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代筆屋クラリスは伝わらぬ秘密を記す  作者: 夏見颯一


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4.【都合良くは行かず】

疲れていたので今回だけ変則的な時間の投稿です。


 そのインクの匂いが取れるまで、数日かかった。


 ルディウスは風通しの良い場所に置いていた手紙の上からペーパーウェイトをずらした。

 何度見てもルディウスの実母の筆跡に非常によく似せている手紙だ。

 読み取り系のスキル持ちではなかったら、母親の手紙を見慣れていたルディウスであっても騙されかけたであろう。


 手紙に使われていたのは、強力な速乾性をうたうインクの中でも最も強烈な匂いを発するインクで、例え金属製のペン先であっても匂いが染みつくとさえ評されるものだった。

 故に、普段使いする物ではなく、ちょっとした近況を知らせるだけの手紙に使う事はまずあり得ない。


 運送ギルドに疑いを持っていた書き手は、万が一これが本物の受取人に渡った時を考え、何としても偽物だと知らせたかった。


 レアスキルである『過去読み』の保持者であるルディウスは、その強い思いが込められた偽物の手紙をじっと見た。

 この手紙の書き手の方がルディウスより上のスキルを持っているからだろう、それ以上の情報が一つも読み取れなかった。

 これまでになかった経験に、ルディウスは書き手に強い興味を覚えていた。


「誰だろう?」


 自分の存在を否定する事を選んだ実母の手紙など楽しい物ではなく、偽物の手紙の方が余程面白い物だった。


 だから、ルディウスはとても悔やんでいだ。

 運送ギルドの配達人が、聖女が若い男に手紙を宛てたとバラされたくなければ余分に金を出せと脅してきたので、怒りのままに偽物だと突きつけて追い返してしまったのは失敗だった。

 次来た時にでも聞き出せば良いと思っていたら、後ろ暗い配達人はギルド内の立場を利用した窃盗で捕まってしまい、誰だか知る事が出来なくなった。


 ルディウスは手紙を丁寧に封筒に入れた。

 あまり長時間ベタベタ触っていると、その内に書き手の思いが自分の思いに上書きされてしまう。

 机の引き出しにしまい込みながら、ルディウスは書き手を探す手段を考えていた。


 入れ替える偽物の作成は代筆屋に頼んだと新聞にはあった。

 配達人の所属していた運送ギルドの支部がある街は交易都市であり、代筆屋と一言で言っても相当数いる筈だった。

 これまで表沙汰にもならなかった事を考えると、運送ギルドの名前で脅されたら黙るしかない弱い立場の……少数経営か、個人経営だろうか。


「よし」


 あの街には用事で行く事が多い。

 一つ一つ当たるのは面倒だが、上位のスキル持ちと会っておきたかった。

 これまで自分のスキルで苦しんできたルディウスにとって、自分のスキルが通用しない相手がどうしても欲しかった。


 特に、愚直なくらいに必死に真実を伝えようとする思いを持っている人間。

 そっくりな手紙を仕上げてきながら、匂いのきついインクを使ってまで偽物と知らしめようとした相反する行動が、ルディウスの心を引きつけた。


 どんな人だろうか?


