憂いを乗せた殿下の懇願。その後ろで何とも言えなさそうな顔をしながら頷く従者。
私に「分かりました」と言う以外の選択肢はあったのだろうか。
◇◇◇
「兄上のせいで……本当に排除してやろうか」
「殿下、口の悪さが出ています」
「仕方無いだろう!?やっと、やっと学園で接近する機会を得たのに兄上のせいで可能性が無くなりかけてるんだぞ!?」
「それはそうですが」
ウェルスターの従者ミハエルは己の主の唸り声を聞きながら、こうなるのも無理はないかと納得している。
密室にて暴走した結果押し倒すなんて暴挙に出た主は、幼い頃に見掛けたアリアンに恋をしてから拗らせに拗らせていたのだ。
兄がアリアンの姉ユリアーネに恋をして暴走して嫌われていたのを知っていたから、ウェルスターは必死に抑え込んで少しずつ交流しようとしていたのだ。
だが、ユリアーネへのあまりの執着を見せた王太子のせいで、ユリアーネが嫁いだレインブロック公爵家とアリアンの家のウィンドベル侯爵家は滅多に社交の場に出ようとしなくなった。
アリアンが王立学園に通う歳を何とか調べあげたウェルスターは卒業年を合わせる為に一年早く入学した。一応王族は三年間は通学して多くの令息令嬢と交流することが定められているので。
アリアンが後継者になったと聞いてからは婿入りを目指しての勉強に切り替え、ウィンドベル侯爵領についても詳しくなったウェルスターは本気の本気でアリアンに恋をしていた。
可愛らしい顔立ちと姉が大好きだという眼差し。それだけでなく、周りへの気配りは決して押し付けがましくないし、相手を立てるのも上手だった。
幼い頃に姉と共に王宮の茶会に参加したアリアンはまだ幼くて、ユリアーネの傍で恥じらっていた。
兄の王太子がユリアーネに決定的に嫌われた瞬間をウェルスターは見ていた。
ユリアーネを持ち上げる為なのか、アリアンを地味と言った瞬間のユリアーネの顔の変化を王太子は見ていなかったのだろうが、ウェルスターはしっかりと目撃していた。
溢れんばかりの殺意を押し殺し、虫以下のおぞましき物を見る目。
完璧に嫌われた兄に対してざまあみろ、と思った。
何故なら、ウェルスターはアリアンをとてもとても可愛く思ったから。地味なんてそんなわけはない。
あんなにもユリアーネを大好きだと見上げる顔が可愛いのに。
「とにかく、兄上が障害だと分かった以上、陛下に協力していただくしかないな」
「王妃殿下を巻き込むとよろしいかと」
「レインブロック次期公爵夫人にも話を通しておいた方がいいな」
ウェルスターにとってアリアンはかけがえの無い天使だ。
自分以上にアリアンを心から愛しているとしたら彼女の家族だけで、他者ではいないと断言出来る。
ユリアーネを味方につけることが出来れば、可能性は広がる。
失敗は許されないが、成功した場合は大きな盾になるだろう。
「僕は、絶対にアリアンと結婚するんだ」
ミハエルは主人の重苦しいまでの感情に、至ってまともで普通の感性を持つアリアンが耐えられるのかな、と思いながらも応援の声だけはかけておいた。
◇◇◇
ユリアーネ・レインブロックは事前連絡を受けていた第三王子ウェルスターを応接室で接待していた。
用件は、ユリアーネが溺愛している妹アリアンと何がなんでも結婚したいので、まずはユリアーネに許しを貰いたい、という事であった。
ユリアーネは王家が嫌いな訳では無いが、王太子が心底大嫌いなので、その兄弟に対してもあまりよい感情は無かった。
ただ、会っても良いと思えたのは手紙にアリアンのどこが好きなのかをハッキリと書いたことと、アリアンの為に兄が干渉してくるのをどのように阻むのかの計画を記載していたからである。
そして現在、ユリアーネは非常に満足していた。
「殿下は本当にアリアンの事を思ってくださっているのね」
「はい。初めてアリアン嬢を見て、こんなにも可愛い天使がいるのかと驚きました。だからこそ兄上の発言は許し難いのです」
「ええ。あれでわたくしも、ね。元々わたくしの夫を貶す方でしたが、妹まで……ああ、申し訳ないわ。つい、怒りが」
手に持っていた扇子が嫌な音を立てたが、ウェルスターは首を横に振って、仕方ない事です、と賛同までしてくれたのだ。
「僕はレインブロック次期公爵夫人は美しいと思いますが、アリアンへ抱くこの感情とは異なり、美術品を見るような感覚でしかないのです」
「まあ。正直ですわね。ですが、わたくしとしては問題ございませんわ」
見た目の美しさだけを求められてきたユリアーネにとって、ウェルスターの評価は悪くないものだった。寧ろ、欲が欠けらも無い所が非常に良かった。
ウェルスターにとって恋心を捧げるのはただ一人、アリアンだけであり、ユリアーネは最大の障害になるから予め懐柔しておこうという打算も良かった。
