芸のある旅人
初の文学的短編です。テーマは「本質」です。
「おーい!早く行くぞー!こっちこーい!」
そうわたしを呼ぶのは相棒のレオンだ。すらっとした体格をして美形なのにわたしを見つけて満面の笑みを浮かべている様はなんだかかわいらしい姿に見える。
「ごめんごめん、ついちょっと町長さんに話しかけられちゃって!」
わたしは名もなき旅人。陽気で馬鹿だけどちょっとかっこいいところもある、このレオンと一緒に旅をしている。
「お前、この前も立ち寄った町の名士だか貴族のおっさんに話しかけられた後に求婚されていたのを忘れたわけじゃないよな。流石に心配になるんだよ。」
「あははは…」
わたしたちは旅をしながら、時折立ち寄った町で幼い子供たちに一芸をして過ごしている。というのもつい最近、わが王国が隣国との戦争にやっと終止符を打ったばかりで国内の物資の不足はもちろん国境地帯の治安はなかなか回復せず。終戦後の慌ただしさにのまれている王と諸侯は地元の名家やわたしたち旅人を通じて支援物資を搬入させているのが現状だ。わたしの一芸も娯楽のない子供たちのためにと、片手間に行っているというわけだ。
わたしの家は代々、故郷の町の広場でショーを行う一族で、わたしもまだ若いが小さいころから目で盗んだその技術には自信がある。__けどわたしはその家業を継ぐことをやめて旅人になったわけだが。体つきも細く人前でショーをしたらそれだけで折れてしまいそうな体とメンタルを持ったわたしを横目に、たくましい弟たちが家業を継いでくれるということだったので、わたしは思い立ったかのように故郷を飛び出した。でもそんなときに付いて来てくれたのが幼馴染のレオンだ。
「次に物資を持って行く村は…向こうの国なのかな?」
「らしいな。向こうの国は敗戦した分、こっちよりひどいらしい。だから国境沿いだけでも助けてやろう、とのことだ。もっとも、俺らの国に攻めてきたやつらなんて助けなくていいと思うがな」
先の戦争は隣国がわが国の水資源を巡って砂漠地帯が大部分を占める隣国が宣戦したらしい。まだまだ民同士の感情は悪いだろうが時の流れに任せるしかない部分もあるだろう。
「とりあえず行ってみようよ。わたし、いろんな国の人にわたしの芸を見せてみたいの!」
いろんな人をわたしの力で元気にしたい、そう切に願っている。
翌日、昼前。わたしたちは前日の昼過ぎに出発して道中でキャンプし、朝から歩いてここに到着した。
「なんだこれ…聞いてた話と全然違うぞ…」
この時点でわたしたちが知った事実は三点。第一にわたしたちは「村」に物資を届けに行くと聞いていたが、このエリアはどう考えても「町」だ。街道沿いに石造りの建物が並び、路地の裏には平屋の民家が所狭しと並んでいる。たしかに街道沿いに発達した集落ではあるのだろうが、どんなに少なく見積もっても500人は住んでいる。第二に、これが意味することは圧倒的な物資不足。わたしたちが諸侯から託された物資はいいとこ数十人分だ。そもそもたった二人の旅人に頼む時点で明らかに恣意的な雰囲気を感じる。話では物資は十分に足りていたと聞いていたのに。そして第三に、ほとんどの建物はすでに破壊され住民は仮設の掘立小屋で暮らしているということだ。
するとそんなわたしたちの姿を見た、近くに通りかかった老人が、
「おまえさんがた、向こうの国の者じゃろ?ここでは気を付けるんじゃぞ。なにせ、我が国を挑発した上に、戦争で負かしたら物資もろくによこさんと若い衆たちが殺気立っておるからな…」
「おいじいさん、どういうことだよ!おまえらが勝手に仕掛けた戦争のはずだろ?」
すかさずレオンが反射で答える。
「ふむ…まず、この辺りには砂漠地帯まで続く大河があって、おぬしたちの国に上流があるんじゃよ。」
「うん、それは知ってる。たしかこの国への制裁として川の流れをとめたんだよね。」
「お前さん方、物事の本質をよく観なされ。因果関係がすり替わっておるんじゃ。わしたちは川の流れが止められ、水が確保できなくなったから攻めざるを得なかったんじゃ。ほれ、疑うなら思い出してみなされ。おぬしたちの王や諸侯は一度でも、具体的にわしたちの国にどんな挑発行為を受けたか言ったか?否、おそらく言っておらん。」
「たしかに…言われてみればそんな感じがする…」
「嘘をつけばたやすくそのことが伝わる。しかし本当のことを混ぜることで説得力は上がる。たしかに、住民同士の小競り合い程度の争いはあったそうじゃからな。もっとも、このことだけでは戦を起こすには小さすぎるできごとだから、小競り合いがあった、という事実だけ切り出して民に解釈させたのじゃろう。」
「そんな…わたしたちの国が間違っていたなんて…」
呆然とせざるを得ない。
「結果として、おぬしらの国は水をせきとめ、わしたちは戦うしかなかった。結果は…この通りじゃ。町は意図的に破壊され、あからさまに不利な和約をし、物資も来ない…
とにかく、ここでは気をつけるのじゃぞ」
と言うと老人はゆっくりと歩みを再開した。
「なあ、俺らだけでも何かやれることを探そうぜ。ここの人を助けないと気が済まなくなってきた。」
「うん。わたしも。物資を配ったらすぐに子供たちをさがしてショーでもしたい気分」
物事の本質を見るという教訓をわたしは得た。王や諸侯がまわしてくる文書や情報の文字面に踊らされるのではなく、その先の本質的なものを見据えた生き方が大切なのだ。わたしはこの教訓を胸に、未来の平和、そして共存に向けて歩みを進めていこうと思う。
数時間後。
レオンの協力もあって、町中の子供がわたしのところに来てくれた。思った以上に人数が多くちょっとびっくりした部分もあったけど、ささやかなショーが終わったころにはみんな嬉々とした表情で日々の疲れから抜け出せていたように感じた。
あいにく、早くもといた街に帰らなきゃいけなかったため、日が暮れる前にとそそくさと街を離れる。
すると一人の女の子__6歳ほどだろうか__が駆け寄ってきて、
「ありがとう!旅人のお兄さん!またきてね!!」
と一輪の薔薇を手渡してくれた。