2.【意図せぬとばっちり】
翌日、運送ギルドの責任者、手紙を扱う部門の責任者が手紙をすり替えていた件は、新聞各紙に大きく取り上げられていた。
多くの商品を取引する商人が集う街だからこそ、商品を運ぶ運送ギルドの不正は黙っていられなかったのだろう。
運送ギルドのある港の通りは荷物を預けた商人達で大騒ぎとなっていたと、新聞売りの子供が教えてくれた。
代金と一緒に昼に買ったパンをあげると子供は嬉しそうに走って行った。
メイドはちょっと思案げに、
「また来ますよ?」
「あの子は綺麗な新聞を手に入れた時しか来ないから大丈夫よ」
実は子供が売っていた新聞は一度他の人間が買った物である。
識字率が低い為に新聞の発行部数は少なく、店頭で売られている新聞は読み終わった直後に待ち構えている者達に渡し、彼らはそれを格安で売ってその日のパン代にする。
前世の世界の近代?近世?の西洋でもあった社会貢献を兼ねたリサイクルシステムだ。
店まで配って貰うと別でお金がかかるし、買いに行くのが面倒な私は先程の子供からちょくちょく買っている。毎日ではなくも、そこまで情報が欲しい訳ではないので丁度良い。
机に広げた新聞には、運送ギルドの責任者が複数の個人経営の代筆屋を脅して手紙の複製を作らせていたとまで書かれていた。
『我が国に潜んでいたスパイの疑いがある』
プライベートな手紙を装って機密情報をやり取りするなんて、どの世界でもよくある話だろう。
私も変な疑いを持たれない為に午前中に尋ねてきた騎士団に、元依頼人が書いた依頼票と領収証の控え、身分証の確認記録を出した。
「君も依頼が来た時点で通報してくれたら……」
これは午前中に来た騎士の言葉である。
言いたい事は分からなくもないが、私を含めた代筆屋に勝手に開封された手紙か否かを判断する術はない。
持ち込まれた書類が正しい物だと『信じて』処理するのが、代筆屋なのだ。
「私は3級ですから」
「それは分かっているんだが、もう少し融通を利かせて」
「3級相手には『犯罪にならない書類を持ち込む』事が依頼人にも義務づけられているんですよ」
代筆屋の3級には2級や1級にはないメリットととして、受けた依頼が犯罪だと知らなかった場合は罪に問われないという決まりがあった。
3級と2級では受け取れる報酬については雲泥の差があるものの、チェックが甘くなりがちな個人経営の場合には心強い仕組みである。
無論それを使って不正を企む者がいない訳ではないのだが、重要な書類は扱えない事もあり、まずそんな犯罪は起きないと言っていいだろう。
騎士団もそれ以上は何も言えず去って行ったが、一部始終を見ていたメイドの顔は昼になっても曇っていた。
「……私を共犯とするのは難しいでしょ」
「そちらではなく、ちょっと目立ちすぎたかも知れないと思いまして」
不可抗力とは言え、確かに悪目立ちはしたかもしれない。
ただ、持ち込まれて運送ギルドの責任者の身分証を出されては断る事が出来なかった。
一人で生きていくのも難しい。
「……まあ、大丈夫でしょう」
私としてはそう言う他はなかった。
その後、私が共犯を疑われる事はなかったのだが、これまでの仕事を確認された結果、領都の行政を担当する部署から『即時2級になるように』と通達が来た。
ただの住人に対して行政がまさかの通達である。
所謂命令に近いのだが、いくら何でもそんな事は役人に強制は出来ない筈で、メイドは領主館に走って行った。
残された私はもう一度きちんと届いた手紙を確認する。
どうやら、格安で外国語の書類を扱っていた事が引っかかったらしい、
傲慢さを感じた私は全然納得がいかなかったので、書き置きを残して担当部署に向かう事にした。
領主館の直ぐ隣が領都の役所である。
何度か代理で申請書類などを出しに来たので、お馴染みの場所でもあった。
窓口に行くと、程なく現れた担当の職員は笑顔だった。
「では、2級の申請書類は提出しておきましたので、数日で……」
「必要ない事を勝手にやっては困ります」
本当に何も分かっていないようで、私は呆れ返った。
困惑する職員に、
「役所の職員は書類申請の代理が認められていません。それは完全に無効です」
と言うか、職員として違反行為であり即刻解雇となる行動だ。
更に困惑した職員が上司を振り返ると、顰め面した上司らしき男性がこちらに歩いてきた。
「我々の善意なのですよ。あんたにそんな文句をつけられる覚えはありません。即刻お帰り下さい」
「なるほど。程なく領主様がいらっしゃると思いますが、同じ事を言えますね?」
「は?」
思いっきり上司の職員は馬鹿にした顔をしたが、にわかに役所が騒がしくなって領主の父親で、先代侯爵がフロアに現れた。
「おや、クラリスも来ていたのか」
親しげに私に呼びかける先代侯爵は私の古い常連客で、私に新しい名と店をポンとくれた人である。
先代侯爵に従う人も私の顔は知っており、軽く礼を取る。
私と先代侯爵を交互に見ていた職員達は顔色が徐々に悪くなっていた。
