3.【失敗も自分の責任】
交易地でもあり中継地でもあるこの街の運送ギルドは活動を停止した。
無論、人々の生活に影響の大きいギルドであり、終了という意味ではなく、本部から派遣された者達が支部における業務について職員自身も含めた一斉検査を行う為である。
現在ギルドが行っていた業務は臨時運送ギルドが設置され、そちらが担当している。
臨時運送ギルドからは現在の支部に関わる者は排除されており、今のところ利用者からの文句以外の問題は起きずに何とか回しているそうだ。
注目度以上に混乱度が高いので、『手紙のすり替え事件』は騎士団が最優先で当たっているらしい。
新聞各紙でも連日大きく取り上げられている。
これまでこの領都の運送ギルドを利用してきた客は、自分達の荷物も職員に勝手にすり替えられていたのではないかと疑い、連日運送ギルドの前だけでなく騎士団にも押しかけていると聞いた。
新聞売りの少年も、
「機嫌の悪い人が多く危険だから運送ギルドの近くには行かない方が良いよ」
と忠告してきた。
結局、元依頼人は自分の行為がどれ程の結果をもたらすのか、全然分かっていなかったのだろう。
その一端に関わってしまった代筆屋の行為を責める声も聞こえるが、領都には個人経営の小さな店も多く、巨大ギルドの名前を出されては「逆らえなかった」と分かってくれる人の方が多いし、
「そもそも手紙を写すって何?」
これが圧倒的に多い意見だった。
運送ギルドが預かるのは基本的には私的な手紙である。
今回の件でプライベートを覗かれた本人については気分が悪いだろう。
一方で無関係な他の者からすると他人の手紙を複製する行為は何の意味があるのか、噂に聞く限り他の代筆屋も首を傾げていたらしい。
ただ、私が担当した手紙は聖女から……公的には存在していない事になっている聖女の実子宛ての手紙であった。
それが偶然だったのか作為だったのか知りたくて、私は今日も新聞をめくる。
その後の騎士団の取り調べで、元依頼人がしていたのは手紙の窃盗と横流しだと判明した。
他人のプライベートを覗き見したい変わった趣味を持つ人間達に、元依頼人は伝手があったらしい。
最初は小遣い稼ぎのつもりで手紙を写した偽物の方を渡していたのだが、向こうが金額を上げてきたので本当に受け取るべき相手には偽物を届け、本物を売り捌くようになったと言う。
「本物は更にそこから仲間内に転売されていて、所在不明らしいです」
「悪趣味が大勢いたのね……」
メイドが聞いた所によると、女性の手紙は大人気だったそうだ。
心底私は気持ちが悪いと思った。
断りづらかったとは言え、窃盗までしていたと知っていれば断っていたのに。
店を軌道に乗せる為にも多少は嫌な仕事も引き受けた方がいいとの助言に従ったが、あからさまに危険な気配がする相手は理由をつけて断れば良かったと非常に後悔した。
……まあ、私にそんな器用な事が出来るのなら、そもそも家族と断絶する事はなかったかも知れない。
「取り敢えず、しばらく手紙に関わる仕事はしたくないわ」
また失敗をして今度こそ取り返しのつかない事になったら、身分と店を用意してくれた侯爵家に申し訳ない。
私は仕事の為に席につくのだが、その日持ち込まれたのはやはり手紙に纏わる仕事だった。
クラウディア時代からの常連の令嬢が持ち込んだのは、相変わらずの令嬢の婚約者からの手紙だった。
その手紙の文章は一見そつなく整えられているが、言葉の選び方、各文字の勢い……そう言ったものから言葉で表現していない書き手の本心が、スキルを通して私には見えてくる。
「この手紙も相変わらず悪意満載ですね……。互いに嫌い合っているのに、このまま結婚して大丈夫なんですか?」
「両親は政略結婚だからの一点張りよ。私達の間に子供が出来たとしたら、この男の愛人の子でしょうに」
好きな者同士で一緒になれないのは貴族の事情として仕方ない事であろう。
ただ、心底嫌い合っていても子供が生まれるなんて、そちらも逆方向にお花畑思考だと思う時がある。
令嬢に手紙の裏側にあるものを詳しく伝えると、ため息をつかれた。
結婚したくなくて文句をつけられても、令嬢の方だってどうにもならない。
「……今回も内容を分かった事を匂わせながら、同じように嫌み満載な手紙を書いて頂戴」
最早婚約者の為に手紙を書く気などさらさらなくなっている令嬢の手紙は、かなり前から私の代筆だ。
婚約者の本心を聞いた上での代筆なので誠実かと思いきや、会って話した時に齟齬が出ないようにしているだけらしい。
嫌いだから極力労力を使わない為に労力を使う。
それも処世術の一種なのだろうか。
私の書いた手紙を受け取ると、報酬を上乗せした金額を机の上に置き、令嬢は帰って行った。
次の客も常連の貴族男性だった。
私の父とあまり変わらない年齢の男性であるが、女性に非常にもてて困っており、貴族どころか平民女性も逃げ出す父とは大分差がある貴族男性であった。
いつものように疲れた顔をして私に手紙らしき物を差し出す。
何というか、一応封筒と便せんらしき形にはなっているが、折り紙のように木の葉を封筒の形にして、綺麗なだけの紙に短いポエムのような言葉を書いている。
「……」
『読書家』の絶対スキルを最大限使って、書いてあるものが何を意味しているのか分かるのだが、逆に言ってしまえば私と同じスキルを持っていないと意味が誰にも分からないと言う事であった。
ポエムという比喩も、最大限譲歩した表現である。
「……聞きますか?」
「絡まれるのが面倒だから聞くしかない」
身分の高い夫人に付きまとわれているこの常連客は、先程の令嬢よりも深く重いため息をついた。
ポエム仕立ての壊滅文章を解説すると、こちらも礼と多めの謝礼を置いて出て行った。
貴族として生活するのもそれはそれで大変である。
その日、他に数件あった依頼も私の事情を知っている貴族からのものだった。
彼らは金払いをケチる事もないので、実に有り難い方達である。
「良い事もあれば悪い事もある」
前世の自分と同じ言葉を呟きながら、私は日も暮れて客が来る様子もなくなったので閉店の看板を出した。
その様子を見ていた人間がいる事には、身体能力自体は普通の女性である私が気付ける筈もなかった。
「あそこは女性の個人経営だったか?」
「へー。都合が良くないか?」
そんな会話をされているとも気が付かなかった私だが、これはこれでどうする事も出来ない流れの一つだった。
なかなか微妙な流れが続いておりますが、徐々に本筋へと入って行きます。