ユリアーネと関わりたいからアリアンに近付く男は決して許さないが、アリアンの為にユリアーネを利用すると言う男はウェルスターが初めてであった。
「殿下でしたらアリアンを大切にしてくださるのでしょうね」
「僕が捨てられることはあっても、僕から手放すことは絶対にありませんね」
「分かりましたわ。わたくしからも両親に伝えておきましょう。但し、王太子殿下からの干渉は必ず避けてくださいませ」
「勿論です」
最大の敵ともなり得るユリアーネを味方につけたウェルスター。彼は見所がある。何せアリアンについて三時間ほど語ったけれど、語り足りないとお互いに思えたのだから。
男女問わず魅了すると言われた微笑みを見ても、ウェルスターは全く反応しなかった。
ウェルスターが屋敷を去った後、ユリアーネは手紙を書いた。
宛先は両親で、ユリアーネの厳しい審査を合格したので、婿候補一番で良い、と。
後はアリアンが覚悟を決めるだけである。
◇◇◇
「アリアン。ユリアーネからもウェルスター殿下は婿候補として良いとの手紙が来たよ」
「え……お姉様の合格が出たのですか!?」
ウェルスターから婿入り希望の婚約打診状が届いたのは、あのサロンでのやり取りから三週間後のことである。
入念な根回しをしたのか、国王陛下と王妃殿下の連名で王太子殿下からの干渉が無いようにする旨を記載した紙や、姉からも大歓迎の手紙などと共に送られてきたのだという。
なんと言うか、絶対に結婚するという強すぎる意志を感じた私は、何故そこまでと逆に冷静になってしまった。
「アリアン。殿下は、アリアンが後継者に交代したその日からウィンドベル侯爵領についても調べられていてね……はっきり言えば、我が家として理想的な婿殿になるのは間違いないんだ」
「ここまで貴方を思ってくれる方はいないと思うのよね」
両親も納得するほどにウェルスター殿下は本気で私の婿になりたいのだと示してきた。
何よりも、私を愛してくださる姉が認めるだなんて余程だ。姉は上辺だけの言葉など簡単に見抜くから。
「……私で本当に良いのかしら」
「アリアン?何故そう思うの?」
「だって、私はお姉様と違って平凡だもの。美しくもなければ頭も良くない。分かっているの。本当はお姉様がきちんと跡取りであれば我が家はもっと発展したことなんて」
「まあ!そんなことをずっと思っていたの?アリアン。我が家はこれ以上の発展は不要なのよ。寧ろ発展させてはいけないのよ?」
「え?」
母の言葉に私は驚く。
どこの領地だって発展させて豊かにするのは当たり前の事なのに。
「貴族はバランスが大事なの。我が家は先々代の時に一度豊かになったけれど、その分、やっかみも増えたの。ウィンドベル家は程々を維持しておくのが一番良いのよ。だから、ユリアーネから貴方に後継者を変えると決まった時も反対はなかったでしょう?」
「それは、お姉様がお好きな方が跡取りだったから」
「それだけではないよ。ユリアーネは確かに才覚があるが、我が家だと抑えなければならなかった。それよりもレインブロック公爵家に嫁いだ方が自由になれると判断したんだよ」
「我が家の気風に合うのはアリアン、あなたなのよ」
私は姉が好きだから、姉の恋を応援したかった。
だけど、私がこの家の跡取りになると言うことが家の為になるのかと、ずっとずっと思っていた。本当は姉が跡取りの方が良いとそう思っていた。
だけど、両親は私の方が家に合っているとそう言ってくれた。
「アリアン。貴方は周りから色々言われて自信を無くしていたのね」
母に抱き締められて、私の目から涙が溢れた。
姉と比べて私は劣っていると何度言われたことか。笑っていたけれど、私の心は傷付いていた。
私の価値は未来の侯爵の地位を与えられると言うだけのもの。それしかないと思わないと辛くて仕方なかった。
殿下の言葉を素直に受け止められなかったのも、私が傷付きたくなかったから。ただの都合の良い婿入り先だと思う事で私は自分の心を守りたかった。
そんな私をここまでして求めてくれる人は、きっと殿下一人だけだろう。
「アリアン、どうする?嫌なら断るよ」
父の言葉に、私は涙を拭いて首を振る。
「お受けします」
両親も、姉も、ウェルスター殿下なら大丈夫だという。
私も殿下を信じたいと思った。
◇◇◇
空には雲ひとつない美しい日、アリアンと家族、それに嫁いだはずのユリアーネが登城した。
王太子は外交の為に他国へ行かせており、簡単には戻れないと言う状況を作ったのはウェルスター第三王子だった。
この日、ウェルスターとウィンドベル侯爵家の次女で跡取り娘のアリアンの婚約が結ばれた。
アリアンが学園を卒業した年に結婚し、ウェルスターが婿入りすると言う契約である。
まだ十五歳の少女は華やかな人々の中で一人だけ落ち着いた顔立ちに見えるが、よく見ればとても可愛らしくあどけないのだと控えていた侍女達にはよく分かった。