「ふむ。このクラリスに2級になれなどという通達を出したのは誰だ? クラリスは私の遠縁で、私が保護していると知っていての行動だろうな?」
「え……?」
担当の職員とその上司は今にも倒れそうな程、血の気がひいた顔をしていた。
私と領主についての関係は私の店に関しての書類に書いてある筈なので、職員達が全く確認もせず書類を作成していた事が窺えた。
「あ……いえ、でしたら2級の方が相応しいと提案を……」
「何を言っている。3級の方が都合が良いだろう?」
職員達は領主の言葉にも不思議そうな顔をしていた。
「賃金の部分しか見ていないのでしょう。2級と3級の差はそれ以外にもいくつかあるとこの方達はご存じないのでしょうね」
「クラリスは面白い事を言うな。ここに勤める職員達がそんな基本的な事を知らない筈もないだろう。なあ、丁度クラリスの前にいる職員、2級と3級の差を答えてくれ」
バッチリ上司の職員だった。
目を白黒させながら必死に考えているようだが、知らない事が出てくる訳はなかった。
「……どうした。早く答えろ。知っていて当然の事だろう?」
「あ……あ、と……3級よりも2級は高度な書類が扱えます。それと得られる報酬が高いです」
周囲は職員だけでなく、他の一般の者も含めて静かになっていた。
上司の声はそんな中でやたら響いた。
「……それだけ?」
先代侯爵は先を促したが、上司の職員は口をパクパクさせるだけだった。
当然差を知っている私は何も言わない。
困り果てた上司が部下の職員を振り返ると、部下も全力で首を横に振るだけだった。
「わざわざ3級に留まる者達がいるとも知らなかったのか? 自分達の補助をしてくれている職業の事をお前達は理解していなかったと言う事か。情けない」
先代侯爵は上司と部下の職員に冷たい目を向けた。
やはり職員の誰が何を担当しているのか御存知だったようだ。
上司の職員は先代侯爵から不興を買った事だけは気が付いた様子だったが、何が間違っていたのか分からず言葉が出て来ないようだった。
「いえ、でも! 報酬が高い方が良い筈です。3級に留まる理由はそれぞれですが、2級相当の仕事をしておられるクラリス様は正当に評価されて、その分の報酬を受け取るべきではないですか?」
部下の方が意見したが、私は実は2級相当の仕事などした事がない。
3級に回ってくる仕事が何なのか、そもそも職員達が理解しているのか怪しくなってきた。
「3級で2級の仕事は出来ないって分かっているだろう? 何をもって2級相当の仕事って言ったのかな」
一職員が名乗りもせず勝手に会話に入ってきた事よりも、職員の無知加減が先代侯爵の周囲の温度を下げた。
先代侯爵は魔法使いなので現実に寒くなっており、慌てて外に出て行く一般利用者の姿が見えた。
「外国語の書類を複数作成しておりますし……」
「うん。3級相当のね」
まあ、本当にそれだけだ。
多くの場合外国語の知識があれば相応の対価を求めるものなので、2級を取得する方が普通だとは知っている。
けれど、私の代筆屋が賑わっているのは、外国語とは言え3級相当の書類を作るにあたり2級に頼まなくても良いからである。
「え……あれ?……」
「あのね、外国語使っていても3級で扱える書類は3級の書類なんだよ。大体外国から来た雑用の者達が、3級の書類を作るのに毎回2級に頼んで高い報酬を払えると思っているのかな?」
役所が全員に書類を提出させたいなら、本来外国語が堪能な3級の人間は必要不可欠なのだ。
善意も何も、役所が勝手に2級にしようとした事は自分達の首を絞める行為でもあった。
何も言えなくなった職員達に先代侯爵は笑顔で、
「ところで、役所の職員は書類申請の代理が認められていない。勝手にやったとすれば無効であるし、職員として違反行為だな」
先代侯爵は私達の会話をいつから聞いていたのだろう。
もう上司と部下の職員の顔色は蒼白を超えて真っ白になっていた。
職員の違反行為は、場合によったら犯罪として扱われる。
同じフロアにいた職員達も、今後の調べで職員2人の行為に無関係だと認められるまで生きた心地はしないだろう。
まあ、私が苦情を入れに言った時に誰も止めなかったので、この部署は『善意』で何かしら動いていた疑いがあり、次に来た時は職員の総入れ替えとなっているかも知れない。
「クラリス。後は私の仕事だから帰りなさい」
そう言われたので、私は助けを求める職員達の目を無視して帰宅した。
「役所で威張っていた奴らが追放になったってさー」
次の日にも来た新聞売りの少年は、ニュースだけ持ってきた。
町中をうろうろして情報を集めて小遣い稼ぎをする逞しさを見ると、私は幼い頃に必死になっていた自分を思い出す。
明日の朝にでも食べようかと別にしていたパンを袋ごとあげた。
「ありがとう! またね!」
子供が生きやすい街であり、大人も生活しやすい街であるように。
それを忘れた職員達が送りつけてきた書類は、彼らの罪の証拠となった。
そして、少しだけこの街は住みやすくなった。