 重要な予定がない事を確認したルディウスは、まずは交易都市に向かってみる事にした。

 その頃、書き手が大変に困った状況になっている事は、当然知る由もなかった。




 本日何度目か分からず、苛々しながら私は否定した。


「そのような方とは付き合っておりません」

「嘘をつくな! 皆言っている事だ!」

「皆が言っていようが、真実私はそのような方を知りません」


 いつの間にか私は全く知らない人間と付き合っている事になっていた。

 そして、付き合っているのだからと、見知らぬ人間のツケを払えと怒鳴り込まれていた。


「そういうものはツケをした本人に請求すべき物でしょう」

「払わないからあんたに言っているんだよ!」


 かなり溜まったツケなので払って欲しい気持ちは分かるのだが、私が払う義理はない。


「これ以上騒ぐと騎士団を呼びますよ」

「は! そうやって直ぐに騎士団を出す。いい加減にしてくれ、こっちだって生活があるんだ!」


 埒があかない。

 相手の中では結婚もしてなくても付き合っていれば払うべきとの理論が確立してしまっている。

 女性を恫喝したら金が出て来るとも思っている様子なので、私としても相手には何の同情心も湧かなかった。


「そこまでだ。無関係の女性への恫喝、歴とした犯罪である。今から騎士団に同行して頂こう」


 メイドが呼びに行ってくれた騎士達が到着した。

 本日何度目の出動だろうか、少し騎士達もうんざりした顔をしていた。


「は? こっちは生活がかかっているんだよ!」

「その請求金額、紛れもなく正しいものであるな?」


 この取り立てに来た男性も、騎士に尋ねられると押し黙った。

 やはり本来のツケの金額よりも多めの金額を請求していたのだろう。

 全員同じ手を使うというのも、何ともシュールな事だ。


「……それでも! いつまでもツケを払ってくれなくて困っていたんだ! 利子ぐらいつけるだろう!」

「その場合は利息だ。しかも、認可を得て金融業を営んでいるならともかく、普通の店の場合には利息を請求する事は犯罪だな」

「え?」


 あっという間に男性は騎士に取り囲まれた。

 真っ青な顔になっても、全ては後の祭りだ。

 私について何を吹き込まれたかは知らないが、私は男の想像したような都合の良い女ではない。


「領主が目をかけている親類の女性に絡んだのだ。まあ、お前さん達はこの街では暮らせないだろうな」


 拘束する最中に笑いながら騎士が言った言葉に、間抜けな男は私を振り返った。

 店内のとても目立つ位置、カウンターの真横に置かれた領主の家紋のプレートを私が指さすと、男の表情は絶望に染まった。


 分かりやすく手を出してはいけない筋だとアピールしているのに、どうして自分の家族も巻き込んだ墓穴を掘るのか。

 ちょっと私には意味が分からない。


「これに気付いて帰った人は一人だけって、少ないのか多いのか」


 もう今日は仕事にならないだろうと、私は閉店の看板を出す事にした。

 けれど、まだまだ終わってはいなかった。


「ちょっと! ツケを払ってよ!」


 今度は飲み屋の関係者らしき、胸などを強調した衣服をだらしなく来た女性が近付いてきた。

 今日は立て続けでこんな客ばかりが来るので私もうんざりした顔を隠せず、余計に女性を逆上させてしまう。


「どれだけあいつのツケが溜まっていると思っているの! 巫山戯てるんじゃないわよ!」

「貴女の仰る方とは私は全くの他人です。身に覚えのないツケなど払う必要はありません」

「はあ!? いい女なら男のツケを払う物でしょう! いいから、さっさと金を持ってきなさいよ!」

「いい女ではありませんから、訳の分からない男のツケを払う気は一切ありません」


 本当に今日は鬱陶しい人ばかりが現れる。

 さっさと閉店の看板を出して中に入ろうとするが、扉を押さえる手で逃げるのを防がれてしまった。


「あー、『彼』とは婚約もしているのだろう? 今後騎士を支える妻となる事を考えるなら、きちんと払ってあげるといい」


 まだ残っていた騎士が、諭すような顔で私に言ってくる。

 この騎士は領主直属ではなく、街の巡回の騎士であるのは制服の形が少し違うので分かる。


「私にそのような方はいないと何度も申し上げているでしょう」

「喧嘩をしたからと言って、そんな態度ではよくない。騎士をやるのは君が思っているよりも大変なんだよ」

「だから知りませんって」


 聞き分けのない人間だと、これ見よがしにため息をついて、


「これでは『彼』も苦労する。君は将来に渡って騎士を支えていくんだよ。そんな事を言うなんて、本当に何様だ」

「貴方がね」

「はあ!? 何だと!」


 つい言い返してしまった私を、そのたった一言でで激昂した騎士が殴り飛ばそうとして、物凄い音と共に往来の向こうに吹っ飛んだ。

 一瞬遅れて私に請求しようとしていた女性が悲鳴を上げた。


「ちょっと……あんた、騎士でしょう! 女性を殴ろうとするなんて!」


 護身用の道具は交易都市では珍しい物ではなく、女性は私の身を魔導具が助けたのだと瞬時に理解した。

 様子を窺っていた近所の人や通行人も、騎士を一斉に非難し始めた。


「今、この騎士は女性を殺そうとしたよ!」


 倒れている仲間に近寄ろうとした騎士達も顔色を失って、言い訳もきかない殺人未遂の状況に立ち尽くしている。

 恐らく、私と付き合っていると言う事になっている騎士とも仲間なのだろう。

 善意の顔をして自分達に都合良く誘導するつもりだったのだろうが、ちょっと考えがなさ過ぎる気がした。


「お前達、何をしている?」


 再び領主直属の騎士達がやってきて、立っているだけの騎士達に尋ねると、彼らは慌てて逃げ出していった。

 彼らより領主直属の騎士達の方が立場が上と言う事もあるが、犯罪者の仲間とは思われたくなかったのだろう。

 まあ、顔を見られているので遅いだろうが。


「今日はもう戸締まりをした家で大人しくして下さい。我々が警備しますから」


 最終的には警備される事になってしまった。

 領主の関係者だと知っている住民達はようやくほっとした顔で家に戻っていった。


「これ、どうなっているのでしょう?」

「騎士団関係のようですし、明日までには対応しますよ」


 そう言って何人かを残し、気絶した殺人未遂の騎士を引き摺って本部に戻っていった。

 ちょっと申し訳ないと思っていると、


「……貴女、本当にあいつと無関係なの?」


 先程よりは冷静になった、飲み屋の女性が私に声をかけてきた。


「ええ。本当に知りませんし、付き合っている事実はありません」

「ああ、もう! 騙された! これだから騎士は!」


 女性は天を仰いだ。

 品行方正である事を求められる騎士ではあるのだが、どこの世界でも身分を笠に着て犯罪まがいの事をする者はいるという事だ。


 私も何処で目をつけられたのか分からない。

 勝手に自分達の都合良く使おうとしてくるなんて、本当に腹立たしく鬱陶しい。


「まあ、貴女も気をつける事ね。私は騎士団に行ってくるから」


 騎士はツケが溜まっている事を知られると解雇されやすく、解雇されると逃げられるから基本的に店の人間は騎士団までは乗り込まない。

 ただ、犯罪をして拘束される可能性が出てくるなら、給与の差し押さえなどの手段を取る為に行くらしい。

 これらはメイドから聞いた話であり、女性もそのつもりなのだろう。


 去って行く女性を見送った私は、ため息をついた。


「疲れた……」


 明日になればある程度は片付いている事を信じ、私は店に入った。




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