高貴な人々を見慣れた侍女は目が肥えている。
だからこそ、豪奢な薔薇や胡蝶蘭や百合を思わせる人々の中でネモフィラのような可憐な少女の愛らしさがより際立っていた。
確かに彼女は華やかな人が一人の隣にいれば目立たないだろう。しかし、こうして多くの華やかさの中では寧ろ目立っていた。
それに、磨けばもっと可愛くなるのでは、という侍女魂を擽っていた。
淡いブルーのドレスを着て、ふわふわのミルクティーのような色合いの髪の毛を可愛らしくセットしたアリアンは、少し垂れ目のドレスと同じ色の目をしていてとても愛らしい。
王子の中で一番整った顔をしているものの、あまり笑顔を見せないウェルスターが、心から蕩けるような笑顔をアリアンに見せているのも、また良かった。
「アリアン嬢、王族しか入れない庭園があるんだ。良かったら一緒にどうかな?」
「宜しいのですか?」
「もちろん。いいよね?母上」
「ええ。ぜひ見て行ってちょうだい」
「では、お言葉に甘えて」
女性としては平均的な身長のアリアンをエスコートするウェルスターは、どこからどう見てもアリアンを大事にしようとするのが分かる。
付き従う侍女から後で話を聞かなければと残された侍女は考えながら、大人達だけが残る室内で気配を消していた。
「ウェルスター殿下は本気なのですね」
「ああ。その為なら兄を容赦なく他国に送り出すほどにな」
「お陰でわたくしも登城出来ましたもの」
侯爵の言葉に頷く国王、そして軽やかに笑うレインブロック次期公爵夫人。
王妃は困ったように頬に手を添えてユリアーネを見る。
「いい加減、ローデリックも諦めたら良いのにね。ユリアーネ夫人に嫌われていると理解していないのかしら」
王太子ローデリックは二十代半ばにして未だに結婚していない。ユリアーネを諦めきれないから、とか、ユリアーネが離婚するのを待っているとかそんな噂が出るほどだ。
第二王子はさっさと結婚して子供もいるし、ウェルスターはこうして自らの努力でアリアンとの婚約を果たしたというのに。
侍女達は心の中で、あ、やっぱり嫌われてるんだ、と王妃の言葉に納得した。
「アリアンはとても良い子なのです。わたくしが夫に恋心を抱いていると知った時、どうしたらわたくしの恋が成就出来るかを考えて、わたくしの代わりに跡取りになると。そんなとても良い子を、王太子殿下は地味でつまらない娘、と」
そりゃあ、嫌われるわ。
侍女の心は一つになった。
姉思いで、姉の為に跡取りになると決めるのだって中々に勇気がいる事だろう。姉の幸せを望み、姉の恋を成就させようとしてくれる妹を貶す男は、王太子だろうが許せるわけはないのだ。
長年謎だった、ユリアーネが王太子をとことん避ける理由を知った国王と王妃もまた納得するしか無かった。
ユリアーネの夫と妹溺愛は割と有名なのだ。そんな妹を貶した王太子を嫌いにはなっても好きになる要素はない。
「それに引替え、ウェルスター殿下は素晴らしいですわ。アリアンの良い所をよくご存じです。きっと、アリアンは大切に愛されるでしょう」
王太子の話をしている時は眉間に皺を寄せていたのに、ウェルスターの話になるとにこやかに麗しい笑みを浮かべたユリアーネは、両親よりも余程熱心にこの婚約に取り組んでいた。
侯爵と夫人はにこやかに頷くだけだった。
かくして、第三王子ウェルスターとウィンドベル侯爵家次女アリアンは婚約者となった。
もちろん、学園では大変な騒ぎになったし、アリアンはウェルスターを狙っていた令嬢達に睨まれたり憎まれたりもしたが、ウェルスターはありとあらゆる手段でアリアンを守りきった。
そうして二人は同年に卒業し、侯爵領で結婚式を挙げた。
王家からは第二王子とその妃が参列し、とても穏やかな式になったという。
アリアンはウェルスターに愛されて、それまで地味だと言われていたのが嘘のように成人して成熟するにつれて可愛らしさが表に出てきた。
ユリアーネ目当てでアリアンを踏み台にしようとしていた男達は後悔する事になるが、アリアンはそんなことには気付かないしウェルスターが気付かせない。
いつかの時に王宮の侍女が考えていたように、アリアンは磨けば輝く逸材だったのだ。
アリアンは姉が大好きで幸せになって欲しかった。だけど、自分にはそんな幸せな結婚は無理だと諦めていた。
今のアリアンは過去の幼い自分に言ってあげたい。
貴方も愛し愛される結婚をして、幸せになれるのよ、と。
王太子は本気で嫌われているとは思ってないです。
彼について書くとシリアスになるので深く考えないで下さい。
まあ、このままだと王太子が変わるかもしれないですね。とだけ。
姉妹仲の良い話を書こうとしたのに、王太子のキャラが暴走したのです。こんな予定じゃなかったのに。
でも、より姉妹仲の良さが出たかな、とは思います。




