1.【代筆屋の非日常】
代筆屋は基本的には言葉に不慣れな者の書類作成の代行が多い。
私が現在住んでいるとある侯爵家の領都は様々な国籍を持つ人の出入りが激しい交易地でもあるので、出来て数ヶ月の私の店でも有り難い事に仕事はひっきりなしに来る。
何度も使う内に『クラリス・ウェリア』と言う私の新しい名前もすっかり馴染んでいた。
「じゃあ、また宜しく」
「お待ちしております」
ただし、最初のお客さんが既に顔馴染みの常連であったりと、若い女一人の新しい店にしては小綺麗な客の出入りが多いので、ちょっとだけ周囲から不審がられたりもしている。
本当に変な目で見られたのはちょっとだけだ。
店内の代筆屋としての許可証の横に領主の紋章を並べて掲げているので、領主の縁者だと気付いた者達はそれが答えだと何も言ってこない。
事実『クラリス・ウェリア』は領主の遠縁だ。
転移の魔法が込められた魔石をくれたここの領主は逃亡だけでなく新しい生活も整えて貰ったので、本当に感謝している。
「ここが代筆屋?」
「はい。どうぞ、中へ」
片言の言葉で話すのは、商人についてきた下働きらしき男だった。
道中で契約の切り替えなどで書類が必要となった場合に母国語で書いて貰えるとは限らない。
代筆屋はそういった者達が不利益を被らない為の存在だった。時々役所の手間を省く為の存在だと思われているが、それはあくまでも一部分の話である。
戸籍と共に用意して貰った許可証のランクは3級。
一番下のランクであり高度な書類作成は許可されておらず、来るのは簡単な書類だけだった。
決して『本職』を邪魔しない立場として、私は代筆屋を楽しんでいた。
ただ、商売をやっていると思わぬ客も来る。
手紙の複製なんて怪しすぎる依頼が持ち込まれたのは、大きな商隊がいくつも旅立って多少ゆとりが出た頃だった。
個人経営である小さな店は、関係者が非常に少ない事から秘密の依頼が持ち込まれるケースが多々あり、今回依頼を持ち込んだ人間も明らかにその手の者だった。
「手紙の複製ですか……」
「大事な手紙だからね。もし破損なんかしたら大変だから予備がいるんだよ」
然も仕事上当然という態度を取る依頼人なのだが、言っている言葉の内容は何処までも不自然極まりない。
そもそも持ち込まれた手紙からして破損と言える開封をされている。
「……そもそも開けてしまってはいけないのではないでしょうか?」
「これは運送ギルドの仕事の一環なんだよ」
さらりと目を走らせた手紙の内容も、何処からどう見ても完全にプライベートな手紙だった。
どうにも胡散臭い依頼である。
「おや、信用ならないかい?」
依頼人は胸元から運送ギルドの責任者の身分証を取り出して私の前に置いた。
仕方なく身分証を正誤判定する魔導具にかけると、残念ながら即座に本物だと判定した。
良いのかなぁ……。
ちらりと私は依頼人を見るのだが、何も悪い事はやっていないとばかりに堂々としていた。
何かやましい事があるのなら自分の所属するギルドを出さないだろうと思う一方で、個人経営を狙って頼みに来たのが私からすれば非常に怪しかった。
よく見ると、手紙の末尾のサインも現役の聖女を示すサインが書かれている。
こんなものを複製してはいけない気がするのだが。
「クラリス君、引き受けて貰えるかな?」
「……分かりました。しばらくお待ち下さい」
なるべくなら断りたかった。
けれど、依頼人のバックには巨大組織である運送ギルドそのものがあると圧をかけられれば、バックに領主がいる私であっても突っぱねるのは後々問題になりそうで断り難かった。
私も以前家族に手紙の勝手な開封をやられていたので調べていたが、第三者による手紙の開封、複製は前世の世界程には法整備が整っていないので、この国では犯罪とまでは言えなかった。
犯罪ではない場合は騎士団に通報しても無駄なので、運送ギルドに通報する話であるものの、目の前の依頼人が責任者では訴えても握り潰されるだけだろう。
一応は依頼票だけでなく身分証の照会も記録に残っているので、何かあった時の証拠は揃っている。
幸い、手紙はごく私的な家族宛の手紙で、文章の裏にある意味も家族宛だった。尤も、正確に裏を掴める者などそうはいないだろう。
他人のプライベートを複製させられる気分の悪さが収まらないままに、私はそっくりな字で手紙を書き写した。
精一杯の嫌みとして速乾性が高いものの匂いがきついインクを使ったのだが、依頼人が気にしたのは出来映えだけだった。
「3級にしては惜しいね。まあ、君だと高度な書類など分かる筈もなさそうだし、仕方ないか」
自分が出来ない事を人にやらせた事実を棚上げして馬鹿にしてくる客は非常に多く、今更な私はいつものように無表情でやり過ごした。
悪臭の漂う手紙を本物同等に大事そうに鞄の中に仕舞い、上機嫌で依頼人は帰っていった。
問題が起きなければ良いけれど、多分問題は起きるでしょうね。
それから数日は何のトラブルもなく静かに過ぎていった。
ある朝、店のポストにいくつも突っ込まれていた広告に紛れ、神殿からの広報が入っていた。
頭の隅に聖女の出した手紙が引っかかっていたので、いつもだったら捨ててしまう広報を広げた。
「うーん……?」
私のスキルが反応していたが、即座にその意味を読み取る事は難しかった。
ちょっと仕掛けで隠してある?
意味のない広告の方はゴミ箱に突っ込み、私は店の中に入った。
「おい! 本物そっくりに書いたんじゃないのか!」
扉を閉めたと同時に入って来たのは、手紙の複製を依頼してきた者だった。
顔を真っ赤にして今にも私に掴みかかろうとしていたので、仕切りもあるカウンターの向こうに素早く回った。
「出来は確認して頂きました。納得されていたでしょう」
「私が依頼したのは寸分違わぬ複製だ! 向こうに違うとバレてしまったじゃないか!」
予想通り、本物は自分が所持して私が書いた方を受取人に渡したのだろう。
匂いの残っているインクで書かれた偽物なら多分本物と偽らないだろう思ったのだが、この依頼人は普通の感覚の持ち主ではなかったようだ。
「私は代筆屋であって贋作士ではありません」
「そんな事は知っている! だが、そっくりにしてくれと言ったら了承したじゃないか! どう責任を取るつもりだ!」
職務通り本物を渡せば良かっただけでしょうと、私は仕事を放棄している運送ギルドの責任者を冷ややかに見据えた。
「私の仕事はただ写すだけです。しかも頼まれたのだって、あくまでも予備。代筆屋の何を誤解していたのか知りませんが、お帰り下さい」
「巫山戯るな!」
仕切りを全力で叩き付ける男だったが、何度叩いても罅一つつかない仕切りと、表情を消して無言で冷たい目を向けるだけの私に、ここで暴れる事は無意味だと悟ると、
「訴えるからな!」
「どうぞ」
私の率直すぎる返しに一瞬怯んだ顔をしたものの、男は乱暴に扉を締めて店から出て行った。
自分が私的な手紙を盗んで偽物を渡していた事を知られると分かっていて訴える……でしょうね。
普通なら自分が職務上問題のある行動を取っていたなど表沙汰にしたくない筈だが、自分の失敗がただ写しただけの私に責任があると思い込んでいる男は間違いなく訴える。
運送中の手紙を含めた荷物を自分が横領する事は、運送ギルドからしても重罪だともきっと分かっていない。
一応保護者でもある領主に伝えようかと思って一人だけいるメイドを振り返ると、既に姿を消していた。
このメイドも領主から借りているので、主に報告に行ったのだろう。
やれやれと私は男が暴れた片付けを始める事にした。
昼を過ぎてから店にやってきたのは数人の騎士だった。
メイドは既に戻ってきており、店の奥に控えている。
「不正な商売をしたと報告があったのだが……」
そう言った騎士は何とも言えない顔をしていた。
私も同じ状況に置かれたらこんな顔をするだろう。変な話に巻き込まれたちょっとだけ騎士に同情をした。
「手紙の予備が欲しいからそっくりに中身を写せと言われたので写しただけです」
「……君の言い分を聞いても訳の分からない話だな」
恐らく騎士達も元依頼人が示した運送ギルドの責任者の身分証で動かざるを得なかったのだろう。
全員困惑気味で私に何を聞いて良いか戸惑っていた。
騎士達のリーダー格であるらしい騎士が腕を組みながら、
「あー……取り敢えず向こうが言うには、君に手紙の複製を頼んだのだが中途半端な仕事をしたので相手に苦情を入れられたと。つまり?」
「元依頼人が運送ギルドとして手紙を預かったのに、本物とすり替えて偽物を渡してバレたという話です」
「うん?」
「私が写した事自体は罪ではありません。運送ギルドの職員が手紙を勝手に開封した挙げ句に、作らせた複製を渡して本物は自分が横領した事が問題なのです」
「……だよな。一応あんまり言い張るので確かめに来たが、問題はあちらが手紙をかすめ取った事だよな」
騎士達は疲れたため息をついた。
おかしい事をおかしいと指摘出来ない立場と言うのは何処でも大変である。
「取り敢えず確認するが、共犯者か?」
「そんな間抜けな話に共犯者がいると思いますか?」
「……だよな」
リーダー格の騎士の疲労の色は濃かった。
私を訴えに来た形でありながら、自分の罪を告白しに来た謎の話である。
「そもそも本物を正しく受取人に渡す事が元依頼人の仕事です。この件は取り敢えず領主にお伝えしております」
「それを早く言ってくれ!」
領主に仕える治安維持担当の騎士達は顔色を変えて慌てて帰って行った。
もしかすると入れ違いで話が伝わっていなかったのかも知れない。
まあ、何にせよ確認は必要だったので、無駄な仕事ではなかっただろう。
私は椅子に座り直すと、午後の分の仕事を始める事にした。
午前中は仕事にならなかったので、今日は夕方までに揃えなければならない仕事が多い。
「クラリスさん、いる?」
「はい。いらっしゃい」
新しい客が店に入ってきた。
自爆男の話は身分的にしばらくしたら何処かの新聞に大々的に載るだろう。
運送ギルドの混乱は私には関係ない。
ほんの少し、本物の手紙が送り主に伝えられなかった思いがある事について苦になったが、これ以上は私のやれる事はなかった。
だが、この手紙を切っ掛けに私が色々な人達に目をつけられる事になるとは、この時点の私は想像もしていなかった。




